何時もと変わらない日々。何時もと変わらない日常。それはとても大切なもので、ずっと続いていく様なものだと思っていた。
だが、現実って言うのは意図も容易く変わって行ってしまう。それはまるで移ろいで行く風の流れ様に。
「んーっ、やっと学校が終わったか」
俺はホームルームの終わりの挨拶と共にその場で伸びをしながら誰に言うでも無く呟く。そんな俺に目を向ける人間は一人も居らず、また俺も誰かに話しかけることをしない。
それがこのクラスの暗黙の了解であり、この俺<時風 移>の常識だ。
俺は過去に事件を起こしたことが有る。切っ掛けはなんて事の無い子供の喧嘩。些細な事から口論になり、それが次第にヒートアップして行き殴り合いの喧嘩にまで発展した。
いや、それだけならばまだ微笑ましいのだが、そこで俺は<反則>を使ったのだ。異能の力、この世の理に反する法則の力。
俺は昔から不思議な力を持っていた。何かに触らずとも物を動かしたり出来るし、物凄い速さで動くことも出来る。体を自分のイメージ通りに動かして、本来の力よりも強い力を発揮することも出来た。最後に瞬間移動のおまけ付きだ。俺はそれらの能力は共通してある一つの能力の概念によるものだと思っている。
<あらゆるものを移す程度の能力>
この名前が示すように俺は何かを移す事に関しては何でも出来ると自負できる。当時、俺は自分を特別だと思っていた、神様に選ばれた力の持ち主なのだと、どこか他人を見下していたりもした。
それがいけなかったのだろう。その子供の喧嘩で終わるはずだった喧嘩は、一人の重傷者を出して終わった。
結果、学校の嫌われ者の誕生だ。更に、怪我をさせた張本人が何のお咎めも無しと来れば当然だろう。警察としての証言は、学校が老朽化していたために起きた事故だが、それは当然俺が起こした物だ。
そして、嫌われ者は当然の様に居場所を失った。見下していたクラスメートに逆に見下される様になり、俺はそれが嫌で逃げ出した。人の視線を移し、噂話を移して聞こえ無い様にした。それが功を奏し、次第に俺に向かう視線は無くなった。
お互いに干渉する事を止めたのだ。
◆◆◆◆◆◆
俺は立ち上がり、教室から出るために歩いていく。教室内は放課後が来た事により活気付いており、とても騒がしい。耳障りなこの居場所の無い空間からは一秒でも速く出て行きたかった。
外に出ると、今にも雨が降りそうなどんよりとした雲が空に浮かんでいる。速く帰らなければ雨が降り出して濡れてしまうだろう。
「さてと、速く帰るか」
家に帰るために俺は駆け足で家に向かう。我が家は俺にとっての唯一の居場所だ。両親だけは俺の事を変わらずに接してくれるし、変わらずに傍に居てくれた。
普段は二人とも仕事で家には居ないが、それでも休みの日などは何時も一緒に過ごしている。
そして、今日は両親が二人とも休みの貴重な一日なのだ、なるべく速く帰りたかった。
帰ったらどんな話しをしようかと頭の中で考える。だが、俺が話す事は何時も決まっている。それは俺の趣味であるこれまでしてきた旅の話をすることだ。
旅と言っても、そんな大それたことでは無く、ただ辺りをぶらぶらとしているだけのものだ。それでも俺にとってはとても楽しいもので、自分が行った事の無い場所に行くと言う事は文字通り世界が変わるようで、とても面白かったのだ。
誰が何者でも無い世界は俺にとって心地が良かった。
「誰も見ていないし、能力を使って帰るか……」
俺は能力の事を他人には知られたく無い。迂闊に知られてしまえば間違いなく警察沙汰に為るだろう。こんな能力を持っている人間が居れば絶対に無視など出来ないからだ。言ってしまえば、俺の能力は犯罪で簡単に使用することが出来る。それなら絶対に目の付く場所に置いておきたがるだろうし、大げさに言えば研究材料にされてしまうかもしれない。
どちらにしても今の居場所から移されるのは目に見えているので、両親以外には絶対に知られないようにしていた。
幸い、辺りには人の気配が無い。だが、念には念を入れて脇道に逸れて完全に遮蔽物の陰に入ってから瞬間移動を使用する。
瞬間、世界が変わる。先程までに俺が居た薄暗い路地裏ではなく、辺りには一般的な家が立ち並んで居た。俺はその中で一軒の家の玄関に立っていた。
転移が成功したのを確認して、俺は玄関の扉を開こうとした所で腕を止める。なぜなら中から怒鳴り声が聞こえてきたからだ。普段とても仲の良い夫婦である俺の両親が喧嘩していることに内心で訝しむ。内容までは聞き取れないが、その声からとてもじゃ無いが、何時もの両親の状態だとはとても思えなかった。
「一体どうしたんだ?」
このまま中に入っても両親の迷惑にしかならない事は分かってはいる。だが、このまま此処にいるわけにも行かず、そして少しの好奇心からやってはいけない事だと理解していながら、中を覗くことを決める。
再度瞬間移動を使い、音を立てずに中に入る。中に入ると、声は居間の方から聞こえて来るのに気づき、ゆっくりとその場所に向かう。
「……!」
両親の声が聞こえる。だが、まだハッキリと聞こえないので、更に近づく。すると、居間の扉がほんの少しだが開いていることに気づく。俺はその隙間に体を近づけると、聞き耳をとることにする。
「もうたえられないわ!」
「まあまあ。後ちょっとの辛抱じゃないか、我慢できないのかい?」
その聞こえてきた内容に何を言っているのだろうと思いながらも、別の所ではこれ以上聞いてはいけないと理解する。お前は今までの日常を壊したいのかと……
しかし、ここまで聞いた以上とても気になってしまう。まるで羽虫が蝋燭の火に誘われるが如く逃れることは出来なかった。俺は続きを聞く為に神経を集中させる。
「もう駄目なのよ。あの子と一緒に居ると頭が可笑しくなりそうだわ!」
「大丈夫だよ、僕が着いている。それにもう少しなんだ。そうしたらあの子を外にだせる」
一体なんの話だ? さっきから俺の事を話しているが分からない。
この異常の原因は俺なのだと理解する。
何で母さんはあんなに悲鳴の様な声を上げているんだ? 分からない。
「嫌よ! 今まで我慢してきたけれど限界だわ! あんな子産まれて来なければ良かったのに!」
「あっ……」
瞬間、俺の体はまるで縫い付けられたかの様に動きを止める。思考がぐるぐると回っていき、頭が痛くなってくる。
え、なんだよそれ。なんでそんなことをいうんだ? 今まで仲良く家族でいられたんじゃ無かったのか? 家族の絆と言うものはそんなにも儚いものなのだろうか。
俺が両親のことが好きだ。その気持ちはこれから先まで変わることは無いだろう。だが、この思いをどうすれば良いのか分からない。自分の事を恨んでいる相手に好意をどうやってむければ良いのかわからないのだ。
「そうだね、その通りだ。僕も何であんな化け物が産まれたのかと思うと恐ろしいよ」
ああ、そうか。この人たちもそう思うのか……俺が信じていた物は全てが幻想であり、幻だったと言う事なのだろう。この、俺が一番大切に思っていた居場所は泡沫に消えてしまった。
望んで手に入れた力では無いのに、俺は父さんと母さんの息子なのに、それでも化け物扱いされてしまうのか……そんな力なら始めから無ければ良かったのだ。俺は大切な人と楽しく暮らせればそれで良かったのに。
だが、もう何もかもが遅かったのだ。
(もうなんか色々とどうでも良く為って来たな)
俺の唯一の居場所が無くなり、信じていた両親には裏切られ、自分のせいだとは言え、聞きたくなかった真実を聞いてしまった。誰も俺の事を必要とはしてくれずに、独り立ち尽くす。もう疲れたな……
「は、ははは。何だよ、何で涙が……」
自分が本気で泣くのは何時以来だろうか。俺は滅多に泣くことは無く、逆に何で泣けないのだろうかと思っていたのだが、そのせいでこれが本当の事なのだと理解してしまった。もう元には戻れないのだと、知らなかったのは自分だけだったのだと。信頼していた両親とともに居場所を失ったのだと。
「ごめん、いままでありがとう」
俺は扉を開けずに声だけ聞こえるようにしてから、今までの謝罪と感謝の言葉を伝える。すると、中から慌てた様な声と、ドタバタした音が聞こえるが無視をして瞬間移動を行い、俺の産まれ育った家を後にする。
こうして俺はまたも逃げ出したのだ。学校からも逃げ出し、今度は自分の家からも逃げ出したのだ。
まだ幻想入りしていませんがもうすぐします。