Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION― 作:伊東椋
あたしがSSS(死んだ世界戦線という名で落ち着いたらしい)に入隊し、音無くんとパートナーを組んだ後、あたしと音無くんは訓練に精を出していた。
最初は銃の扱いさえ慣れていなかった音無くんだったけど、あたしの有難い指導によって、人並みには使いこなせるようになっていた。ま、あたしの手に掛かれば造作もないことよ。
「いい? 音無くん。 銃を持つということは、いつ敵に撃たれても良い覚悟を持ったということなの。 自分の身は自分で守る。 これ、世界の常識ね。 他人にすがって守られるような弱虫は弱肉強食の世界では生き残れないわ!」
「お前の言っている世界というのは、どこの世界のことを言っているんだ?」
「無駄口叩いている暇があったら、少しでも早く腕を上げなさい! いつまた戦いが起こるのかわからないんだから」
「へいへい…」
「返事はサー・イエッサーと、あれほど言ったでしょうがぁぁぁッッ!!!」
「ぐおッ!?」
あたしは容赦なく音無くんの後頭部を銃で殴り倒す。後頭部を抑え、悶絶する音無くんを見下ろす。
「貴様のようなヒヨッ子を鍛えてやっているんだ、感謝しろウジ虫ッ!」
「お前………どこの鬼軍曹だよ……」
ていうかこの場合イエッサーじゃなくてイエス、マムじゃね?と呟いた音無くんの尻を蹴り飛ばしておく。
あたしはゲシゲシと音無くんの尻を踏みにじりながら、罵倒を続ける。
「ほらッ! 今度はあの的を全弾ど真ん中に当てなさいッ!」
「無茶言うなぁ……って、ん?」
立ち上がって、銃を構える音無くんだったが、何かに気付いたように目を丸くしていた。
「あれ…?」
「どうしたのよ」
「弾切れだ。 新しいのをくれ」
「はぁ……弾切れに気付かないなんて、あなた、素人?」
「少なくともプロではないな……いいから、早く弾寄越せよ」
「仕方ないわね……」
あたしは新たに弾倉(マガジン)を音無くんに渡そうと、弾薬や武器が入った箱の中をあさる。しかし、どの弾倉にも弾は入っていなかった。
「おっかしいなー……何よ、どれも空じゃないのよ……どうなってるの?」
「こりゃ、今日の訓練はここまでだな……」
「何言ってるのよ。 必ずどこにあるはず……」
と、その時。音無くんとあたしが持つ連絡用の無線の着信音が鳴る。ピー、ピーという音の後、我らが戦線のリーダーさんの声が伝わる。
『全員に通達。 これより今後の活動に関わる重大な作戦会議を始めるため、全員作戦本部に集合。 以上』
どうやら、余程大事な用件らしい。
あたしは空ばかり収まった弾倉を諦めると、音無くんと共に、向こうに見える校舎へと足を運んだ。
―――校長室。対天使用作戦本部。
戦線の根城と化した校長室。それは仮の姿であり、本来は対天使用作戦本部としての機能を果たしている。その部屋の主として君臨するように、校長の椅子にはゆりっぺさんが腰を下ろしている。そして室内にはあたしたち戦線の主要メンバーがほぼ集結していた。
眼鏡が知的に見えて実は馬鹿と噂の高松くんが、その場にいる全員に報告を読み上げる。
「武器庫からの報告によると、弾薬の備蓄がそろそろ尽きるようです。 次一線交えるには補充する必要があります」
成程、天使と戦う唯一の手段である武器の補充は確かに重大な項目だ。武器が無くては、あの特殊な能力を持つ天使とは戦えない。
「しかも、ここ最近の弾薬の減り用は異常であるという報告もあるので、更に弾薬の補充が急務に必要です」
ぎく、と一瞬震えそうになったが、なんとか平静を保つ。
音無くんがジトッとした視線であたしを見るが、そんなものは完璧に無視する。
「そう。 なら、今回の作戦はギルド降下作戦で行きましょう」
ギルド降下作戦。
一瞬空の上から落下傘で降り立つ自分を想像してしまったが、そんなものはただの思い違いであることがすぐに思い知らされた。あたしたちが向かった先は体育館だった。そしてその地下にはギルドという、いわば兵器工場のような空間があるらしい。地下にあるギルドに向かうために、降下作戦という名前が付いているようだ。後で音無くんも同じことを考えていたと知って、同じ思考回路だったことに少しショックを覚えた。
“地下”という空間に、あたしは違和感を覚える。
地下に降り立った時、あたしは何故かデシャヴを感じた。
そうだ。
あたしの愛読書にも、地下迷宮というステージがあったけ。女スパイの主人公がパートナーと一緒に潜入して、地下迷宮の敵とトラップと戦いながら勇敢に潜りぬけていくという熱い展開だったと思う。
今正に自分があの漫画の主人公たちと同じ立場に立っていることを感じて、あたしは無性にその身の内から何かを奮い立たせていた。
「ギルドには事前に報告してあるから、トラップの心配はいらないわ」
この地下にもトラップが存在したようだが、ゆりっぺさんのその言葉を聞いて、一人がっかりするあたし。落胆するあたしを、音無くんが訝しげに見ていたが、気にしなかった。
と思いきや。
初っ端から野田くんが、トラップと思わしきハンマーによって吹っ飛ばされた。
この人、吹っ飛ばされるのが好きなのかしら。
無残に死亡した野田くんの犠牲によって、トラップが解除されていないことに気付き、動揺するメンバーたち。だけどその中で一人だけ、あたしはわくわくしていた。
だって自分の好きな漫画にあったことや、自分が主人公と同じポジションに立てると、嬉しくなるのは当然のことでしょ?
「よっしゃぁぁぁぁ――――ッッ!! ヘイッ! トラップカモォォォンッッ!!」
という言葉を大いに叫びたい衝動に駆られたが、あたしは心の中にひっそりと閉まっておいた。
一人、音無くんが最後まであたしのことを可哀想な人を見る目で見ていたが、気にしな………そろそろ殺してあげようかしら?
「……言っておくけどな。トラップが解除されていない=天使侵入っていうことだからな。忘れてないよな?」
安心なさい、あなたのことは全然気にしてないから。
そんなこんなで、トラップ満開の危ないギルド降下作戦が始まった。
―――ギルド連絡通路 B3
襲いかかる巨大な鉄球。遠くに響き渡る高松くんの悲鳴。
「高松の声……やられちまったかぁ……」
ここで高松くん脱落。
それにしても何なのよ。このベタなトラップは。最初から楽しませてくれるじゃない。
さぁ、次はどんなトラップかしら?
「お前……もしかして楽しんでないか?」
―――ギルド地下通路 B6
「ぐおぉぉぁぁぁあああぁぁッッッ!!!」
お見せできないショッキングな光景。嘘か本当かわからない柔道五段の松下くんがその大きな身体をレーザーでスッパリと料理されちゃったみたい。その光景を目の辺りにしてゲロゲロになってる人が約一名。かわいそうに。
「本格的ねぇ……燃えるわ…ッ!」
「お前なぁ……」
―――ギルド連絡通路 B8
落下する天井。それを受け止めるTK。
「今なら間に合う…ッ! OH,飛んでいって抱き締めてやれぃ……」
この人、喋れるのね。
各々の去り際の言葉を残し、天井を受け止め続ける勇敢なるTKを残し、あたしたちは無事に脱出する。
そしてTKは天井の塞がれていく隙間の奥へと消えていった。
「やるわね……でも、まだまだよッ!」
「……もう何も言わないぞ、俺は」
―――ギルド連絡通路 B9
今度は床が落ち、大山君が奈落の底へと消えていった。
足に捕まって宙ぶらりんになるあたしたち。一番下にいた音無くんから、上にあがっていくことに。
「うぐ…ッ!! ……ッ!!」
あ、これは結構痛い。音無くんが這い上がっているせいで、あたしたちは下に引っ張られている強い感覚を味わうことになった。
音無くんが、ぴたりとあたしの足の所で上がってくるのを止める。
「……な、なにしてるのよ。 早く上がってきなさいよ……」
「どこ掴めばいいんだよ…ッ!」
考えてみれば、上まで上がるには音無くんがあたしの身体のどこかを掴んだり何なりして、あたしの目の前を通らなければならない。
そんな簡単なことに今更気付いたあたしだったが、恥ずかしい思いをしている暇はない。もたもたしていると、全員が落ちてしまう。
「は、早くしないとみんな落ちちゃうじゃない…!」
「……ッ! わかってるよ……ッ!」
決心したのか、遂に音無くんが思い切りあたしの身体に抱きつくように上がってくる。音無くんの顔があたしの胸下部分に埋まり、あたしの恥ずかしさが最高潮に達するが、ぐっと抑える。
「?」
何故かそこで動きを止めた音無くん。ちょ、ちょっと…ッ!そこで止まってくれるとあたしが非常に困るんだけど……ッ!?
しかし音無くんはすぐに上るのを再開する。お互いに息がかかるような至近距離で顔と顔が遭遇してしまった。
「何でお前、前向いてるんだよ…!」
「い、いいから早く上りなさいよ、馬鹿…!」
そうして、音無くんは無事に上り終えることができたようだ。途中でゆりっぺさんや椎名さんという女の子も越えていったが、なんとか上りきれたようだ。
「これは帰ったら更に厳しい訓練が必要みたいね……って、きゃああッ!!?」
ムニュッという何かに思い切り掴まれる感触。
キッと下を見下ろしてみると、青い髪があたしの視界に入った。
「―――どこ触ってんのよ、このドスケベッ!!」
そして、あたしの蹴りが見事に日向くんに命中。日向くんは断末魔を叫びながら、奈落の底へと落ちていった。
上りきる事が出来たのは、あたしを含め、音無くん、ゆりっぺさん、椎名さんと藤巻くんの五人だけだった。
「ふん、新入りが二人も生き残るとはな。 次はてめぇらの番だぜ?」
―――ギルド連絡通路 B13
あんなことを言っていた藤巻くんがぷかぷかと水に浮かんでいる。水は更に流れて増えていく。
このままここにいてはいずれ溺れ死んでしまう。既に藤巻くんが死んでるけど。
「こいつ、カナヅチだったのか……」
「出口はこっちだ。 来い」
出口を見つけた椎名さんに続いて、あたしたちも水中を潜る。
―――ギルド連絡通路 B15
「不覚ッ! ぬいぐるみだったぁぁぁぁ………」
流れてきた子犬の玩具のトラップに騙され、子犬の玩具を抱き抱えて滝壺に落ちていった椎名さん。
案外、抜けてる所というか、可愛い所あるのね……
「ていうか、あれもトラップなのね……」
ここのトラップは……どうしてあたしをここまで楽しませてくれるのかしら。
ふっふっふっ、次はどんなトラップかしら?
「ギルドはまだ先なのか?」
「もうそろそろ着くわよ。 トラップは今ので最後だから安心なさい」
「……………」
「ど、どうしたの沙耶さん? そんな所で愕然として……」
「あー、あいつは放っといていいからさっさと行こうぜ」
勇み良く足が進むゆりっぺさんと音無くんの後ろで、あたし一人がとぼとぼと、まるで欲しかった玩具を買ってもらえなかった子供の如き落ち込み様で歩いていた。
まだ……まだ満足じゃないのよ。もっとこう、凄くて色んなトラップが死ぬ気で襲いかかるスリルを、あたしは求めていたのよ……
「……彼女、一体どうしたの?」
「気にしないでやってくれ……気にする方が無駄だから」
二人の会話にも、あたしにはどうでも良いことだった。
まぁ、それにしても全てのトラップを潜りぬけてきたあたしも凄いと思わない?さすが主人公。あたしの手に掛かればどんな困難なトラップもちょろいもんよ。あれ?そう考えると、結構イイかもしれない…
「ふふ、うふふふ、まるであたし、最強のスパイみたいじゃない……うふふふ……あーはっはっはっはっ!!」
「ちょっと彼女、本当に大丈夫なの?」
「……多分、な」
引いている二人に構わず、あたしは大っぴらに笑った。
「あーはっはっはっはっ」
ピン。
「―――は?」
何か、足に引っ掛かった感触。まるで、張り詰めた細い線に触れたかのような……?
ドゴッ!! ボゴッ!!
「きょげッ!!?」
突然、あたしの頭上にどこから降ってきたのかわからない金ダライが二つも落ちてきた。落下してきた金ダライがあたしの脳天にクリーンヒット。あたしは頭の上に星を瞬かせながら、顔面から地面にキスするように倒れてしまった。
「―――!?」
驚愕するあまり、声が出ない二人の気配。
あたしも、何が起こったのかわけがわからなかった。
「な、なんだ今のッ!? あれもトラップなのかッ!?」
「あたしたちが知らない内に、新たなトラップが作られていたのね……」
「それにしては今までのトラップと比べて随分としょぼいなッ!」
未だに星が瞬く頭の中で、あたしは己の無様さを嘆いた。
全てのトラップを制覇したかと思いきや、最後の最後でトラップの餌食になるなんて……しかも、すっごくしょぼい、まるで小学生が作ったかのようなトラップにッ!!
「さ、沙耶ッ! 大丈夫か……?」
駆け付けてくれた音無くんが、倒れたあたしを起こしてくれる。
「ふふ、うふふ……」
「沙耶……?」
「ふふ……滑稽でしょ? 最後の最後でこんなしょぼくて低能なトラップに引っ掛かるなんて……おかしいでしょ? 滑稽でしょ? 笑いたければ笑いなさいよ、あーはっはっはって!」
「何もそこまで自分を卑下にすることもないだろ……ほら、立てるか?」
「うう……」
音無くんの手を借りて、あたしはなんとか立ち上がる。うう、まさかこんなトラップにやられるなんて……惨めすぎるわよ、あたし。
ギルド目前にして、あたしもトラップの犠牲者となったのだった。
―――ギルド。
そこは対天使用の武器や弾薬を製造している、云わば兵器工場のような場所だった。ここで戦線が天使と戦うための武器を生産し、地上に送り届けている。地下にあるのは、天使からこのギルドの存在を隠蔽するためだった。
しかし、今回の天使侵入により状況は予断を許さない有様になってしまった。天使がギルドまで到達してしまえば、ギルドもお終いだ。武器の補充が不可能となり、戦線の活動に著しい影響を及ぼしてしまう。
最悪の状況を打開するため、やむなくギルドを破棄することが決定された。
オールド・ギルドへの道を確保し、ギルドを爆破する時間稼ぎのために、あたしたちは天使を足止めする役目を買うこととなった。