Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION―   作:伊東椋

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EPISODE.68 Decision

 影に絡んだこの事態は、この世界に長らく居た中で初めての事だった。

 既に仲間が一人、NPCに変化されると言う直接的な被害を被っている。事態は想像以上に深刻だった。

 「影の出現……これは一体、何を意味していると言うの……?」

 あたしは一人、誰もいない廊下をぶつぶつと呟きながら歩いている。

 影に襲われる危険性を考慮し、単独行動は控えるようにと厳命した張本人がやる事ではないかもしれないが、そんな事に構っていられる余裕はない。

 とにかく、情報が欲しかった。

 しかしこのイレギュラーな事態に対し、あたしたちはまだ無力に等しかった。影と戦う力はあっても、根本的な解決には至らない。

 遊佐さんに調査を依頼したが、その結果を待つより他ない。

 後は―――

 「この事態に対して、本格的に戦線としての方針を伝える必要があるわ……」

 明日には、全メンバーに招集をかける必要がありそうだ。

 「全く、どこの誰がこんなシナリオを考えたのかしら……いえ、それこそ神様、かしら……」

 自嘲するように笑い、あたしは中庭に差しかかる廊下へ通りかかる。

 その時、あたしの視界に何かが映る。

 「ん……?」

 中庭の端に連なる花壇。そこには一人の女子生徒が屈んで、花壇に水をあげていた。

 「あれは……天使……?」

 麦藁帽子を被り、花壇の世話をしている様子の天使は、こうして見るとただの人間に過ぎなかった。

 それもそのはずか……

 「(だって、人間だものね……)」

 天使とは、あたしたちが勝手に押し付けた刻印。

 それは正に、呪縛のようなものかもしれない。

 今回の事態に対して、彼女は自らの関与を否定した。だが、それはきっと嘘ではないだろう。このような事態は今までに無かったし、長らく彼女と敵対してきたが、今回の事態から彼女を見出せる要素はどこにも見当たらない。

 「そういえば……」

 あたしは彼女が最近、音無くんや日向くんたちと行動を共にしている事実を思い出す。

 彼らがやろうとしている事。薄々勘付いているが、彼らはあたしにバレないように行動しているようだが、生憎、戦線には優秀なオペレーターがいるおかげで、戦線のほとんどの部分をあたしは把握している。

 監視みたいな事だけど、リーダーとしての責任に対するあたしには当然として背負うべき荷だ。

 「……………」

 あたしは色々と頭の中で考えを巡らせ、そして思い至る。

 そうしよう。

 あたしはその思い至った結論に対し、そう呟いた。

 「……ちょっと良いかしら」

 「……………」

 花壇の世話をしていた彼女に呼びかける。麦藁帽子の端から、彼女の澄んだ瞳が垣間見える。

 「あなたに用があるのだけど、聞いてくれるかしら」

 「……何?」

 彼女は立ち上がると、あたしの目の前からその瞳を真っ直ぐに向けてくる。

 ここまで近くで、正面で話したのは久しぶりかもしれない。

 「明日の夜、裏庭辺りに来てくれないかしら。 そこで音無くんたちも呼んで、今回の事態に関して話をするから」

 「……………」

 何を考えているかわからない無機質な瞳から放たれる視線が、あたしの瞳を射抜いている。

 少し、あたしはたじろぎそうになるが、ぐっと踏みとどまる。

 「詳細は後で伝えるから……それとも、やっぱり無理な話かしら……」

 「……………」

 彼女は沈黙を保つ。

 それもそうか、あたしたちは散々彼女を酷い目に合わせてきたのだから。

 あたしたちを恨んでいたとしても、全く不思議ではない。

 「ごめんなさい、やっぱり」

 「……わかった」

 「………へ?」

 意外な回答に、あたしはきょとんとなる。

 それに対し、彼女もあたしの間抜けな反応を見て、きょとんと首を傾げる。

 「どうしたの……?」

 「い、いえ……え? 良いの……?」

 「うん……断る必要はないでしょう……」

 「で、でもあなた……」

 あたしは動揺を隠せない。そんなあたしに構わず、彼女はマイペースに言葉を続ける。

 「困っている人がいたら、助けたり協力するのが人間でしょう……?」

 「あ……」

 あたしは、驚いた。

 そうだ、あたしの目の前にいるのは天使なんかじゃない。

 あたしたちと変わらない、普通の女の子―――

 「……そうね、そうよね」

 あたしは、何を考えているのだろう。

 あたしはまだ、この娘を天使としていたのだ。

 だから、この娘を信じていなかった。

 でも、今は違う。いや、これから、あたしの中の彼女も、天使ではなくなる―――

 次の言葉を紡いだ時―――

 「ありがとう、かなでちゃん」

 あたしの中の彼女も、天使ではない人間の女の子であることを認められる。

 自分の名前に反応するように、彼女は微かに揺れた大きな瞳で、あたしを見据える。天使から、人に戻った彼女に、あたしは初めて笑顔を向けた。

 

 

 その日の夜の校長室で、あたしはリーダー席に腰を据え、目の前のノートパソコンの画面を眺めていた。その画面には、最近この世界で置き始めた異変、影に関するデータが記されている。あたしの頼みで調査を行ってくれた遊佐さんが持ってきてくれた報告。

 「(……やっぱり、影は明らかに増えている……)」

 画面に表示されている影のデータを見詰め、あたしは目を細くする。

 この世界で起きた、前例のない異常事態。

 十分に長いと言える程の期間、あたしはこの世界に居たが、このような事態は初めてだった。正にイレギュラーと呼べる。

 だからこそ、情けない事だがその事態の具体的な中身、打開策が中々見つけられないで居た。

 「(これは、一筋縄ではいかなそうね……)」

 溜息を吐くような思いだった。

 いや、溜息すら出す余裕がない。

 あれだけ多くの仲間を率いり、その多くの人たちを統率するリーダーとして、その責任の重さに耐えながら過ごす日々。天使との戦い、この世界の正体さえ明確にわかっていない状況下。長くリーダーを務めてきたけど、こんな事態は思った以上に荷が重い。

 それでも―――あたしは、やらなければならない。

 信じて付いて来てくれた多くの仲間たちのためにも、あたしは彼らを裏切るわけにはいかない。どんな事態に対しても、全力で立ち向かって、解決する道を開かなければならない。

 「……そう、今回も諦めずに立ち向かわなくちゃいけない。 そして、勝たなければいけないのよ」

 

 あたしは、リーダーなのだから。

 

 そう、昔からそうだ。あたしは、常にこんな立場だ。

 弟や妹たちがいた頃も、そして今の立場も、変わらない―――

 「……あいつらにも、コソコソしてないでちゃんと説明してもらわないとね」

 ぽつりと漏らしたあたしの言葉の後、扉の方からノックが届いた。

 「(来たわね……)」

 そのノックの音が誰のものなのか、あたしは知っていた。

 「どちらさまかしら?」

 あたしは画面から平たい扉の方に視線を向ける。あたしの呼びかけに対し、扉の向こうから彼女の声が聞こえた。

 「神も仏も、天使もなし―――」

 「いいわ、入りなさい」

 戦線の合言葉を受け取り、あたしは扉の向こうにいる彼女に入室を許可する。

 開かれた扉から現れたのは、その声から思った通り、戦線自慢の、優秀でとても綺麗なスパイさんが立っていた。

 「こんな時間に呼び出して悪いわね、沙耶ちゃん」

 「スパイに時間なんて関係ありませんから、お気になさらず」

 「そう、なら気楽に本題へ入れるわ」

 まぁ、実際は気楽に済ませられる問題じゃないけどね、と付け加えながら、あたしは用件を述べる。

 「ここにあなたを呼んだのは他でもないわ、沙耶ちゃん。 スパイと誇るあなたの力を見越して、あなたにお願いがあるの」

 「あたしなんかが力を貸せるのなら」

 沙耶ちゃんは何もかもを受け入れるような広い物腰で、あたしに応えてくれる。

 「あなたにはこの事態に関する調査をお願いしたい。 影でも何でも良い、何かわかったことがあったら、教えて頂戴」

 「ええ、お安い御用よ」

 沙耶ちゃんはあっさりと頷くと、どこから出したのか手に拳銃を持ち、ホルスターを確かめている。

 あたしはそれを見て、微笑を浮かべる。

 「前から思ってたけど、本当にあなたって凄いわね。 その銃だって、あたしたちのギルド並に作れるんだから……」

 「あそこは素敵な場所だと思いますよ。 本当に……」

 沙耶ちゃんは何か思うような、切なそうな表情を浮かべながら、手に持つ拳銃を撫でた。

 「確かに、ギルドは昔から随分と助けられてるわ。 唯一あたしたちが天使と戦える手段を作れる場所だったもの」

 「……そうですね」

 「でも……あなたもよ、沙耶ちゃん」

 「え……?」

 「あなたは本当に強くて、あたしたちはあなたに助けられてばかりだと思う。 ううん、あたしがみんなに助けられてばかりなんだと思うけど……」

 「ゆりっぺさん……」

 少し驚いたような表情であたしの方を見詰めていた沙耶ちゃんだったが、やがて、あたしが次の言葉を漏らすと、彼女は再び表情を真剣なものに変えた。

 「それじゃあ、お願いね」

 「任せて。 あたしは、一流のスパイなんだから」

 そう言って、沙耶ちゃんは格好良い笑顔であたしに敬礼をして見せた。そして長い金髪を翻すと、彼女はあっという間にその部屋から出て行ってしまった。

 「ええ、あなたは本当に、本物のスパイだわ……」

 一人残されたあたしは、誰もいない空気の中でぽつりと漏らすのだった。

 「さて……」

 ノートパソコンを閉じ、端に置かれたとある写真が収められた写真立てを、ふっと柔らかい視線で見据える。

 「……あたしも、そろそろ固めなくちゃ」

 それは―――いつかの球技大会で、優勝を手に撮った、みんなの集合写真だった。

 「―――想いの、決意を」

 銃を手に、あたしは意志を吹き出す。

 写真立てを残し、銃を手にしたあたしは、決意を胸に先が見えない闇の向こうへと、足を強く引き締めて、目指した―――


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