「ここが太陽の畑か。凄いな」
太陽の畑に来ていた俺は、目の前の光景に圧倒されていた。一面広がる向日葵でここら一帯は覆いつくされており、その向日葵は俺の身長並に高く、どうやったらここまで育つのか疑問に思うくらいだ。
ゆっくりと整地された道を歩いて行く。上から見ていただけでは道が有るとは思えないが、下に降りて見るとそこには人一人が通れそうな道があったのだ。
「誰か居るのか?」
道があると言う事は、それを使っている者が居るということだ。周りは綺麗に整えられており、向日葵を傷つけない様にする配慮が見て取れる。ここに管理者が居るとしたら、その人物は向日葵が大好きなのだろう。いや、向日葵だけで無く、他にもたくさんの植物が植えられている事から植物に並々ならぬ思いが有るのだと伺える。
「ま、聞こえる訳が無いか」
そう言いながら向日葵の花に手を伸ばす。その向日葵はとても美しく、摘み取るのが無粋に思えてしまうほどだった。さて、どうしたものか……
「しようがないな。そう、しようがない」
俺のクエストは向日葵を取ってくることだ。それだけで、覆面の正体を。俺の好奇心を満たせるのだ、やるしかない。
「何がしようがないのかしら」
不意に後ろから声が聞こえる。それだけで辺りの温度が数度下がったのではないかと思わせるほどに冷たい声は、俺の体を突き刺して動けなくさせていた。
「あー……」
やばい、どうしたら良いのだろうかこの状況は。後ろから心臓を鷲掴みにされているのではないだろうかと思わせる威圧感に、その身から溢れる様に流れ出ている妖力から、俺には相手に出来ない格上の存在だと言う事を理解させられる。
あの覆面はこの事を知っていたのだろうか。もし知っていたのだとしたら俺はあの人を絶対に許さないぞ……生きていたら。
「もう一度聞くわ。何がしようがないのかしら」
「あ、えーとですね」
不味い。本能が俺に叫び掛けてくる……二度は無いぞと。ここで上手いこと話す事が出来なければその瞬間に変死体のできあがりだ。
「そ、そう。あまりにも向日葵が綺麗なもので、つい見蕩れてしまっていたよ」
「そう。そう言ってくれたら私も嬉しいわ」
そう言って振り返ると、そこには笑顔を顔に貼り付けた女性が立っていた。その綺麗な姿からはとても想像出来ない恐怖を感じる。何が怖いかって言うと眼だ。顔は笑顔なのに眼だけが笑って居らずに、今すぐにでもお前を殺してやろうかと言う思いがひしひしと伝わってくる。
「あははー。そうですか。そ、それじゃあ俺は帰りますね」
よし、上手く返す事が出来たっぽい。このまま何事も無かったかのように帰るのだ。刺激しては不味いので能力なしでゆっくりと、こっそり帰るのだ
「待ちなさい」
「ですよねー」
帰ろうとした俺の腕を、彼女は思いっきり掴む。ギリギリと音を立てそうな程に掴まれる腕に霊力を流して何とか耐える。
「へえー、少しは出来るみたいね。だけどまだまだ全然駄目。私が本気で握ったら直ぐに壊れてしまいそう」
はあ、とため息を吐くと目の前の彼女は俺の腕を放す。俺は直ぐに距離を取ると、自分の腕の状態を確認する。幸いにも折れては居ないようだが、思いっきり跡がついてしまっていた。
「い、行き成り何をするのでしょうか」
「別に何も。貴方が少し面白そうだったからちょっかいを掛けてみたのだけれど、もうどうでも良いわ」
む、その発言には少し癇に障った。相手が俺には真っ当な方法では倒すことは出来ない相手だというのは分かるが、そうあからさまに雑魚と言われれば小さなプライドに障る。
「そうですか、では俺は帰りますので」
「駄目よ。私の花に手を出そうとしたのだもの。それ相応に虐めないと、ねえ」
先生。さっきと言っている事が違います。しかし、これはどうしたものか。普通に帰ることは出来そうに無いし、このまま残ってぼこぼこにされる積もりも無い。
良し、逃げるか。
「虐めって、何をするんでしょうか」
「それはもう、貴方の様な者が此処に足を踏み入れたことを後悔するようによ」
だがしかし、どうやって逃げる。瞬間移動をするにしても、俺が霊力を使っている間に邪魔をされればその時点で駄目になる。何かしらの隙を作り出さないと駄目だ。
ならどうするのか、考えなければ。
「さあ、覚悟は出来たかしら」
満面の笑みで近づいてくる彼女を見ながらどうするのか思案する。俺が彼女の事で知っているのは花が好きそうだと言う事だけ。ならそれを使えば何とか成るのではないだろうか。
「ああ、覚悟は……出来てねえよ」
そう言って俺は前方……では無く、後方に霊力弾を飛ばす。前に撃つだけでは足止めにすらならないだろう。打ち消されてから、ぶっとばされてしまう。なら、後方に飛ばせばどうだろう。彼女は大切の向日葵を守るために、全力で霊力弾を追いかけなければならないと言う訳だ。すれ違いざまに攻撃しようものならば、少し逃げれば彼女は霊力弾を追わざるをえないのだから攻撃が出来ないのだ。これぞ完璧な計画。
「さあ選べ。俺を倒すか、向日葵を助けるかをな!」
「くっ……」
彼女は俺のことを本気で呪い殺さんと言わんばかりに睨み付けると、向日葵の方に向かって行く。
勝った。後は、返さないけれども向日葵を一輪拝借してから瞬間移動で帰るだけの簡単なお仕事だ。自分が悪役の様だと思うが、生き延びるためにはしようがないのだ。
「さて、それじゃあさようなら」
途中、問題が起きたが何とかなったな。これで後は向日葵を取ってから覆面の所に向かってどう言うことだったのか説明してもらうだけだ。
「逃がすと思うかしら?」
背中に悪寒が走る。これで終わったと気を抜いた瞬間に、それこそ一瞬で彼女に詰め寄られていた。だが、幸いにもまだ距離はある。向日葵を取る時間は無いがしようがない、今のうちに瞬間移動をすれば間に合うはずだ。
「しらねえよ!」
彼女の手があと少しで触れそうな所で俺の転移が完了する。その際に、腕を掴まれたかの様に感じたのは気のせいであろう。そうだと思いたい。
それに、俺には他人を無理矢理転移させる様な事は出来ない。他の生物に直接干渉するのはとても難しい事で、その生物が身を委ねなければとうてい俺なんかでは出来ることでは無いのだ。
簡単な例で言えば、魔法で火を直接人に付けるのではなく、火を付けてそれをぶつけると言う工程を経ている様なものだ。
だから、この感触はありえない筈なのだ。この右腕に掴まれたこの手の感触は。
「へー、貴方面白い能力を持っているのね。少し興味が出てきたわ」
「何でだよ……」
そう、そこに居たのは太陽の畑に居た彼女だった。掴んだ手は緩んでおり、珍しい物を見るような眼で見てくる。
いや、ありえないだろうこれは……なんで俺の転移に彼女が巻き込まれているんだ? 普通ならいくら接触していたとしても俺だけが転移するはずなんだが。まさかレジストしなかったのかこいつは?
「転移能力ね……あの隙間とは全然違うし、巫女の方も縛られないっていうものよね。ならこれはただ単純に移動しただけと見るべきかしら……」
何か彼女が言っているが、これは逃げるチャンスとみるべきだろうか? いや、まて。今の彼女には先ほどまでの敵意が薄れているし、話し合いで何とか成るのでは無いだろうか。普通なら無理だと思うこの考えだが、此処ならば話は違ってくる。
「おい、覆面。居ないのか!」
妖怪が手出しを禁じられた場所。人里だ。此処でなら彼女も俺の事を無闇には攻撃できないはずだし、事の話しを覆面から聞かなければならない。
「うん、移君。もう戻って来たのかい」
「ああ、そうだよ! おい、どう言うことか説明しろ。何なんだよあいつは」
「うん。彼女にあったんだね。そうして虐めて貰ったんだろう? なら君は僕たちの同士だ」
だから、意味が分からない。どうして、彼女に虐められて同士と言う発想が出るのだろうか。まさか、彼女に仕返しをする為に俺を使ったと言うのだろうか。
「だからどうして俺があんな物騒な場所に向かわされたのか聞いてんだ!」
「うん? 噛み合っていないね。ゆうかりんに虐められて嬉しかっただろう」
「は?」
行き成り何を言っているんだこいつは。嬉しかったかだと? むしろ死ぬかと思ったんだが。
「うん。だから虐められて快感だったろうって言っているんだよ。ゆうかりんに睨まれた時にぐっと来なかったかい?」
あ、こいつの同士の意味がなんとなく理解できてしまった。
「まさかとは思うが……お前の言う同士って」
「うん。ゆうかりんに踏んでもらい隊だよ」
「ざけんな! だれが同士だ」
そんな訳の分からない物には絶対に入りたくない。俺には踏んだり蔑まされたりして喜ぶような特殊な性癖は持っていないのだ。
「ちょっと、どう言うことかしら。まさか貴方もこの覆面の同類なの? なら近づかないで欲しいのだけれど」
「うん。彼は今日から僕たち……と言っても僕しか居ないけど、同士なんだ」
「違うわ!」
声を大にして否定する。そんな俺たちに対して、彼女は一歩後ろに下がる。その行動は人の心に大きな傷を残すので止めてくださいますか。
「そう。なら、まだお仕置きがまだよね」
「あ……」
「うん、待ってくれ。彼は何も悪いことはしていないんだ。悪いのはそうするように指示した僕だ、だからお仕置きをするのなら僕にお願いします」
そう言って地面に頭を付けてお願いする覆面さん。その姿はとても真剣な物で、俺の事を庇ってくれている……ならば良かったのだが、目的が俺を庇うではなくて彼女にお仕置きしてもらうにしか思えないのだ。
「なら死になさい」
「ぐはっ……」
その言葉と共に、彼女は思いっきり踏み込むと、その拳を覆面の腹に向かって突き出す。それをまともに受けた覆面は盛大に吹き飛び、そのまま壁に当たってずるずると崩れ落ちる。
ピクリとも動かないその姿は本当に死んだのではないだろうかと思わせる。妖怪の一撃を人間がまともに受けたのだから当然だろう。
「はあ、もうなんか興が削がれちゃったわ。貴方は覆面に唆された口みたいだし、もうべつに良いわよ」
「あ、ありがとうゆうかりん」
俺は助かったのだろうか。俺の目には吹き飛ばされた覆面の姿が焼き付いており、次には俺が同じ目にあうのではないかとビビッて居たのだが。もう襲われる心配は無いみたいだ、覆面感謝。
「風見幽香よ」
「え?」
「私の名前よ。貴方は?」
あ、ああそういう事か。名前を名乗られたのだ、俺も名乗らなければ駄目だろう。
「時風 移だ。よろしく風見さん」
「幽香で良いわよ」
「じゃあ幽香さんで」
なんだ。以外に話してみれば良い人ではないか。最初は恐ろしく怖い人だという評価が、今では花が好きな恐ろしく強い人と言った感じだ。大して変わっていないような気がするが、まあいいだろう。
「また太陽の畑に遊びにくれば良いわ。丁度向日葵が美しく咲く季節なの」
「そっか、じゃあ行かなくちゃな」
「うん、その時には僕も行くよ」
「貴方はこなくても良いわよ」
「うん、そんな所も最高だ」
もう駄目じゃないかなこの覆面は、完全にドが着くほどのMだ。というか、どう言うことだ? 先ほどまで完全に沈黙していた覆面だが、今では何事も無かったかのように立ち上がり、冗談まで口にしている。いくら幽香さんが手加減してもあの威力だったのだ、直ぐに立ち上がれる筈が無い。
「なんで立っていられるんだ岸田は」
「うん。ああ、この体のことか。僕の体はね、どんな怪我でも直ぐに治るんだよ、たとえ腕が無くなっても再生する。幻想郷風に言えば<再生する程度の能力>といった所かな?」
それはかなり凄い能力なんじゃ無いだろうか? 戦闘で一番うざいのは回復されることだ。覆面はたとえ腕が無くなっても再生すると言っている事から、かなりの回復能力がある事が理解できる。
まあ、それも今ではドMご用達の能力みたいになってしまっているが。
「うん、だから僕はこの能力を活かしてゆうかりんにもっと虐めて貰える様に工夫しているんだよ」
「あーそうですか。それじゃあ、もう俺は帰る。そろそろ日も落ち始めて来たからな」
「うん。また会おう」
「そうね。また会いましょう」
そう言ってお互いに言葉を交わしてから俺は瞬間移動で家に帰った。少々恐ろしい面があったが、なかなか面白かったので良かったと思う。
そして、家に帰った俺は家事を再開しながら覆面の事について聞くのを忘れていた事を思い出して、その後の家事が上手く手につかなかった。
hai!! 変な能力を付けた事は反省しています
すいまえんでした;;