Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION― 作:伊東椋
この世界から去る前に、俺たちにはやっておかないといけない事があった。
影は既にその数を更に増やし、世界はほとんど影に支配されたかのように見えた。唯一この世界で抗い続けているのは俺たち人間しかいない。
あの夜を過ぎ、皆、各々でこの先をどうするか考えたようだ。去る者は去り、残る者は残っている。既に戦線の多くのメンバーがこの世界から立ち去っていき、残った者の中で戦える者は影と戦っている。
「ユイたちは大丈夫なんだろうか……」
戦えなくとも、残る事を選択した者もいた。それが、ユイを始めとしたガルデモのメンバーだった。
陽動が専門のユイたちが戦いに不向きなのは当然の事だし、ましてや多勢の敵に対してのこの状況では無茶である。だが、彼女たちは残り、そして俺たちを待つと約束してくれた。
「私らだけ先に行くのも癪だしさ……みんなが帰ってくるのを、待っているよ」
ガルデモの総意を代弁したひさ子の言葉。
どこか安全な場所へ避難しているであろう彼女たちのためにも、俺たちは期待通りに影たちを倒して、みんなで帰らなければいけない。
そして―――
「大丈夫さ、あいつらなら。 きっと俺たちが奴らを一層するまで耐えてくれるさ」
隣から、日向が返す。日向の信じる色が伺える言葉に、俺も簡単に信じる事が出来た。
俺たちを待つと言ってくれたユイたち、そして今もどこかで先に影と戦ってくれている奏に負けないためにも、俺たちは自分たちの戦場へと向かった。
校舎の外に出た俺たちの目に入ってきた光景は、想像を絶するものだった。
影と言う影がひしめく外の世界は、異常なまでにこの世界の異変を教えてくれた。
「何だこの数は……ッ!?」
直井の驚愕に満ちた声色が伝わる。
「どうなってるんだよ……NPCはッ!?」
日向は辺りを見渡すが、俺たち以外の人の形をしたものは全くと言って良い程見当たらなかった。至る所に影が無数に蠢いている。
「もうこの辺だと、こいつらしかいないんじゃ……」
直井の言葉を聞いて、俺は心の中で頷いた。そう、俺の予想は、ほとんど当たっていたのだ。
俺たち以外に、この世界には影しかいない。
「俺たちのやろうとしている事、わかってるんじゃないだろうな……」
何も答えない影に向けて、俺は言葉と共に銃を構える。
その動きを察知したかのように、目の前にいた影たちが一斉に飛び上がった。
「……ッ?!」
高く飛び上がった影の動きに、俺たちは咄嗟の判断と行動が出来ずにいた。
やられる、と思った矢先、空高く飛び上がり、そのまま俺たちに飛びかからんとした影たちは一瞬にして切り刻まれ、空中に分散した。
代わりに、そこに佇んでいたのは―――ハルバートを下ろした野田だった。
「ふん、下衆が……」
鼻を鳴らし、そんな言葉を吐き捨てる。
「さすがだぜ、野田…ッ!」
日向がぐっと拳を握り締める。思いがけない仲間の参戦に、俺たちは感謝するばかりだ。
「俺たちのために戦ってくれるのか…ッ!」
俺も引き金を引き、影を撃つ。
野田もまた影を一匹斬り伏せると、俺に向かって野田らしい叫びの声をあげる。
「馬鹿な事を言うなッ! 俺が動くのは、ゆりっぺの助けとなる時だけだッ!!」
野田の心からの正直な言葉を聞いて、俺は何故か安堵した。
そして日向も、いつもの気の良い笑みを浮かべる。
「へへっ、な~るッ! お前もとことん一途な奴だなぁッ!」
どこか嬉しそうに言いながら、日向は目の前に迫る影たちを次々と撃ち抜いていく。
だが、目の前から迫る影たちに気を取られてばかりで、日向は背後から忍び寄る影に気付く事が出来なかった。日向が気付いた頃には、影は既に日向のすぐそばまで迫っていた。
日向を襲いかかろうとした影だったが、何者かの射撃によって、その身を消滅させる。消滅した影の先に、視線を向けた日向が見たのは、校舎の窓からライフルを構えた大山の姿だった。
「大山…ッ!」
「何の取り得もない僕だけど、ここで活躍できたら神様もびっくり仰天かなって…ッ!」
そう言いながら、大山は校舎の窓から俺たちに近付く影を一つずつ狙撃していった。
「ああ、見返してやれ……ッ!」
また一匹、俺の目の前に影が迫り来る。
その影に向けて引き金を引こうとした時、その影は一閃を受け、そして幾つもの穴を開いて粉々にされた。
そこに現れたのは、木刀と拳銃を両手にそれぞれ持った藤巻だった。
「俺も忘れてもらっちゃあ困るぜ……このままいなくなっても、誰も気付かなそうだからなぁ…ッ! 最後に―――」
そんな藤巻が最後まで言い終わる前に、今度は校舎の方からTKが華麗なダンスを踊るように現れた。まるでダンスを踊っているかのように影を蹴散らしていく。そしてそのまま俺たちのもとへ辿り着くと、銃を構えて一言、呟く。
「Knochin' on heaven's door」
そして最後に、近くに居た一匹に向けて発砲した。
「今のなんて意味だ?」
藤巻たちがTKの言葉の意味を探索するが、答えは結局見つけられなかった。しかしそんなノリが、いつもの戦線だと言う事が実感できる。
「こいつは役者が揃ってきたなぁ……ッ!」
次々と主要の戦線メンバーが集まってくる。
そしてもう一人―――
「―――そぉいッ! でりゃあぁ……ッ!」
「―――!?」
掛け声の方に振り返ると、校舎の上から影が次々と投げ落とされていく。そしてその向こうからまるで特撮ヒーローのように飛び上がり、俺たちの目の前に姿を見せたのは、痩せ細った松下五段の変わり果てた姿だった。
「何だ、この世界は……何が起こったと言うのだ……!」
「て言うかお前に何が起こったんだよ、松下五段!?」
「うむ、山籠りしていたのだが……食べ物が少なくてな」
本当に松下五段だと言う事に、みんなは驚きと呆れるばかりで言葉が出なかった。あんなに大柄だった松下五段の身体は、見事にスリムな身体へのダイエットに成功していたのだ。
「激痩せしたな……身体、大丈夫か?」
言いつつ、俺はすぐ近くまで迫った影を撃ち倒す。
「おう、むしろキレが良い……もしかして今なら、百人組手でもイケるかもしれねえぜ…ッ!」
言いながら、松下五段もまた背後から迫った影にその腕っぷしで一撃をお見舞いする。確かに以前より強そうに見えた。
「それ、空手じゃねえか……」
ツッコミを入れる日向だったが、すぐに笑みを浮かべる。
「まぁ、何にせよ助かるぜ。 何せ、これだけの手勢だ……」
俺たちを取り囲むように、無数の影たちがじりじりと迫ってくる。端から見れば多勢に無勢のように見えるかもしれないが、メンバーの中には誰も臆したりする者は一人もいなかった。
「無事に去っていこうぜ、メンバー全員でよぉ……」
「ああ……」
「Goodbye wild heaven......」
藤巻の言葉に、全員が同意する。
そう、こいつらを全部一層して、俺たちは卒業するんだ。影なんていない、この世界から。
俺はすっと息を吸うと、先頭を切って声をあげる。
「よし、突破するぞ……ッ!」
俺の号令に応えるように、みんなが武器を手に影たちに立ち向かう。奴らに閉ざされたその先の道へ行くために、俺たちはその中を潜り抜けていく。その先にある、俺たちの未来を目指して。
次から次へと襲いかかる影たちを倒していきながら、やっとの思いで第一連絡橋まで辿り着いた。だが、影の数は減る事がなく、その先の道は正直言って難しくなっていた。
「くそ、キリがない……ッ!」
「音無さん、下を見てください……!」
直井に言われて、連絡橋の下を見てみると、柱から連なる階段からひしめくようにして影たちが昇ってくるのが見えた。
「どんどん増えていきやがる……」
「―――後ろッ!!」
「ッ!?」
増えていく影に気を取られている内に、俺のすぐそばまで影が近付いていた。俺は咄嗟に銃の先を向けるが、俺が撃つ前に影は幾つもの軌跡を身に描いて、跡形もなく消え去った。
影が消えた直後、いつの間にか、俺の背後から椎名が言葉を紡いでいた。
「百人だ」
「……な、何がだ?」
「百人、戦力が増えたと思え」
「え……?」
「わからないのか……?」
短刀を手に、鋭い瞳を細くした椎名が、はっきりと俺にその思いを伝える。
「お前の意志は引き継ぐ……行けッ!」
「椎名……」
椎名の背中はそれ以上何も語らず、俺はその椎名の思いを受け取った。
「ああ、後は任せたぞ……ッ!」
戦線の中でも最強と謳われた、心強い仲間にその場を任せ、俺は日向を呼んで駆け出した。
「日向、付いてこいッ!」
「おうッ!」
「どこに行くんですか、音無さん……ッ!」
日向が俺の後を追い、更にその後を直井が付いてくる。
その戦場を潜り抜けるように駆け出していく俺の背後で、仲間たちの戦いやその思いが伝わってくる。彼らが開いてくれた道を、俺たちは一直線に駆け出していった。