Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION―   作:伊東椋

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 それは俺の中に流れ込んできた。

 まるで水のようにすんなりと俺の中に流れていったそれは、どこか懐かしくて、元から知っていたような感覚を俺に植え付けた。

 聞こえてくるそれは、心地良いリズム。

 まるで鼓動のように一定に波打つそれは、俺に記憶という名の遺産を掘り起こした。

 俺は取り戻した。

 そして、俺は帰ってくる。

 頭に触れる優しい感触に、俺は目を覚ます。暖かい光が照らす中、ゆっくりと顔を上げた俺の目の前には、奏の優しい瞳があった。

 「―――奏ッ!」

 俺は思わず彼女の名前を叫び、椅子から勢い余るように立ち上がる。

 「お前な、心配したんだぞ! 大丈夫かっ? 身体は平気か……ッ!?」

 俺の急かすように並び立つ言葉の応酬にも、奏は一切動じるような素振りを見せることもなく言った。

 「壮絶な戦いだった……」

 そう言う割には、相変わらず冷静な口調だった。

 「戦い……?」

 「あなたと約束した私が目覚めたのは、奇跡ってこと……」

 「……………」

 奏は、大量の意識と同化したことで、一人で多数の意識と戦っていた。そして、奏は俺との約束通り、こうして俺たちの前に帰ってきてくれたのだ。

 それは奇跡と言っても過言ではないかもしれない。でも、俺はそれよりも何より、奏が無事に帰ってきてくれたことに安堵するばかりだった。

 「……なあ、奏」

 「……何?」

 「俺、全部思い出したよ……死んだ時のこと……」

 奏から微かに驚いたような空気が伝わる。

 もしかしたらもっと驚いているかもしれない。

 それもそうだ。今まで無かった俺の死ぬまでの記憶が、ここでやっと全部思い出したのだから。

 「センター試験の会場に向かう途中、列車の事故に巻き込まれてさ……」

 奏は静かに、俺の話に耳を傾けてくれている。

 「俺、医者になりたかったんだ……誰かの為になりたい……ありがとう、って言ってもらえるために生きたいって……そう思って、結構必死に勉強したんだけどなぁ……」

 それが、俺の生きようとした想いだった。初音を失い、誰かの為になれる生き方をしたいと思い始めて、俺の人生はそうやって刻まれていったんだ。

 「でもさ……俺は最期に、この身体をドナー登録で残せたんだ。 俺の身体は、誰かを助けてあげられたはずだ……」

 俺はそっと、自分の身体に手を添えた。

 俺の意思は、身体は、死んだ後も残して、それが誰かの為に使われたはずだ。俺は魂となっても、身体と、その身体に込められた俺の意思は確かに残せた。

 「……そう信じる」

 俺の意思は、既に叶っていた。

 俺は―――報われていたんだ。

 「……!」

 その時、奏の白い手が、そっと俺の頬に触れた。

 顔を上げた目の前には、真っ白な光に覆われて、本当の天使のように輝く奏がいた。

 「……きっとその誰かは、見知らないあなたに、ありがとうって一生想い続けるわね……」

 言葉を紡ぐ奏は、微笑んだ。

 俺は少し驚く。そして、心がとても暖かくなるのを感じる。

 奏が言うと、まるで本当に、俺が助けることができた人からありがとうを言われたような気がして―――

 「……結弦」

 「なんだ…?」

 「ならもう、思い残すことはない……?」

 思い残すこと……

 この世界に来た理由。

 それがあるのか、無いのかと問われれば、俺は多分一方の方だろう。

 「……そうだな、誰かを助けられたなら、俺の人生はそう悪いものではなかった。 そう思えるよ」

 俺ははっきりと奏に告げた。

 思い残すことはない。

 それは俺の正直な気持ちだった。

 「……!」

 そこで、俺はあることに気付いた。

 自分の人生に思い残すこと、未練があることはつまり、この世界に居る理由だ。

 だが、それがなくなってしまえばどうなるか。

 俺はそれを知っていたはずだ。

 「……もしかして俺は消えるのか?」

 俺の問いに、奏は答える。

 「思い残すことが無ければ……」

 「……………」

 俺は奏の言葉を呑みこんで、考える。

 それはすぐに出てきた。

 俺の人生は確かに報われていたと思う。この世界に来ることになった理由は解消されたと言っても良いだろう。

 だけど、俺がこの世界に居る理由はまだ消えてはいない。

 何故なら―――

 「……あいつらがいる」

 「……そう」

 あいつら―――俺を導いてくれた戦線の奴ら。

 「……あの人たちとずっと一緒にいたい?」

 「それは……仲間だからな。 いたいさ、でも……今は違う気持ちもある」

 俺は、ついさっき暖かい気分を味わった心を撫でるように確かめる。

 「あいつらも、俺と同じ報われた気持ちになってさ……みんなで、この世界から去れれば良いなって、また新しい人生も悪くないってさ」

 あいつらにも俺と同じ気持ちを感じさせてやりたい。自分の人生は決して理不尽なことばかりではない。それをあいつらにも教えてやりたいと思った。

 「でしょ……」

 奏は微笑を浮かべながら、同意を求めた。

 俺は勿論、頷く。

 「ああ」

 やっぱり、奏もそう思っていたようだ。

 あいつらには天使とか言われて散々敵視されてたけど、やっぱり良い奴なんだ……

 と、俺はそこまで思って、ふと引っ掛かりを覚える。

 「……ちょっと待て」

 俺は今、重大なことに気付いてしまった気がする。

 俺は奏に向き直り、問いかける。

 「お前はもしかして、この気持ちをみんなに知ってほしかったのか……?」

 「知らなかった……?」

 「知らねえよッ!!」

 俺は思い切って奏の方に飛び出す。

 まさか本当にそうだったとは、俺は驚きを隠せない。

 「っつか、俺はお前にいきなりブッ刺されたんだぞッ!?」

 俺は、初めてこの世界にやって来た日のことを思い出す。

 俺がこの世界に初めて訪れた日、俺は新人勧誘をするゆりの忠告も無視して、何も知らないままに当時天使と呼ばれていた奏の前に来て、初っ端から心臓を一突きされた思い出がある。

 「……だって、あなたが死なないことを証明しろって言うから」

 確かに俺はあの時、死後の世界だということを信じられなくて、奏にこの世界では死なないことを証明してみせろと言った。

 だが、その疑問の答えとしてあんな行動を取ったというのだから、俺は開いた口が塞がらない状態だ。

 だけど、それはこの際どうでもいい。

 というよりは、もしそれが事実だとしたら、奏の他の行為もほとんど戦線に誤解を与えていたのではないだろうか。

 「(なんて空回りをしてきたんだ、こいつとあいつらは……そしてこいつの不器用さと言ったら……!)」

 最早、呆れるばかりである。

 そして奏は、呆れる俺に対して小首を傾げていた。

 「真面目に授業を受けたら幸せなのかッ!? 部活動したら満たされるのかッ!?」

 「……だって、ここに来るのはみんな、青春時代をまともにおくることが出来なかった人たちだもの」

 「そ、そうなのか……?」

 「知らなかった……?」

 そんな当然のように言われても、俺には初耳だ。

 「知らねえよッ!! っつか、そんなことどうやってわかるんだよっ?!」

 「……見てて気付かなかった?」

 「……………」

 そこで時間が止まる。

 何だか、急に力が抜けてきた気分だ。

 「(そうか……)」

 俺はふっと、椅子に座りこむ。

 俺は気付く。この世界の真実に。

 ここは、若者たちの魂の救済場所だったのだ。まともに青春時代を過ごせなかった魂が報われるために作られた世界だった。

 日向も、あのセカンドフライを取っていたら報われて消えていた。

 そうだとすると、なんてお節介をしてしまったのだろう、俺とユイは。

 岩沢はそれを自分の力で達成して、報われて消えていった―――

 そう。

 誰もここに居たくて居るのではない。

 人生の理不尽に抗っているだけ。

 それを奏は、そうじゃないと―――

 理不尽じゃない人生を教えてあげたくて。

 人並みの青春を教えてあげたくて。

 ここに留まる彼らを説得してきた―――

 

 ―――それが、何て皮肉な話だ。

 

 それだけの話だったのに、お互いの信念を貫くために対立し、やがて武器まで作りだして……今では抗争の毎日だ。

 俺はそこで、溜息混じりに言葉を吐く。

 「どこまで不器用なんだよ、お前……」

 「……知ってる」

 「自覚はあるんだな……」

 「うん…」

 俺は苦笑する。

 奏は続けた。

 「でももし……」

 「?」

 奏は、俺の目を真っ直ぐと見詰めて、言葉を紡ぐ。

 「あなたがいてくれたら、出来るかもしれない……」

 俺は、奏のその真摯な瞳と言葉から、彼女の意図を察した。

 「それは、手伝えってことか……?」

 「……本当ならあなたは消えているはず。 でも、あなたは残っている……」

 「お前の初めての味方になれるのか……? 俺は」

 「……あなたが思い残していることは、そのことじゃないの?」

 「あ、ああ……そうかもしれない……」

 でも―――俺は知っている。

 酷い過去に、立ち向かう勇気を持とうとしている奴を。

 理不尽な人生に、どこまでも抗おうと決意している奴を、俺は知っている。

 「……無理だ……ッ、いや、だからこそ、そんな記憶を永遠に背負い続けようとしているあいつだからこそ、救ってやりたい……ッ!」

 だけど、俺は思う。

 出来るだろうか、この目の前にいる不器用な天使と―――

 何?と小首を傾げる天使を見て、俺は無意識に肩を落としてしまう。

 「(頼りねえ……やっぱり無理か……?)」

 だが、それだと抗争は続くことになる。

 無理だと思っても、これはやるしかないのではないだろうか。

 そうやって、自分自身に言い聞かせる。

 そして問いかける。

 「(どうすればいい……? あいつらの仲間であり、奏の味方でもいられる俺が、何とかしなくちゃいけないんじゃないのか……?)」

 そうだ。これが出来るのは、俺しかいないんじゃないのか?

 あいつらと、奏の間に取り持つことができる存在はただ一人。

 それは、俺自身じゃないだろうか。

 俺は、決意する。

 「……なあ、協力してくれるか?」

 俺の言葉に、奏は言い返す。

 「それはこっちの台詞じゃない……?」

 「そ、そっか……そうだよな……」

 “天使”に何を言っているのだろう、俺は。

 とことん自分の馬鹿加減に笑えてくる。

 「……わかったよ、奏。 卒業させよう、ここから、みんなを」

 俺がはっきりとそう言うと、奏はどこか嬉しそうに、天使のような微笑みを浮かべてくれた。

 

 

 

 

 「……随分と、泣かせる話じゃない」

 

 

 

 突然の声に、俺はぎくりと驚く。奏もその声に反応するように、俺と同じ方角に視線を向けた。

 そして俺たちの前に顔を出したのは、長い金髪を流した蒼い瞳の少女。俺がよく知っている、たった一人のパートナー。

 「さ、沙耶……ッ!? お前、いつから……」

 沙耶は俺の動揺ぶりを見て、ぷっと吹き出す。可笑しいと言いたげに笑いながら、沙耶は俺たちの方に歩み寄る。

 「あなたが立華さんに頭をなでなでしてもらってる時からよ」

 むしろ俺が目覚める直前からだった。

 ……っていうか、やっぱりあの感触は奏の手だったのか。今更ながら、顔が赤くなってしまう俺だった。

 「何だか入りづらいというか、見てて面白い空気だったから、こっそり観賞させてもらったわ」

 「全然気付かなかったぞ……」

 「あたしは隠密行動が売りのスパイよ? 気配を消すことぐらい、朝飯前よ」

 あるだけある胸を張りながら、沙耶は誇らしげに答える。

 「それより、音無くん、立華さん」

 「な、なんだよ……?」

 突然切り替わるように、沙耶は真剣な表情になって俺たちのそばまで歩み寄る。

 「話は全部聞かせてもらったわ。 あたしも、協力する」

 「え……?」

 俺は、沙耶が言ったことに一瞬理解ができなかった。奏も微かに驚くような色を見せる。

 「沙耶、今なんて……」

 「あなた、耳が悪いの? もう一度言うけど、あたしはあなたたちに協力するわ。 話はそこで聞かせてもらったからね」

 「な、何故……」

 「何故って、そこまでおかしいことかしら? ここまで知ってしまって、協力しないわけないじゃない。 それに、あたしは音無くんの唯一無二のパートナー。 パートナーのすることは、全力でサポートするつもりよ」

 「沙耶……」

 協力すると言ってくれた沙耶。俺たちの目的を成すための仲間が増えたことに、俺と奏は喜びを隠せない。俺にとっても、ここまで沙耶が付いてきてくれることは本当に有難いし、心強い。

 「沙耶、ありがとな……」

 「ば、馬鹿ね…! お礼を言われるまでもないわよ…ッ!」

 沙耶は顔を赤くすると、ふんっとそっぽを向いてしまった。

 そんな沙耶を前にして、俺と奏は顔を見合わせて笑った。

 「な、なに笑ってるのよ…!」

 「……本当に、ありがとうね沙耶」

 今度は奏にも言われて、沙耶は更に顔を赤くする。

 「私も、沙耶って呼んで良いかしら……」

 「う、うう……す、好きにしたら良いじゃない……」

 「じゃあ、好きにするわ……沙耶…」

 「ううう…ッ」

 耳まで赤くなっている沙耶を見て、俺は耐えきれずに噴き出してしまう。

 「う、うがぁぁぁぁ―――――ッッ!! 笑いすぎだぁぁぁぁぁ――――ッッ!!」

 「ははは、悪い……くっ」

 「いい加減にしないと、撃つわよ……?」

 「すみません」

 いつの間にか俺の額にぴたりと拳銃を向けていた沙耶に向かって、俺は即座に謝罪する。

 呆れるように溜息を吐く沙耶が拳銃を仕舞い、頭を下げる俺の横ではベッドにいる奏がくすくすと微笑んでいる。

 何だか、全然悪くないと思えてしまう俺だった。

 「……それに、それだけじゃない」

 「……?」

 顔を上げた俺の目の前には、沈鬱な影を落とした沙耶の表情があった。

 「あたしにも、記憶の呪縛から解放させてあげたい人がいるから……」

 沙耶の寂しげに揺れる瞳は、沙耶が言っているその人を見ているのだろうか。

 そこで俺は、沙耶の気持ちが俺たちと近いものであることを知ることが出来た。

 俺は、沙耶の前に手を差し伸ばす。

 「これからもよろしくな、パートナー」

 「音無くん……」

 沙耶は少し驚いたような表情で俺の方を見据えていたが、やがていつもの笑みを浮かべて―――

 「ええ、よろしく」

 と、俺の手を握り返してくれた。

 ここに、俺と沙耶、奏、三人の戦線が成立した。この世界から、みんなを卒業させるという使命を持って、俺たち三人は結束した―――

 

 

 

 そして、翌日になって奏は生徒会長に復帰することになった。奏を生徒会長の席から失墜させたきっかけとなった戦線によるテストの偽造工作。その真実を表に明かすことによって、奏の潔白を証明させて生徒会長席に復帰させる。戦線の彼らの過去を引き出すには、奏が再び生徒会長として敵に戻った方が良い。そんな提案が沙耶の口から上げられたからだ。

 奏は再び敵役を演じるために、生徒会長に復帰した。

 そしてあの作戦に関与した俺やゆりたちは、全員反省文を書かされる羽目になった。

 日向たちの愚痴を流しながら、俺と沙耶は黙々と反省文を適当に書き連ねる。

 俺はペンを動かしながら、思いに耽る。

 みんなの過去を引きだすためとは言え、再び奏を戦線の敵にして、対立関係に戻してしまう。それは、奏には悪いことをさせてしまっていると思う。

 でも、全てが終わったらきっと―――

 俺はふと、反省文を連ねる手を止める。

 終わったら―――?

 俺は、ぽっと沸いた疑問を、思い浮かべる。

 その時―――俺たちはどうなるのだろう、と。


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