っていう感じのお話です。
瑞鶴vs女性提督の決着。
花のような香りに誘われて、わたしはゆっくりと覚醒する。
カーテンを閉めた窓の外からは、さぁさぁと雨音が聞こえて、「あぁ、今日は雨かぁ」と呟いて枕に突っ伏す。
隣に寝ている加賀さんが少し体を動かしてから、薄く瞼を開けた。
加賀さんが動いたことで、彼女の髪から香る花の匂いが再びわたしの鼻腔をくすぐった。
「おはよう」
「おはようございます。加賀さん」
わたしは最愛の人に微笑んで、加賀さんの懐に潜り込む。
「ちょっと」
「いいじゃないですか……」
加賀さんの胸に顔を埋める。
白くて触れた頬に吸い付くような肌の感触と、とくん、とくんと規則正しい加賀さんの鼓動が聞こえてきて、少し心が和む。
「加賀さんって、心臓の音まで加賀さんって感じがします」
「意味が分からないわ」
「ちょっとくらいドキドキしてくれたら嬉しかったのに」
「ドキドキって……。こんなことされたことないから、困惑はしているわ」
「なんだぁ」
加賀さんの動揺を勝ち取ったことに、少し達成感を感じた。
「ねぇ加賀さん……わたしのこと、愛してくれていますか?」
「そうね」
加賀さんの言葉が返ってくる。
「ところで瑞鶴」
「なんですか?」
「そろそろ翔鶴が戻ってくる頃ではないの?」
「あ」
加賀さんの一言で、わたしは慌てて布団から抜け出すと帰り支度を始める。
紅白の上下を着て、靴を履く。
「それじゃあ加賀さん、また!」
「また、ね」
加賀さんは布団から半身を起こしたままわたしに手を振ってくれる。
あまりにも愛らしいその仕草。
わたしも加賀さんに手を振り、部屋のドアを後ろ手で閉める。
そして――
そのまま大きなため息を吐いた。
「また……」
そして、そのままドアにもたれかかり、ずるずると廊下の床に座り込んだ。
「わたし、加賀さんの顔、見れない……」
あの夜から、わたしは加賀さんと目を合わせることができなくなっていた。
加賀さんは秘書艦の立場を利用し、艦載機の無断開発を行っていた。
それを見つけたわたしは、その状況を利用して加賀さんと秘密のケッコンをした。
その日から時間が経っていた。
わたしは翔鶴姉ぇが出撃し部屋を開けている期間は加賀さんの部屋に泊まっている。
誰にも――提督にも、翔鶴姉ぇにも――言えないこの関係を結んでから、わたしは加賀さんの瞳を見れなくなっていた。
どうして、と自問する。
艦娘の養成所時代から憧れだった加賀さんと共にいることができるようになったのに。
心が晴れないのは、どうして。
廊下の角から誰かが来る気配を感じて、わたしは瞼から零れ落ちそうになっていた涙を袖で強引に擦ると、足早に自室へと帰った。
「あら瑞鶴、どこへ行っていたの?」
部屋に帰ると、翔鶴姉ぇが既に帰っていた。
「う、うん。ちょっと加賀さんと一緒にいたよ」
嘘ではない。
「そうなの?」
わたしは内心の動揺を悟られないように、極めて普通に振る舞う。
「最近なんだか加賀さんと仲が良いわね。なんだか師弟っていうよりも……友達? 恋人、みたいな」
「そ、そうかな~? そんなことないよぉ」
「そんなこと言って。分かるんだから」
翔鶴姉ぇから少し離れて、窓際に移動する。
レースのカーテンの向こう側は、相変わらず雨模様だ。細雨から糠雨になったくらいだろうか。今のわたしの気分からすると、涙雨とでも表現しようか。
「寂しいって気持ちは、自分の頭が理解するよりも先に心が感じるの」
「わ」
いきなり視界が暗くなる。いつの間にか背後に忍び寄ってきた翔鶴姉ぇが、両手でわたしの目の前を覆ったのだ。
「なにすんのよ翔鶴姉ぇ」
わたしは慌てて翔鶴姉ぇの手を上にどかして、振り返る。
「やっとこっち見てくれた」
言いながら翔鶴姉ぇは微笑んだ。
「ねぇ瑞鶴?」
翔鶴姉ぇは優しく言葉を紡ぐ。
「私に何か隠し事していない?」
「へ」
ぞくり、と背筋を冷たいものが走る。
加賀さんの顔が、頭をよぎる。
「しないよぉ。大体隠し事ってなによ、そんなのしてないよ」
冗談で済ませるように笑って見せたけれど。上手くできていただろうか。
「うそ」
しかし翔鶴姉ぇは首を振った。
「瑞鶴は嘘をつくとき、目を見てくれないんだもん。何か隠し事してるの、わかるわ」
「えぇ」
そうだったのか、と衝撃を受ける。
「そ、そ、それを先に言ってよ!」
「でも無理に聞き出さそうだなんて思わないわよ?」
「そうなの?」
「その代わり、少しだけ意地悪するのは、いいじゃない?」
翔鶴姉ぇは困ったように笑って見せる。
それから、そうだ、と何かを思い出したように手をぽんと叩いた。
「それとね、瑞鶴。提督が呼んでいたわよ」
「提督が?」
あの不敵な笑みを思い出して、反射的に怒りが沸いてくる。
「で、いつ?」
「ヒトヒトマルマル」
翔鶴姉ぇの言葉を聞いて時計を見る。
時刻は――
「ヒトヒト……ってもうすぐじゃない!」
「そうよ」
いつの間にか靴を履いて準備ができている翔鶴姉ぇが冷静に答えてくれる。
「だから急ぎなさい」
「あのぉ……翔鶴姉ぇ、もしかしたら、いじわる継続中でしょうか?」
「さぁ? どうでしょう?」
恍けて見せた顔をしたが、目は正直に「分かっているでしょう?」と伝えてくれていた。
提督室の前に立つと、色々な感情がこみあげてくる。
苦々しくもあり、この先に加賀さんがいると思うと嬉しくもある。
結局臨時の秘書艦だったのは加賀さんの秘密を知った翌日までで、それ以降は相変わらず加賀さんが秘書艦を務めているのだ。
ノックをするが、室内からの反応は無い。
わたしと翔鶴姉ぇは一瞬顔を見合わせてから――
「失礼します」
ドアを開けて室内に入る。
「あ、瑞鶴……」
まず目に飛び込んだのは、慌てた顔をした加賀さんだった。
そして加賀さんに寄り添う提督の姿。
加賀さんの指先には、銀色の指輪が通されていた。
「ん~ちょっと大きいかしら」
提督は不満そうに言って、加賀さんの指先から指輪を取り、机の上の箱にしまった。
「あ、貴女たちいらっしゃい……どうしたの瑞鶴? 口を金魚みたいにパクパクさせて。いくら艦娘でも水中では呼吸できないこと知らないの?」
相変わらずなんて言い方をする人だろう。
提督は肩より長い黒髪をサイドでまとめていて、喋らなければどこぞの貴族のご令嬢といわれても不思議ではない美人だ。
いや――今はそれよりも指輪だ。
「あ、指輪のこと? もうケッコンの準備の最終段階に入っていて。あとは加賀の指輪のサイズ調整と鎮守府内のみんなを集めてやる披露宴の準備くらいなのよ」
嬉々として絶望的なことをのたまう提督。
ケッコンの準備は着々と進んでいるという事実に、わたしは頭を掻きむしって抵抗したくなる。
加賀さんも加賀さんだ。わたしという女がいながら、提督に好きなようにやられているなんて。
加賀さんをちらりとみるが、申し訳なさそうに俯いているだけだった。
「それで提督……御用とは何でしょう?」
わたしと提督の間に流れる空気を吹き飛ばすように、翔鶴姉ぇが問いかけた。
「そうだわ。貴方たちを呼んだのは他でも無い。今度の作戦のことよ。加賀、説明してあげて」
「はい」
加賀さんが説明したことを要約するとこうだ。
近々実施される深海棲艦に対する反攻作戦として、AL作戦/MI作戦を実施することになった。それにわたしたち五航戦も参加せよ、という内容だった。
「そもそも、貴方たちを配属させて、今日まで練度を上げてきてもらったのはこの作戦のためなのよ」
提督は椅子に座り、言い聞かせるようにゆっくりと話した。
「連合艦隊を組む大作戦よ。今は他方面に行っている二航戦も合流するわ」
提督はいつもの笑みを消して、珍しく殊勝な顔で言う。
「五航戦の力を存分に振るってほしいと思っているわ」
艦娘の本能だろうか。その言葉に、身体の奥が暑くなる。
翔鶴姉ぇも心なしか頬が紅潮している。
普通ならここで武者震いをしながら勇ましい言葉を提督に返すところだろうか。
「はい。空母翔鶴ならびに瑞鶴、全身全霊を掛けて必ずや提督に勝利を持ち帰ります」と言えばいいのだろうか。
でもわたしは違った。
そんなことを、加賀さんの前で言いたくなかった。
「あの提督、一航戦はどうなのでしょうか」
提督に問うていた。
「一航戦は、鎮守府で待機よ」
即答だった。
「それってどうなんですか?」
「ちょっとずいか……」
「提督っ、どうしてですか。加賀さんだって空母ですよ! わたしたちの先生で、一航戦なんですよ!」
わたしは翔鶴姉ぇの言葉を遮り、提督に言葉を投げつける。
「提督答えてください。一航戦を作戦に参加させない理由を。もっともらしい提督という立場としてでなく、個人として答えてください。加賀さんを大切に思うあまり、加賀さんの艦娘としての本分を殺すんですか!?」
翔鶴姉ぇがわたしの腕を掴んで静止しようとしてくる。
「翔鶴姉ぇ放して。わたし、言わなきゃいけないの」
「瑞鶴」
提督がわたしの瞳に語りかけるように口を開く。
「これは決定事項よ。私が、私の権限で決めました」
「加賀さんとケッコンするからでしょう!? 戻ってこれないかもしれない作戦に、加賀さんを出したくないからでしょう!? でも、それは提督のエゴで、加賀さんが可哀想ですよ」
「加賀の意思も確認しているわ」
「提督に言われたら、加賀さんだって断れないですよ」
「瑞鶴、私はいいのよ」
加賀さんが言った。
「私は、提督の言う通り、作戦中は鎮守府に残るわ。だから気にしないで、瑞鶴」
「そういうことだから」
提督は加賀さんの前に立ち塞がる。
「行きましょう。瑞鶴」
翔鶴姉ぇがわたしを引っ張り、提督室から出ようとする。
「わたしは、加賀さんが好き……戦っている加賀さんが大好きです!」
わたしは叫ぶように言った。
提督は一瞬困ったような顔をして、
「私も、加賀のことは大切に思っているわ。出撃できない加賀の気持ちも分かっている。それも踏まえて、私は加賀に待機を命じるの」
全てを分かったような顔で、まるで子供をあやすように微笑む提督を睨み付ける。
加賀さんは苦しそうに、今にも泣きそうな顔でわたしを見ている。
提督は、何も分かってない。自分の中で、勝手に加賀さんの気持ちを作っているだけだ。
「あのね瑞鶴、この際だからはっきり言うわよ」
提督はそう宣言して――
「加賀に横恋慕しないでちょうだい」
冷たく言い放った。
「ぐ……」
頭をハンマーで殴られたような感覚に、思わず呻いてしまう。
わたしは、提督を見据えてから、その背後に視線を動かす。
「それもこれも……!」
わたしは翔鶴姉ぇの手を振りほどいて、提督の机の上にある、指輪が入った箱をひったくる。
「あ」
提督が小さく悲鳴を上げる。
「加賀さんは、わたしのことを愛してるんだから!」
「瑞鶴!?」
翔鶴姉ぇの悲鳴のような声を尻目にわたしは提督室から踊り出た。
鎮守府の廊下を滅茶苦茶に走る。
頭の中で考えがまとまらずに、あっという間に息が切れる。視界が狭くなっていく。
「どうして……どうして!」
加賀さんと肩を並べて戦いたい。そして本当の意味で加賀さんに認められたい。艦娘としても、彼女の大切な存在としても。
手の中にある指輪の重さに歯噛みする。
こんなものがあるから、苦しんでいる。
「苦しむ? 誰がよ……」
わたしは、指輪の箱を握って――心を決める。
驚いてこっちを見る艦娘たちの間を走り抜け、階段を3段飛ばしで駆け下りて、誰もいない庭を抜ける。
雨は、もう止んでいた。
わたしは工廠へと駆け込んだ。
目的の場所は、工廠の中でも一番奥にある炉だ。
加賀さんと、秘密を交わしたあの場所だ。
煌々と赤く燃える炉に辿り着く。
全身を包む疲労感、荒い息すら整えず、
「妖精さん!」
叩き付けるように叫んで、驚く妖精さんたちに箱を差し出す。
「妖精さん! これを……これを早く――」