店主とは話す時間が少なかったが仕方が無いだろう。また話す機会など幾らでもあるのだから、今は家に帰るのが優先だ。だがもうちょっと、ちょっとだけこの幻想郷を旅をしてみたかった。
ただ歩いていく。周りは特にこれと言った物は無かったが逆にそれが新鮮だった。外の世界では何も無いということは今では殆ど目に見る事が出来ない。
「もっとこの時間が続けばいいんだが」
「それなら俺が相手をしてやろうか」
不意に背後から聞こえてくる声に俺は驚いてしまう。いま俺が居る場所には何も無い、だからこそ俺はこの道を通っていたのだ。周りに障害がなければ不意打ちされる確立を下げることができる。何故なら身を隠す場所が無いからだ。それなのにきずかれる事なく後ろに立てるという事は隠密系の能力もちなのか……
振り向くと其処には何処か身を覚えのある異形の妖獣が居た。何かに無理やり例えるとしたら、狼だろう。大きく伸びた牙、鋭い爪、獣のようなごわごわした毛。だが、そいつは獣とは言えなかった、何故ならそいつは二足歩行で立っているからだ、狼男の方がしっくり来る。
「お前が時風移か?」
なんで幻想郷の妖怪は最初から俺の名前を知っているのだろうか。紫さんはまだ分かるが、こいつは一体何者なのだろうか?
「そうだが、お前は?」
「死に行く存在に教える必要はないな」
ナンダコイツ、喧嘩売ってんのか? なんだったらただで買ってやろうか? いや、やっぱり諭吉くらいは請求した方がいいのか?
「どういう意味だ……」
「お前は此処で死ぬという事だ」
「へー、それは面白い冗談だ。お前が俺を殺せるとでも?」
見る限りではそれなりに強いみたいだが、文や紫さんの様な圧倒的な強者の雰囲気は感じない。彼女たち程じゃないのなら逃げに徹した俺を捕らえることは出来ないと言う自信はある。
「勿論だ、子分どもの落とし前をつけて貰わないといけないからな」
「子分ども?」
「ああそうだ、お前と鴉天狗に殺された奴だ」
ああ、あいつらか。なにも分からない俺に襲い掛かってきた奴らか。俺は殺しては居ない筈だが、それほど文の一撃が応えたと言う事か。かわいそうと思うことは無い。俺も奴らに殺され掛かったのだから。
「ふん、仇討ちか。だが一つ良いか」
「なんだ?」
「なぜ俺が此処に居る事が分かった」
俺が香霖堂に居たのを知っているのは、店主と紫さんのみ。店主は俺とずっと一緒に居たため論外。後残るのは紫さんだが、彼女がこんな事を仕出かすとは思え……どうだろうか? どこか胡散臭いからしようが無い。
「あるお方から聞いたんだよ」
「それは誰だ」
「いえねえな、言ったら怒られちまうからな」
と言うことはまだ後ろに何者かが居るのだろう。そいつから聞いたと言うことはやっぱり紫さんは外れそうだな。だがそこまで聞ければ十分。元々戦う気など更々無く、一人で勝手に恨んでくれれば良い。
そう思いながら瞬間移動の準備をしながら能力を発動しようとした瞬間。怖気の走る様な危機感を感じて、とっさに横に飛びのく。すると、俺が元いた場所に奴が居た。あのまま瞬間移動を使っていたら、なにも気がつかないまま奴の爪をもろに食らってしまっただろう。
「おいおい、何処に行こうってんだ」
「くそっ」
速く逃げなければ。大妖怪とまでは行かなくとも、それなりに力のある妖怪だ。まともに戦えば今の俺では勝てるかどうか……ならば俺の機動力で振り切れば良い筈なのだ。文字通り一瞬なのだから……
「良いのか? 次はあの鴉天狗を殺しに行くぞ」
「出来るものか。お前が文に勝つだと? そんな事は不可能だ」
「そうだろうな、真正面から戦えばだがな」
まさかコイツ……
「だれが天下の天狗に正面から戦うものか。奴が眠っている隙にでもその首を切り落とせばいい」
「そのまえに他の天狗に……」
「お前は気がつけたか?」
確かに俺は気が付けなかった。こんなにも見晴らしが良い場所なのにも変わらずだ。それはありえない事だ。いくら俺が戦いに素人だとしても、そう簡単に背後を取られるとは思えない。そこまで警戒をしていなかった訳では無いのだから。
「どうすれば良い」
「お。話が分かっているじゃないか。お前は俺と殺し合え、お前が勝てばそれで解決だ」
殺し合い、スペルカードルールとは違う本当の戦い。こいつは見るからにこの前の奴らよりも圧倒的に強い。そんな奴に俺は勝てるのだろうか? しかし、それでも俺は勝たなければならない。
それに、元より俺のせいなのだ、自分の落とし前位は付けなければ、文に迷惑を掛ける訳にはいけない。文の元に……今の俺の居場所に帰るためにも。
「それで良いのか?」
「ああ、それで良い」
今までで一番危険な橋をわたるのだろうが、それなのに今の俺には恐怖心は無かった。いや、恐怖心よりも別の感情が心を支配しているのを感じることができる。 俺は苛立っていた、あいつをこの手で殺してやりたいほどに。俺の恩人である文を殺すと言ったのだ。それだけは冗談でも聞き捨てならない。
直ぐには殺したりはしない。じっくりと、痛めつけてその言葉を撤回させてやる。
「最後に一ついいか?」
「ん? なんだ」
「文を殺すと言ったのを撤回してくれないか」
俺の質問に驚いたのか、意外そうな顔をしているが、次第にその顔を歪めてゆくと、その妖怪の牙がみるみると延びて行く。
「嫌だ。この戦いが終われば次に鴉天狗を殺す」
その言葉と共にその伸びた牙によって噛みつき掛かってくる。そうか、やっぱりそういう事を言うのか。それならば俺も容赦はしない、どんなに卑怯だと言われようが奴を徹底的に叩き潰してやる。
「ああ、そうかよ!」
迫り来る牙を俺は避ける素振りを見せずに思いっきり殴り返す。殴る拳は、奴の牙を折るイメージで能力で補強していたから折れるかと思ったのだが、以外にもその牙は頑丈で逆に拳を痛めそうになる。
やっぱり正攻法では分が悪いな。俺の能力自体には直接的な攻撃力は無い、それなら如何するかと言うと其処に在る物を移して戦うのだ。例えば高所からの落下などが出来るが、俺以外の生物はイメージが難しく、また、力の差が有ると相手にレジストされる事もある。今回のように格が違う相手にはあまり有効的では無い技だ。
それならば如何するのかと言うと……
「ほら、こいつを視ろ」
俺はその辺に落ちていた石ころを能力で手のひらに移すと、それを相手に見えるように放物線を描くように、横に放り投げる。投げた瞬間に奴の視線が石ころに移ったのを確認すると、俺はまた能力を使う。今度は奴の背後にある木を高速で移して奴に直接ぶつけるのだ。いくら妖怪とはいえ、ここまでの質量をもった物資にぶつかればその衝撃でただではいられないだろう。
「はっ、しゃらくせえ」
だが、俺の目論見は失敗に終わることになる。直ぐに俺の攻撃に気が付いたのか、不利向きざまに一閃。その両手の爪で、奴よりも明らかに大きな木はばらばらに引き裂かれる。重い音を立てながらその木は地面に散らばることになる。
「随分なめた真似をするじゃねえか」
「うわ、まじかよ……」
そう簡単には行かないだろうとは思っていたが、まさかこうも簡単に防がれるとは思わなかった。奴が避ける事を選択していればそのまま追い続けてぶつけれていたのに。
「次は俺の番だぜ」
そういうと、奴は俺の目の前から消えたかと思うと、次の瞬間には目の前に現れる。そのまま突き出された爪を半ば感だけで避ける。だが、訳も分からずに避けたので無様に地面を転がることになる。
直ぐに体制を立て直すために足に力を入れるが、その前に奴の追撃が迫ってくる。それも避けることは出来たのだが、このままでは奴の思う壺だ。何とかして立たなければ。
「そらそら! どうした」
次々に繰り出されてくる爪を何とか対処しながら、俺は地面に手を付き、奴の攻撃によって抉れた土の塊を数個手に持つと、それを奴に向けて高速で移す。ただぶつけるだけでは意味は無いが、こうして速度を与えてやれば奴を怯ませる事くらいは出来る。
「ぬっ!」
「もらった!」
俺は即座に立ち上がると、未だに怯んでいた奴の腹を思いっきり蹴り上げる。体を九の字に曲げたところで今度はこちらが次々に拳を打ち出していく。
「はあっ!」
流石にラッシュを何度も続けるのは俺には出来ないため、最後の一発に思いっきり力を込めて殴り、奴との距離を離す。吹き飛ばした奴の体は木の幹にぶつかると、ずるずると木を背に倒れこむ。
「まだだ、終わらせない」
俺は、倒れかけた奴の体に周りの木を使い、倒れないように押さえ込む。常に奴に向けて移している状態なので、奴には物凄い圧力が掛かっていることだろう。やっと捕まえた。奴にはたっぷりと痛みを味わって貰わなければ。
「はあ、はあ……やっと捕まえたぞ」
「ああ、俺はもう動けそうに無い。それで? これから如何するって言うんだ」
「決まっている。お前が文を殺すという事を撤回するまで痛めつける」
「何を言っているんだ? 俺を殺せば済む話だろう。なぜ撤回させる」
何故って。そんなのは決まっている。文を殺すと言ったんだ。それを許すわけには……
「俺はただお前が許せないだけだ」
「違うな。許せない? それなら速く殺せ。お前は敵の謝罪を信じるのか? 俺が嘘を付くかもしれんぞ」
「そ、それは……」
それもそうだ、奴に撤回させる事には何の意味も無い。ただの自己満足に過ぎないのだ。それなら奴の言うとおりに速く殺した方が良いのではないだろうか。
「さあ、速く殺してみるが良い」
「だまれ!」
俺は地面に散らばっている木の欠片を尖っている物を選んでから、奴の腕に刺さるように直接転移させる。戦闘中にこの技は難しいが、止まっているのなら話は別だ。簡単に貫ける。
「うぐっ」
「お前は俺の慈悲でまだ殺していないだけだ。調子に乗るな」
そういって、もう片方の腕にも木の欠片を転移させる。どんなに妖怪が強固だろうが内側から破壊されれば為す術も無いだろう。
「い、いや。お前の慈悲では無い。ただ怖いだけだろう」
「なにを言っている……」
「お前からは血の匂いがしなかった。おそらく戦いとは無縁の環境で過ごしてきたのだろう。そんなお前が俺を殺せるのか?」
うるさい、その煩わしい声を出すな。
「お前に人は殺せない」
「はは、は。何を言うのかと思えばそんな事か。ふざけんな! 良いだろ、直ぐにでも殺してやる」
俺は懐からマジックアイテムでもあるナイフを取り出すと、それを奴に向ける。ああ、直ぐにでも殺してやる。撤回させようと思ったが止めだ。その耳障りな声を黙らせるとしよう。
だが、思いと体とは別々の行動をとる。頭では奴を殺そうとしているのに、体は震えて上手くナイフを持つことが出来ない。くそ、なんだって体は震えているんだ。俺の居場所を奪おうとしている奴だぞ、生かして良い訳が無い。ここで逃せばまた何時襲われるか分からないのだから。
「さあ、殺せ!」
「死ねェェェ!」
闇雲に振り下ろしたただの一撃。だが、その攻撃は奴に届くことは無かった。
「なん? だ」
何故かは分からないが、俺の腕にナイフが刺さっていた。不自然に直角に折れ曲がったナイフは俺の手の甲を貫通し、そのナイフは腕を通り抜け肩まで貫通していた。
「ああああ、あっっづ!」
肉が飛び散る。俺の右腕は見るも無残な姿に成っていた。ナイフに滴る血が地面に落ちて行き、辺りを血で染め上げていく。
痛い、イタイ。なんだこの痛みは。こんなにイタイのは生まれてから一度も感じたことが無い。それも当然だろう、俺の腕は長く伸びたナイフによって、骨ごと腕の中を貫通していったのだ。未だに意識があるのが僥倖だろう。いや、この場合は逆に不幸なのか。意識が無くなればこの痛い思いからも逃げ出せれたのに。
「形成逆転だな」
奴は能力が解かれた木の拘束から立ち直ると、こちらに歩み寄ってくる。だが、今の俺にはそれに対してぼんやりと見ている事しか出来ない。
「せめてもの情けだ。このまま一撃で殺してやる」
死ぬ? 俺が? 嫌だ、まだ死にたくない。せっかく見つかったのだ。俺が居ても良い場所、幻想郷。そして、何よりも行き場の無い俺に手を伸ばしてくれた彼女。一目惚れだった。彼女のあまりの美しさに心を奪われたのだ。まだ文に何も言えていない、そんな終わりは嫌だ!
明確な死が迫ってくる。その足取りは遅く、先ほどまでのダメージがまだ抜けきって無いのが分かる。
「あばよ、地獄でまた会おうぜ」
「ざ、けんな!」
俺はナイフを能力で移し取ると、怪我を塞いでいたナイフが無くなるので、血が大量に流れ始める。速く手当てをしないと出血多量で死んでしまうかもしれない。だが、せめてあいつだけでも……
腕が振り下ろされる。その狙いは首で、宣言どおりに一撃で殺すつもりなのだろう。だが、俺はこんな所で死ぬつもりは無い。まだ力は残っている、その力を奴に届かせる! ナイフを手に持つと、それを奴の心臓の位置に突き刺さるように転移させる。狙い通りに胸にナイフが刺さるのだが、奴は止まらなかった。苦痛に顔を歪ませながらも腕を止める事は無かった。
このままでは首を切られて俺も死ぬのかと思った所で、無理をした代償がここに来て出たのだが、それはまさに運命と言えるだろう。朦朧とした頭は平衡感覚を失い、奴の攻撃は当たることなくそのまま地面に頭から倒れ、ナイフが胸から外れる。
「な、にぃ」
奴が倒れこむ。お互いに一歩も動くことが出来ず、地面に横たわることになる。俺は怪我によって、意識を保つので精一杯で満身創痍になっており動けず。奴も心臓を刺されて確実に致命傷だ。流れ出る血も留まる事を知らずに、小さな池を作り出す。
「へへ、思い知ったかよ……」
「ああ、これでお前も人殺しだな」
人殺し。そう、まだ生きてはいるものの確実に奴は死ぬだろう。その事を思うと胸が痛くなり、唯でさえ骨までやられて気持ち悪いと言うのに吐き気が増える。
「そう、だな」
「なあ、俺の能力が欲しいか?」
不意に奴が言った言葉にふざけているのかと思った。能力とは、その者の本質。その者の有り様と言っても過言では無いからだ。
確かに俺の能力なら、他の能力を移す事が出来るかもしれない。だが、理解出来ないものは移せない。それに能力は、魂に直接影響されている。それを移すと言うことはその者を殺すと言うことであり、魂の移植と言っても良い。
そんな事をすれば奴は本当に死に、俺にもどんな影響が起こるか分からない。だが、奴の眼は本気だった。何故かは分からないが本気だった。
「ああ、欲しい」
「そうか、ならお前にくれてやる」
「けど、なんでだ?」
奴が俺に能力を渡す理由が分からない。仮にも自分を殺した相手にだ。俺ならば恨みつらみを残すだろう。
「お前が俺を殺したという事を忘れさせない為だ。お前は生きている限り、その事を忘れる事は出来ず、罪を背負い続ければ良い」
ああ、そうだな。そんな事をされれば忘れることなんて出来るはずが無い。罪悪感で胸が締め付けられ、自分の手で殺したのだと言う事が俺に不快感を与える。
もう二度と誰かを殺すのは嫌だ。こんなに嫌な思いはしたくない。
「とにかく、俺の能力はお前にくれてやる。さっさと殺れよ。俺の能力は<伸と縮を操る程度の能力>だ」
「分かった」
そう言って俺は能力を発動する。奴の能力を明確にイメージをして奴の胸の中央に空いた穴に手を添える。
「妖怪。名前は何だ……」
「牙劉」
「そうか、覚えておく」
そう言って、能力で能力を移し取る。彼の妖怪に流れるその力は全て俺の体にと移されて行く。すると、牙劉はその場で動くことの無い体になっていた。
それに対して俺は、突然の激痛に意識が飛びそうになり、体の中に強大な違和感が走り回りその場に立っていることすら難しくなる。
「ぐっっ!」
苦しい! 先ほどまでの痛みとは比べ物に成らない。俺の存在そのものに直接ダメージを受けている様な気分になってくる。
「……り…じょ……」
意識が遠のいてく。誰かの声が聞こえるので、声を返そうとするのだがうまく口を動かすことが出来ない。それでも何とかして耐えようとするのだが、俺の思いも虚しく対には意識を手放してしまっていた。いつ目覚めるかも分からない意識の底に沈んでいった。
やっちまったよ、モブ敵(名前つき)を一発で消してしまった。しようが無いとはいえ可愛そうに為って来た。
次こそはと言ったな……あれは嘘だ。
かなり手直しをしてみましたが、うーんなんだかなー。