Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION―   作:伊東椋

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EPISODE.46 Point of Contact

 誰もいない白い部屋で、あたしは一人。さっきまであたしの他に大勢の人がいたけど、彼らはみんな戦いの場へと向かってしまった。あたしを、置いて―――

 「……………」

 自分の身体の調子を探りつつ、あたしは白いベッドから身を起こす。

 音無くんたちには大人しく寝ているよう言われていたけど、退屈はあたしにとって最大の毒だ。とりあえず動けるまでに回復した自らの身体を確認すると、あたしはすぐにベッドから起き上がり、床に足を着いた。

 「……ッ」

 ぴりっとした痛みが走ったが、問題はない。我ながら己の鍛えた身体の回復の速さに自己満足すべきか、この世界の理に感謝するべきか。

 兎も角、動けるのなら話は大きく変わる。自分も何かしらの事は出来ると言う事だから。

 みんなはどこへ行ってしまった。立華さんを救うために、あの分身と戦うために、危険を顧みず戦地へと向かったのだ。あたし一人が呑気に寝ていられるわけにはいかなかった。

 「(今、あたしに出来ることをする。 そう、あたしは―――)」

 無理をするぐらいが、あたしらしい。かつて、初めてのパートナーと過ごした日々のように。

 「ここでへこたれてたら、理樹くんに笑われちゃうから……ね」

 あたしが今、どんな顔をしているのか。

 ここには今、あたし以外の人間がいないから、それは知る由もないだろう。

 あたしはぐっと足を踏みしめて、廊下へと続く扉を開いた。

 「どちらへ行かれるんですか?」

 「―――!!」

 扉を開けた矢先、あたしの目の前に現れたのは遊佐さんだった。あたしはギクリと震えて、一歩後ずさる。驚愕の色に染まるあたしとは裏腹に、遊佐さんはその場にジッと無表情であたしを見据えながら立っていた。

 「ゆ、遊佐さん……どうして…」

 「どうして?」

 遊佐さんが何を当たり前のことを、と言う風に、本当に小さな溜息を吐く。

 「怪我人である沙耶さんを一人に放っとけるほど、私たちは非情ではありませんよ?」

 「……………」

 何も言い返せなかった。

 当たり前の事をさらりと言うように、遊佐さんはそう言った。

 「それより沙耶さん」

 「な、何……?」

 「これから何をしようとしていたのですか?」

 「…ッ!」

 大きくギクリと震えるあたし。その反応を見て、遊佐さんがジトリとした視線であたしを見詰める。

 「大方、ゆりっぺさんのお言葉も聞かず、独断行動に出ようとしたのでしょうけど……」

 「い、いや……ち、違うのよ…! これは……」

 「これは?」

 「う……」

 情けなくも動揺してしまうあたしに、遊佐さんが鋭い視線を突きつける。遊佐さんの無言の視線は、一度とらわれると二度と逃げられないような絡みを感じる。真っ直ぐに見詰める遊佐さんのプレッシャーに、あたしは遂に根を上げた。

 「……ごめん、降参するわ」

 「……よくわかりませんが、どうやら私が勝ったみたいですね」

 「でも、あたしはこの通り身体は大丈夫だから。 呑気に寝ているわけにはいかないのよ…!」

 「沙耶さん、お気持ちはわかりますが……」

 「―――あたしにも、出来ることをしたいのよッ!」

 あたしは胸にひしめくばかりの思いをぶちまける勢いで、目の前に立つ遊佐さんにぶつける。あたしのありったけの思いを正面から受け止めた遊佐さんは、表情を変えることもなく、ただジッとあたしの方を見据えていた。

 そしてしばしの沈黙を置いて、遊佐さんがぽつりと口を開いた。

 「わかりました」

 「……え?」

 「私はこれ以上、沙耶さんを無理に引き止める事は致しません」

 「いいの……? 遊佐さん……」

 「私には元々、そんな権限などどこにもありませんから……」

 そう言う遊佐さんの表情は、いつもの無表情であっても、どこか頼もしいものに見えた。そして、彼女なりの優しさが垣間見えた気がする。

 「でも、無理だけはなさらないでくださいね」

 「遊佐さん……」

 首を傾げ、微かに微笑む遊佐さん。あたしは咄嗟に、目の前にいる彼女に飛び込んでいた。

 「ありがとう、遊佐さん」

 少し驚いたような気配を見せた遊佐さんだったが、すぐに「はい」と耳元で優しげな返事を返してくれた。

 そして、あたしは廊下に出るとそのまま駆け出した。保健室に背を向け、あたしはどこかへ走る。遊佐さんの見送りを背に受けながら。

 

 

 もし生徒会や教師に見つかったら厳重注意モノね、とどうでも良い事を思いながら、あたしは生徒がまばらにいる廊下を走っていた。

 一般生徒から聞き込み調査を行った結果、音無くんたちは立華さんに関する情報を生徒からの聞き込みで集めていたらしい。そして、彼らが向かった先は―――体育館。

 つまり、以前爆破されたとある地下空間―――

 「きゃ…ッ!?」

 「―――ッ?!」

 角を曲がった瞬間、あたしは目の前に現れた人影と衝突してしまう。

 向こうからして見れば、あたしの方からいきなり飛び込んできたものだろう。というか実際そうだと思う。あたしは咄嗟に倒れた女子生徒へと慌てて手を差し伸べる。

 「ご、ごめんなさい…! 急いでいたものだから……大丈夫?」

 「……は、はい…」

 廊下に広がる美しい黒髪。一つにまとめた黒髪が広がり、華奢な女子生徒の細い身体が横たわっていた。あたしは慌てて、返事を返す少女の手を引く。その拍子に、露にした少女の顔を見た。

 左目を覆う眼帯。

 SSSの制服を着ている姿を見る限り、同じ戦線の仲間だと言う事がわかる。だが、言い様のない違和感が、少女の手を握った自分の手から伝わってきた気がした。

 「本当にごめんなさい。 怪我はない?」

 「はい、大丈夫です……」

 あたしの手に引かれて、ゆっくりと立ち上がる少女。元気が無さそうな様子を見て、あたしの不安は晴れることはない。

 そして、あたしは見逃すことができない部分を見つける。少女の膝に、微かに血が滲んでいた。

 「血が……」

 あたしに言われて、少女は初めて気付いたのか「ああ…」と薄い反応を返す。

 「平気ですよ、掠り傷ですし……」

 「駄目よ」

 あたしは彼女の膝から滲む血を見据え、きっぱりと言い放つ。

 くそ、と自分に向けて心中で吐き捨てる。

 こんなドジを踏んだのは初めてかもしれない。

 いくら自分も余裕が無いとは言え、そんなものは言い訳にもならない。

 「保健室に行った方が良いかしら……」

 ついさっきまで自分がいた所だ。連れていく事など造作もない。

 だが、少女はかぶりを振る。

 「いえ……本当に大丈夫ですから……」

 「でも、あたしが納得いかないわ」

 あたしは彼女の手を握り締める。ひんやりしていて、冷たい手だった。あたしの手に握られても、彼女は特にこれといった反応を示さない。深く追求すれば困っているよう事がわかるかもしれないが、あたしは彼女の手を引いて、元来た道を引き返した。

 「あ……」

 後ろで彼女の短い声が聞こえる。それにも構わずに、授業の開始を知らせるチャイムが鳴り響こうが、あたしはされるがままの彼女の手を引いて、自分が元々いた保健室へと引き返す道を辿るのだった。

 

 

 ―――医局、保健室。

 「これでよし」

 あたしは椅子に座らせた彼女の膝に絆創膏を貼った。消毒もしたし、これで一先ずオーケーだろう。

 彼女の傷は拭えても、あたしの中に渦巻く罪悪感は勿論拭えない。

 「その……さっきは本当にごめんなさい」

 再び頭を下げるあたしの頭上で、彼女の声が降りてくる。

 「いいんです、本当にもう大丈夫ですから……それに、手当もしてくれてありがとうございます……」

 「そんなの当然よ。 だってあたしが……」

 「そうですね。 廊下を走っていた沙耶さんが悪いですね」

 「うう……」

 横で傍観していた遊佐さんが容赦無いツッコミを入れてくる。傍観と言っても、彼女を連れて保健室に舞い戻ってきたあたしを見て驚いていた遊佐さんが、テキパキと救急箱等を用意してくれたのだから、大いに助けてもらったのだが。

 「しかし折角清々しく見送ってあげたのに、他人を怪我させて戻ってくるなんて」

 「うう、何も言い返せない……」

 「あ、あの……本当にもういいですから……」

 おろおろと戸惑わせてしまっている彼女に、あたしはもう一度頭を深く下げる。

 「本当に気にしないでください。 手当までしてくださったのですから、これでもうこの事は終わりにしましょう……?」

 これ以上彼女を困らせるのもあれだし、あたしは彼女の提案を呑んだ。

 「……それにしても私たちと同じ戦線の仲間なんですね。 どこかの部隊に所属とかしているんですか?」

 それはあたしも気になっていた所だった。戦線指定の制服を着ている姿を見る限り、彼女もあたしたちと同じ戦線のメンバーである。でも、あたしは彼女に自分でも理解できないような妙な違和感を覚えていた。

 「……いえ、私のような者は、何かをする勇気もありませんから……」

 「(さっきから思ってたけど、彼女、何だか暗い性格ね……)」

 俯き加減に呟く彼女は、どこか陰鬱というか、暗い雰囲気が漂っている。ただの控えめで大人しすぎる少女というものとは少し違った。

 「ねえ……名前はなんて言うのかしら?」

 「私の……名前は……」

 彼女はゆっくりと顔を上げ、小さく動く口からその名前を紡ぐ。

 「古式みゆき、です……」

 眼帯の少女、古式みゆきは自分の名前を自信なさげに、しかし聞こえるように真っ直ぐに言葉を紡いで、そう言った。


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