Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION― 作:伊東椋
普段、授業中等の時間に限っては特に使われていない空き教室が、私たちガルデモの練習場所だった。たまに音楽室を使わせてもらう事もあるが、授業でよく使われている事もあるし、放課後は吹奏楽部や合唱部と言った部活動が主流になっているから、私たちが我が物顔に使わせてもらうわけにはいかない。いくら相手がNPCとは言え、音楽の聖地に土足で踏みにじるような真似はしたくない。
だから、私たちガルデモは結成当時から、誰にも使われていない、誰にも迷惑を掛けないような、自分たちが心おきなく練習が出来るこの教室が、昔からの私たち専用の練習場なのだ。
今日も勢いがあり、旋律を奏でる私たちの音楽が教室に響き渡る。が、それは普段と比べるとずっと欠落した部分があった。
「……………」
一息演奏を終え、無言になる私を、おどおどとした二人の後輩の視線が突き刺さる。
沈鬱な重い空気の中、シンとした静寂が糸を張っている。
「……や、やっぱりボーカルがいないとしっくり来ないですね~」
ベースギターをさげた関根が、空気を壊すような口を開いてみせる。一瞬、入江から動揺した雰囲気があがったが、すぐに関根に合わせるように続ける。
「そ、そうだね……しおりん…」
「全く、ユイってば一体どこに行きやがったんでしょうね。 ねえ、ひさ子先輩ッ?」
「私が知るか」
「あう……」
「……………」
今、この場にいるガルデモはメンバーが一人足らなかった。
二代目となる我らのボーカルなのだが、いつもの破天荒ぷりの勢いで、どこかに突っ走って行ってしまった。
あいつの性格は今に始まった事ではないし、いつまでもぐちぐちと気にしていても仕方が無いのはわかっているが―――
私たちガルデモは、誰一人メンバーが欠けてしまっては、成り立たない。
それを、あいつは理解してくれているのだろうか。
後輩に当たってしまう自分への苛立ちも混ざって、私はますます理不尽な苛立ちを覚えてしまう。
そしてそれを紛らわせるような感覚で、ボーカル無しで練習を続けた事に対しても―――
「……一旦休憩。 しっかり休んどきな」
「「は、はいっ」」
仲良しコンビである二人はすぐに互いに固まりながら、各々の持ち物から水を取り出している。先程から私に気を遣ってくれていることはわかっているが、自分は何も応えてやれない。
「はぁ……」
思わず、溜息が漏れてしまう自分にもうんざりする。
後、この言い様のないもやもやした感覚が何なのか。それが理解できなくて、良い気分になれない。
そしてふと、先までのユイとの言い合いを思い出す。
「(私もちょっと言い過ぎたか……? いやいや、あいつは岩沢のようにいかないんだ。 もっとあいつのためにも、厳しくしてやらないと……)」
私はそう考えて、気付いてしまう。
特に何かあると、私はついユイと岩沢を比べてしまう。
最高のメンバーであり、ボーカルだった音楽キチ。岩沢と言うボーカルがいた頃のガルデモで演奏した日々を忘れない。
でも、今あいつは居ない―――
かつて岩沢(あいつ)がいた場所には、ユイがいるのだから。
「~~~~~ッ」
くしゃくしゃと頭を掻く私を、関根と入江が不安げに見詰めている。
「ああ、悪い……気にしないでくれ」
先輩の私がこんな調子では、後輩を不安にさせてしまうのは当然だ。岩沢がいなくなった以上、ユイや関根、入江と言った後輩たちを見てやらないといけないのが、私の役目だ。
だが、そんな私でも、彼女たちは私に気さくに声を掛けてくれる。
「あの、ひさ子先輩……あまり気にしなくても良いと思いますよ?」
「そーだよ、先輩ッ! ユイのことですから、またすぐに戻ってきますって!」
「お前ら……」
二人の優しさが、暖かく胸に溶け込んでくるみたいだった。
先輩の私が、後輩に面倒を見られてどうするんだか……と、私は苦笑してしまう。
「せ、先輩……?」
「いや、悪ぃ。 そうだな、あいつのことだから、是が非でも天使からギターを取り返して、またうるさく戻ってくるか」
「そーですよ、先輩ッ!」
「それまで私たちは、お茶でもしてユイの帰りを待っていましょうよ」
さっきまでの変に重い空気はどこへやら、今となってはいつものガルデモの空気だ。
重くさせたのは、私自身なのだが。
良い後輩―――いや、仲間を持ったなとつくづく思う。
勿論、岩沢やユイも含めて、な。
そして私は、新たにもやもやとしていた気持ちが、ここで明らかになった。
「ただ……正直、不安だったのかもしれない」
「え?」
「先輩?」
きょとんとした二人の視線を浴びながら、私は柄でもない事を言い出す。
「もしあいつがこのまま、私たちの所に帰ってこなかったら……と、思っちまってさ」
「ひさ子先輩……」
「……………」
自分でも、何を言っているのだろうなと思う。
「ごめん、忘れてくれ」
また、脳裏に岩沢の面影がチラつく。
あの日を境に消えてしまった私たちの仲間。
そして、そんな岩沢が立っていた場所にいるユイ。
もし、ユイもいなくなってしまったら―――?
そんな最悪な事まで考えてしまう自分が――――嫌で。
何より、そんな最悪な事自体が―――もっと嫌で。
私は、ちょっと変になっていたのかもしれない。
「大丈夫ですよ、先輩」
「……?」
一人だけ暗い陰にいる私を、呼びかけるその声に振り返る私。そこには頼もしい程に笑顔を輝かせる二人の後輩がいた。
「あのユイがただで消えるとは思いません。 あいつはいつまでも私たちの隣で一緒にうるさく騒いでいる方がお似合いですからッ!」
関根がいつものユイに次ぐ高いテンションで、明るく言い放ち―――
「しおりん、言っていることが何気に酷いよ……」
入江が遠慮がちに、だがクスクスと笑みを漏らしながら―――
私に、その嘘のない笑顔を向けていた。
「……ああ、そうだな」
私は素直に、同意するように頷いていた。
そう、私たちは誰一人欠けない。
何故なら―――
―――私たちは、“五人”でガルデモなのだから―――
「おーっす、ちょっと失礼するぜ……って、あれ? ユイの奴はいないのか」
ガラリと扉を開けて、私たちの教室に顔を出したのは日向という男だった。普段からよくユイと絡んでいるような奴だ。
「ああ、いないぜ」
「どこに行ったんだ?」
「さぁね。 飛び出しちまってそれっきりさ」
「何だそれ……」
ユイの不在を聞くと、日向は「そっか……」と、頭を掻きだす。
「何か、ユイに用でもあるのかい?」
「まぁ、な……大した用でもないけどよ」
「私たちから何か伝えようか?」
「いや、大丈夫だ。 ちょっくら自分で捜してくるわ」
踵を返し、私たちの教室から立ち去ろうとする日向を、私は声をあげて呼び止めていた。
「おい!」
「?」
私に呼び止められて、ぴたりと止まった日向が振り返る。
「何だよ?」
「あんたに頼みがある」
「頼み?」
意外そうな顔を浮かべる日向に、私はすっと空気を吸い込んだ。
そして、その言葉を紡ぐ。
「もしユイを見つけたら、必ずここに連れて帰ってきてくれ。 まだ、私たちガルデモの練習は終わってないんでね」
私の頼みごとに、日向は少しだけ驚いたような表情で黙って私の方を見詰めていたが、やがて私の瞳を見据えると「ああ」と頷いてくれた。
「任せろ、あいつは必ず捜し出して首根っこ掴んでも連れ戻してやんよ」
日向はニッと笑みを浮かべてそう言い残すと、颯爽と私たちの前から走り去ってしまった。
「ひさ子先輩、どうしてあんなことを?」
首を傾げた関根や入江が、変に笑みを浮かべている私に問いかける。
それに、私は率直に答える。
何となく、私たちよりあいつの方が、ユイを捜し出して連れて帰ってきてくれる。そんな気がしたからだ。
ユイに関しては、悔しいがあいつの方が私たちよりある意味近しい存在なのかもしれないからね。
それを聞いた関根は意地悪そうな笑みを浮かべ、入江は小さく笑うのみだった。そして私も、くくっと喉を鳴らして笑っていた。
本当にガルデモは――――最高のバンドだよ。
私たちは待ち続ける。いつもの教室で、いつものメンバーでいつもの練習をするために、私たちは奴とツーショットでここに戻ってくる光景を想像しながら、待ち焦がれるのだった。