Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION― 作:伊東椋
翌日、影に呑まれて消えた高松が見つかった。
それを聞き付けた俺たちが駆け付けた先には、教室で何事もなかったかのように席に座る高松の姿があった。
だが、その高松を見た瞬間、俺は言い様のない違和感を覚えた。それはきっと他のメンバーも同じだっただろう。
俺たちがその時見た高松は、戦線指定ではない学園の制服を着込み、まるでNPCとどこも変わらない姿だった。
「どういうつもりだ、高松。 皆、心配してたんだぞ」
「心配……? 何をですか?」
「何をって……お前、影の化け物に喰われたんだろっ?」
「何を言っているのか、わかりませんが……」
「自分じゃ気付いてなかったのか……?」
日向の言葉攻めにも、高松は不可解な応答を繰り返す。
いや、不可解ではない。
むしろ、“普通”の反応だ。
だが、それは不気味な程に、普通すぎる反応だった。
それはまるで―――
「……NPCね」
「え……?」
俺の隣で、事を見守っていた沙耶が俺にしか聞こえないような声で、ボソリと呟いた。
「お前は影に喰われて、そのまま地面に吸い込まれたんだよ……ッ! あれからどうしたんだ?」
「どうしたも何も、いつものように朝から寮で起きて、学校に来ただけですが……?」
「学校に来るッ? そっちの制服に着替えて、授業を受けに来たって言うのか…ッ!?」
「ええ、まあ……」
当然の事のように、高松は答える。
むしろ日向の言葉に怪訝な思いを抱かざるにはいられないような表情さえ浮かべていた。
そんな高松の顔を見て、日向は咄嗟に声をあげる。
「―――消えるぞ…ッ!! わかってんのかッ?!」
日向の声が大きく響くも、高松の表情はまるで鉄壁のようだった。
「消える……? 何が消えるんですか……?」
「……ッ」
さすがに日向も、それ以上言葉が出ない様子だった。
高松の無機質な瞳を見て、日向はたじろぐ。
「やべえぜ、こいつ……おかしくなってらぁ……元からおかしな奴だったけどさ……」
扉の方で日向と高松のやり取りを見ていた藤巻が、率直な感想を呟いた。
「高松……」
「もう十分よ、日向くん……」
ゆりが腰を上げ、日向の腕をぽんと叩きながら言うと、一人教室から出て行く。
「十分って、何が……!」
ゆりの言葉に納得できない日向だったが、高松の方からも声を掛けられる。
「すみませんが、授業の邪魔です」
そんな高松に、日向がまた何か返そうとするが、ゆりの言葉によって遮られる。
「行きましょう」
「良いのかよ、ほっといてッ! 消えちまうぞッ!?」
立ち去るゆりに声を掛けながら、日向もゆりの背中を追った。他のメンバーも後に続くように教室を出て行く。
「沙耶、もしかして……」
教室を出る手際、俺は沙耶に訊ねる。
「……きっと、ゆりっぺさんも気付いているはずよ」
「……………」
だからこそ、ゆりは教室を出ることにした。
NPCになってしまった高松を置いて―――
―――学習練A練 階段。
階段付近に集まった俺たちの中で、ゆりが口を開いた。
「今の問答だけで十分よ……何が起きたかわかったわ……」
皆の注目を集めた末に、ゆりは断言する。
「彼、NPCになっちゃったのよ……」
ゆりの言葉に、周囲が一瞬ざわつく。
やはり、ゆりも気付いていた。
「ちょ、ちょっと待てよ…ッ! どういう事だよッ? わけわかんねえ……」
辺りは重苦しい空気から乱れ始める。だが、そうやって混乱するのは当然だった。今まで共に過ごしていた仲間の一人が、NPCになってしまったと言うのだから―――
「NPCって事は、魂がないって事ッ?! 彼の魂はどこに行っちゃったの……ッ!?」
「それを喰われちゃったんじゃない?」
動揺する大山の言葉に反して、ゆりが冷静な口調で答える。
それに日向が更に責めてくる。
「それってどういう事だよ…ッ!? あいつは永遠に消える事も出来ずに、ここでずっと授業を受け続ける事になるって言うのかッ!?」
「……そう言う事になるわ」
「そんな……ッ」
愕然とする、空気。
それは正に絶望だった。
消える事も出来ず、人間のような感情を抱く事も出来ず、ただ自然の流れに従うように授業を受け続け、学園生活を過ごし、永遠に繰り返していく毎日。
それは正しく―――逃れられない永遠の鳥籠。
「それって、死ぬよりよか酷くね……? 永遠に閉じ込められちまったのかよ、何だよそれ……」
「……………」
「―――くそ…ッ!」
壁に拳を叩き付ける日向。
「せ、先輩…ッ」
壁を殴る日向のもとに、ユイが慌てた様子で駆け寄る。赤くなった日向の手を、ユイの気遣う姿が見られた。
「こんな事が起こり得るのか、この世界は……」
「これじゃあ、天使に消されちまった方がまだマシじゃねーかよ」
野田と藤巻が各々の口から漏らす。
「しかも、影は増殖を始めているようだが……?」
椎名の言う事は、最もだった。
俺たちにとって脅威となり得る、この世界の異常は恐ろしい事に増え続けている。
昨日の戦いを見れば、その事実は一目瞭然だった。
「ねえ、どうすれば良いの……!? ゆりっぺ……ッ!」
大山の言葉を始めとして、皆の視線が我らがリーダーに集まる。
だが、ゆりは答えなかった。
その代わり―――
「今夜、この世界で起きているイレギュラーな事態に対しての戦線全メンバーの招集をかける。 今後の対策は、その時に―――」
ゆりの一言により、とりあえずその場は解散となった。
こんな大事は、すぐに収められるわけがない。戦線を招集し、今後の対策を練る時間が必要だ。おそらくゆりはそう考えたのか、俺たちに招集までの待機を命じた。