熊野と世界の果てで   作:あーふぁ

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世界の果てで黒髪ワンコと遊んだ日

 8月はじめの小ぶりな雨が降っている日の午前10時。

 外で農作業はできないが育てているニンジン、芽キャベツに小松菜の野菜たちが雨にあたって成長する姿を想像し、朝食が終わって暇していた俺と熊野は1階でのんびりと過ごしていた。

 湿気で蒸し暑くもなるが、窓を開けているとひんやりとした空気が入ってくることもある。

 特にやることもなかった俺と熊野はそれぞれソファーに座り、自費で注文して昨日届いたテーブルを挟んでお互い向き合っていた。

 いつもの穏やかな空気ではなく、どこか緊張している。

 原因は目の前にある物だ。

 それは大回転オセロ。

 これもテーブルと同じく昨日届いたものだ。

 普通のオセロとは違い、盤面の上にあるマスに石が内蔵されている。

 その盤面の上にある石を回転させると、白や黒の色に変わる。白と黒はそれぞれ刻まれている模様が違うため、目が見えない熊野と一緒に遊ぶことができる。

 今の戦況は俺が角1つを取り、やや優勢。

 これはもう勝ったな、と思う俺。

 向かいにいる熊野はこわばった顔で置いてある石を、手でいくつか触りながら考えている。

 熊野が次の一手を思いつくまで俺は部屋を見渡す。

 一緒に暮らし始めて段々と私物が増えていき、俺と熊野しかいないこの場所も暮らしやすくなってきた。

 目が見えない熊野とも関係がよくなったし、野菜を育てるのも楽しい。

 前にいたところでは多くの艦娘たちと仕事していたが、今では仕事がなくても寂しくはなってない。ならないように意識している。

「提督?」

「なんだ」

「次は提督の番ですわよ」

 盤面を眺め、黒である熊野が角を取らずに多くの石をひっくり返していた。

 オセロ初心者である俺は角さえ取ればいいと思っていたが、他に勝つ方法なんてあるのか。

 今まで艦娘とこうやって遊ぶことなんてなかったから、こういうのは熊野のほうが強いか……。

 ぐぬぬ、と無い知恵を絞って熊野の目的を考えていると、熊野が窓へと耳を向ける。

「小さな足音が水たまりをじゃばじゃばと歩いてきますね」

「足音?」

 俺も熊野と同じ方向へ耳を澄ますが、雨の音しか聞こえない。

 そのまま10秒ほど聞いていると、水たまりを跳ね除けながら歩いてくる音が聞こえる。

 今日は来客の予定はないし、軍や民間に頼んだ荷物が届く日でもない。

 足音が近づいてくるのを待っていると、開いた窓から姿が見える。

 ここに向かってくるのは小さい女の子だ。

 その子は雨だというのに白いワンピースを着ていて、手にはピンク色の傘と野菜を入れたビニール袋を持っている。

 熊野はソファーに置いてあった杖を持つと入口へと行き、その子がやってくるのを待っているようだ。

 後ろ姿からわかるほど嬉しさが見え、そわそわとしている。

 少ししてノックの音が聞こえると、待ちかまえていた熊野が扉を開ける。

「おはようです、熊野お姉ちゃん!」

「いらっしゃい、麻衣ちゃん」

「はい! おじさんもおはようです!」

「おーう」

 俺は声をかけられ、適当に返事をする。

 麻衣という女の子は町でやっている八百屋の1人娘。熊野を連れて買い物に行っているあいだに仲良くなっていた。

 明るく元気な声の持ち主は麻衣という小学五年生。

 140cmほどの身長で小柄な体。

 ところどころ雨で濡れているというのに黒髪は犬耳のように跳ねており、他は肩まで髪がまっすぐ伸びている。艦娘の時雨を小さくして元気にした感じだ。

 そんな様子から俺は"ワンコ"と呼んでいる。彼女からは嫌がられているが。

 熊野のことは"お姉ちゃん"と呼ぶが、俺のことは"おじさん"と呼んでくるのが悲しい。若い子から見れば20歳以降はみんなおじさんなのだろう。

 ソファーへと向かう熊野の後を追いながら、初めてくるこの場所に興味津々とあたりを見回している。

 俺は立ち上がって彼女から傘を受け取り、野菜が入ったビニール袋を取ろうとしたがにらまれたのであきらめた。

 今は邪魔でしかない存在の俺がいなくなると、部屋の中を見ることに集中しすぎてつまづくも、体勢を崩しながら熊野の胸元へと倒れこんでソファーへと座った。

 熊野が俺の顔へと申し訳ない、というような表情を向けてきたのでオセロを続けるのは断念する。

 濡れた傘を傘置きへと入れ、棚から清潔な大きいタオルを手に取るとワンコの後ろへと回り込み、問答無用で髪をわしゃわしゃと拭き回す。

「うきゃー!」

「黙って拭かれてろ」

「お姉ちゃん、おじさんにセクハラされてる!!」

「このおじさんは大丈夫ですから安心してくださいな」

 楽しげに叫びながら熊野に抱きついて助けを求めるが、熊野もくすくすと小さく笑いながら声をかけている。

 しかし、熊野におじさんと初めて呼ばれた。

 そしてすごくショックを受けるのはなぜだろうか。あれか、小さい子と成熟しつつある女性の違いか。言葉の重みっていうのは。

「熊野、タオルだ」

 少し気分が落ち込みながらも拭き終わると、熊野の手へとタオルを渡す。

 受け取った熊野は、彼女の服を触りながら濡れているところをタオルで拭いていく。

 熊野に会いに来たであろうワンコのことを考えると、ふたりきりにさせたほうがいいよな。そしたら俺は読書か仕事でもするか。

「おじさん、これお母さんから!」

 これからをどうしようか考えていると、熊野に拭かれ終わったワンコはソファーから跳びはねるように立ち上がって俺へと野菜が入ったビニール袋を渡される。

「ありがとう」

 それを持って冷蔵庫へ行き、しまいながら野菜の種類を確認する。

 水菜、ニンニク、バジルの3種類だ。

 小学生の女の子が持てる量だから多くはないが、なぜにこういう組み合わせにしたのだろう、ワンコのお母さんは。

 水菜はサラダに使えるからいいけど、ニンニクはバジルなんてそれ単品では使えないじゃないか。

 もらえるのはありがたいからいいけれど。

 まぁ、料理は熊野に任せているからなんとかしてくれるだろう。

 野菜をしまい、ふたりの元へ行くとワンコがオセロに興味を持って触っていた。

「遊ぶか?」

「いいの!? 熊野お姉ちゃん、あそぼー!」

「では反対側の席へ移動してくださいな」

「はーい」

 自然に俺を無視し、熊野にニコニコと笑顔を向けて喜ばれるともう寂しさなんてものは感じなくなる。

「俺は仕事してるからな」

「こんな可愛い子が来たからやる気が出ましたか?」

 からかう笑みに対し、熊野の髪をぐしゃぐしゃに撫でて仕返しをしてやった。

 熊野は困ったような笑みを浮かべ、ワンコは俺のところへ走ってきては全力で蹴りまくってくる。

 逃げるように執務机へ行くと、ワンコは俺へと可愛らしく舌を出して挑発して熊野とオセロを始めた。

 

 

 椅子に座り、机の上にあるのは連日にわたって悩んでいるもの。熊野専用の艤装改修案だ。

 目が見えない熊野のための対水上用戦闘装備を考えて、海軍の偉いさんに作ってもらおうと考えている。

 熊野専用ということにしてしまうと読んでもらえないのは確実なため、目が見えない艦娘用としている。

 1つめは目が見えないから、数で補おうかと12.7cm砲を大量搭載というのも考えたがそれだと近距離戦闘になるのは大変だ。

 2つめは次に対空砲弾である三式弾だけを搭載とも考えたが、時限式では目が見えないと爆発させる時間をセットできない。

 両方の案をきちんと効率や戦いかたを考えたが、どうにも図上でさえもうまくいかない。

 問題は距離や方向がわからないことだ。

 熊野の耳だけでは足りない。

 電探を装備し、距離や方角を音にすればいいとも考えた。だがヘッドホンにしても距離と方角を1つだけではとても聞き分けづらい。両方をつけると今度はそれ以外の音が聞こえなくなる。

 いい考えが思いつかず、机の引き出しから何度も読んでしわしわになっている艦娘艤装カタログを引っ張りだす。

 自分の頭の悪さに落ち込んでいると、いつのまにか熊野とワンコが机の前へと来ていた。

「どうした?」

「麻衣ちゃんがわたくしたちが暮らしている2階を見たいと言っていまして」

 少し困った顔の熊野の隣には、目をきらきらして良い返事を待っているワンコの姿が。

 2階には軍の機密となる資料はなく、ただ俺と熊野が暮らしている生活空間があるだけだ。

 熊野のために普段から家具の配置や物は綺麗に片づけているし、危ないものもない。

「熊野がいいなら俺は構わないよ」

「さすがおじさん! いい男だね!」

 俺の返事を聞くと、すぐに熊野の手を引っ張って2階へと行く。熊野は「あらあら」と困った声をあげるが、楽しそうな顔をしている。

 普段は俺としか遊ばないから、熊野も楽しいんだろうな。

 2人のうしろ姿を見送るとき、熊野は階段につけられた手すりを持ってゆっくり上がる。ワンコは熊野を気遣いつつ静かに熊野の後ろからついていくということをしていた。

 あの気遣いはすごいと驚きつつも、少しは俺に対して優しくして欲しいだなんて思う。

 そして2階から聞こえてくる楽しげな2人の声。

 そんな声を聞いて思いつく。

 音だ。

 熊野用の艤装に音がわかる聴音機をつけようと思い、カタログをめくる。

 駆逐艦用の水中聴音機を魔改造して取り付けようと思ったが、何か思ってるのと違う。

 それに水中用だと水上で使ってもいまいちいだろう。

 何かが頭にひらめきそうだと思い、思考を深くするため天井を見上げる。

 上からはギシギシと音がなり、走り回っているのがわかる。

 ……空中だ。

 頭にひらめくは、陸軍が使っている空中聴音機。

 それなら水中用のよりも楽に改造できるはずだ。

 音だから電探と違って逆探される心配もない。

 問題は音だから、気象条件で大きく左右されることと音が聞こえるまでは時間がかかり誤差がある。

 そのあたりの問題解決は資料を取り寄せてからでもいいかと思う。

 問題解決の見通しが立ち、悩みがなくなるのはとても気分がいい。

 疲れた頭にコーヒーを飲むかと思って時計を見ると時刻は午前11時。

 お昼も近く、たまには熊野の代わりに飯を作ってやろうかと思って台所へと行く。

 今の俺は気分がよくなんでもできそうな気がする。

 

 

 ―――普段できないことをできると考えたのがおかしかった。

 料理を始めた俺が得た輝かしい答えだった。

 なのでサンドイッチを作ることにした。

 使う野菜はワンコが持ってきた水菜、ニンニク、バジルの3つ。ワンコのお母様、野菜の選択に文句を言ってすみませんでした。

 心の中で静かにワンコのお母様に感謝をしつつ、ニンニクをすりおろしてバターと混ぜる。その混ぜたバターをパンに塗ってオーブンで焼く。

 香ばしい匂いが広がり、上手に焼けたパンを取り出して刻んだバジルと適度な大きさに切り分けた水菜を乗っける。

 オニオントーストの刻みバジル水菜載せが完成する!

 我ながら惚れ惚れするほどのいい匂いと綺麗な外見だ。

 3人分できるころには上から2人が降りてきた。

「熊野、ワンコ、飯にするぞ」

「提督が作ってくれた料理、楽しみですわ」

「……えっと、わたしも?」

「おう。遠慮すんなよ。これはお前が持ってきたものを使ったんだからな」

 ここで食事をもらうというのは考えていなかったらしく、断りそうな雰囲気を前もって壊していく。

 ソファーに座り、トーストと牛乳のぱっと見てシンプルすぎる昼飯を食った。

 ワンコは俺にも笑顔を向けてくれるようになり、嬉しい。

 小さい子には食べ物が1番じゃないかと考えた昼。

 食べ終わってお腹が落ち着いた頃にワンコは帰るといった。

 夏休みの宿題が終わってないからゆっくり遊べないと説明してくれたが、俺が小さい頃は宿題なんてものは最終日に終わらせるものだった。

 これが時代の違いなのか。熊野といちゃいちゃしている時の印象とは違って真面目さんなのか。

 熊野は心配して家まで送るというが、逆に目が見えないと雨の日は危ないと言われて落ち込んでいた。

 落ち込む熊野を見るのは新鮮だった。

 帰っていくワンコに軍支給の缶づめをビニール袋に入れて渡し、俺と熊野は一緒に並んで入口から見送っていた。

 傘を差して道をまっすぐ歩いて帰っていくワンコが角を曲がり、姿が見えなくなった時に俺は思う。

「ああいう子供を守るために俺たちは戦っていたんだな」

「それは違いましてよ?」

 不思議そうな顔の俺に対し、熊野は自信たっぷりに言う。

「今も守っています。そのためにわたくしたちがここにいるのです」

 その言葉を聞いて衝撃を受けた。

 俺は無意識で、こんな辺鄙(へんぴ)な場所では誰かを守ることなんてできないと思っていた。

 けど熊野は違った。

 目が見えなくても守る意思は強い。

 思えば、今までの行動でも熊野は前向きに生きている。

 一方の俺はここで一生が終わりそうだと思って、前向きでもなく過ごしていた。

 俺が提督になったのは人々を守るためだったというのに。

「提督、自分を責めないでください。わたくしだってすぐにこんな考えができたわけではありませんの」

「そうなのか?」

「目が見えなくなってから、自分が何のために戦っていたかを考えることができました。自分に失望するのは早すぎますし、わたくしの考えがただしいというわけではありません」

 熊野は俺に体を向け、頬を優しく撫でてくる。

 そうされると不思議と心が落ち着いてくる。

「あなたはあなたの答えを見つければいいんです」

 熊野のおだやかな声で言われ、頭がすっきりとする。

 自分を決められるのは自分だけということか。

 けれど、俺のほうが年上で人生経験もそこそこなのに熊野のような若い女の子に言われると恥ずかしくなる。

 恥ずかしさを抑えるために、熊野の髪をぐしゃぐしゃと撫でまわしてぼさぼさにして満足して家へと入る。

 後ろからは俺を恨む言葉を楽しげにいう熊野の声が聞こえてきた。

 

 




不定期連載。
熊野専用装備に悩む。

感想をくれた方々のおかげで3話まで書くことができました。感謝。

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