東方移人録   作:移り人

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第七話

 

 夢を見ていた……

 

 昔の夢だ、一人で学校の教室に佇んでいる俺がいる。何をしているのかと声を掛けようとするのだが、声が全く出ない事に気がつく。それもそうだろう、これは夢なのだから、自分と会話などしたことは無いのだから。

 暫くすると周りに数人の人間が現れる。俺が何やら言い争いをしているのだが、俺にはその声が届かなかった。次第に突っ掛かってきた人間の方がヒートアップしていき、殴り掛かってくる。それに対して俺は避けられる筈なのだ、なのに避ける事すらしなかった。

 

 惨めだった、こんなものは見たくは無かった。このただただ黙っているしか居られない夢から逃げ出したかった。

 

 場面が変わり、目の前に文がたっていた。彼女は俺の事に気がついている見たいで小さく微笑むと此方に手を差し伸べて来ていた。その手をとったら、もう元の世界に戻れなくなる戻らなくても良くなる、そんな気がしたのだ。だからだろうか、ずっと逃げ出したいと思っていた俺はその手を掴むことにしたのだ……

 

◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「ん……」

 

 朝の眩しい光が俺の顔にかかりむず痒く思い、思わず寝返りをうってしまう。布団からはみ出た足を元に戻し布団に包まる。

意識がはっきりしないなかで、俺はこの暖かい布団の中で心休まる時間を過ごそうと思ったのだ。

 

 無意識で布団を抱え込もうとすると、不意に柔らかい感覚がその腕に伝わる。はて? 何だろうと思うが今の俺にはそれを考える気もなく、そのまま抱きしめる事にした。体に感じる温かく柔らかい感触に、女の子特有の甘い香りが鼻をくすぐる。

 

(あれ?)

 

 そこまで考えた俺は、何か流石に可笑しいと思いゆっくりとその目を開けることにする。そこに居たのは文だった。

いや、それどころではない。何故かは知らないが俺は文を抱きしめてしまっていた。

 

 声が出ない。俺は完全に文に見とれてしまったのだ。近くで感じる心地よい温もりに、小さく音を立てる寝息に心臓が否応なく鼓動を速くする。身近に感じる文の温もりに胸がドキドキしてから止まらない。冷や汗が流れ始め、恥ずかしさで顔が真っ赤になっているかもしれない。

 

 流石にこのままでは不味いと思い、布団からこっそり出ることにする……

 

「ぐっっ!」

 

 体に痛みが走る。起き上がろうとした体が痛みを感じて俺に訴え掛けてくる。今は動くなと、速く休めと言ってくるのだ。

 

 だがこのままで居て良い訳がなく、無理矢理体に鞭を入起き上がることに成功する。このままの勢いで立ち上がろうとするが、不意に腕が伸びてきて元の位置に戻される。

 

「お、起きていたのか文?」

「はい、移が苦しげな声を上げている辺りから」

 

 見られていたのか……だが俺が文を抱きしめて居るところを見られなくって良かったと思う。もし見られていたら、恥ずかしさで穴に入っていたかも知れない。

 

「まあ、問題は無い。直ぐに仕事を始めるから」

 

 そう言って俺は立ち上がろうとするが、またもや文に止められてしまう。

 

「駄目ですよ、まだ動いては」

「だけど……」

「良いから休んで居なさい」

 

 そう言われると俺は断ることが出来なかった。自分の事を心から心配してくれているのに気がついたからだ。今まで誰かに心配された事など無く、おれ自身両親にも心配されない様に行動してきた積もりだ。文に迷惑を掛けないようにするつもりが逆に心配されているのはお笑い物だろう。だが、文に心配されている事が嬉しいと思っている自分が居るので落ち込む事は無かった。

 

 お互いに沈黙が続く。どちらからも喋ることは無く心地よい空間が其処にはあった。

 

「俺はいつまで寝ていた?」

 

 だが、先に進まなければならないので沈黙を破り、ある意味定番とも呼べる質問をする。喋った後にもっと気の聞いた話が出来たのでは無いだろうかと後悔するが後の祭りだ。

 

「移は丸一日寝ていたんですよ。目が覚めないかと思いました」

「そうだったのか」

 

 丸一日と言うことはかなりの時間を無駄にしてしまったようだ。ならその帳尻会わせをしなければならないのだが文に止められてしまうのでそれは出来ない。だが、それよりも気になることがある……

 

「何で俺が目覚めないと思ったんだ?」

 

 俺がそう聞くと、文はうっかり口が滑ってしまったというような顔をしてから、また元に戻す。今度は真剣そうな顔に変えてから口を開いた。

 

「貴方は妖怪の力を取り込んだ。それはあっていますね」

「ああ、確かに俺は奴の力を受け取った。だがなんで文がそれをしっているんだ?」

「それは……移から、妖力が流れているからです」

 

 なんだって? 確かに俺は牙劉の力を取り込んだが、妖力なんかは移した事はないはずだ。どういうことなんだ?

 

「でも何で妖力が有れば目覚めないんだ? それなら他の妖怪たちも……」

 

 そこまで言って俺は気が付く事が出来た。妖力とは妖怪が使う力なのだ。それはつまり、人間が使える様には出来てはいないのだ。人間の体にとっては妖力は毒といっても良いだろう、その身に余る力は我が身を滅ぼすのだから。

 

「はい、私たちは妖怪だから妖力を使うのです。ですが、移は人間でありながら妖力を使おうとしている。いえ、もはや移は人間では無いかも知れません」

 

 そう、それが当たり前なのだ。その当たり前を俺は崩そうとしている、だからそう文も思ったのだろう。そして、その力に身体が合わないのなら合わせるものだ。だからだろう、この身は既に人間のそれを越えているのかもしれない。

 

「……」

「移。何が会ったか話してくれませんか」

「紫さんから聞いたんじゃ無いのか?」

「はい、聞きました。ですが、紫さんから聞いたのは移が倒れているから速く拾って来なさいとだけしか言われませんでした」

 

 文の顔は何時もの飄々とした顔では無く、本当におれの事を真剣に考えてくれていた。此処まで俺のために真剣に為ってくれる文も為に。それに、俺は彼女に対しては恩義を感じている。その頼みを断ることが出来ない。だが、何故だろうか? なぜ紫さんは文に説明をすると言っておきながら何も言っていないのだろうか?

 

「分かった……」

 

 俺はポツポツと話はじめた、出来る限り話を伝えなければならない。

 紫さんに出会い仕事として人里に行っていた話から、その依頼で香霖堂にまで行っていた話。そして、帰り道に牙劉に会った話。そこから戦いが始まり、奴を倒す事に成功したこと。

 

 最後に奴の能力を移し取った話まで……

 

 時間にして、一時間も立ってはいないだろう。だが、話していると気が重く成っていき、それ以上に感じてしまっていた。

 

「これで終わり」

「……」

 

 文は無言だった。話している間にも口を挟む事はなく、ただ黙って聞いていた。俺としては、ただ淡々と起きた事を話していたので、話すのが楽になってよかったのだが、少し不安になってしまう。

 

「……すみませんでした」

 

 ぽつりと、文が俺に対して謝ってくるが、なんの事なのかが俺には分からずに困惑してしまう。ただ、余りにも悲しそうな顔をしているので、おかしいと思ったんだ。

 

「どうして謝るんだ?」

「私が悪いんです。私が注意しておきながら、移に危険なことをさせてしまいました」

 

 それは言い過ぎだと思った。俺が弱いせいで文に迷惑をかけてしまったのに、それを自分のせいだと言っているのだ。これは流石に見過ごすことは出来ない、文は何も悪くは無いのだ。悪いとしたら俺だ。

 

 あの時、確実に俺は怪我も負う事無く奴を倒すことは出来た。だが出来なかったのだ、奴をあそこで逃がしてしまえば後になって公開することになる。それを分かっていながら俺は奴を殺すことに躊躇したのだ。 

 その結果、俺は大怪我を負ってしまい文を心配させることになってしまった。元々文に余計な心配を増やさないために戦ったと言うのに、これでは意味が無いではないか。

 

 だが、それでも良かったのだと思っている俺が居るのだ。俺に人は殺せない、今までそんな事意識もしたことは無かったけれど、それで良いのかも知れない。人を殺せ無いのは俺が人間だと言う証なのだから。人を楽しんで殺す様な奴はそれは獣と言っても良いだろう。本能の赴くままに行動するのだから。

 

 それに、文に心配してもらうのもこれはこれで悪くは無いと思っている自分が居ることに内心で苦笑する。

 そして、ふと、ある事に気がついてしまう。今まで疑問に思っていた紫さんの行動に全て納得がいく答えが出たのだ。

 

「ぷっ……」

「あ、なんで笑うんですか! いま笑う場面ではないですよ。本気で心配していたんですよ!」

「いや、ほんとに自分は馬鹿だなと思って」

 

 そう、これは最初から紫さんに仕組まれていた事なのだろう。わざわざ妖怪の賢者が俺の為に何故仕事を回したのかと思っていたのだが、弾幕すら撃てない俺を鍛える為だろう。その為に牙劉に俺の居場所を教えて戦うように仕向けた。切っ掛けを無理やり作ったのだ。

 そのおかげと言っても良いのか、俺は最低限の戦闘が出来ると言う事を証明し、奴を倒すことによって妖怪の力をその身体に宿す事に為ったのだから。だが、それは余りにも荒療治すぎる。戦うことが無い日本人を無理やり死戦に放り込み、妖怪と殺し合いをさせる。一歩間違えればあのまま死んでいただろう。、この程度で死ぬ様ではこの幻想郷に招いた意味がないとでも言うように……

 

 そして、なぜ文に俺の居場所だけを教えたのかと、紫さんの筋書き通りなら……

 

「俺は文の事が好きだ」

 

 最初から変だったのだ、偶然にもピンチの所に文が現れるなんて本来ならばありえない。そして、俺が助けられ恩義を感じ、共に暮らすようになる。これすらも紫さんの思っていた事なのだろう。だけど……

 俺が文の事が好きだと思う気持ちは紫さん手の上で踊っているのだとしても変わることは無い。嬉しかった。俺のことを此処まで接してくれる文の事が、俺と一緒にいてくれるのが嬉しかったのだ。

 

「なっ、なにを言っているんですか行きなり!」

「だから俺は強くなる。例えこの身にあまる力を手に入れても文の力に成りたい。だから、そんな悲しそうな顔をしないでほしい」

 

 自分でも恥ずかしいことを言っているのは理解できる。だが、このまま文に自分を責めていて欲しくは無かったから、自分の思いを口にすることができたのだ。

 

「分かりました。色々とすみませんでした」

「違うぞ、こういう時はありがとうとこれからよろしくだ」

「はい、ありがとうございます」

 

 そう言って文は俺に対して笑顔を浮かべる。それは今まで見てきた笑顔が霞んで見える程に綺麗で、俺は本当に文に惚れて仕舞ったのだなと思う自分が嬉しくなっていた。

 




はい、此処で一区切りです。
やっとですよ、やっと文の回です……
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