東方移人録   作:移り人

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第九話

 コンコンと、包丁で肉を切っていく。もうすぐ文が帰ってくる時間になるので早めに料理を済ませてしまうことにしているのだ。ガスなど当然通っていないのだから、切り終わった肉や野菜は鍋に移してから、竈で炒めていく。こうしていると、小学校の頃にした飯盒炊爨を思い出す。

 紫さんには文が帰ってくるまで居間で寛いで貰っている。余り肉体労働は好きじゃないとか言っているし、そもそもお客様にそんな事をさせるわけにはいかない。

 

「ねえ、まだなのかしら?」

「あともうちょっとだと思うんだけど……」

 

 俺はちらりと、家の中心に掛けられている時計に眼を移すと、時計の針がそろそろ七時に差し掛かろうとしていた。幻想郷には時計は少ないが存在している。外の世界で忘れ去られた物や、壊れたものが時々流れ付いて来るのだ。そう言う物を幻想郷のエンジニアこと河童が手当たり次第に直して行っているのだと言う。そんな中の一つを文は貰っており、時間を確かめる手段の少ない幻想郷では大変重宝している。

 

「暇よ」

「知らない。もう少し待っていてくれ」

 

 それにしても本当に遅いな……何時もならとっくに帰ってきているのに。それにもう直ぐご飯が出来上がってしまう。暖かい内に食べて欲しかったんだが……

 

 

「いやー、遅くなりましたけど、ただいま帰りましたよ」

「あ、お帰り文」

「お帰りなさい文」

 

 やっと文が帰ってきたか……ご飯が出来上がる前に帰ってきてくれて少しほっとする。

 

「うつりー、お腹がすきましたよ。今日のご飯は何ですか?」

「今日は、ウサギの肉を炒めた物らしいわ。他にも私が持ってきた鰹節だしの味噌汁とかね」

 

 その他にも紫さんには食材を提供して貰っている。基本的に幻想郷の食べ物は現代に比べると限られてくる、鰹節などがそうだ。幻想郷には海が無い、だから殆どの海産物を見ることは無いのだが、紫さんが外から持って来たものを使わせて貰った。

 

「それは美味しそうです。急いで帰ってきた甲斐がありまし……」

 

 そこまで言ってピタッと動きを止めてしまう文。どうしたんだろうと思い、彼女をみていると、ぷるぷると体を震わせているのが見て取れる。

 

「あー、文?」

「移さん。どう言う事ですか……」

「な、何が?」

 

 いったいどうしたと言うのだろうか? 行き成り固まったかと思うと次にはどう言う事ですかと聞かれてもいまいち要領を得ない。

 

「どうして紫さんが此処に居るんですかって事ですよ!」

「ああ、その事か。それなら……」

「移に招待をされて参りましたわ」

 

 いやいや、食事には招待したけれども、この家に来たのは紫さんの判断だった筈だ。

 

「何が在ったんですか移さん! 何時の間に紫さんとそんな関係になったんですか!」

「いや、そんな関係とか言わ……」

「ええ、私と移の仲ですもの」

 

 っておい、あんたはさっきから何を言っているんだ。人の言葉に被せて来て有る事無い事でっち上げて何が楽しいのやら……

 

「な、紫さんと移の仲ですか……」

「そうよ、よく会ってから色々しているのよ」

「い、色々ですか」

「そう、色々よ」

 

 どんどん会話の雲行きが怪しくなっていく。それに何故か顔が活き活きしている紫さんが気になってしまう。確かにあの人の言葉に嘘は無いんだけども、何か勘違いをしているような……

 

「明日も移と……」

「駄目です! 移は私のなんですから! それに、移は私の事を好きだと言ってくれましたし、私だって……」

「私だって、ねえ」

 

 はっ、と何かに気が付いたかのような顔をしてから、みるみると顔が赤くなっていく。そう言うことか、紫さんがなにがしたいのかと思っていたら、こんな事を仕出かすとは……恥ずかしくって穴が有ったら入りたい気分だ。

 

「あ、いえいえ、何でも有りませんよ。ええ、何でもありませんとも。そ、それよりも早くご飯にしましょうよ。私もうお腹が空いてしまいました」

 

 あからさまに動揺を隠そうとする文を見ていると、やっぱり心が和んでしまう。行き成りの事で恥ずかしかったが、こればかりは紫さんに感謝しなければ。紫さんの方を見てみると、此方の視線に気がついたのか、親指を立ててから何かに成功したかのような嬉しそうな顔をする。それに対して俺も親指を立てる事にした。

 

「そうだな、とっとと食べるか」

「そうね、話はその後でもいいわ」

「話って何ですか?」

 

 一応は平常心に戻ったのか、会話に混ざってくる。だが、まだ顔が赤いのはご愛嬌だろう。

 

「後で話すわ。今は食事を楽しみましょう」

「それじゃ、準備をするから二人とも待っていてくれ」

 

そう言って俺は料理を盛り付けて行き、皿を食卓に並べていく。全て並べ終えると、それぞれの席に着く。

 

「では、いただきます」

「「いただきます」」

 

 そのあいさつと共に、俺たちは食べ始める。思い思いに箸を動かして行き、どんどんと食べていく。

 

「やっぱり移の料理は最高ですね」

「そうね、私も美味しいと思うわ」

「はは、ありがとう」

 

 こうして、自分が作った料理が美味しいと言ってくれるのは、作った人間として一番嬉しい言葉だ。作った甲斐があると言う物だ。

 

「それにしても、どうして今日は帰るのが遅くなったんだ?」

「ああ、それはですね……」

「やっと追い付きましたよ文様」

 

 不意に聞きなれない声が聞こえてくる。誰だと思っていると、玄関の扉が勢い良く開き、外から一人の妖怪が入ってきた。此処に来たと言う事は彼女も天狗なのだろうが、どちらかと言うと、頭にある獣耳のせいで犬にしか見えない。

 

「げ、椛ですか」

「あら、穏やかじゃ無いわね。今度は何をしたのかしら?」

「べ、別に何もしてませんよ。ただ家に帰っただけです」

「違いますよ! 文様は、突然お腹が空いたので帰りますと言って、まだ仕事が残っているのに帰ってしまわれたんですよ! 文様にしか出来ない書類もあるのに」

 

 それはさすがに不味いんじゃないかと思う。天狗の社会は現代社会よりも厳しそうなのだから流石に……

 

「仕事はちゃんとやった方が良いわよ」

「仕方ないじゃないですか。なんで私が書類仕事をしなければ行けないんですか! 私は新聞記者です」

「だからって、仕事はちゃんとしなくちゃ……」

「そうですよ、大天狗様に叱られてしまいますよ」

「はあ、仕方ないですね。さっさと戻って終わらせますか」

 

 文が大きく一つ溜息を吐くと、こちらから見て取れる程に面倒くさそうに答える。だが、まだ動く気は無いらしく椅子に座ったままだ。

 

「それじゃあ戻りますよ」

「でもその前にご飯を食べましょう」

 

 ずこー、と芸人も真っ青な程に椛が派手に地面に転げ落ちる。前に歩こうとした瞬間に足を踏み外して頭から行ったから、妖怪なんだから大丈夫だと思うが少し心配だ。

 

「な、なんでですか」

「いやー、料理が冷めたら勿体無いでしょ」

 

 そう言ってからまた食べ始める文。だが、このまま行かずに良かったと思っている。せっかく文の為に作ったのに、途中でどこかに行って欲しくは無かった。

 

「あ、あやさまー」

 

 文の返した言葉に悲痛な叫びを上げる椛。もしかしたらしなくても、彼女は上司に振り回されるかわいそうな人なのだろうか。

 

「いえ、二人にも話があるから待ってくれるかしら」

「え? 私にですか?」

「わかりました」

 

 やっと、紫さんの用件の話題に入るのか……そろそろご飯も食べ終わる頃合いだから丁度いい。でも、椛さんにまで話があると言うのはどう言う事だろうか? これは俺の異変を起こす為の話の筈。

 カチャカチャと、食器の擦れる音が辺りを支配する。誰一人として喋ろうとはせずに、無言で箸を動かしていく。文も椛さんも先ほどまでのふざけた雰囲気の形を潜め、じっと紫さんを見ていた。

 

「さて、そろそろ良いかしら」

「俺は大丈夫だ」

「私もです」

「わ、私も問題ありません!」

 

 俺たちの答えに紫さんは満足げに頷くと、どこからか取り出した扇子を勢い良く開く。

 

「それじゃあもう一度言うけれど、貴方には異変を起こしてほしいの。そして、天狗達にはそのサポートと言った所かしらね」

「了解っと」

「待ってください」

 

 いきなり椛が大きな声を上げる。その声は何処か慌てている様にも聞こえた。

 

「異変って、どういう事ですか!」

「あら、そのままの意味よ。私が移に異変を起こす様に頼んだだけよ」

「駄目に決まっているじゃないですか。他の天狗たちがそんな事には納得しませんよ」

 

 それもそうだろう、彼女たち天狗は余所者を嫌う。俺が此処に居られるのも全ては文のおかげなのだから。文のような天狗はほんの一握りだろう。

 

「いいのよそれで、天狗達には侵入者を排除してもらう。それだけで十分よ」

「ですが、異変だなんて……」

「そこまでにしておきなさい椛。それで、私たちは何をすれば良いのですか?」

「そうね……貴方たちは基本的に移の護衛かしらね。退治屋が来たら戦って貰えるかしら」

 

 退治屋って言うのは博麗の巫女のことだよな。なるほど、より多くの戦闘を積ませる為にの配慮か。

 

「戦って貰うですか……了解しました!」

「この事は大天狗様には……」

「私から言うわ」

「分かりました……」

 

 大天狗と言うのがどんな妖怪かは知らないが、絶対に紫さんが説明しにいくとは思えない。紫さんが大天狗に会ったら余計に面倒な事に成りそうだし、何より前科があるからだ。

 

「それじゃあ全員が納得した所で、今回の異変の説明をするわよ。まず大前提の話として、霊夢が異変解決に来なければ行けないわ」

「霊夢さんですか。あの人が動きますかね」

「動かすのよ。あの子が異変だと思うものを起こせば良いのよ」

 

 成るほど、特定の人物に対する異変か……だけどそれはもはや異変とは言わないんじゃないか? まあ、異変は幻想郷で起こった広範囲に渡り、原因不明な事だから元から異変では無いが。

 

「だけど、俺は博麗の巫女の事は全く知らないんだけど」

「問題ないわ、あの子は巫女よ。そこまで考えれば思いつかないかしら」

 

 巫女にとっての、迷惑に為る事か……妖怪を暴れさしたりとかは、周りに迷惑が起きるから駄目だし、神社を壊すのもそれは紫さんに殺されそうだから駄目。信仰の乗っ取りはそもそも出来ないし、むしろ博麗神社の前に無駄に神社を建てたりとか。そうしたら、相対的に参拝客が減り信仰もダウン……いや、むしろ参拝客の邪魔をするか? それが良い。

 

「神社の参拝客の邪魔をする。そうしたら、信仰も集まらない」

「そうね、それでいきましょうか。霊夢ならそれで出てくるはずだわ」

「あれ? 霊夢さんってそんなに信仰を集める様な事をしてましたっけ?」

「違うわ。あの子は参拝客に求めているのはお賽銭よ」

 

 な、何だってー。まあ、どっちにしろやる事は変わらないのだからどっちでも良いのだが、ソレで良いのかと思わないで居られない。

 

「さ、やる事は決まったわ。それじゃあ細かい所まで考えましょうか」

「でもどうするんですか? 里の人間に直接手を出すわけにはいかないですし」

 

 確かに、紫さんの手によって人里に手を出すことは禁じられているようだが、それならばどうすると言うのだろう。本人が良いと言えばそれまでだが、それでも無関係の人間を傷つけるのは躊躇われる。いままで傷つけてきた相手は此方を襲ってきたのだから自業自得だと言えるがこれは違う、自分から襲うのだ。

 

「ふふ、問題無いわ。だってばれなければ良いのだから」

 

 そう言うと紫さんはスキマに手を突っ込む。何をしているのだろうかと思っていると、スキマから取り出した丸い何かを机の上に静かに置く。

 

「こ、これは……」

「水晶玉ですね」

 

 そう、それはとてつもなく大きな水晶玉だった。普通の占い師が使うものよりも更に大きい程だ。だが、これでいったい何をすると言うのだろう? まさか占いをする訳でもなし使い道がさっぱり分からない。

 

「紫様? なぜ水晶玉を出されたのですか」

「良い質問ね、椛。私たちは人間たちに手を出せない、それは分かるわね」

「はい」

「それなら手を出したのだと分からなければ良い、つまり物理的にでは無く精神的に博麗神社に行けない様にすればいいの。だけど私は出来るけれども貴方達には精神を操作することが出来ないでしょう。その代わりにこの水晶玉を用意したわ」

 

 成るほど、それならば確かに手は出しているが証拠が無く、人里の人間がただ博麗神社に行きたくないと思うだけなのだから人里に危険が余り無い。だが、そこまでは分かるのだがその水晶玉は何なのだろう。見たところ普通の水晶玉にしか見えないが。

 

「んー、何でしょうかねこれは。大きな水晶玉にしか見えないですけど」

「結晶や鉱石、つまり宝石の類は力を溜め込みやすい性質があるのよ。その中でもこの水晶は純度が高く、より多くの力を溜め込めれるそこそこ貴重な物なのよ」

 

 と言う事はつまり、人里の人間の力。人間なら微弱ながら誰でも持っていると言われている霊力を集めて疲労状態にする積りなのだろうか? 疲れたからただでさえ獣道を通らなければ行けないのに、博麗神社に行きたく無いと思うだろう。だが、集めると言っても方法が……まさか。

 

「まさか紫さん、俺にやれと……」

「あら、感が良いじゃない。そうよ、ばれない様によろしく頼むわよ」

「いやいや、流石に無理だ。他人の霊力を移し取れるのは分かるがやった事も無いし、そもそも移し取るほどに近づけば絶対にばれるだろ」

 

 何の能力も持っていない人間ならば少しは離れても問題は無いが、流石に人里内でやれば他の人間が気づくだろう。能力を使えば何とか成るかも知れないが、今の俺では複数の能力を同時に発動することは出来ないのでやりようが無い。

 

「そこも抜かりは無いわ。私のスキマを貸して上げるから」

 

 そう言うと紫さんはまたスキマを開く。何時もの様に無数の目玉が此方を見てくる謎の空間が現れる。外から見ただけでは分からないが、たぶん人里に繋がっているのだろう。

 

「それじゃあ、全員やる事は分かったわね。私はそろそろ眠るけれど後は任せたわよ」

「ああ、おやすみ」

 

 眠そうに目を擦りながら、紫さんはスキマを作り出し何処かは分からないが自分の家に繋がるスキマを潜って行った。

 

「それじゃあ、私たちもそろそろ休みましょうか」

「そうだな、流石に俺も眠たく成ってきたしな」

「駄目ですよ文様」

 

 そう言って、椛さんは文の服を掴んで動けないようにする。

 

「あやややや、な、なんでしょうか椛?」

「書類の件、忘れてはいませんよね?」

 

 その眼は笑っては居なかった、表情は笑っているのに眼だけが笑っていないのは軽くホラーだった。上司に書類を書いて欲しかっただけなのに、来て見れば訳も分からずに異変を起こす片棒を担がされたのだ。ストレスが溜まっても仕方が無いだろう。

 

「や、いやですね、忘れるわけが無いじゃないですか」

「それじゃあ行きましょうか……」

「ちょ、放しなさい椛。自分で歩きます」

「駄目です。このまま連れて行きます」

 

 ずるずると引きずられていく文。部下に引きずられる上司と言うのはなかなか珍しい光景だった。まあ、本当に嫌ならば文ならば軽く引き離せるのだから問題は無いのだろう。

 

「うつりー、助けて下さい!」

「いってらしゃい文」

 

 だんだんと遠くなっていく文から裏切り者ーだとか聞こえてくるが、べつに問題は無いだろう。それにしても、今日は忙しい日だったけれども、また明日からも忙しくなるのだと思うと溜息が出てしまうが、その事について嫌だとは思っていなかった。

 




久しぶりの投稿です。最近何かと忙しかったです。
例えば、ゲームとかですね(笑)風神様の神徳とか無理でした。
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