Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION―   作:伊東椋

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EPISODE.47 Blank Eyes

 保健室を飛び出したあたしがぶつかってしまった女子生徒は、古式みゆきさんと言う娘だった。古式さんも戦線の一員であり、あたしと同じ普通の人間だ。

 でも戦線内部では特にこれと言った部隊に属しているわけでもなく、目立った活動もしていないと言う。後に遊佐さんから聞いた話によれば、彼女はあまり目立たないタイプの娘だそうだ。

 「(まぁ、見るからに控えめな娘だけど……って、これは古式さんに何気に失礼ね……)」

 あたしは今、古式さんと一緒に廊下を歩いていた。

 あたしのすぐ隣には、顔を下げてどこか遠慮がちに歩く古式さんがいる。

 その膝には、馬鹿なあたしのせいで絆創膏が貼られている。

 「あの……沙耶、さん……」

 「えっ?! あ、……な、何?」

 「その……別に私の事は、放っておいても構いませんよ……?」

 「な、何言ってるのよ…ッ!」

 今、古式さんと行動を共にしているのは、先のあたしの軽率な行いにより引き起こされた事態が原因だったりする。正直に言って、いくら一人置いてけぼりにされて焦っていたとは言え、他人を傷つけてしまうなんて言語道断だ。

 こんな事では、みんなと戦うなんて偉そうな事を言えるわけがない。

 これは、あたしの罪滅ぼしのようなものだ。

 「(もしかしたら今頃ギルドであの分身たちと物凄い戦いが繰り広げられてるかもしれないけど……)」

 心配ではあるが、音無くんやゆりっぺさんたちの顔を思い出すと、何故かそこまで気を急ぐ事はなかった。

 きっと彼らなら心配無い。そんな気がするからだった。

 「さっ! まずは食堂に向かって突撃よ!」

 「は、はい…っ」

 あたしは変なテンションで、戸惑う古式さんの手を引いて食堂へと向かった。

 自分でも少し変だとは思うけど、こうでもしないとあたしはまた変な不安を抱えてしまいそうだったから。今日は古式さんの付き合いをする事を使命と決め、あたしは半ば無理矢理のように古式さんを連れ回すのだった。

 

 ―――大食堂。

 丁度休み時間だからか、食堂は一般生徒で混み合っていた。まぁ、分身の襲来を警戒して規則通りに休み時間を意図的に選んだのだけど。

 まさかこの程度で消える事もないだろうと自分自身に強く言い聞かせ、あたしは人の波でごった返する食堂の前に立つ。

 「混んでますね……」

 「そうね。 古式さん、食券持ってる?」

 「すみません……今は持ち合わせがなくて……」

 古式さんは本当に申し訳なさそうに、トーンを落としたような声で答える。彼女は根から暗い性格なのか、そのテンションの低さはあたしには少し耐え難い。そんな彼女の内に何か触れてはいけないようなものが秘められている気がして、それに触れおうと考えても、寸前の所で指が止まってしまう。

 それに触れる事が彼女の為になるのか、そんな思いも頭の中に過ぎらせながら。

 「……最近はトルネードもなかったから仕方ないわよね」

 と誤魔化すように言いつつも、あたしの内ポケットには二枚の食券があった。

 前回のトルネードで手に入れ取っておいた一枚と、音無くんから譲られた肉うどんが一枚。

 時間は規則的とは言え、この手にある食券は不正のもとで手に入れたものだ。これできっとギリギリセーフだろう、と信じたい。

 そんなことはとりあえず今だけでも頭からほっぽり出して、内ポケットから取り出した食券二枚を手に取り出し、古式さんに言葉を投げつける。

 「実はあたし、丁度二枚の食券を持ってるから、古式さんに奢るわ」

 「え……そ、そんな……悪い、ですよ……」

 「いいのよ。 それに、怪我をさせてしまった代わりと言っては何だけどさ……とにかく受け取ってもらえないかしら」

 「……………」

 古式さんはやはり戸惑っているようだが、ここはあたしが強引に押し切らなければ、彼女はいつまでも戸惑うか断る恐れがあった。

 だから、あたしは再び変なテンションを発動させて、突撃準備に入る。

 「それじゃ、ちょっと逝ってくるわね!」

 「さ、沙耶さん……?」

 「うぉおりゃあああああああああああッッ!!」

 そうして、あたしは古式さんを待たせて、混み合う人の群れの中に特攻を敢行するのであった。

 

 「はい、お待たせ」

 あたしは器用に二人分を両手に抱え、席を取って待っていてくれた古式さんのもとへ辿り着く。久しぶりにハードな戦いを経験したけど、普段の訓練に比べれば朝飯前だ。

 「すみません、わざわざ……」

 「いいのいいの。 えーと、肉うどんでいい?」

 「はい、いただきます……」

 あたしたちは席に付くと、各々のメニューを前に置いて両手を合わせた。「いただきます」という二人の声が偶然にも重なると、あたしたちはついお互いの顔を見合わせた。そして何だか可笑しくて、ぷっと吹き出すあたし。対する古式さんも、初めて微かな笑みを見せた。

 「あの、本当にありがとうございます……」

 あたしが奢った肉うどんに手を付ける前に、古式さんは改めてお礼を言う。

 「だからいいってば。 これはあたしなりの古式さんに対する気持ちだと思ってくれれば良いから」

 「……はい」

 そして古式さんはようやく、改めていただきますと言うと、ようやく肉うどんの麺を口にするのだった。

 同姓のあたしが言うのも何だけど、本当に小さな口で食べる古式さんの姿は、清楚で可憐という言葉がぴったりと来た。

 「……美味しいです」

 「そう。 それは良かったわ」

 先程までの初めて出会った時からの暗い雰囲気は、大分和らいでいるようにも見えた。あたしも心が軽くなるのを覚えながら、目の前に置かれた真っ赤なメニューを難なく口に運ぶ。

 「……………」

 「……?」

 熱い麺に微かに息を吹きかけ、今正に食べようとしていた古式さんがあたしの様子に気付いて動きを止める。古式さんの視線が、あたしの表情に釘付けとなる。

 「あの……どうしたんですか…?」

 「………ッッ!!」

 その瞬間、あたしは思い切り顔面を机の平面にぶつけた。

 「きゃッ!?」

 そんなあたしの不可解な行動に驚いたのか、古式さんの短い悲鳴が聞こえた。

 「あ、あの……?」

 古式さんのおそるおそるとしながらも心配に思ってくれているような声があたしに降りかかる。

 だが、あたしは机の平面に擦り付けた顔を真っ赤にして、ふるふると悶えるしかできなかった。

 そして、やっと振り絞った答えが―――

 「辛い……」

 「え……?」

 「やっぱ辛いわよこれぇッッッ!!?」

 ガターン!と音を立てて、あたしは思い切り机の上にあるメニューを揺らしながら、真っ赤になった顔を上げた。

 古式さんも唖然とした表情であたしを見詰める中―――

 「……でも美味い」

 「……………」

 古式さんの肉うどん、そしてあたしが目の前に置いているそれは、学内でも誰も食べようとはしない(一部例外を除いて)メニューで有名な激辛麻婆豆腐。

 こうしてメインとして食べるのは初めての経験だった。

 「うう……噂以上に辛い、そして美味い……」

 「だ、大丈夫ですか……?」

 「うん、大丈……」

 心配をかけまいと笑って、あたしは古式さんの方に顔を上げる。

 そして、丁度あたしの視線の先が、古式さんの左目を隠す眼帯へと差しかかる。

 「……………」

 古式さんの左目を隠す眼帯が、妙にあたしの中へ入り込んできた。

 触れてはいけないものを、その核心を見つけてしまったような直感。

 すぐそこに、彼女の全てがあるように感じられた。

 「沙耶さん……?」

 古式さんの声に現実へと呼び戻されるあたし。

 見てはいけないものを見てしまい、怒られるのを恐れているような子供のような心境で、あたしは受け応える。

 「な、なに……?」

 「どうか、したんですか……?」

 「ごめんなさい、何でもないの……ちょっとこの麻婆豆腐が辛すぎただけで……」

 あたしは誤魔化すように笑って答えるが、古式さんはジッと、その右目だけで、あたしの方を見据える。

 あはは…と、遂に消え入るような声を漏らすあたしに、古式さんがゆっくりと口を開く。

 「……やっぱり、変に思えますよね」

 「な、なにが?」

 ギクリと震えるあたしは、どこまでわかりやすいのだろう。

 そして、この娘も―――

 「……私の眼帯です」

 「―――!!」

 悲しそうな怒っているような、複雑な表情を浮かべる古式さんの紡がれていく言葉に、あたしはただ身体を硬直させるしかなかった。触れてはいけないものを触れてしまった。禁句を犯した罪人のように、あたしは縄で縛られたかのように動けなくなる。

 何故、こんな感覚に陥るのだろう。でも、古式さんに纏う雰囲気は、さっきとは豹変していた。

 どこか、悲しそうで……苦しそうで……

 とにかく、悲しい感情。

 彼女からは、そんな感情が波のように溢れ出る。

 「これは……私の弱さなんです……」

 どうして、そんなに……悲しそうなのか。

 どうして、そんなに脆くなっているのか。

 どうして、そんなに苦しそうなのか。

 「死んでも手放せない……酷い私の、弱さ……」

 周りの喧騒が寸断され、あたしたちだけが別の世界に切り離されているような感覚だった。

 それ程までに、彼女の一つ一つ漏らす言葉が、あたしを取りこんでいた。

 そして、そっと眼帯に手を触れながら、彼女は淡々と語り始める。自分の弱さを。自分の全てを。生前の、かつて生き生きとしていた自分の姿。そしてそれが絶望の淵へと叩きこまれる、希望を失った悲しい人生を―――

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