Angel Beats! ―SCHOOL REVOLUTION―   作:伊東椋

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EPISODE.09 Girls Dead Monster

 暗闇の中、俺は声を聞いた。

 いや、声とか耳で聞くとは少し違うような。だけど、確かに誰かが俺を呼んでいた気がする。

 それも、とても悲しそうな感じだ。

 そして、それは俺の中にも近いものがあった。

 俺だって同じ気持ちだよ、むしろ俺が……と言いたくなるような、そんな感じ。

 よくわからない。

 暗闇の中、俺はその声を聴き続け、そして俺も闇の中をもがいていたんだ。

 

 ただ、唯一はっきりとわかるのは。

 

 消えていこうとする、温もり―――

 

 

 「……ッ!」

 ハッと、目を覚ます俺。目を開けると、真っ白な天井が視界に入る。そして鼻には、薬や医療具と言った病院独特の匂い。ここが保健室であり、そして俺はまたこの保健室で目を覚ましたことをこれで二度目だと気付くことになった。

 「お目覚め?」

 ただ前とは唯一違ったことは、ここにいるのが俺一人ではなく、今回はもう一人がそばにいたことだった。

 「沙耶……」

 「どうやら、全然大丈夫みたいね。 ま、あたしのパートナーである以上、簡単に死なれては困るけど。 ……死なないけど」

 「俺、どうして……あ…」

 俺は思い出す。あの最後の光景を。

 突然、俺の目の前で沙耶の胸元が露になり、俺は見事に沙耶の蹴りを顔面に浴びてダウンした。意識を失う直前、何かピンク色のようなものが見えたが、あれは―――

 「……見た?」

 「へ……?」

 俺が顔を上げると、沙耶がジトッとした視線で俺を見詰めている。

 「何を……」

 「色々……」

 「……………」

 思い出す、沙耶の揺れた胸元。そして気絶する最後の瞬間に見えた、ピンク色。

 俺は声に出さず、ただ思い出しただけだったのだが、沙耶はまるでそれを言われたかのように顔を真っ赤にして、いきなり叫び出した。

 「ふんが―――――――――ッッ!!!」

 「ッ!?」

 「見たんでしょッ!? あたし見られちゃったんでしょッ!? 乙女の秘密の場所をッ!! それはもう上と下、両方の乙女の箇所をその目でバッチリと激写しちゃったんでしょッ!!?」

 「ば、馬鹿…ッ! 何を大声で……!!」

 「あは…ッ! 滑稽よねッ! まさかこんなエロハプニングにやられるなんて、なんて間抜けなのかしらッ! とんだ恥晒しだわッ! パートナーとは言え、男の人に自分の大切な所を見られるなんて…ッ! あたし処女なのよ? 責任取れるのッ!?」

 「そんな爆弾発言しなくていいから落ち着けッ!」

 「あは……は……」

 そして頭から煙を出したかのように、沙耶はガクリと項垂れてしまった。

 というか、責任ってなんだよ…ッ!

 「と、ところで……沙耶。 お前、怪我とかしてないのか?」

 「はぁ…?」

 「いや、ほら。 その……俺のナイフが沙耶の……胸元を切っちゃったわけだから……もしかしたら沙耶の身体まで届いていないのかなって……」

 「その点は心配無いわ。 見事に、綺麗さっぱり服の部分だけ切れてたから。 どんだけ器用なエロハプニングなのよ、くそ…ッ」

 「……悪かったって」

 「あーもうッ! 本当、最悪ッ!」

 俺はふと、自分が保健室のベッドに寝ていたことについて、あることに気付く。

 「そういえば……もしかして沙耶が俺をここまで運んできてくれたのか?」

 「あたし一人でも音無くんなら運べそうかなって最初は頑張ったんだけど、遠い保健室まで運ぶにはあたし一人の力じゃ無理だったわ。 だからあの大きい身体の人に頼んで、ここまで音無くんを運ぶのに手伝ってもらったの」

 「ああ、松下五段か……後で礼、言っとかなきゃな……」

 「あたしに対しては?」

 「も、勿論沙耶にもだ。 むしろ、お詫びとお礼、両方だな……」

 「当然よ。 むしろ女の子の大切な所を見た音無くんには、どんなに償おうとしても償いきれない重い罪を背負ってることになるわよ」

 「う……」

 はぁ…と、沙耶は溜息を吐き、椅子から立ち上がった。

 「さ、行くわよ」

 

 

 ということで、俺は沙耶の胸と下着を見た罰として、とりあえず自動販売機にあるジュースを奢ることになり、俺と沙耶は途中の学習練B練の廊下を歩いていた。

 「知ってる? 最近、あそこの自販機にどろり濃厚ピーチ味が入ったらしいわよ」

 「なんだそりゃ……想像するだけで喉に引っ掛かるような飲みにくさだな」

 「面白そうじゃないのよ」

 「で、それを飲むのか?」

 「まずは音無くんで試してみましょ」

 「おい」

 「あら…?」

 ふと何かに目を止め、立ち止まる沙耶。そこは、学校の委員会や行事関係のポスターが貼ってあるような掲示板だった。

 そしてその掲示板には、同じ絵のポスターが何枚も貼られている。その貼られているポスターの後を辿ってみると、その小さな背をいっぱいに伸ばし、出来るだけ上の方に貼り付けようとしている一人の女の子を見つけた。

 その女の子は俺たちと同じSSSの制服を着ており、見た目からして年下っぽい。

 俺と沙耶は、彼女が繰り返すように掲示板に貼っているポスターを見詰める。

 

 ―――Girls Dead Monster

 

 これが例の陽動ライブか。

 それにしても手の込んだポスターだ。まるで本物の人気バンドのライブだ。

 「実際その通りなわけですよッ!」

 気がつくと、俺たちのそばにいつの間にか、今までポスターを貼っていた女の子がいた。

 「岩沢さんをボーカルとして中心に活動するガールズ・デッド・モンスター。 通称ガルデモは校内でも大勢の生徒たちの人気を勝ち取っている正真正銘の大人気バンド! 派手な陽動と言いますが、とても素晴らしいライブを披露してくれるんです!」

 とても誇らしそうに、彼女は説明する。

 楽しそうに語る彼女が説明を盛り上げるたびに、スカートから生えた小悪魔のような尾がぴょこぴょこと揺れ、彼女自身も元気いっぱいでよく動いていた。

 「へぇ……何だか凄いわね…」

 沙耶は彼女の説明を聞きながら、掲示板に貼られているポスターを感心するような瞳で見詰めている。

 「ここに体育館占拠ってあるけど、大丈夫なの?」

 「そりゃヤバイッすよ。 前代未聞ですよ。 それもゲリラライブではなく、告知ライブですしね。 先生たちは放っとかないし、どんな邪魔が入るかわからないですよ~」

 女の子は一枚のポスターを手にする。

 そして、期待を入れ混じるような表情でポスターを見詰めながら、続けた。

 「でも今回の作戦はそうしてでも人を集める必要があると聞きました」

 「ふぅん……ガールズ・デッド・モンスター……ねぇ」

 女の子から手渡されたポスターを、目を細めて見詰める沙耶。

 「ところで音無くん」

 「なんだ?」

 「……こういうバンドとか、ライブって、どういうものなのかしら?」

 「は……?」

 俺は思わず間抜けな声をあげてしまったが、沙耶はポスターに視線を戻しつつ、口を開いた。

 「あたし、こういうのってよく知らないのよ。 歌って言っても、民謡から子守唄までしか知らないから」

 

 ……そうか、沙耶は生前、普通に学校に行ったり、テレビを見たり、そういう普通らしいこと自体余り経験したことがないわけで、そんな平穏の日常でさえ、沙耶の人生には少なすぎるものだったんだ。

 

 だから、バンドとか、青春を謳歌するような年頃から好きになるようなものを知らないまま、この世界に来たんだ。

 

 「……最初の頃の私と似てますね」

 「え?」

 そんなことを言ったのは、その女の子だった。

 女の子は沙耶を優しげな表情で見詰めていた。

 「私の場合は知らないってわけではなかったんですけどね。 テレビで知っていた程度。 でも、実際はどんな感じなのかとか、そういう所は、私もこの世界に来た当時は全然わかっていなかったんですよね~。 ただの憧れだったってことです。 今でも、大して変わりませんが」

 一瞬、まだ俺たちより年下っぽいのに、そんな表情も出せるんだな…という感想を抱いてしまった。

 彼女の人生にも、それなりのものがあったのだろう。

 「でも私は今でもすっごく満足です! まだまだ陽動班の下っ端ですが、ガルデモのお手伝いができるんですよッ!? あの女の子だけでのとてつもない演奏力、そしてなんと言ってもボーカル兼ギターの岩沢さんの存在感ッ! 作詞作曲までしちゃうんですッ! 私のお気に入りはCrow song! サビとか歌詞の所もそこがまた―――」

 その意味ありげな表情から、徐々にテンションを上げて別格に目をキラキラさせ始めた彼女の語りは留まることを知れない。

 「それとですねッ! 盛り上がるのはやっぱりAlchemyですよ、Alchemy! それがですね―――って、まだ説明終わってないですよぉッ!!」

 立ち去ろうとした俺と沙耶の腕に飛びついて引っ張る女の子。

 まともに耳を貸していたら、長くなりそうだったのでこっそりと立ち去ろうとしたのだが……

 「そういえば、あなた。 名前は?」

 「ほえ?」

 引きはがそうと、ぐいぐいと彼女の頬に手を押し込んでいた俺の横で、沙耶は彼女に名前を問い始めた。

 俺が手を離すと、彼女も俺たちの腕から離れ、ぴっと敬礼するような仕草を取ってキラッとするような笑顔を向けた。

 「私、ユイって言います!」

 「ユイ……ユイちゃんね。 ありがと」

 「いえいえ、そういえば貴方達は噂のお二人さんですね? お二人とも、記憶が無いっていう……」

 「俺の場合はほとんど忘れちまっているが、沙耶は俺ほど忘れてはいないよ」

 「一応、生前の記憶はあるからね。 ちょっと欠けている部分があるだけ」

 「そうですか、それは失礼しました! お二人さん、とても仲が良いとお聞きしましたッ! もしかして、コレですかッ!?」

 「へ…っ? あ、いや…! ち、違うわよ。 あたしたちは……」

 「ちげーよ。 俺たちはそういう関係じゃないよ。 なんていうか、俺が勝手に引っ張られている感じだ」

 「おお、彼女さんやりますねッ! 彼氏さんはお尻に敷かれているということですね」

 「人聞きの悪いことを言うな。 だから違うって。 まぁ、共に闘うパートナー同士とでも言っとけ」

 「そうなんですか~。 実はですね、こ~んなオノを持った先輩が、そういうことを言っていたもので……男の方は災厄を齎すが、女に尻を敷かれる程度の低い奴だとかなんとか」

 「あの野郎……」

 「おっと、私はそろそろ行かなくてはいけないのでここで失礼します! 私はまだガルデモをお手伝いするためのお仕事が残っていますのでッ! それではお二人とも、お幸せに~」

 そう言い残し、ユイは素早い動きでその場からポスターを抱えて立ち去ってしまった。更にどこかにポスターを貼りに行ったのだろうか。

 「だから違うって言うのに……まったく。 おい、沙耶。 行くぞ……って、何で不機嫌そうな顔してるんだ?」

 「……別に」

 俺が振り返ると、何故か沙耶はムスッとした表情で立っていた。

 どう見ても、不機嫌そうな顔をしているのだが、沙耶は俺を置いてスタスタと行ってしまう。

 「なんなんだ……?」

 俺は早足で行ってしまう沙耶を見失わないように、急いで後を追うことにした。

 沙耶が何故不機嫌になったのかは俺にはよくわからなかった。

 

 

 「なんだ、ユイ。 お前、まだポスター貼ってたのか」

 せっせとポスターを貼り続けていく私に、聞き慣れた彼の声が届く。

 振り返ると、案の定、ポケットに手を突っ込んで立っている一人の先輩がそこにいた。

 「これはこれは日向先輩じゃないですか。 あっ、もしかして手伝いに来てくれたとか?」

 「ちげーよ。 ていうか、お前。 ポスター貼りすぎじゃね? どこに行ってもガルデモのポスターばかりで、ガルデモの文字が見られない廊下がないぐらいだぞ」

 「それでイイんですよ。 それなら、きっと多くの人がポスターを見てくれて、ライブに集まってくれるじゃないですか」

 「まぁ、確かにな……」

 私は陽動班の下っ端。だけど、ガルデモのお手伝いが出来る。私に出来ることはこれぐらいだから、大好きなガルデモのためにも、私は私の出来る範囲で精一杯頑張るだけなんだから。

 「……頑張ってんな、お前」

 「へ? 何か言いましたか、先輩」

 「なんでもねーよ」

 何かを言ったような先輩に私は思わず聞き逃してしまい、問い返したが、何故か先輩はご自分の頭をくしゃくしゃと掻くと、私の所まで歩み寄ってきた。

 「今度はどこに貼りに行くんだよ」

 「え?」

 私の目の前に立った先輩が、視線を合わせようとしないで、口を開く。

 「今度は隣の練の所までいっぱい貼ろうと考えているんですが、もしかして先輩……」

 「……ま、仕方ねえ。 しょうがないから俺が手伝ってやんよ」

 「本当ですかッ!?」

 先輩のありがたい下僕宣言……おっと、お手伝い宣言に、私はぱぁっと表情を更に明るくさせる。

 「俺は寛大だからな。 ありがたく思えよ」

 「それじゃあありがたく先輩をコキ使ってあげますねッ!」

 「おいこら」

 「うひゃッ!?」

 ガシッと、私の頭を先輩の手が掴む。

 イダダダダ、凄い力ですぅ…ッ!

 「人が手伝ってやるって言うのにその口の利き方はなんだぁ? しかも俺、これでも先輩だぞッ!」

 「うぎぎぎぎ、ご、ごめんなさいですぅ…ッ!」

 やっと解放される私の頭。

 うう、寛大じゃなかったの……? 先輩のうそつきぃ……

 「あ、頭が割れるかと思いました……」

 「で。 ポスターはどこだよ」

 「あ、はい……じゃあ、先輩、これ全部持ってくれますか?」

 「なッ!?」

 私は廊下の隅に置いていた、大量のポスターがぎっしりと入った大きな段ボール箱を指さす。その大きな段ボール箱を見て、日向先輩は口端を引きつらせた。

 「お前……これ持って、今まで学校中にポスターを貼りまわしてたのか……」

 「はいッ! やっぱり大勢の人に来てもらいたいですからね。 そのためにはいっぱいポスターを貼らなくちゃッ! あとこれだけなんで、日向先輩、お願いします」

 「……じょ、上等だ。 俺だって男だ。 舐めるなぁッ!」

 威勢良く、日向先輩は腕まくりをして準備万端をアピールすると、そのポスターがぎっしりと入った段ボール箱を抱え上げた。

 「く…ッ! よ、よし。 ユイ、次の場所に行くぞッ!」

 「はい先輩ッ! よろしくお願いしまっす!」

 大量のポスターが入った段ボール箱を持った日向先輩と並んで、私はポスターを貼る次の場所へと向かう。

 まぁ、ここでぶっちゃけると……

 

 これは余分に余った分だったものなんだけどね☆

 

 先輩が手伝ってくれるんだったら、もう少し頑張ろうかな。

 そうして、私は日向先輩と一緒に、体育館開催を宣言したガルデモのライブ告知ポスターを、本当に学校中至る所に貼り巡らせたのだった。


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