熊野と世界の果てで   作:あーふぁ

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熊野と世界の果てで

 摩耶と一緒に熊野が戦いへ行き、俺ひとりでの生活が始まった。

 ひとりになって最初にしたことは、大事な熊野が無事に帰ってくること願って黄色いハンカチをつけることだ。

 外に杭を打ち込んで2mの高さになったそれに、紐を上から下までしっかりとくくりつけてから黄色いハンカチをつけた。

 あとは時間が空いてしまうと熊野のことを考えてしまうため、色々やることを作る日々。

 そうして、以前にもらった古い猟銃の手入れでもしようかと銃について調べると、何年も使っていない銃は所持してはダメだそうだ。

 なので、銃をくれた古書店のじっちゃんにその話をして少々もったいなくは感じるが銃を警察に渡すことに。

 弾薬のほうは銃砲店に頼んで持っていた8発のうち5発は処分してもらい、残った3発は空薬莢と弾頭でキーホルダーを作ってもらった。

 そのうちの1つはじっちゃんにプレゼントし、思い出を気軽に持ち運べると喜んでくれた。

 ワンコにもあげようかとしたが、小学生にプレゼントするものでもないよなと思ったのでやめておいた。

 そんなことをやった以外は大体が毎日同じことの繰り返しだ。

 ひとりで海岸を見回り、畑の世話をしてラジオを聞きながら何もしない時間を過ごした。

 時々、ニュースで艦娘たちが出撃した大規模攻勢の話があって勝った時には喜び、被害が出たときには熊野の名前がないか緊張して聞いた。

 ……自分しかいないこの場所は、寂しいものだ。

 

 ◇

 

 熊野がいなくなって、日が1カ月と1週間たった。

 11月の第3週となった今日は空気がひんやりと冷たく、物凄い美しい青空が広がっている。

 いわゆる秋晴れと呼ばれているものだ。

 俺は制服を崩して着ていて、麦わら帽子をかぶっている。手には農作業用の手袋を身につけた格好だ。

 そんな格好でやるのは、辺鄙な場所のここへと飛ばされてから種をまいた畑での収穫だ。

 その時に植えた野菜はなんとか食べれるような大きさになっていた。

 薬や肥料をそんなにやっていなかったから、大きさや形がばらばらだ。けれど自分で食べる用だから何も問題はない。

 自分で育てて収穫するというのは心躍る、という予定だったがどうにも憂鬱だ。

 本当なら熊野と野菜の出来について話をしながら収穫ができたはず。

 寝ても起きても頭から熊野のことが離れず、こんなにも女々しい男だったかとため息をつく。

 自分に情けなさを感じつつ、しゃがんで小松菜を収穫してカゴに入れていく。

 小松菜をどんな料理にして食ってやろうかなんてことを立ちあがって考えていると、後ろの方から砂利を踏みしめる足跡が聞こえる。

 熊野のことばかり考えていたから、都合良く熊野が帰ってきたのかと思ってしまった。

 でもそれは単なる想像。熊野の性格だときっと電話や手紙で帰ってくる連絡をするに違いないから。

 誰が来たのかと思って振り向くと、そこには杖を使いながら監視所兼住居の建物と歩いていく熊野の姿があった。

 声をかけることも忘れ、制服を着て片手にバッグを持っている姿は妄想かと思う。

 そんな都合よく会えるだなんて、映画やドラマじゃないってのに。

 そもそも帰ってくるのが急すぎてどう反応すればいいか。怪我はしてなさそうに見えるからそれを喜んで声をかけるべきか。

 どうしようか頭で必死にかっこいい言葉を言おうと考えていたが、熊野が俺に気付かず監視所への扉の前に立ったところで声をかける決心がついた。

「熊野!」

 大声で声をかけると熊野が俺へと振り向き、その顔はまぶしいほどの笑顔を俺へと向けてくれる。

 それを見て、俺は手袋を脱ぎ捨てて熊野の方に歩いて行く。

 熊野はバッグと杖を降ろし、俺へと走り出してくる。

 その速度は遅いとはいえ、今まで走ったところなんて見たこともなく、さらには杖も使わずに来るものだから転びそうなのが心配で慌てて走っていく。

 熊野との距離はすぐに縮まったが熊野は減速する気配もなく、俺は段々と速度を落としていく。

 そして、熊野は速度そのままで俺の胸元に頭突きをするかのように突っ込んできてバランスを崩したが、熊野の背中に手をまわして抱きしめることで耐えきった。

 熊野は俺の胸に顔を押し付けたままでいる。

「驚かせることができましたか?」

「心臓に悪い。来るなら来るって連絡してくれ。それと走るな、杖を使え。転ぶかと心配したじゃないか」

「すみません。でも鈴谷が。あ、わたくしの親友なんですけど、提督の話をしたら驚かせたほうが喜ぶと言われましたので。それで、その、どうでした?」

 俺の腕の中にいる熊野は俺を見上げ、叱られるのを怖がる子供のような表情をしていた。

 それを見ると説教をする気もなくなり、雑に頭をぐりぐりと撫でまわする。

「せっかく提督のためにとセットしてきたのですけど?」

 不満と嬉しいという感情が入り交じった複表情の熊野が可愛く見えてる。

 ひととおりじゃれたところで、熊野に言いたいことがあったのを言う。

「熊野が帰ってくるのを願って黄色いハンカチを巻いたんだ」

「『幸福の黄色いハンカチ』ですか」

「なんだ、知っていたか」

「目が見えていた頃は無声映画に演劇にミュージカル、ジャンルも色々なものを見ていましたので」

「芸術好きだったか」

「はい。もし見えていたなら、きっと感激して涙を流してしていたのでしょうね」

 熊野を抱きしめていた手を離すと、熊野は俺から1歩、2歩と離れてからあたりを見回す。

 そしてまた俺へと顔を戻す。

「でも見えなくても、わたくしのために用意してくれたその気持ちが嬉しいです」

 熊野を喜ばせようとしたことが逆に喜ばされてしまう。

 久々に熊野と会えたことと、褒められたことに俺の目に涙が浮かんでしまう。

 それを気付かれないように静かに目元を指で拭う。

「どうかしました?」

「熊野は口が上手だなって思ってたんだ。ほら、中に入ろうか。今までのあった話を聞かせてくれよ」

「今夜は寝かせませんわよ?」

 そう微笑みながら俺の隣へやってきて、肘を掴んでくる。

 俺は久しぶりに連れて歩くことに慎重になりつつ、熊野を家の中へと連れていった。

 

 

 熊野をソファーに座らせ、さっき熊野が放置したバッグと杖を回収してテーブルへと置いた。

 そのまま熊野を待たせて、温かいインスタントコーヒーをふたつ用意し、マグカップに入れて持っていく。

 テーブルを挟んで熊野の向かい側に座り、マグカップを熊野へと渡す。

「聞きたいことはたくさんあるんだけれど、どうするか……」

「では、わたくしが自由に喋らせていただきますわ」

「お願いするよ」

 コーヒーを少し飲んだあと、熊野の話を聞くことにする。

 話したくてたまらないという熊野は頬に手を当てて考えたあと、ゆっくりと喋り始める。

 その内容は様々だった。

 久々の戦闘訓練は楽しかったけれど、水上機しか飛ばせない装備だから砲撃の快感がなかったこと。

 前にいた鎮守府で親友だった鈴谷と会えたのがとても嬉しく、耳が聞こえなくなっていたので驚いたこと。

 それでも鈴谷の提督という人を介して会話をし、お互いが無事で艦娘としてやっていることに安心したことを。

 戦いはあっさりするほど終わり、そのあとは俺に早く会いたいために1人で先に帰ってきたと言ってくれた。

 今後も重要な戦闘があれば、上から借り出されることもある言う。つまりは予備役扱いになることらしい。

 そんなことを熊野は嬉しく、時には悲しく。

 ころころと変わる表情で話をしてくれた。

 1、2時間ほど会話をした頃だろうか。

 突然、熊野が口を閉じて黙ったままになる。

 たくさんの会話のあいだに、俺と熊野のコーヒーはすっかりなくなっていた。

 コーヒーのおかわりでも持ってこようか、と言おうとしたときに熊野の雰囲気が重苦しいものに変わったことに気付く。

 ソファーから浮かしかけた腰をおろし、じっと熊野の言葉を待つ。

 なにか重大なことがあるのかと緊張する。

 そして熊野が動き始めた。

 テーブルの上から杖を持って立ちあがり、俺がいる方へとやってくると身を投げ出すようにして乱暴に俺の隣へとやってくる。

 俺の肩へと頭を置き、腕を優しく掴んできた。

「……提督の隣が一番安心しますわね」

「俺も同じ気持ちだよ」

 穏やかな声で言う俺達。

 すぐ隣にいる熊野の髪の匂いは懐かしく、今まであった寂しさがなくなって心が満たされていく。

 もう熊野がいないと俺はダメになるんじゃないかなんて思えてきた。

 熊野もきっと俺がいた方がいいと思ってくれているはず。

 夫婦でも恋人でもない不思議な関係。

 それはとても落ち着くもの。

 他のなにかで補うなんてことはできないと思っていると熊野が恥ずかしそうに微笑む。

 大事なことをまだ言ってなかった俺は、熊野に微笑みを返して口を開く。

「おかえり」

「ただいまですわ」

 今この瞬間から退屈な日常が戻ってきた。

 俺と熊野しかいない、この世界の果てに。




短編1話で終わるはずだったこの作品。
感想をくれた方々のおかげで連載となり、終えることができました。

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