Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION― 作:伊東椋
あたしは誰もいない校長室にいた。ここに来るまでの間、そしてここに来てからも続く静寂。まるで世界に自分だけが取り残されたかのようだった。
実際、それもあながち間違いではない。事実ほとんどの者が既にこの世界から旅立ち、残るはあたしたちだけとなっているのだから。
ゆりっぺさんや日向くんたちもいなくなり、音無くんや立華さんも直に立ち去って行くだろう。
あたしは―――まだ、この世界に居た。
卒業式を終え、体育館から出たあたしは、ただその自分の足が赴くままに一人で歩き、そしてここに辿り着いた。
かつて、死んだ世界戦線と言う名の集団が根城としていた場所。今やそこは、かつてその戦線に属していた彼らの名残が残されているのみ。
それは―――みんながそれぞれ残していった、“証”だ。
自分たちはここに居た、と言う証。
目の前には、あたしの“証”が置いてある。
この世界に来る前から肌身離さず持ち歩いていた、あたしの身体の一部と言っても過言ではないもの。 そして、別の世界であたし自身を終わらせ、ここに導いたものでもある。
あたしは不意に、それに手を伸ばしたが―――寸前で踏みとどまり、触れる事を止めた。伸ばしかけた手を、そっと戻していく。
ここには、多くの人たちが居た。
自分の人生に納得出来ず、神に抗おうと戦った者たち。
あたしはこの世界に来る前の世界には無かったものを、ここで手に入れた。仲間たちに囲まれて、過ごした時間。それはこの世界に来て初めて味わい、知ったものだった。
それはあたしにとってかけがえのない欠片だった。あたしの足りなかった部分を補ってくれるような優しい欠片は、あたしの身に深く収まったのだ。
あたしは、別々の世界で、色々なものを知った―――
前の、虚構の世界では――――愛する人を見つけ、愛とその人と過ごす大切な時間を知った。
死後の世界では―――仲間と言う存在を見つけ、その恵みを知った。
あたしはどちらの世界でもイレギュラーとして来てしまった。それが神の意志なのか、どんな因果があったのかは知らない。しかし、確かにあたしはこの世界に事実としてやって来た。そして彼らと出会い、仲間たちと過ごす大切な時間を知り、人生の尊さを感じた。
全てを知る前に命が尽きてしまった、不完全だったあたしの魂は、二つの世界を渡る事によって様々な経験や知識を蓄積する事が出来た。正に、それこそがあたしの人生そのものだったのだ。あたしの人生は終わってなんかいなかった。あたしは二つの世界を通じて、人生を過ごす事が出来たのだ。
そう、あたしは満足していた。
前の世界で、あたしは愛を知って、それ以上の望みは我儘だと思っていた。
でも、あたしはこの世界でまた色々な事を知った。もう我儘だなんて言えない程に、あたしは満ち過ぎていた。我儘過ぎた。でも、楽しかった。
満たされた魂は、この世界から立ち去らなければいけない。それがこの世界の掟(ルール)。だから、みんなはいなくなった。今度はあたしが旅立つ番なのだ。
あたしは目の前で、満足して旅立って行った人たちを見てきた。歌いたかった歌を歌った岩沢さん、弓を引き、本当の自分を思い出した古式さん……みんな、とても良い表情(かお)で旅立って行った。あたしにも、彼女たちと同じように逝けるだろうか。
「あ……」
ふと、あたしは校長室の窓から、夕日が染まる外に視線を向けた。その先に、一筋の光が空に向かって昇っていくのが見える。
その優しい光は、ゆっくりと空に昇っていく。その光を見詰めた途端、あたしは自分の心に確証を得た。
「……うん、あたしも満足した」
暖かくなった胸に手を当てて、あたしは頷いた。
光は、あたしより先に空に向かって昇っていった。
これで、本当にこの世界に残ったのはあたし一人だった。
「あたしも、そろそろ行かないとね」
スカートを翻し、あたしは校長室の方に身体の向きを変える。窓の外に背を向けて、後ろから射し込む夕日の光によってオレンジ色に染まる校長室の全体を、あたしはゆっくりと眺める。
あたしは、前に踏み出す足を、上げる。
それは、旅立ちへの一歩。
「……スタートっ」
それは、終わりではない、始まりだ。
次の人生への、新たな自分への旅立ち。
あたしは小さく笑みを浮かべて、そう言った。
そして―――
あたしの魂は、この世界から次の人生へと、最初の一歩を踏み出した―――