熊野と世界の果てで   作:あーふぁ

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世界の果てで摩耶さまを迎えた日

 開けた窓からは朝日が入りこみ、セミの声がじりじりとうるさいほどに鳴り響く朝の7時。

 今日から8月の第3週となり、カレンダーの上ではちょっとずつ秋が近づいていく。

 海風が吹くときには涼しいこともあるけれど、まだ夏は終わらない。

 今日の朝食は熊野が作った野菜サラダに焼鮭と白いご飯。

 朝なら簡単なトーストでいいじゃないか、と言ったが熊野は健康的な食事がいいと俺の言うことを聞かなかった。

 監視所兼住居の1階で、俺と熊野はテーブルの上で向かい合って食べていた。

 どんなときもしっかりとしている熊野は制服をきちんと着て、みだしなみが整っている。

 俺はというと楽なジャージを着たかったが、熊野に強く言われて白い軍服を着ている。ただ、暑いために帽子をはずすことだけは許してもらった。

 そんないつもと変わらぬ朝を過ごしていたが、熊野がお米を食べる手を止めて窓へと顔を向ける。

「車のエンジン音が聞こえますわ」

「来るのは今日の夕方だと思ったけど」

 定期的な物資の補給にトラックが来ているが、こんな朝早くから迷惑なことだ。

 俺は熊野と同じ方向に耳を向けるが、セミの音しか聞こえない。

 そのまま待っているとトラックの音が聞こえ、俺は食事を途中でやめて席を立つ。

 すると熊野も席を立ったので、俺は熊野に近づいて体の右側を向ける。

「掴まれ」

「あら、今日は紳士的で素敵ですのね」

「俺はいつでも紳士じゃないか」

 俺の言葉に返事をせず、熊野は『そういうことにしてあげます』というような笑みの表情を浮かべて左手で肘の上を掴んでから右手で杖を持つ。

 熊野の準備ができたのを確認したあと、熊野を連れて少しゆっくりと歩いて外へと行く。

 軍のトラックが来るときはいつも一緒にふたりで迎えをしている。どっちからやろうと言ったかは覚えていない。

 ふたりで行くのがいつのまにか当たり前となっていた。

 

 

 外へ出ると、雲が少ない空から痛いほどに太陽の光が降り注いでくる。

 じんわりと出てくる汗を感じながら、砂利道の向こうからやってくる車を待つ。

 やってきたのは乗用車のジープを改造したオリーブ色の小型トラック。車体はフロントの窓枠から黒っぽい布の(ほろ)で覆われている。

 運転席にはいつも来ている迷彩服を着た白髪混じりのおっちゃんと、いつも誰もいない助手席には制服を着ている摩耶がいた。

 こんなところに艦娘がなにしに来たんだ、という疑問を持っているとトラックがそばで止まり、摩耶が勢いよくドアを開けて笑顔で出てくる。

「よっ! 新しい戦い方を考えてこいって言われたから教育担当の重巡洋艦、摩耶さまがやってきたぜ! あ、住むところはテント持ってきたから安心してくれ。そんなわけで1カ月よろしくな!」

 元気がいい摩耶は熊野よりも身長が高く、僕よりほんのちょっとだけ背が低い。

 首筋まである髪だが、特徴的なツンツンしているカチューシャはつけていない。

 摩耶が言う新しい戦い方とはいったいなんだ。

 2週間前に、熊野が戦える方法を考えようと聴音機の書類を頼んだのは覚えている。

 だけど摩耶を呼ぼうとしたことはなく、来るのも今初めて知った。

 軍に送った手紙は『目が見えない熊野のために新しい戦い方を覚えたい』ということだけを書いた。

 それが摩耶をよこしたのは、目が見えなくても戦える艦娘が欲しいという力の入れ具合がわかるようだ。

 まぁ、突然来てしまったのは仕方がない。なるようになるか。

「こちらこそよろしくお願いするよ。熊野、俺は荷物を受け取るから摩耶の相手をしてくれ」

「この場所の素晴らしさをとくと語ってあげますわ」

 とても楽しそうに言っては俺の肘から手を離し、摩耶の前へと歩いていく。

 ここに来てから同年代の子と話す機会がないから、熊野にとって摩耶との会話はとても楽しいものになるだろう。

 おっちゃんがトラックの後ろから荷物を取り出しているのを見て、摩耶の相手を熊野に任せて荷物を取りに行く。

 車に積まれていたのは缶詰と紙やペンなどの消耗品、それと俺が頼んだ空中聴音機の資料が詰まっている段ボール箱だ。

 それらに混じって摩耶の荷物が入っているバッグと、私物らしい大きなテントが入った袋が1つある。けれど艤装は置いてなかった。

 摩耶の荷物は外に置いてくれ、と言われたので入口のすぐそばに置く。

 その次はおっちゃんとふたりで俺と熊野に必要な物資を2階へと運びこむ。

 荷物を運んでいる途中に熊野と摩耶の様子を見ると、ふたりはテーブルを挟んでソファーに向かい合って座って話をしていた。

 話の内容は摩耶がここに来る途中に来た田舎すぎる光景のこと言い、熊野は俺に言ったとおりにこの場所の過ごしやすさと素晴らしさを語っていた。

 ふたりが楽しく会話していることに安心し、熊野の目が見えないことで悪い空気になると思っていた自分が心配しすぎて損をした。

 こういう心境は妹がいる兄のようなものだろうか?

 妹が日々を幸せに過ごしているかが気になってしょうがないという、そんな感情を。

 段ボール箱を2階や1階へと必要な場所に運び終わり、汗を流した俺とおっちゃんはトラックの影に座りこんで世界情勢について話をする。

 海外の艦娘が続々と応援にやってきて戦線も順調に拡大しているという軍が発表した明るい話と、制海権を持つ海域が増えたのに国外からの物資輸入が安定しないという国民の話を。

 明るい話をしていると杖をついた熊野が建物から出てきて、その後ろから摩耶がついてきている。

 そのふたりを合図とし、俺とおっちゃんは会話をやめる。

 俺と熊野、摩耶の3人でおっちゃんを見送り、トラックは帰っていった。

 曲がり角で見えなくなり、摩耶へと振り向くと熊野が俺のすぐそばまで歩いてきてポケットから出したハンカチで俺の汗を拭いてくれる。

 熊野に汗を拭いてもらいながら摩耶に声をかける。

「摩耶には聞きたいことがあるが、まずは飯にするか」

「あー、朝飯を邪魔して悪かったな。うちの提督が早く行ってこいって言うもんだから」

「朝飯は食べた?」

「いんや、これからだ。だからちょいとそこらで料理していいか?」

「……外で? まぁ、自由にしてくれていいけど」

 料理というからには携帯食糧ではなく、なにかの道具で料理をすることになる。

 材料も道具も持ってきているということは、あまり迷惑をかけたくないと思ったのだろうか。テントを持ってきているぐらいだから。

 そのおかげで住むところも俺と熊野のふたりでいっぱいだから、ありがたいけれど。

 鼻歌を歌いながら楽しげに荷物から物を取り出す摩耶を見たあと、熊野を連れて部屋へと戻る。

 冷めた朝食をすぐに食べ終わり、食器を片づけて片付けを済ます。

 そうして時間ができてから摩耶の様子を見に行くというと、熊野は来た荷物をわかるのだけ片付けてくると言ってくれた。

 自分から行動し、気がきく熊野の存在はありがたい。

 外へ行くと、バッグから荷物が色々と物が散乱している光景があった。

 摩耶はその物から少し離れた位置で建物の影になる位置にいた。土の上に座りこんで料理をやっている。

 視線の先にはコンパクトストーブ。

 それは小さいカセットコンロのようなもので、燃料もそのコンロに使うガスボンベを使いタイプ。

 コンパクトストーブの上にある小さめなフライパンにはオニギリだったお米を崩して入れてあり、ツナの缶詰めも入っていた。

「お、なんか用でもあったか?」

「どうしてるかと思って」

 その返事を聞くと摩耶は料理へと戻る。

 塩コショウをふりかけ、オニギリに巻いてあったノリを手でちぎって入れ、ちょっと炒めたところで完成する。

 摩耶は皿をふたつ取り、そのうちのひとつにスプーンと料理を載せて俺へと向けてくる。

「せっかくだから、あたしの味を知っておいてくれ。1カ月もいるんだから家事や掃除をやる必要があるだろ?」

「テントに住んでもらうからそこまではしなくていいよ。でもうまそうな料理はもらっておく」

「アウトドアは単なる趣味だから気にすんな。ほれ、受け取れ」

 若い女の子なのに珍しい趣味ということに関心しつつ、皿を受け取ると摩耶の隣に座る。

 両手を合わせて「いただきます」と言うとさっそくその料理を口へと入れる。

 その味は美味だった。その一言に尽きる。

 オニギリにツナ缶の油がよく染み込み、ツナと塩コショウがいい具合にからまって素晴らしくいい味だ。

 普段が熊野の健康的な料理ばかりだから、肉も食べることが少なく、そのため摩耶が作ったワイルドさがある料理はとても新鮮だ。

 これはすごく体にいいというものではないけれど、油っぽい料理はそんなに多く取る機会がないから嬉しい。

 町に行ってジャンクフードを食べると、こっそり誰かが熊野に教えるから怒って説教をされる。だから食べる機会がない。

 でも今日は違う。

 今だけは体にちょっぴり悪い料理が食べれるんだ!

 目に涙が浮かぶと、焦った摩耶がすぐ隣にやってきて俺から料理を取り上げてくる。

「なにか嫌いなものでも入ってたか!? あたしが悪かった。材料とかは見ればわかると思ってから、えっと……ほら、これを飲め!」

 すぐに摩耶から水筒を渡されて、その中身を飲む。

 水筒に入っていた麦茶は油っぽい口を爽やかにし、混乱していた意識がはっきりとする。

「……久々にこんな油がある料理が食べれて嬉しかったんだ」

 水筒を返すと摩耶が呆れた表情をしたが、すぐに口を大きく開けて笑いながら背中をバシバシと強く叩いてくる。

「あら、にぎやかですわね」

 その声に振り向くと、杖をついた熊野が俺たちの方に向かってゆっくり歩いてくる。

 すぐに上着を脱いで摩耶の隣に敷いてから立ちあがり、熊野のそばへ行くと俺の肘を掴んでもらって摩耶の隣へと誘導していく。

 そして俺の上着の上へと座らせて、その隣に俺が座る。

「摩耶が料理してたんだけど、これがうまくてな。米を炒めた料理なんだ。ほら、熊野。あーんして、あーん」

「あー……んっ」

 摩耶から皿を返してもらい、可愛らしく開いた口に摩耶の料理を入れていく。

「うまいだろ?」

 何も言わず、ゆっくりと味わった熊野はおいしいともまずいとも取れない微妙な表情を向けてくる。

「摩耶さんには悪いですけど、少々不健康な味がいたしますわね」

「たまにはいいだろ。ほら、口開けて」

 熊野が気にいってない味だが、この味を覚えてもらっていつの日か似たような料理を作ってもらいたくて熊野の口へとまた入れていく。

 親鳥が雛鳥にエサをあげるような気分が楽しいと思っていると、ふと摩耶から視線を感じて振り向く。

 俺と目が合うと恥ずかしそうにして目をそらす。

「お前ら、いつもそんな恥ずかしいことやってんのか?」

「仲が良ければ普通だろ」

「何もおかしくはありませんわ。提督、あーんしてください」

 俺から皿を取った熊野は楽しそうに俺にスプーンを向けてくるので、熊野の手をそっと掴んで自分の口元に誘導して食べさせてもらう。

 そんなふうにしていると摩耶は俺と熊野の背を向けて「提督と部下がこんな関係って……。仲が良すぎると軍人としての指揮系統がダメにならないのかよ」とそんなことをつぶやいていた。

 料理を全部食べ終え、建物に背を預けて俺達3人は夏の空を見上げて静かな時間を過ごす。

 腹がいっぱいになると動く気分がなくなり、セミの声を聞き続けた。

 それが何分か続いたあとに、時に熊野が力強くはっきりと声を出す。

「先ほど摩耶さんがおっしゃったことですが、こんな関係だからこそできるものがあります。

 はじめは目が見えなくても戦わせられることに落ち込みましたが、今の提督と出会ってから変わりました。そしてこの場所です。ここの人たちは優しくしてくれました。

 だからわたくしは信頼してくれる、信頼している人のために戦うのです。

 戦う理由は、提督とこの場所を守るためだからです」

「なぁ熊野、艦娘ってーのは人類を守るために戦うって教わらなかったか?」

「確かにそう教わりました。ですが、わたくしの短い人生でもわかったことがあります。そういう希薄な意識で戦う艦娘は総じて早く死にます。個人的な理由の子たちは長く生きています」

 それを聞き、摩耶は深くため息をつき、自分の髪をぐしゃぐしゃとかき回し、またため息をつく。

「そういうことを言ってると左遷じゃなく、もっとひどい目になるぞ。お前もお前の提督も」

「それなら何も問題ありませんわ。なぜならわたくしと提督は一蓮托生ですもの。苦しいときも一緒です」

 気分よく、堂々と摩耶に言ってくれたがそんなことは初耳だ。

「あー……お前ら恋人、いや結婚してんのか」 

「してないが」

「してませんわ」

 俺と熊野が同時に言った言葉に摩耶はきょとんとし、頭をぼりぼりと掻く。

 深く大きな息をつき、摩耶は立ちあがると使っていた道具を片付けはじめる。

「提督と艦娘がそんなに仲いいのは珍しすぎだっての。あたしが間違っているような気がしてくるぜ」

 その言葉を聞いてから熊野の顔を見ると、おだやかな表情があり、それを見て思ったことを摩耶へと言う。

「わがままな妹のようなものだな」

「手のかかる兄ですわね」

 俺の言葉を聞いてから言った熊野はクスクスと小さく笑う。

「まぁ、今では妹の熊野のために提督をやっているってだけだからな、俺は」

「……あたしだけ世界平和のためにって頑張ってることが正しいのか疑問に思ってきたよ」

 摩耶は片付けが終わると、次に散乱していた物を片付けはじめる。

「俺も以前は世界平和のために頑張っていたが疲れたんだ。今では大事な熊野のために仕事をしている感じだな」

「あら、提督は口がお上手ですのね」

「お前らはのんびりしてんなぁ。……さて、もうちょっとしたら目が見えない熊野のために会議と練習を始めるからな!」

 すべてが片付け終わり、摩耶はテントを作ろうとしたため手伝おうと立ちあがる。

「いえ、その前に少しわたくしの用事につき合ってください」

 立ちあがる熊野に近づこうとすると、俺へ手の平を向けて来るなと伝えてくる。

 杖を使い、さっきまで摩耶の声がしていた場所へと熊野が歩いていく。

 摩耶の正面で立つと

「な、なんだよ」

「少し顔を触らせていただきたいのです。これから同じ時間を一緒に過ごすわけですから」

「あー、そっか。顔がわかってないと落ち着かないもんな」

 納得と言った声を出す摩耶だが、その予想していることとは違う。

 熊野にとって、相手の顔を知りたいというのは『信頼したい』ということだ。

 相手が触らせてくれるなら『良い人』、ダメなら……どうだったか聞いたことはない。

 熊野が摩耶へと手を伸ばすと摩耶はじっと黙ったままで、されるがままとなる。それから少しのあいだ、摩耶の顔を触って理解したのか手をそっと離していく。

 摩耶から一歩離れると、熊野は自分の頬や顎に手をあてて考え込む。

「わたくしのほうが美人ですわね」

「……あん?」

「顔の形はわたくしのほうが―――」

「いやいやいや、肌や肌の色ならあたしのほうが綺麗だから形だけで美人とかって」

「色は化粧で誤魔化せましてよ。提督もわたくしのほうが美人と思いますわよね?」

「や、化粧の色を乗せるのに元の肌質は大事じゃないか、形だけが美人じゃないよなぁ?」

 熊野の肯定を求める声と、摩耶の助けを求める視線を受けるが、俺は無言で目をそらす。

 今までは熊野とふたりきりで静かな日を過ごしてきたが、今日から1カ月はとても賑やかになりそうだ。

 熊野も生き生きと摩耶と会話しているし、からかうことができる関係が気にいったらしい。

 ふたりの言い合いを聞きながら俺は摩耶のテントを作り始める。

 楽しく過ごし、お互いに自分のためになる生活を過ごしていけたらいいとそう思った。




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