Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION―   作:伊東椋

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EPISODE.50 Interstice of Will

 ゆりが分身を抑えてくれている間、俺は一面に広がる広大な土くれの上を走る。奏の姿を探し求める俺を、焦りがじわじわと追い詰めてくる。一刻も早く、奏を捜して助けなければいけない。そんな思いが俺の中で大きくなっていった。

 「―――!」

 そして、ようやく見つけた。

 攻撃的な分身たちと死闘を繰り広げ、やっとの思いで辿り着いた最深部の先で、奏を発見する。

 寝巻にくるまれ、天使のような寝顔で眠る奏のもとへ、俺は急いで滑り降りるように駆け出した。

 「奏ッ!!」

 彼女の名前を呼び、俺は眠っている奏のそばに駆け寄った。

 正に天使のような寝顔で眠る奏だったが、奏が無事なのかどうかが、俺の中では最もな最優先事項だった。俺は奏の名前を呼びながら、奏の両肩に触れる。俺の声に応えるように、奏は目を覚ましてくれた。

 「……ん」

 目を覚ました奏を見て、俺は安堵する。

 だが、不安はまだ拭えない。

 「大丈夫か…ッ?」

 「うん……」

 とても小さな声だったが、彼女ははっきりと答えてくれた。

 「戦線のみんながな、命を張ってお前を助けに来たんだ!」

 「そう……」

 かき消えそうな声。どこも身体には異常は無さそうに見えるが、もしかしたら今までの分身たちが奏の身体に何らかの影響を与えているのかもしれない。とても儚いその声は、奏が今にも消えてしまいそうな程、か細いものだった。

 「奏、お前、本当に大丈夫なのか……?」

 「うん……ちょっと……疲れてる……だけ…」

 そう言う奏の声は、弱々しかった。

 俺は、こんなにまでなっている奏に、そんなお願いをするのか?

 いや、しなくてはいけないんだ……

 でないと、奏も俺たちも、誰も助からない。

 俺は心が締め付けられるような気になりながらも、必死に言葉を振り絞る。

 「奏、無理をさせて悪いが……一つ、能力を使ってほしいんだ」

 既に能力の一つで、奏の状態はこんなにも悪化しているのに、その上また能力を使えというのは酷な話である。

 でも、奏は―――

 「うん……」

 と、答えてくれた。

 「……ハーモニクスだ。 それを使ってくれれば、みんなが助かる」

 その時、また締め付けられる、痛みを感じる心。

 「そう……わかった……」

 「使っても、身体はもつか……?」

 「うん……一回くらいなら……」

 そう言ってくれる奏だが、やはりどこか苦しそうだった。

 奏は瞼を閉じ、精一杯残った力を振り絞るように、呟いた。

 「……ガードスキル、ハーモニクス」

 その瞬間、奏の身から飛び出した光が、一瞬の内に奏の姿へと変えた。

 俺の目の前には、もう一人の奏が立っていた。

 今まで攻撃的だった分身のことを考えれば、今の分身も攻撃的な可能性がある。それを用心するために、俺は拳銃を手に持つ。

 だが、それはいらない心配だったようだ。

 「……プログラムの書き換えをしたようね」

 瞳は赤いが、どうやらこの分身は他よりはマシに話せるみたいだ。

 「ああ、全て奏(こいつ)の中に戻る……」

 俺はそう言って、奏の方を見る。

 そう、これでゆりが言った通りに、全ての分身が奏の中に戻る。そうなれば、何もかもが元通りだ。

 俺は疑いもなくそう信じていた。

 だが―――

 「……あれだけの冷酷な私たちが」

 「どういうことだ……?」

 俺は今の奏の分身の言葉に、引っ掛かりを覚える。

 「分身にだって意識はあるの。 それは消えてしまうわけではない……“同化”するの」

 全ての攻撃的な分身が、奏という一つの存在に戻ってしまう。

 それは消えてしまうのではなくて、同化してしまうこと。

 それはつまり、どういうことになるのか。

 「あなたたちを襲った沢山の私たちが、この娘の中に戻るの……」

 「……………」

 「それだけの意識を一度に取りこんでしまって、只で済むと思う……?」

 俺は、微かに震えていた。

 それがどういった意味を、奏に齎すのか、知ってしまったからだ。

 奏にとって、俺にとってもそれは酷い内容だ。

 だが、目の前に立つ分身の赤い瞳は容赦なく俺に現実を突きつけていた。

 分身の唇が―――嗤(わら)う。

 

 「―――時間ね」

 

 その時、見えないタイムリミットが始まった気がした。

 「待ってくれ……ッ!!」

 いや、始まったんじゃない。

 それは既に、今、終わったのだ。

 タイムリミットが零になった時。

 分身は全て―――奏の中に取りこまれる。

 「――――ッ!! あ……ッッ!!」

 目の前にいる奏が、突然苦しみの声をあげる。全ての分身が、渦のようになって奏に集中して雪崩れ込んでいるのだ。奏の中に大量の“奏”が濁流のように押し寄せ、取りこまれていく。その光景はとても残酷なものだった。

 「あ―――ぐ―――ッ―――あぁ―――ッッ!!」

 「くそ…ッ!」

 目の前で苦悶の声を漏らし続ける奏を、俺は抱き締める。少しでも奏が苦しみから解放されることを願い、俺は必死に苦しむ奏を自分の身に抱き寄せた。奏は俺の腕の中でがくがくと震え、もがき苦しむ。

 「無事でいてくれ、奏……ッッ!!」

 俺のそばから響いて聞こえてくる奏の悲鳴は、止まることがなかった。どれだけの奏が流れているのか、俺にはわからない。でも、それだけ多くの奏が奏の中に流れ込み、そして奏が苦しんでいるということは俺にも痛いほどよくわかった。

 

 

 

 そして―――奏の分身たちは消えた。

 

 だがその代償として、奏は意識を失うことになった―――

 

 

 ―――医局(閉鎖中) 保健室。

 意識を失った奏を運んで、俺たちは地上に戻ってきた。分身は消え、奏は一人に戻ったが、当の奏は身体に俺たちが想像できない程の負担を受けたせいで意識を失い、一向も目を覚ます気配がなかった。俺たちは地上に戻るとすぐに奏を保健室へと運んだ。

 「……この娘、一度に沢山の意識と同化しちゃったんだってね」

 ベッドに奏を寝かせ、そばに置いた椅子に座り込んだ俺の隣でゆりが呟いた。

 「ああ……」

 俺は瞼を閉じたまま動かない奏の顔を見詰めながら、答える。

 「……あたしのせいね」

 ゆりはそう呟くと、その場から立ち去ろうとする。

 俺はその瞬間、咄嗟にゆりに声をかけていた。

 「いや…! ゆりは悪くない。 ゆりはリーダーとして最高の仕事をした」

 「そうかしら……?」

 「戦線の最大の危機を回避してみせた。 それに、沙耶が教えてくれた後だったとしても、誰だって想像できなかったさ。 ギルドに大量の分身を配置して、待ち構えているなんてさ……」

 「……………」

 「それに、あれは奏の……冷酷な奏が考えた作戦で、それはやっぱり奏だから……仕方がなかったことだと思う」

 「そう……」

 カーテンに隠れて、ゆりの横顔は見えない。

 だけど、俺は今、ゆりがどんな表情をしているのか、わかっている気がした。

 「……そう言ってくれると、助かるけど」

 ゆりは最後にそう言い残すと、俺と奏を残して立ち去っていった。

 「……ッ」

 そう、これは誰が悪いとかじゃない。

 勿論、ゆりのせいなんかじゃない。誰かを責めるなんてことは間違っている。

 もし責任があるとしたら、それはこの俺だ。

 こんなにも奏を苦しませてしまう結果になってしまうことは、誰だって望んでやいなかった。

 こんなのは―――只の、悲しいだけの酷い状況だ。

 俺は奏の顔に視線を移す。

 奏の顔はまるで死人のように色白で、何も発せず、動かなかった。

 「なあ……病院なんてない、誰も病まないって言ってたじゃないか……」

 動かない。

 目覚めない。

 目の前にいる奏は、深い眠りに入ったまま戻ってこない。

 「じゃあ何で……起きてくれないんだ……ちくしょう……ッ」

 何もしてあげない、何もできない自分が憎くて。

 悔しかった。

 悲しかった。

 目を覚まして、またその天使のような輝きを俺に向けてほしかった。

 また、奏と話をしたかった。

 だが、俺がいくら心の中でそれらの想いを反芻させても、奏には戻ってくる気配などどこにもなかった。奏は深い眠りに入っているように、ずっと俺の前で眠り続けていた。


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