Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION―   作:伊東椋

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EPISODE.08 Happening

 対天使用作戦本部。校長室とはもう誰も呼ばない。その部屋には毎度の如く、我らが戦線の主要メンバーが集結していた。

 その部屋に、軽やかに流れるメロディ。彼女の持つギターの弦からバラードが弾かれる。

 部屋にいる者はそのバラードに、静かに耳を傾けている。

 ゆりっぺも、真剣な表情でそれを聴き入れている。

 ショートに揃えた赤い髪の女子が、ギターを片手に、強くも、どこか悲しそうな、そんなメロディを紡いでいる。

 やがて、その弦は大人しくなる。彼女は弾き終えると、静かに我らのリーダーの意見を待った。

 「……何故、新曲がバラード?」

 「いけない?」

 「陽動にはね」

 彼女の紡ぎだされるギターのメロディ。そしてゆりっぺが言う“陽動”という言葉。

 それらは無関係に思えて、実は深く関わりのあるものだった。

 「その……陽動っていうのは一体何なんだ?」

 「あなた、彼女たちのライブを見て気付かなかったの?」

 未だに理解できていない俺に、ゆりっぺは淡々と説明を始める。

 彼女たちは校内でガルデモと名乗るロックバンドを組んでいて、生徒たちの人気を集めている。彼女たちは陽動班としてライブを行い、作戦の障害となる生徒たちを引き寄せる役目を買っていると云う。

 それだけ、彼女たちには人を魅了させる力がある。

 「で、どうなの?」

 そのガルデモのボーカル、岩沢と云う少女は、ゆりっぺに率直に問う。

 「陽動としては向いていないわね」

 ばっさりと切り捨てるゆりっぺだったが、岩沢は特に気にせず、「そっ、じゃあボツね」と、岩沢自身もあっさりとしていた。

 「で、次の作戦は何なんだ。 ゆりっぺ」

 「そうね。 今度の作戦は、天使エリア侵入作戦のリベンジでいこうと思うわ」

 ざわつく一同。

 天使エリア侵入作戦?

 って、なんだ。

 「要するに、天使の住処さ」

 「天使の住処……?」

 俺は天使の住処というメルヘンチックな印象故に様々な想像を膨らませた。そんな時、ゆりっぺが突然新メンバーを紹介した。

 現れたのは眼鏡をかけた少年。竹山と名乗る、凄腕のハッカーらしい。

 相変わらず野田が新人いびりを始めたが、竹山の円周率攻撃によって見事に撃沈。

 馬鹿ばかりの集まりには、頭脳派の投入は即戦力になるだろう。

 「僕のことはクライシストとお呼びください」

 最後の最後で台無しだ。さすがゆりっぺだと言うべきだろう。

 ここにまともな奴はいるのかと問われれば、誰もが答えるのに戸惑うのは目に見えているだろうな。

 

 

 「音無くん」

 部屋を出た直後、いきなり俺の前に沙耶が現れた。

 「うわ。 沙耶……」

 「何よその反応」

 俺の反応に対して、沙耶はむっとしたが、俺は構わずに沙耶に問いかける。

 「何か用か?」

 「何か用か、じゃないでしょ! これから特訓に決まってるでしょッ!? 今までそれの準備してたんだから…ッ!」

 「ああ、それでいなかったのか……」

 「――ということで」

 俺の手を、ぎゅっと掴む暖かい手。沙耶は俺の手を掴むと、ニコッと微笑んで、駆けだした。

 「さっさと特訓、始めるわよ!」

 「…っとと! ちょっと待てよ…!」

 沙耶に手を引かれ、俺は仕方なく一緒に走りだす。

 俺は沙耶に手を引かれながら廊下を走る際、曲がり角の辺りで、翻るスカートとギターを背に抱えた姿を一瞬だけ見かけた。

 その赤い髪の持ち主、岩沢の横顔を、俺は一瞬の間際にそれを捉えた。

 

 

 ――第二連絡橋下。

 橋の下に設置された数々の、俺にはよくわからないもの。

 だが、色々な訓練のためのモノだというのはわかる。

 「今日はまた随分と張り切った感じだな……」

 「ふふん。 鍛えれば鍛えるほど、人は強くなるものなのよ。 音無くんはきっとその素質があると、あたしは断言するわ」

 「勝手に決めつけないでくれ……」

 俺の方におくる沙耶の瞳は、期待に満ちた眩しい瞳だった。

 何を言っても、こいつは自分の考えを曲げないだろうな……

 だが、俺自身もこの環境に馴染んでしまっていると、自分で薄々自覚している。

 なんだかんだ言って、沙耶を含め、あいつらも最初に会った時より随分と良い奴だと思えるようになってきた。

 それは俺も、沙耶やあいつらを仲間として認めるようになってきたのかもしれない。

 「じゃ、これらを使って訓練開始よ。 まずはこの機関銃で撃ってみましょう」

 いきなり俺を圧倒させるようなものが出てきやがった。

 「M134っていう機関銃よ。 元々は軍用ヘリコプターに搭載されている代物なんだけど……まぁなんとかなるでしょ。 使えなくもないわ」

 「いきなりそんなとんでもない代物を扱えるかッ!!」

 「なに言ってるのよ。 やろうと思えば、きっとこれを持って校舎の窓から飛び降りることだって可能よ」

 「それはないだろ……って、ぐあッ!? なんだこれ、重すぎるぞッ!」

 「ああ、それ、本体だけで18kgよ? しかも銃身に三脚、弾薬とバッテリーを含めるとざっと100kgオーバーね」

 「人が持てるものじゃないだろうッ! これはやっぱり軍用ヘリが持つべきものだろッ! 人間には荷が重すぎるッ!」

 「別に無理して持とうとしなくていいわよ。 いい? 音無くん」

 呆れがちに溜息を吐き、沙耶はうつ伏せに寝そべると、機関銃に手を掛けた。

 「こうして自分が伏せて、この体勢で扱おうとすれば特に問題はないわ。 しっかりと銃を支えて、振動に気を付けながら撃ちまくるの。 難しいことじゃないわ」

 ほら、やってみてと、沙耶は俺にも同じことをするように促す。

 俺は言われた通りに、身を屈めて巷で言う機関銃に初めて触れる。拳銃とは違って、まったくと言って良いほど違う感覚を与える武器だ。

 「よし、安全装置解除。 弾倉OK。 さぁ、あの的に向かって撃ってッ!」

 「……ッ!」

 俺は前に見える的を見据え、ぐっとトリガーを引く。

 そして次の瞬間、物凄い勢いで機関銃の銃口から暴れるように火が噴き荒れる。激しく震える銃身を抑え、数秒単位で何百発という弾丸を放つ。的はあっという間に原型を失くし、周りの土や草をも弾き、射撃を止めれば、その辺りは既にズタズタだった。

 「凄いな……」

 これを人間相手にぶっ放すとしたら、人間なんて人たまりもない。

 これを、天使とは言え、あの少女に向かって撃つというのは、あまり考えたくないものだった。

 「初めにしてはまぁまぁね。 やっぱり音無くんはあたしの見込んだ通りの男だわ」

 「そりゃ……どうも……」

 まだ緊張が抜けきれない。機関銃を抑えていた手がびりびりと痺れている。

 出来れば二度と使いたくないが、これは武器としては最強クラスだ。そして、ここに散らばる様々な武器。

 ギルドが破棄されて、今はオールドギルドで補い始めたばかりだというのに、いきなりどこからこんな代物を調達できたのだろう。

 俺の考えていたことに気付いたのか、沙耶は俺の目を見ると、すぐに口を開いた。

 「こんなもの、どこから持って来たんだって思ってるでしょ?」

 「……………」

 「……あたしもね、生きてた頃はこんな武器が当たり前にあった国ばかり行ってたから……嫌でも記憶にあるのよ。 扱い方だけでなく、作ってる所もよく見てたからね」

 「沙耶……」

 生きていた頃の沙耶。

 彼女は他の連中とはまた一味違う人生をおくった。父親と共に、色々な国をまわった過去。それも、決して俺たちが当たり前のように日常の中にあった、平穏とは遠くかけ離れた、外の現実。

 「ここって、本当に便利な世界ね。 記憶があれば石ころから作り直すこともできるんだもの。 まぁ、出来はやっぱりギルドの人たちには、敵わないけどね。 その証拠に、その機関銃も調子は良い方とは言えない」

 もう一度確かめるようにトリガーを引いてみると、何かに詰まったように弾が出なくなった。

 確かに、これでは武器としては大きな欠点だな。

 「まぁ、あたしの生み出したヘボは常にメンテナンスが必要ね。 あくまでこれらは訓練用として捉えてもいいわよ」

 「そんなことないさ。 実際に撃ってみたけど、ギルドの武器と変わらない」

 「そんなこと、わかるの?」

 「沙耶の作ったものだ。 俺は信じるよ」

 「あなた、おかしなことを言うのね……」

 沙耶はそう言いつつ、クスクスと笑った。

 「さて、じゃあ次はこっちのを使ってみましょう。 音無くん、準備はいい?」

 こうして、俺は沙耶の指導の下、様々な武器を用いての訓練を行った。

 そして、最後の方になって、俺と沙耶は近接戦闘の訓練を始めることにした。

 「ギルドでの戦いを見てわかったと思うけど、銃が効かなくなった場合は、近接戦も想定しないと駄目だわ。 近接戦は敵と最も近い距離で戦う、とても戦闘能力を問われる技術。 これも訓練に越したことはない」

 「そうだな……」

 「じゃ、これ」

 「おう。 ……って、なッ!?」

 沙耶からぽんと手渡されたもの。触れてみると、やけにひんやりと冷たい。手渡されたものに視線を落としてみると、見事に磨かれた刃が目に入った。

 「お前……これ、本物じゃないか……」

 それは本物の軍用ナイフだった。正しく、あの時に天使と戦った時に沙耶が使っていたナイフのような。

 「模擬を使っても仕方ないでしょ? それの方が実戦に近い心理で、訓練が可能よ」

 「だからって……」

 「じゃ、始めるわよ」

 沙耶は俺から距離を取り、自らもナイフを片手に握りだす。

 「まさか……本気で来たりしないよな…?」

 「なに言ってるのよ」

 俺のおそるおそるとした問いかけに、沙耶はきょとんとした表情を浮かべる。

 「そんなことあるはずないじゃない、音無くん」

 「そ、そりゃそうだよな……」

 

 まさかいくら実戦に近い訓練とは言え、仲間相手に本気で来るとは……

 

 「本気の本気、殺す気でいくわよ」

 

 俺は覚悟を決めるしかなかった。それも一瞬の内に。

 

 「うおッ!?」

 いきなり駆けだした沙耶。まるで鷲の如く、沙耶は俊足で俺に刃を向け、突撃してくる。

 俺は咄嗟に、足で地を蹴って、後方に下がる。

 俺のいた虚空に、沙耶のナイフが一閃、空気を切り裂いた。

 俺がその時見た、沙耶の蒼い瞳は、まるで獲物を狙う鷲のように鋭く、澄んだ瞳だった。

 この時、俺は初めて寒気を感じるような恐怖を覚えた。

 俺は後方に下がると、ナイフを改めて握り締める。避けられても、沙耶は攻撃を止めようとしない。

 地についた足が、止まることなく、ロケットスタートした。

 勢いの余り、まるで一直線に獲物に向かう鷲のように、沙耶がナイフを突き出す。俺はまたギリギリで避けるが、ネクタイがすっぱりと切れてしまった。

 「待て待て待てッ!」

 「―――――」

 沙耶は無言で、俺を見据える。そして、ナイフの刃先を下に向け、ジリッと地を踏みにじる。

 俺もナイフを構え、お互いにじりじりと隙を狙う。

 だが、沙耶は恐ろしいほど、隙がまったく見られない。

 沙耶の瞳は、正に獲物を求めるハンターの如く。確かに、俺を殺す気で掛かっている。

 「……………」

 戦いに一切他言は無用。そんな無言が、俺にビシビシと伝わってくる。

 この世界は殺しても死なない。ジョークとして愛用されているような言葉だ。

 死なない世界で殺してしまっても、とっくの昔に死んでいるのだからもう死ぬことはない。

 「く……」

 橋の下、遠くのグラウンドから部活に励む生徒たちの声が聞こえる。不気味に静まった空気の中で、俺と沙耶はじっと対峙していた。

 「……………」

 俺はふと、視線を外す。

 その瞬間、さっきまで沙耶が立っていた場所から、沙耶はあっという間に俺の目の前まで走りだしていた。

 「……ッ!」

 俺は正面から突撃を敢行してきた沙耶に対して、防御の姿勢を取るしかなかった。沙耶の斬りかかるナイフを、俺は必死にナイフで応戦する。と言っても、防戦一方ではあった。

 俺と沙耶の間で、火花が散る。時折、俺の腕や、袖の辺りに、沙耶のナイフが切りかかる。

 「―――ッ!」

 俺の頬に、沙耶のナイフが微かに触れた。

 そして、赤い血が俺の頬を伝う。

 それを機に、沙耶は一気に俺の目の前まで攻め寄った。

 「この…ッ!」

 俺は思い切り、目と鼻の先まで近づいた沙耶に向かって、自らのナイフで切りかかる。

 あまりに近づいていたため、なんとか俺のナイフが沙耶の胸元の前を一閃するが、沙耶自身にダメージを与えることはなかった。沙耶は一旦後退する。そして俺は無様にも、勢い余って尻もちをついてしまった。

 「ぐあ…ッ!」

 尻もちをついた俺に、沙耶は容赦なく止めを刺そうとナイフを振り上げる。

 もう、逃げられない…ッ!

 「しま…ッ?!」

 俺は覚悟して、思わず腕で顔の前を庇う。

 そして俺の目の前から、沙耶がナイフを振り下ろし、俺に切りかからんと――――

 

 バサッ。

 

 「……へ?」

 何かが剥けたような音。そして、ピタリと止まる沙耶。

 俺はおそるおそる庇った腕を解き、目を開けた。そして、目の前の視界いっぱいには、沙耶の豊満な胸元が飛び出して―――

 

 ……胸元?

 

 「―――ッッ!!?」

 俺と沙耶は、それぞれ驚愕と困惑の表情を浮かべ、硬直する。

 沙耶の制服の胸元辺りが、ぺろんと服の生地だけが破れていたのだ。

 おかげで、沙耶の健康そうな胸の谷間が露になる。

 俺のたった一回の一撃が、沙耶の胸元を切り裂いてしまったのだ(服の生地だけ)

 沙耶は露になった胸の谷間を、俺の目の前に見せつけながら、ふるふると震えていた。

 「さ、沙耶……?」

 俺はおっかなびっくりのまま、ゆっくりと沙耶の顔を見上げる。俺が見た沙耶の表情は、羞恥と悲しみに満ちた表情だった。

 トマトのように真っ赤に染まり、瞳には涙を潤ませ、ぷるぷると震えている。

 そして、ギロリと睨む涙目には、驚きと動揺を隠せない俺の情けない表情が映し出される。

 

 「嫌ァァァァァ――――――――ッッッ!!!」

 

 次の瞬間、沙耶の足が俺の顔面にクリーンヒット。

 俺の意識は、足を蹴り上げながら胸元を隠す沙耶と、微かに見えたピンク色という光景を最後に、闇の底へと沈んでいった。


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