Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION― 作:伊東椋
椎名たちに任せた俺たちは、大食堂へと入った。だが、そこは外と同じく影がひしめく光景が広がっているばかりだった。
「くそ、ここもか……ッ!」
「一体どんだけの数がいるんだよ…ッ!?」
影は俺たちに気付くと、ゆっくりとその不気味な身体を揺らしながら近付いてくる。俺たちはすぐに迎撃を始めた。
影はあの広い食堂を埋め尽くさんとばかりの数で溢れている。そしてやはり、NPCの姿はどこにも見かけられなかった。
この世界は既に、奴らのものとなってしまっているのか。
「見ろ、音無ッ!」
「―――!」
日向が指を指した方向には、俺たちの他に別の人間がいた。
「あれは……生徒会長?」
直井の言葉と共に、俺はその人物を知る。
そいつは影の真っただ中に突っ込むと、まるで竜巻のように多くの影を薙ぎ払っていく。その中心にいたのは、俺たちがよく知る一人の少女だった。
「奏ッ!!」
影を薙ぎ払い、俺たちの方に振り返った奏の方へ駆け寄る。
「心配したぞ、奏。 平気か?」
「……ええ、私はこの通り大丈夫よ」
ハンドソニックを構え、奏は答える。
「建物の中もこんな感じとなると……俺たちの予想以上に影は大量にいるみたいだな」
「内部だけではないわ……」
「何?」
奏の言葉に、俺は怪訝な思いを抱く。
「どういう事だ、奏」
「……彼らは、下の方から溢れている」
「下……? ちょっと待て、まさか―――」
「そう……貴方達がよく武器を生産していた場所よ」
その言葉を聞いた俺たちは、すぐにそこがどこなのかがわかった。
―――ギルド。
奴らは、ギルドから溢れている。奏はそう言っているのだ。
「何で、ギルドから……」
「詳しい事は私にもわからない。 でも、もう一つだけわかる事は……」
ふと、一瞬だけ奏が寂しそうな瞳を見せた気がした。
だが、次に開いた奏の口から出た言葉に、俺たちは耳を疑った。
「ゆりの想いが、爆発してる……」
「ゆりの想い? 何故……」
「まさか、ゆりっぺに何かあったんじゃねーだろうな……」
日向の言葉に、俺はハッとなる。俺は前のゆりの言葉を思い出す。
ゆりは何かの目的を持って、そしてどこかへ行こうとしていた。もしかして、その先でゆりが何かあったのではないか。
「ゆりが危ない……」
俺は、直感した。
何か取り返しのつかない事が、ゆりの前に迫っている気がした。
「奏、ゆりの場所がわかるか?」
俺の問いかけに、奏は頷く。
「そこへ俺たちを連れていってくれ。 ゆりを助けるために」
「わかったわ……」
そして、俺たちはゆりを助けるためにギルドへと向かった。障害となる影たちと戦い、俺たちは仲間を助ける一心で、再び戦いの場と化した地下ギルドへと入る。
ギルドへの道は久しぶりだった。あの時は稼働したトラップが満載で酷い目に遭ったが、それもまた今となっては良い思い出かもしれない。
「(そんな思い出に浸ってる場合でもないけどな……)」
そう、俺たちは危機に瀕していると思われるゆりのもとへ急いでいた。
トラップが稼働していないギルドの道は単なる地下通路のように思えたが、影の出現となれば安心はできなかった。
行く先に、影は必ずいる。その向こうにはきっとゆりもいるはずだ。
「……ッ!」
しかしそうは問屋は降ろさない。影はやはり現れる。俺たちの行く手を阻むために。
至る所から這い出るように現れた影は、俺たちの前に立ち塞がる。
「そこを―――どけぇッ!」
襲いかかる影たちに向かって、俺たちは戦闘の火蓋を切る。
一つ一つの近付く影を消滅させるが、やはりキリがない。このままでは、さっきの状態とほとんど変わらない。
急がなければ、ゆりが―――
しかしその時、焦る思いを抱きながら戦う俺たちの耳に、聞き慣れた声が聞こえた―――
「やっぱりあたしがいないと駄目みたいね、音無くん?」
その声を、俺は知っていた。
その声が降りかかったと思うと、今度は数発の銃撃音が背後から聞こえた。
その直後、俺たちの目の前にいた影たちは一発ずつ受けると、あっという間に消滅した。
「今のはまさか……」
的確な射撃。プロに負けない、と言うよりはプロのような手さばき。
しかし影は正に溢れると言う言葉が似合わんばかりに現れる。次から次へと現れる影に、俺たちは銃を再び構えるしかない。
そんな俺たちの横を、風が通り過ぎた。
「え……?」
それは溢れかえる影たちの目の前に辿り着くと、土煙をあげながら急停止し、手を地に着けた。
「……アタックスキル・アンインストール」
どこかで聞いた事があるような声。
その瞬間、大量に溢れていた影たちはまるで地面に吸い込まれるように唸り、一斉に消滅していった。
そんな衝撃的な光景に、俺たちはぽかんとなる。
「何だ、今のは……」
正に、『消えた』と言う表現が正しかった。
最初からいなかったかのように、あれだけいた影は全て消えている。
そこに居るのは、一人の少女だけだった。
すらりとした足、眼鏡の奥に輝くエメラルドグリーンの瞳、そして腕に『書記』の字が目立つ生徒会の腕章―――
そいつは、前に沙耶を襲った生徒会書記だった―――
「あいつは、あの時の……!」
咄嗟にその少女に銃を向けるが、背後から掛けられた声に意識を引っ張られる。
「やめなさいッ!」
「!?」
その声に振り返った先にいたのは、銃を手に下ろした沙耶だった。
「沙耶…ッ!」
「今の彼女は、敵じゃないわ」
沙耶が言う。だが、俺は正直沙耶の言葉の本当の意味を理解していなかった。
あいつが沙耶にどんな事をしたのか、俺は覚えている。あの時、俺は確かにあいつに―――
「……何で、あいつが」
俺は、ジッと俺たちの方を見詰めている彼女を一瞥する。
「どういう事なのか、説明願いたいですね……」
直井の言う事に、俺は同意した。
「そうだ、説明してくれ。 沙耶」
「……あの娘は、今回の事象に対する一つの有効策なのよ」
俺たちの疑問に対して、沙耶は率直にそう答えた。
しかしその意味を理解できる者はいない。
「有効策?」
「そう。 あの娘はこの世界の一つのプログラム。 今回の事象も、あるプログラムによって引き起こされている。 彼女は、そのプログラムに対抗できるプログラムになり得るのよ」
「……この騒動が、あの娘と似たようなものだと言うのか?」
「そうなるわね」
「ふむ……」
直井が顎に手を当て考える仕草を取るが、日向は頭をくしゃくしゃと掻いている。
「んだよそれ……全く意味がわからん……」
正直、俺も完全には理解していなかった。
それにしても、今回の影による騒動は、この世界の一つのプログラムだと言うのは気になる部分だった。
「……スパイは情報が命だからね。 ゆりっぺさんの指示通り、色々と調査した結果、導き出された答えなのよ」
沙耶は髪を手で払い、言葉を紡ぐ。
「ともかく、この先に行けばわかる事よ」
一体、沙耶は何を知っているのだろう。
更に追求したい衝動に駆られそうになるが、それより先に、俺たちにはやらなければいけない事があった。
「……そうだ、ゆりが危ない。 早く急がないと…ッ!」
俺はゆりの事を思い出し、急いで奏たちと共にその場からゆりのもとへ向かう。
その中には新たに沙耶と、そして他にもう一人が加わっていた―――
―――オールドギルド。
本心のギルドが爆破されて以来、主要な生産施設として利用されていたオールドギルドはモヌケの空だった。既にギルドのメンバーは地上に向かった事を物語っている。
いや、一人いた。
「―――ゆりっぺ…ッ!」
日向が叫び、駆け出す。
そこには、ぐったりと横たわるゆりがいた。俺たちもそばに駆け寄るが、ゆりの様子は明らかにおかしかった。
「何だよこれ……」
ゆりの身体は影に呑まれつつあった。黒い靄のようなものが、ゆりの身体を蝕むように包み込んでいる。
「影に、喰われている……ッ!?」
ゆりが影に喰われている途中だと知って、俺はNPCとなった高松を脳裏に思い浮かべた。
「ゆりっぺ、しっかりしろ……ッ! おい……!?」
ゆりを抱きかかえた日向が必死に呼びかけるが、ゆりが目覚める様子はない。
それどころか、ゆりは突然うなされるように苦しみ始めた。同時に、ゆりの身体をじわじわと影が浸食していく。
「……どいて、なの」
「え……」
その声に、俺たちの視線が集まる。そこにいたのは、生徒会の腕章を付けた彼女だった。
「………ッ」
そのエメルラルドグリーンの瞳に見詰められた日向は、ゆりのそばから離れる事に従った。
そっと背を預けさせたゆりの身体に、彼女の手が触れられた。
そして―――
「……………」
彼女の手から淡い光が灯ると、そこへゆりの身体を蝕んでいた影の部分が吸い込まれていった。しかしゆりの苦しみの声は収まらない。ゆりの震えた手が、微かに上がったのを見て、俺は思わず叫んでいた。
「―――ゆり、手を伸ばせ……ッ!」
その叫びが、俺の思いが届いたのか、俺が伸ばした手を、ゆりの手が掴んだ。
それと同時に、ゆりがハッと目を開く。
ゆりを蝕んでいた影の部分も、完全に消えていた。
「あれ……あたし……」
意識を取り戻したゆりは、ぼーっと俺たちを眺めている。
緊張の色を浮かべていた日向だったが、ゆりの目覚めた顔を見ると、いつものゆりに見せる表情に作り変えた。
「よ、よぉ……どうやら間に合ったみたいだな」
「音無くんと、日向くん……?」
ゆりが俺と日向の顔を交互に見て、言う。
「僕もいるんだが……?」
その後ろにいた直井が一言呟く。
「戻って、これた……」
「お前の声が……いや、お前の想いが爆発してるって、奏がここまで連れてきてくれたんだ」
「かなでちゃん……?」
「うん……」
俺の後ろから、奏がひょっこりと顔を出す。その表情は、どこかほっとしているような表情だった。
「そして、あいつらも」
ゆりの視線が、沙耶と生徒会書記の方にも向けられる。
「……そう、みんなのおかげね。助けられちゃった……」
ゆりが小さく呟くようにそう言うと、クスリと笑った。
そして次に、何かに気付いたような表情で顔を上げる。
「でもあんたたち、どうしてここにいるの……?」
「任せてきた。 俺たちの想いは、みんなが引き継いでくれたんだ」
「それで……あたしを助けに来たの?」
「一緒に戦いをしに来たんだよ」
「……同じじゃない」
俺の言葉を聞いて、ゆりはクスッと笑う。
そんなゆりに対して、今度は日向が茶化すように口を開く。
「まぁ、そうだけどー……ゆりっぺは心配だからなぁ」
日向の言葉にゆりがむっとするが、今度は奏の言葉が掛けられる。
「とりあえず、服整えたら……?」
「へ……?」
奏に言われて、ゆりは自分の服装を見下ろした。
そこで初めて自分の服装が乱れている事に気付くと、ゆりは慌てて露出した肌や下着の部分を隠しながら、服装を整えた。
そして立ち上がると、顔を赤くしたままいつものリーダー口調で俺たちに告げる。
「さぁ、行くわよッ!」
「あ、ああ……」
呆然とする俺たちの前を、ゆりが大股で通り過ぎる。
そして一人で先を行くと、そのまま俺たちを置いていくように行く先にある梯子を昇っていった。
「……ったく、相変わらずのペースだな」
「女心というのは、複雑なものなのよ」
沙耶の言葉が、不思議と受け入れられた。
「俺たちも行くか」
先を行くゆりに続いて、俺たちも向かって、梯子を昇るのだった。
―――ギルド連絡通路B20
梯子を昇り、通路に出た俺たちが見た先には、何かを守るように数を集中させている影たちの光景があった。
影に見つからないように、岩陰に隠れて影たちが蠢く場を観察する。
奇妙な事に、まるで影は特定の部分を守っているようにそこにいた。例えるなら、番人のような感じだ。
「なあ……あいつら、あそこを守っているように見えないか?」
「まぁ、奇遇ね。 あたしもそう思うわ」
俺の言葉に、ゆりも同感の意を表す。
「沙耶、こいつの能力で、今までみたいに影を一気に消せないのか?」
「出来なくもないかもしれないけど、余りにも距離があるし、数も異常だわ。 あんなの絨毯爆撃でもしない限りは、さすがに突破は……」
「それじゃあ、行ってくるわ……」
「へ?」
奏は一人立ち上がると、俺たちに向かってそう告げた。
次の瞬間、俺たちのもとから飛び上がった奏は、そのまま影の群れの中へとダイブした。
「かなでちゃんッ!?」
「奏ぇ……ッ!!」
奏は影の群れの中に飛び込み、そのまま奏の姿は海に呑まれたかのように見えなくなった。
「愚かな……自殺行為だ」
「……いや、待てよ」
直井が呟く。しかし、俺は気付いた。
奏が飛び込んだ辺りから、青白い光が射した。次の瞬間、影が光と共に弾かれるように吹っ飛んだ。ほとんどの影が、中心に立つ奏の手によって、四方に吹っ飛んでいった。
その光景に、俺たちは息を呑む。奏の余りの戦闘能力に、驚かざるにはいられなかった。
でも―――
「よし…ッ!」
同時に、俺は感心する。そして状況の好転にただ喜びを見出す。
沙耶も感嘆の吐息と共に言葉を紡いだ。
「凄いわ……彼女の戦闘力は、正に爆撃機並ね……」
俺たちが感嘆している頃、影を一層した場所の中心に立っていた奏が、俺たちに向けてぐっと親指を立てていた。
それを見て、俺たちも奏のもとへ向かった。
「―――ッ!」
だが、通路の別の方向から再び大量の影が現れた。またキリがない数を出現させた影は、ゆっくりと蠢きながら俺たちの方に接近を始めた。
「くそ、まだいるのかよ……!」
日向が苦虫を噛み潰す表情で声をあげる。
「ゆり、お前は先に行け。 俺たちはこいつらを片付ける……ッ!」
「……うん、お願い」
この場を俺たちに譲らせ、ゆりを先に行かせる事を促す。
「待って、ゆりっぺさん!」
「―――ッ! 沙耶ちゃん……?」
その場から駆け出そうとしたゆりの背中を、沙耶が呼び止める。
「行くのなら、彼女も一緒に連れていってあげて」
「彼女……?」
ゆりの視線が、沙耶のそばにいた生徒会書記に向けられる。
ゆりはこの娘を?と言う無言の視線を沙耶に向ける。その意思を読み取った沙耶は、コクリと頷いた。
「この先は、本当の意味で彼女が必要になるはずよ」
「……………」
ゆりは何かを考えるような視線で、生徒会書記の方に視線を向ける。
そんな二人のやり取りを、俺はチラリと見守っていた。
沙耶は、一体何を考えているのか。
かつて俺たちに対して、特に沙耶に対して害を及ぼした敵。沙耶をイレギュラーな存在と認識して襲いかかった彼女を、今回の騒動の有効策として利用しようとする沙耶の思惑は、俺にも計り知れない。
だが、沙耶にはそう言った考えがあるのだろう。それだけは、俺にはわかっていた。そして、それはきっとゆりも同じだろう。
「……わかった。 彼女も連れていくわ」
だからこそ、ゆりは頷いた。俺と同じように、仲間を、沙耶を信じているからだ。
「ありがとう、ゆりっぺさん」
「お礼を言うのはあたしよ。 あなたに面倒な事を頼んじゃったのだから……その結果としてこの娘を連れてきたのでしょう?」
ゆりの少し優しいような、まるで兄弟のお姉さんのような顔を浮かべる。
それは、まるで相手を安心させるような表情だった。
「それじゃあ、行ってくるわ」
「武運を、祈ってる」
「あんたたちも……ね」
ゆりはウインクをすると、彼女を連れ、その場から今度こそ駆け出した。
先に向かったゆりたちを見送ると、沙耶は俺たちのもとへ戻ってくる。
「……音無くん」
「何だ、沙耶」
「これが最後の戦いになるかもしれない。 あたしのパートナーとして、ちゃんと最後まで戦い抜くと約束しなさい」
言いながら、沙耶は銃を構える。
「……言われるまでもねえよ。 俺は、最後まで戦うさ」
そして俺も、隣にいるパートナーと銃口の向きを揃える。
日向や直井も、同じく。
そして、奏も刃の向きを俺たちと共に揃える。
「これが―――俺たちの最後の戦いだ」
この世界における長い戦いの終止符を打つ。そんな共通した思いが、俺たちの中にあった。みんなで無事に卒業する。そして、この戦線の終わりにふさわしいハッピーエンドに向かって。