Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION― 作:伊東椋
俺が頭を何度もかち割られる思いをした甲斐あって、ユイは見事にジャーマンスープレックスを成功させて見せた。ユイのやりたかった事が一つ叶ったのだ。だが、ユイのやりたい事はまだまだ他にも沢山ある。ここで終わるようであれば、俺も楽なのだがそうもいかない。
「次はサッカーにするか。 一対一のPKで良いよな?」
「嫌だよ、五人抜きのドリブルシュートじゃなきゃ」
「……………」
そう、楽にはいかない。
と言う事で、俺はユイが言うマラドーナ劇を再現させるために、また奔走する事となる。
ユイのやりたかった事、とは生前、身体が不自由だったために出来なかった全てだ。
それはやっぱり、外で遊ぶような、身体を動かすような事ばかりだった。
ジャーマンスープレックスと言ったプロレス、そしてサッカー。
サッカーの時は日向たちを何とか言いくるめるのに苦労した。
ゴールまでのドリブルをする間に、野田やTKたちを足蹴にしていったようにしか見えない光景で、本当にあれでやり遂げた事になったのかが実に怪しい所だったが、過程はどうであれ、ユイ自身は満足しているようなので良しとした。ついでに助っ人の助力もあった事だしな。
そして、俺たちは次のステージへと向かった。
「よぉし……、じゃあ次! やりますかッ」
言いながら、ユイはバッターボックスに立ち、バッターを手に持ちながら構えを取る。そう、俺たちはグラウンドでのサッカーから、いつかの球技大会で戦線が暴れた野球場へと場所を移していた。
「その前に、どの辺まで飛んだらホームランって事にするんだ?」
「そんなのフェンス越えに決まってるじゃんっ」
当然と言わんばかりの口調で、ユイはバットを俺の後方の遥か彼方に指して言う。俺は呆れて「マジかよ…」と呟きつつ、溜息を吐いた。
「…とにかく、思い切り打ってみろッ」
とりあえず、マウンドに立つ俺は手にした白球を投げることにした。バットを構えるユイを視界に捉えながら、俺はボールをど真ん中へと投げ込む。
「―――ッ」
放物線を描きながら飛び込んできたボールが、当たりの良い音と共に、振られたバットに当たった。バットに当たったボールはそのまま空に向かって高く打ち上げられる。
「やった! 当たったぁッ!」
バットにボールが当たった事象と快感に喜びの声をあげるユイだが、課題の解決にはならない。
「当たりゃ良いって問題じゃないからな……もっとボールをよく見て、バットの芯で当ててみろよッ!」
助言をユイに与えてから、俺は再びボールを投げ込む。
それを再び振り込んだバットに当てるユイ。キン、と高い音をあげて、今度は地面にバウンドして俺の横を通り過ぎていく。
「ボールの上を叩き過ぎてる」
再び投げる。
キン。
今度は空に吸い込まれていく。
「今度は下過ぎ!」
勢いの余りに体勢をよろけさせているユイに、俺は言葉を投げかける。
「―――とりゃぁッ!」
「目瞑ってて当たるかぁッ!」
ユイのホームランを目指した野球は、思った以上に難題であると俺は思い知らされることになるのだった。
キン。
音は良くても、ユイに打たれたボールはごく簡単に受け止められる。
「…非力だ」
その手に収まったボールは、当然ではあるが、女の子が打ったボール以外の何物でもなかった。
その後も、俺たちの練習は続いた。
「ほら、頑張れッ!」
「頑張ってるよぉ……ッ!」
確かにユイは頑張ってはいたが、その努力が実るのはまだ先のようだった。
俺もとことん付き合うことになる。
「(そういえば……沙耶(あいつ)は今頃どうしてるんだろうな)」
俺はふと、ユイとの練習に付き合っている間に、パートナーの事を考えていた。
「(さっき見たのは……やっぱり沙耶だよな。そして、一緒にいたのは……)」
ユイと中庭でジャーマンスープレックスの特訓中、見かけた沙耶ともう一人の女子生徒。
顔は知らなかったが、おそらく俺たちと同じだろう。そして、きっと沙耶が言っていたのはあの女子生徒の事だったのだろう。
俺は気付いている。
きっと今の俺のように、沙耶は沙耶なりに自分の役目を果たしている。
「(そうだ……沙耶も向こうで頑張ってる。 だから、俺もしっかりと自分の決めた事ぐらい出来ないで、どうするんだ…!)」
それにこれは三人共通の使命とは言え、元はと言えば俺が言いだしっぺのようなものだ。
なら、俺がしっかりと果たせないでどうする。
「ほら、もう一回!」
だから俺はどこまでも付き合おう。最後まで走ってみよう。
今、目の前にいるこいつも一緒に。
日もそろそろ暮れ始め、辺りが暗くなり始めた頃、遂にユイが身体をふら付かせるようになった。
「はう…ッ」
いよいよユイの膝が折れ、手に持つバットもその頭を地に落としてしまう。ユイの身体は明らかに疲労によって限界だった。
「駄目だお前……疲れて握力が落ちてる。 これ以上続けても今日は無駄だ」
「えぇ~……」
俺の言葉に唸りの声をあげるユイだったが、その身は正直に疲労感を表していた。その日は仕方なくそこで止め、ユイを女子寮まで帰らせるのだった。
翌日、昨日に続いて野球場で野球を行う俺とユイ。やる事は昨日と同じ。俺がユイにボールを投げ続け、ユイもバットを振りかぶり続ける。それはユイがホームランを打つまでは続くことになる。
「おりゃあああッ!!」
相変わらず威勢は良いが、事態は中々進展しない。ユイの努力は十分に伝わってはいるのだが。
「―――てぇいッ! ―――どっせぃッ!」
ユイの威勢の良い声と、キン、キンと鳴るバットの音が野球場に響く。それが止む事はない。
「掛け声ばかりデカくても、当たりはちっともデカくないぞぉッ!」
「―――ッ! まだまだぁ……ッ!」
肩を上下させても、ユイの瞳の内に見える炎は決して衰える事はない。その細い両脚をしっかりと地に付け、踏ん張りながらバットを何度も構え、そして振り続ける。それを何度も繰り返す。
ユイは懸命にバットを振り続け、バットがボールを打つ音は、ユイの掛け声と共に日が暮れるまでいつまでも続いた。
ボールがユイの振ったバットの後ろへと通り過ぎていく。バットを振る頃には、既にボールは地に落ちていた。
「あ、あれ……?」
息を切らしながら、ユイは転がったボールを見詰める。
「……暗くなってボールが見えなくなってるな」
気が付けば、既に日は暮れて辺りはほとんど暗い。バッターボックスに立っているユイの姿さえ、ぼんやりと薄暗い空気が隠そうとしている。
「また明日だな……」
「えええぇ~~~……」
案の定、ユイはまた落ち込む声をあげて、肩を落とした。
今日も出来なかった、と言う風に落ち込んだユイの横顔を黙って見送った俺は、一人、後片付けを始める。散らばったボールを拾っていく俺のそばに、近付く影があった。
「お前ら、何やってんの?」
その声に振り返った俺が見た先には、屈託のない笑みを浮かべた日向が、バッターボックスに立っていた。その手には、さっきまでユイがずっと持っていたバットがある。
「よっ」
バットを一振りしながら、日向は言った。
そんな日向に、俺はボールを手に見せながら問いかける。
「お前もやるか? 本気の野球」
「フルスイングか……最近してねえや」
何かの思いに耽るように、目を閉じながら言う日向は、バットの持ち手をぎゅっと握り締める。
そしてバッターボックスの位置を足で確かめると、バットを手に構えの姿勢を取る。
「そういうのも……良いかもな」
そんな日向に、俺は試合をやるようなつもりで、思い切りボールを投げる。
そして日向も―――
キン。
思い切り、バットを振った。
日向が振ったバットに当たったボールは刻み良い音を鳴らすと、空に浮かぶ黒い雲へと吸い込まれていった。