Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION― 作:伊東椋
生徒会室には六人が集まっていた。本来ならゆりが奏一人を呼び付けたのだが、ゆりの考えを知らない以上、奏を一人ゆりの前に居させるのは不安があったため、俺たちも同伴している。
「…何なのよ、あんたたち」
奏の周囲に立つ俺たちを眺め、ゆりは怪訝な表情で言った。
「傍聴させてくれ」
ゆりの問いに、俺は即座に応えた。
ゆりが何か言う前に、今度は直井が続けるように捲し立てる。
「―――元生徒会長代理、現副会長である僕が許可しました」
「何であんたの管轄なのよ」
「生徒会室ですから」
そう、ここが生徒会室である以上、直井の立場を利用すれば俺たちの同伴をゆりが拒否する権限はない。俺たちは難なく奏と共にゆりを相手に出来るわけだ。それを提案した沙耶は、得意そうな顔を浮かべることもなく、冷静にこの場の成り行きを真剣な表情で見守っていた。
「……まぁいいわ」
直井が俺たちにしか見えないように、背後に組んだ手の親指をぴっと立てたが、そもそもこの提案をあげたのは隣にいる沙耶である。
「―――で、どうなの? 影よ、影」
ゆりはストレートに影のことを奏に問い質した。だが、奏は「知らない」と即答する。
「あなたがプログラミングしたんじゃないの?」
「違う」
どうやらゆりは最近この世界を騒がせている影の存在に関して、奏が何らかの形で関係していると推測したみたいだ。だが、勿論奏も影に関しては一切関係はない。
「……じゃあバグと言う可能性があるわ。 最近、プログラミングしたのはいつ?」
「一昨日……」
「タイミング的にはドンピシャね……」
そう呟くと、ゆりはそばに置いてあったトランシーバーを握り締めた。
「ちょっとあなたの部屋を入らせてもらうけど、良い?」
奏は無言で頷く。奏の了承を得たゆりは、トランシーバーに向かって口を開く。
「竹山くん、よろしく」
『了解。 後、僕のことはクライ―――』
「で、どんなプログラムを?」
相手の言葉を言い終わらせない内に、ゆりはトランシーバーを置いて奏に問いかける。
「羽」
「はね……?」
奏の言葉に、ゆりは訝しげに反応する。
「羽を付けたの? まさか、飛べるように……?」
「……ううん、飾り」
「へっ?」
奏の返答に、ゆりは間抜けな声をあげる。それはそうだ、羽を付けてその目的を聞いてみれば、飾りだと答えられたのだ。羽と言う大前提を覆すような解答を、さすがのゆりも予想していなかっただろう。
「飾り?」
「そう、飾り……」
そこで、俺は不審な違和感を覚えた。
このままだと、何だか危ないような気がする。
「何で?」
「その方が、天使らしいからだって……」
「だって?」
俺はやっとその状況の意味に気付いた。思わず沙耶の方に視線を向けるが、沙耶も俺と同じらしく、顔をひきつらせていた。
マズイ、この状況は非常にマズイ。
奏の発言は、まるで自分の意思ではなく明らかに他の誰かに言われたようなことを言っているではないか。いや、正しくそのままなのだが。
ゆりは奏の発言の不審さに気付き、更に深く追求した。
「誰に言われたの?」
「(マズイ……ッ!)」
俺が思わずフォローを入れようとした時、唐突に直井の声が俺を止まらせた。
「それは僕です」
「―――!」
直井は涼しげな表情で、はっきりとそう言った。
だが、ゆりの疑心はまだ晴れることはない。
「生徒会長としての箔が付くかと思い、元生徒会長代理、現副生徒会長の僕がそう提言しました」
「生徒会長に羽が生えたら箔が付くの……?」
「はい、生徒会長に羽、ふさわしいかと」
直井は全く動じることもなく、真摯なままに、はっきりと断言した。
さすがにゆりは少々呆れ気味になっていたが、それ以上の追求をしてくることはもうなかった。
「……しかし、意外に従順ね。 冷酷さなんて微塵も感じられない、以前と変わらないように見えるわ」
「いえ、冷酷です。 副会長の僕が、毎日刺されています」
「え、どうして?」
「機嫌が悪いと会長は近くのものを刺すんです。 副会長と言う立場上、割と近くに居る事が多いのでよく刺されます。 今朝も刺されてしばらく腸がはみ出したままでした……今は随分と、機嫌が良いようですが」
「……………」
さすがにそれはどうかと思うが、直井はやっぱり言い切った。さすがに俺も呆れるしかなかった。
沈黙が辺りを包んでいたが、やがてトランシーバーから漏れた連絡に、それは破られた。
『竹山です。 応答してください』
「竹山くんね、どうだった?」
ゆりが耳を近付けるトランシーバーから漏れる竹山の声を、俺たちも耳を傾ける。奏が持っているパソコンのコンピュータを調べたらしく、結果としてはバグは見つからなかったようだ。
ということは、奏のAngelplayerが原因と言うわけではなさそうだ。
「他のプログラムは?」
『以前と同じものです。 形状は違うものですけど……どうしますか?』
「……………」
ゆりがチラリと奏の方を一瞥する仕草を見せる。
他のプログラム―――奏がプログラミングした数々の武器。戦線をも苦しめた武器は、今となってはどうしようがゆりたちの思うがままだ。もしかしたら消すつもりだろうか。だとすれば、また一から作り直しになってしまう。
その時、微かに聞こえた音に、俺は気付くことができなかった。
「……おい、今銃声が聞こえなかったか?」
日向の言葉に、俺たちは反応する。
「何言ってるの? 銃声なんか―――」
「いいえ」
遮るように言葉を発した主の方に、俺たちの視線が集まる。そこにいたのは、腕を組んで目を閉じた沙耶の姿。
「……向こうから、聞こえたわ」
「向こう?」
目を開き、沙耶が鋭い眼光で見据える先を、俺も視線を向けてみる。その視線の先は、窓、そしてグラウンド―――
その瞬間、その方向から明らかな銃声が響いた。
「―――!!」
「外だ…ッ!」
俺たちは急いで生徒会室から、グラウンドを見渡せるベランダへと出た。外に出てグラウンドを見下ろした俺たちが見たものは、十分に驚くに値するものだった。
「おい、あそこだッ!」
日向が指を指した先、グラウンドの一角であの影と呼ばれる何匹もの怪物が、戦線のメンバーを取り囲み、戦っている光景が見られた。
「何だよ、あの数……」
しかし前に見た時より、その光景は明らかに異質だった。蠢くように居る影の数はかなり居る。あのままでは影と対峙しているみんなが危ない。
「沙耶ッ!?」
その時、俺のすぐ目の前を一頭の鷲が飛び立った。いや、それは鷲ではなく、ベランダから飛び越えて跳躍する沙耶だった。沙耶は見事な体勢で空中に飛び込んで着地すると、そのままグラウンドの方へとあっという間に駆け抜けていった。
「……ッ! 奏、頼むッ!」
俺のあげた声に、奏がコクリと頷く。そして奏もベランダに足を掛けて、俺たちの目の前から飛び出す。しかしその奏は、本当の意味で羽を広げて跳躍していった。
それはまるで本物の天使のようだった。彼女の身体が小さく見えてしまう程に大きな羽を広げ、真っ白な羽根が周囲に舞い散った。まるで絵画を見ているような錯覚に囚われるように、俺たちは目の前に降臨した“天使”に見惚れていた。
“天使”は舞い散る羽根と光の中から落下すると、地上に降り立つ前に大きな羽を羽ばたく。地上に、一人の天使が舞い降りた瞬間だった。
そしてゆりも沙耶と奏に続くようにベランダを飛び越え、グラウンドの方へと駆け抜けていく。俺も後に続こうとする。
「俺も行くぜ…ッ!」
「あ、音無…!?」
俺も三人の後を追うように、ベランダから飛び越えた。沙耶やゆりのようにはいかないが、何とかグラウンドの方まで降りる事に成功する。
そして俺は銃を手に、既に戦いが始まっている戦場へと、自分も参加するために走り出した。
そこは正しく乱れ入るような戦場だった。大勢の影たちが、どこからともなく俺たちに襲いかかってきた。皆、それぞれの武器を持って無数の化け物たちと応戦する。
だが、敵の数が多過ぎる。これは一筋縄ではいかなさそうだ。
「きゃ…ッ!?」
影に捕まったゆり。俺は即座にゆりを捕まえる影の腕に向かって発砲した。影の腕が分離され、ゆりの細い足が解放される。
「大丈夫か、ゆりッ!」
「音無くん…!」
影から離れる事に成功したゆりだったが、俺の背後で何かを見つけたのか、ゆりが慌てて声をあげた。
「音無くん、避けてッ!」
「――――ッ?!」
背後を振り返ると、いつの間にか一匹の影がその腕を俺の方に振り下ろそうとしていた。間に合わない、と影を見上げていた俺の目の前で、影の身体に幾つもの穴が開く。そして最後の一発で、俺の背後にいた影はあっという間に消えてしまった。
「油断は禁物よ、音無くんッ!」
「サンキュウ、沙耶ッ!」
「どういたしまし……てッ!」
不意に襲いかかろうとした影をも、沙耶は即座に対応し、駆逐する。
また一匹の影を倒すと、沙耶は俺の方へと駆け寄り、俺たちはお互いに背中を合わせるような形になる。
「良いトレーニングになりそうねッ!」
「ああ、本当だな。 背中は任せたぜ、沙耶…ッ!」
「足を引っ張らなければ、あたしも任せてやってもいいわよ音無くんッ!」
お互いに笑みを浮かべ、俺たちはほぼ同時に合わせていた背中を離し、それぞれの眼前にいる敵に向かって駆け出した。
「無事か、みんな……」
どれくらいの時間が経ったかわからない。ただ、俺たちに襲いかかってきた大勢の影はようやく全て撃退した。全ての影が消えると、皆はそれぞれ疲れた様子で頭を垂れた。そしてそれぞれの今の戦いにおける感想を口々にこぼす。
「この世界に長く居過ぎたのかしら……」
「どういうことだ?」
ゆりの呟きに、俺は問いかける。
「ゲームでよくあるじゃない。 永久プレイ阻止のために現れる無敵モンスター」
「笑えないわね……」
何かを思い耽るように、沙耶はぽつりと漏らした。ぎゅっと、銃を握る手を強めて。
「……にしても」
ゆりが、ある一人の少女に視線を向ける。そこには、以前よりも更に形状を変えたハンドソニックを収める奏の姿があった。
「まるで味方ね……」
奏も俺たちと同じく、戦線メンバーと共闘して影を相手に戦った。その姿は正しく、戦線に仇名す天使ではなく、既に俺たちの味方のような光景であった。
だが、まだ事態は終わっていなかった。一つの戦いが終わり、また次の事柄が舞い込んでくる。
「おぉいッ! おお~~~いッッ!!」
「藤巻?」
学校の方から、藤巻が慌てるように俺たちの方に向かって、声をあげながら駆け寄ってくる。藤巻の慌てぶりを見る限り、これもまた普通ではない事態であることが容易にわかる。
「やべえぞ……高松が……」
呼吸を荒げ、肩を上下させる藤巻が、振り絞るような声で言い放つ。
「高松が、やられちまったぁぁ……ッッ!!」
この時から、事の深刻さに俺たちはやっと徐々に気付き始めて、そして思い知ることになる。
この世界で何が起こっているのか、そしてどんな恐ろしい事が俺たちの身に降りかかってくるのか、この時の俺はそんな事など全く予想も出来ていなかった。