Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION―   作:伊東椋

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EPISODE.62 Love Song

 夕焼けに染まる野球場の一角で、気が付けば、俺は声をあげて飛び出していた。

 「―――俺が、してやんよッ!!」

 俺の声に驚いた二人の目が、俺の方に向かれる。そして俺はその中でただ一人、バットを落とした小さな女の子を真っ直ぐに見詰めた。

 「……ひなっち…先輩……」

 ユイの丸い瞳が、俺を映している。随分と驚いているみたいだが、無理もない。音無に向けた質問に、俺がいきなり場外から声をあげて乗り出してきたのだから。

 「日向……」

 二人の方に近付く俺に、音無が俺の名前を漏らす。俺は音無の脇を通り過ぎて、そのままユイの方へと歩み寄る。

 俺は、ユイを前に見据えて立ち止まる。

 「(こんな貧弱な身体で……細い腕で……こいつは今まで一生懸命やってたんだな)」

 見れば、ユイの身体はボロボロだった。体操服は土や泥で汚れ、下ろされた手には豆が垣間見え、幾つもの絆創膏が貼られていた。

 「(そう、こいつは普段はひでえ暴力女だけど……本当に何かをやる時は、一生懸命なんだ……)」

 そして、そんなユイを俺は誰よりも知っているつもりだ。何故なら、俺はいつもこいつの事を見てきたから。

 「俺が結婚してやんよ」

 「……!」

 俺はこいつと違って、何もかも適当に過ごしてきた。

 何かに本気になった事なんて、今までになかったのかもしれない。

 だから、何事も本気で取り組むユイの姿に、俺は感化されていたのかもしれない。

 俺はユイと違って、いつだって適当だった。

 だが、これは違う。

 そう、これこそが俺の―――

 「―――これが、俺の本気だ…ッ!」

 俺の本気は、ユイに伝わったのだろうか。

 ユイは驚いたような悲しいような、複雑な表情を浮かべると、ぽつりと漏らした。

 「そんな……先輩は……本当の私を知らないもん……」

 ユイは、そう言った。

 だが、俺は否定した。

 そんなことはない。俺はユイの事を誰よりも知っている気でいる。それが本当に気の所為だったとしても、俺はそう信じる。

 「……現実が、生きてた時のお前がどんなのでも、俺が結婚してやんよッ!」

 そして、俺のこの想いは、紛れもない本物だと断言してやる。

 「たとえお前が、どんなハンデを抱えてでも……ッ」

 「ユイ、歩けないよ……? 立てないよ……」

 「どんなハンデでもつッたろッ!!」

 「―――ッ!」

 ユイの息を呑む気配が伝わる。

 俺は、思いの丈をぶつけるように続けた。

 「歩けなくても、立てなくても、もし子供が産めなくても……それでも……」

 俺の言葉を聞くユイに、俺はもう一度、更にはっきりと告げてやる。

 「俺はお前と結婚してやんよッ!!」

 ユイが、微かに顎を上げて、俺を見上げる。

 丸くて、純粋に光るユイの瞳を、俺はここまで間近から見たことがあっただろうか。

 目の前にいるユイは、俺の言葉を待ち続けてくれていた。

 「……ずっとずっと、そばにいてやんよ……」

 そんなユイに優しく言葉をかける。

 そして、ユイは安心したような、嬉しそうな笑みを微かに浮かべた。

 「ここで会ったお前は、ユイの偽物じゃない」

 顔を下げた一人の少女に、俺は更に歩み寄る。

 「……ユイだ」

 顔を下げ、光るものが見えるユイの顔を優しく見下ろしながら、俺はユイの目の前に立ち止まった。

 抱き締めてしまえば折れそうなくらいに、小さな身体が、俺の目の前にあった。

 「どこで出会っていたとしても、俺は好きになっていたはずだ。 また60億分の1の確率で出会えたとしたら、その時はまたお前が動けない身体だったとしても、お前と結婚してやんよ……」

 「……出会えないよ。 家で寝たきりだもん……」

 「……俺、野球やってるからさ」

 「?」

 俺は思い浮かべる。その情景を。

 ある日、野球をやっていた俺の目の前で、飛んでいったボールがある民家の中へ、窓をパリーンと割って入っていくんだ。怒られる事を覚悟しながら、俺がその家にボールを取りに行く。そして、俺はそこで出会うんだ。一人の可愛い女の子と。

 「それがお前だ」

 そして、それが俺とユイの出会い。

 その出来事をきっかけに、俺はユイと会うようになる。話をして、気が合う二人になる。いつしか毎日通うようになる。介護も始めて、俺はずっとユイと過ごす日々をおくる。

 「―――そういうのは、どうだ?」

 我ながら、幸せな日々だと思う。

 「うん……」

 夕焼けに染まるユイの顔は、赤く染まっている。それが夕日のせいなのかはわからない。

 「……ねえ、その時はさ、私をいつも一人で頑張って介護してくれた、私のお母さん……楽にしてあげてね……」

 「……任せろ」

 俺の答えに、ユイは本当に安堵するような、嬉しそうな表情を浮かべて、瞳に涙を揺らしながら、呟いた。

 「良かった……」

 

 

 

 ―――それは、幸せな世界。

 

 

 俺は、おそるおそるインターホンを押す。そこは知らない人の家だ。だけど俺はその家の人たちに謝らなければならない。何故なら、飛ばしたボールがこの家の窓を割って入ってしまったからだ。

 

 

 ―――やっぱ怒られるかなぁ。そもそも、ボールも返してくれるかもわからん……―――

 

 だが、情けなく震えていた俺を迎え入れたのは、思ったよりも優しい女性だった。女性は俺に叱咤することもなく、むしろ歓迎するように、謝る俺を家の中へと招き入れた。

 

 ―――丁度、あなたと同い年くらいの娘がいるの。 あの娘、身体が不自由で外に出られないから、同世代の子と話す事も滅多になくて……良かったら、娘と会ってくれないかしら―――

 

 俺は驚くしかない。てっきり怒られるかと思って突撃してきたと言うのに、むしろ歓迎されて、娘と会ってくれと言う。こんな見ず知らずの俺を優しく迎え入れてくれる人に断る気は勿論無く、俺は頷くしかなかった。

 

 ―――俺で、良ければ―――

 

 そして、俺は娘の部屋と言う場所へと案内される。そこは同時に、ボールが入った部屋でもあった。窓にはボールが侵入した事を示す、割れた穴が開いている。そしてその近くのベッドに、髪を下ろした女の子がいた。俺はつい、その女の子が手に持っているボールではなく、女の子の方に目を奪われた。女の子は不思議そうな表情で俺の方に顔を向けると、遠慮がちな笑みを浮かべた。

 

 

 それが、出会いだった。

 

 ユイと言う女の子は、俺より一つ下の子だった。話をすると、割と趣味が合うことに気付かされた。気が合うと知れば、話は面白くなる。俺は野球やテレビ番組の話をした。事故で身体が不自由になったために学校へ行けず、テレビしか見れないユイと話をするには、その手に話題しかない。だが、それでも十分、彼女との会話は本当に楽しかった。

 

 気が付けば、時間もそろそろ頃合いだった。もう一度ボールの件に関して謝り、帰ろうとする俺を、彼女が呼び止める。

 

 

 ―――また来てくれますか?―――

 

 そんな彼女の言葉に、俺は驚くしかない。同時に、嬉しさを感じる自分がいた。

 

 

 ―――ああ、勿論―――

 

 俺がそう答えると、彼女は俺に、どきりとする程に可愛らしい笑顔を浮かべた。

 

 それから、俺とユイの日々が始まる。いつしか俺は毎日のようにユイの家に通い始め、ユイと過ごす時間をおくっていく。介護の勉強を始め、ユイの力になろうと努力した。車椅子に乗せたユイと外に出て、二人で散歩もした。

 公園のそばを通りかかった時、車椅子に乗ったユイが、公園の方から聞こえる喧騒に顔を向ける。それは野球だった。子供たちが野球をしている光景を二人で見ていると、ユイが口を開き始める。

 

 

 ―――先輩もいつか甲子園に行くんですか?―――

 

 ―――テレビで見ました。高校生の野球って、甲子園があるんですよね―――

 

 ―――一応目指してはいるけど、甲子園っていうのは簡単に行ける場所じゃねえよ―――

 

 ―――もし、先輩が甲子園に行ったら、私、絶対観に行きます―――

 

 ―――だから、頑張ってください。約束ですよ―――

 

 ―――いきなりそんな一方的な約束されても困るだけだっつーの。 全く、仕方ない奴だな……―――

 

 ―――えへへ……―――

 

 

 そんな、幸せな時間。

 そんな日々が、そんな世界があったなら、それはきっと俺にとっても一番の宝物となるだろう。そんなユイとの幸せな人生があっても良いじゃないか。

 俺がずっと、そばにいてやんよ―――

 

 

 「……そっか。 先輩はこれが、こんなにも幸福な事なんだってことを、私に教えてくれようとしてたんですね……」

 ユイの声。それは、今、現実に俺の目の前にいるユイの言葉だった。

 「……ありがとう」

 もう一度、ユイに視線を下げた時には、ユイはそこにはいなかった。

 ただ、涼しい風が俺の身体を通り抜けていく。

 後ろから、音無の声が掛けられる。

 「……良かったのか?」

 「……良かったさ」

 俺は、正直努めるように、そう返していた。

 「お前は、これからどうする……?」

 音無の心配そうな声に、俺は答える。

 「俺も最後まで付き合うさ。 まだまだ心配な奴らが、残ってるからな……」

 俺は、空を見上げる。

 夕焼けに染まったオレンジ色の空を。旅立ったユイの背中を見詰めるように、俺は空に流れる雲を見詰めた。

 好きな女がいなくなって、俺は今、どんな気持ちになっているだろう。

 それは自分自身が一番わかっているはずなのに、滑稽にも俺は自分に問い質していた。

 ただ、顔を上げざるにはいられなかった。

 零れそうなものを、零さないように顔を上げて、俺は心中で漏らす。

 「(正直……キスの一つでも、したかったな……)」

 好きだと言った女に対して、抱き締める事も出来ず、触れる事さえ出来ずに別れてしまった事は、正直辛い所があった。

 好きな女を触れたいと思うのは、当然の摂理だろう。

 まぁ、でも―――

 「……今度会った時にでも、いっかな……」

 またいつか、次の世界で、次の人生で出会った時。

 その時は、きっと―――

 

 

 「―――何がですか? ひなっち先輩」

 

 「んー? ああ、正直恥ずかしい事だがそれは……って、へ?」

 俺は聞き覚えのある声に、一瞬固まる。

 「な……」

 音無の押し殺したような声。

 俺は、視界の端にふわりと舞ったピンク色の髪を見た。それを見た俺は咄嗟に振り返る。その先には―――

 「は、恥ずかしい事って何ですか先輩……もしかしてユイにゃんとあんなことやそんなことを望んでいたりするんですか……? 変態ですね…ッ!」

 「はああああああああああッッッ!!?」

 俺は目の前にいつものユイを確認すると、喉の奥から思い切り声を出して張り叫んだ。

 俺の驚愕を表した叫び声に、ユイが両耳を塞いで抗議する。

 「ちょ…ッ! いきなり大声出さないでくださいよ先輩ぃ……ッ!」

 「ちょっと待てぇッ!! お前、お前……」

 「あれっ? どうしたんですか、先輩……もしかして涙目……? あッ! まさか私がいなくなったと思って寂し―――」

 「この……」

 「へ?」

 俺は目の前にいたユイを捕まえると、そのまま両手でユイの頬をぐいーっと伸ばした。

 「このアホがああああああああああ」

 「ヒハハハハハハハハッッ!!? ふぇんはぁい、ひはいへふぅぅ……ッッ!!」

 目一杯に引き伸ばし、ぐりぐりと頬を掴んだ俺は、涙目になるユイの頬から手を離して声をあげる。

 「お前、何でここにいるんだよッ!? てっきり成仏したのかと―――」

 「ふええ……何を言っているんですか、先輩」

 「だってお前、もう生前の未練はないはずじゃ……」

 「……確かに、生前の未練はもうありませんよ。 ひなっち先輩が、私を受け入れてくれましたからね……」

 語尾に近付くにつれて、恥ずかしそうに声を小さくしたユイを目の前にして、俺は不覚にもどきりとしてしまう。

 「でも……この世界での未練は、まだ残っていると言うか……出来ちゃったと言うか……」

 「は……?」

 「……だーかーらッ!」

 突然、ユイが背伸びをするように俺の目と鼻の先まで顔を近づけて言い放った。

 「……………」

 「……………」

 輪郭が定まらない程に互いの顔が近くにあって、俺とユイは互いに顔を赤くする。そして少しだけ離れたユイが恥ずかしそうに視線を逸らしながら、ぽそぽそと言葉を漏らした。

 「……置いていけない人がいるから……私だけ立ち去るわけにはいかなかったんです……」

 「(それって……)」

 俺から視線を逸らし、トマトのように顔を真っ赤にしたユイを目前にして、俺は確信する。そしてそれと同時に、自分までかなり恥ずかしくなってしまう。

 「……………」

 耳まで真っ赤になり、沈黙するユイを見下ろして、俺はくっと笑みをこぼす。

 「ユイ」

 「何ですか、先ぱ……ひゃあッ?!」

 俺は驚くユイを、そのままぐいっと俺の方へと引き込む。

 ユイのおでこが俺の胸辺りに当たり、ふわりとしたユイの香りが俺の鼻をついた。

 そのまま俺とユイは黙り込む。ユイの感触が直に伝わってくる事に、俺は安堵していた。そしてユイからも、微笑んだような気配が伝わる。今が夕焼けに染まっていて本当に良かったと思う。何故なら俺の顔も、ずっと赤みを帯びたままだったのだから。

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