Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION―   作:伊東椋

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EPISODE.51 Feeble Mind

 対天使用作戦本部として使用されている校長室は例の如く主な戦線メンバーが、あたしたちを含めて集まっていた。しかし、実際はそれ程日も経っていないはずなのに、不思議とこれが久しぶりのように感じられる。

 主な戦線メンバーと言っても、音無くんは一人、立華さんのそばにいる。今ここにいるのは、音無くん以外のいつもの主要メンバー。あたしの隣には、古式さんがいる。

 作戦は一応、成功したと言って良いのだろうか。ギルドに潜入した音無くんたちは遂に立華さんを救い出し、分身を全て消すことはできたが、その代償として多くの意識を取りこんでしまった立華さんが意識を失い、今は危険な状態だった。

 目覚めない立華さんを背負った音無くんやゆりっぺさんたちが顔色を変えて戻ってきた時は、あたしもさすがに驚いた。

 まさかこんな事になるとは、誰も想像できなかっただろう―――

 そしてここにいるメンバーで、今後の予測できない事態に対処する会議が始まった。

 「今までにないことです。 天使のこのような状態は初めてであり、今後も目覚めないという場合もあり得るかもしれません」

 眼鏡を持ち上げ、口を開く高松くんの言葉に、場の空気は重くなっている。

 みんながそれぞれ、沈黙していた。

 沈黙が部屋を支配する中、その沈黙を破ったのは、ゆりっぺさんだった。

 「……それこそイレギュラーな事態よ。 ……目覚めるわ。 いつか目覚めて、ただ寝過ぎたという結果で終わる」

 それはまるで、確定されているというよりは、願いのようであった。

 そして、今度は予想外の人物が口を開く。

 「その時の彼女は、どの彼女なんだ?」

 みんなの視線がその人物に集中し、場はまた違った沈黙に包まれる。

 ゆりっぺさんに続けて言葉を続けた人物―――椎名さんは、壁に背を預けながら、みんなの注目を浴びていた。

 そして、どわっと一斉に驚きの声があがる。

 「うおおッ!? 椎名が喋ったッ!」

 「これは相当重要な問題だってことだよッ!!」

 みんなの反応から見てわかるように、この事態が如何に大きいものなのかが伺えた。

 「正に、そう……」

 ゆりっぺさんは肯定する。

 そして続ける。

 「それが問題よ……」

 「……………」

 大量の意識を取りこみ、眠ったまま目覚めない立華さん。だが、それは想像以上に深刻な事態。

 次に目覚めた時、彼女は―――?

 それが、重要だった。

 「…で、どっちの天使なんだ?」

 それは、あたしたちに攻撃的な意思を見せ付けた分身と、あたしたちと一緒にいた時の立華さんの意識か。

 どちらかが、問題だ。

 「あたしたちと一緒に釣りをしたりした時の立華さ……天使であることを願うばかりだけど、一方の意識はあたしたちに対してとても好戦的で冷酷だった。 分身もあれだけいたから、数で言えば100対1」

 あたしの言葉に、みんなの意思が動揺したのがわかる。それもそうだ。あたしたちを襲った分身たちは、立華さんとは違って自ら武力的な方向へと動き、容赦の欠片も無かった。身を以てそれを体験したあたしたちがそれを一番よく知っている。

 「……多分、そのたくさんの意識があいつの小さな頭の中でぐちゃぐちゃにせめぎ合っているから、目覚めないんじゃないのか?」

 「日向くんの言う通り。 割合的に言えば、元に戻る可能性は―――」

 「1パーセント、ってところね」

 あたしの言葉を、ゆりっぺさんが繋ぎ―――ざわめきが一瞬起こる。

 これは―――もしかしたら最も最悪な展開になるのかもしれない。そんな不安が、みんなに押し寄せていた。

 「……どうする?」

 「手は打ってあるわ。 竹山くんたちを天使エリアに送り込んで、マニュアルを解析させてもらってるわ。 何かの打開策か、手掛かりを見つけてもらうためにね」

 「TKと松下は?」

 「保健室よ。 二人の見張り」

 「TKはああ見えて、全然英語が駄目だからな……」

 それはあたしがこの世界に来てから、久しぶりに大いにびっくりしたことでもある。

 まぁ、この際どうでも良いことだけど。

 ゆりっぺさんが考えたのは、立華さんのパソコンにある例のソフトを初期化させることで、立華さんが持つ能力を封じること。だが、それが出来たとしても単なる一時凌ぎにしかならない。

 だったら、機械ごと壊してしまえば―――?

 そんな声もあがった。

 だが、パソコンの換えはいくらだって存在する。ここは学校だ。備品の補充など、朝飯前だろう。

 「後は、天命を待つだけね……」

 そう言って椅子から立ち上がると、ゆりっぺさんはゆっくりと窓の方へ歩み寄る。

 夜の暗闇を映す窓を、手のひらでそっと触れながら、ゆりっぺさんは呟く。

 

 ―――果たして、神は誰に味方するのか。

 

 

 

 「……あ、あの、沙耶さん……」

 「何? 古式さん」

 会議の後、任務に就いている竹山くんやTKたちを除いて、メンバーは一旦解散となった。束の間の自由時間であるが、あのまま何もせず、何も出来ずに重い空気の下で固まるよりは、一度少しでも縛る紐を緩めた方が良い。だが、誰一人気が休まる者はいるわけもなかった。

 「何だかとても大変なことになっているようですね……」

 「そうね……」

 古式さんはそのままあたしの隣にいる。古式さんと出会い、古式さんと一緒にいた時にみんなが帰ってきて、そのまま流れて現在に至っている。

 今まで特に目立った活動はしていないと言っていた古式さんが、主要メンバーの場に参加することは初めてのようだった。だからかただでさえ緊張していたのに、おまけにこんな戦線の危機と言うべき事態だ。古式さんに掛かる重圧はどれ程のものなのか計り知れない。

 「ごめんね、古式さん。 付き合わせちゃって……」

 「いえ、沙耶さんが謝ることなんて何もありません」

 そう言って、彼女は首を横に小さく振ってくれる。

 「それに私に何か出来れば、力になれたのでしょうけど……やっぱり私は、無力で情けない子のようです」

 「ど、どうしていきなりまた、そんなネガティブな方に行くのよ…!」

 「すみません。 私も、たまにこんな自分が嫌になります。 昔もそうだった」

 昔、とは生前のことなのか―――古式さんは、寂しそうな表情で顔を上げた。

 「こうして、いつも“あの人”を困らせていた……」

 片方の瞳を閉じる古式さんは、今、何を見ているのだろうか。

 下ろした瞼の裏で、古式さんが見ているものは、呟いたその人なのか―――

 そっと瞳を開けた古式さんは、ゆっくりとあたしから少しだけ距離を取った。

 纏めて伸ばした髪をさらりと揺らし、振り返った古式さんは、あたしを正面に見据えて口を開く。

 「私はそろそろ寮に帰ります。 今日は私と付き合ってくれて、ありがとうございました」

 「古式さん……」

 自分がいても邪魔になるだけだろう。そんな意志が、古式さんの内に秘められている気がした。それは、言ってみればあたしは何だかんだ言って古式さんを貶めているのではないだろうか。

 何も言えないあたしの、そんな表情を見据えて、古式さんはぺこりと頭を下げると、背を向けて小走りで去ってしまった。

 あたしは一人、その場で煮え切らないような気持ちを味わう。

 「(あたしこそ……何もできやしない……)」

 みんなと一緒に立華さんを助けに行くことだって出来なかった。今もどこかで苦しんでいるように見える古式さんにかけてあげる言葉さえ見つからないでいる。立華さんが今戦っているのに、あたしは何もしてあげる事が出来ない―――

 あの頃の―――何度も死んで、無限のようにループした時の気持ちに似ていた。

 自分の不甲斐無さ、無力感に不安や苛立ちを覚える、とても嫌な感覚。

 ざわざわとして、毛虫が這いつくばるようで、気持ち悪い。

 「……ッ」

 唇を噛む。

 また弱い自分に戻ろうとしている自分自身を叱咤する。

 「駄目だ……弱気になるな、あたし……」

 ここで弱気になっては、彼に笑われてしまう。

 また彼に会いたい。それまでに、彼と共に強くなった経験を枷に、この世界でも生き延びてみせるんだ。

 そして、辿り着く場所へと辿り着く。

 この世界で出会った、みんなと共に―――

 

 保健室前。あたしは扉の前で見張りをしている松下くんとTKに遭遇する。

 「どうしたんだ?」

 「ちょっとね……二人は?」

 「ああ、何だか静かだ」

 「Quiet time...」

 「そう……ちょっと、良いかしら?」

 あたしは二人の了承を得て、そっと扉の前に立つ。

 今、保健室には立華さんと音無くんがいる。だが、保健室はシンとしていて静かだった。あたしはそっと保健室を開け、中を伺う。明かりは窓から照らす月に光だけで、青い静寂が降りていた。

 「……………」

 そのままあたしは意を決して、ぐっと室内へと足を踏み入れる。背後から松下くんの「お、おい…!」と言う小さな呼び声が聞こえたが、悪いがそれに構わず、あたしはそのまま慎重に保健室へと入室する。

 静寂の中、あたしは足音を立てずに、立華さんが眠っているベッドへと向かう。

 そっとカーテンから覗くと、そこにはベッドの中に身を沈めて眠る立華さんと、音無くんがいた。

 「音無くん……?」

 見ると、音無くんも眠っていた。

 ベッドに眠る立華さんのそばで、腰を下ろした音無くんはそのまま頭を垂れて寝息を立てている。

 「……………」

 あたしは無言で、眠っている二人を見据えると、そのまま音を立てずにその場を立ち去った。

 保健室を出ると、見張り役の松下くんとTKがいた。あたしはすぐに二人の肩をぐっと掴んだ。

 「行くわよ」

 あたしは小声で二人に言うと、そのまま二人を引っ掴んで保健室の前から離そうとする。

 「Oh!」

 「ちょ、ちょっと待ってくれ…! 持ち場を離れるわけには……」

 「いいから、行くわよ」

 あたしは困る松下くんとされるがままになるTKを多少強引に保健室の前から引き離す。眠る二人は置いて、あたしたちはそれぞれ名残惜しそうにしながらも保健室を去るのだった。

 二人がお互いにそばにいれば、それで良い。今は眠らせてあげよう。立華さんは一人で戦っている。そしてそのそばには音無くんが付いている。あたしたちが隙入る間などどこにも無い。

 「(負けないで、立華さん……)」

 あたしは立華さんが再びあたしたちの前に戻ってくることを想い、今も一人で戦っている立華さんに伝える。その想いが、彼女のもとに届くことを祈りながら―――

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