「...ふぅ...。」
今はツバサちゃんの病室の前。
扉の前で呼吸を整える。
なぜなら、今の彼女は "記憶を失くしている" から。
前までと全く同じ彼女は、もうここにはいないのだ。
無理かも、等と少し諦め、扉を開ける。
「...あら?さっきの...。」
「...こんにちは。」
扉の先にいた彼女は、何食わぬ顔で俺を見る。
その顔、視線が俺の心に深く傷を付ける。
浅く、多く、確実に傷が付いていく。
傷の痛みを我慢しながら、次の言葉を待つ。
「...ねぇ、前の私って、どんな人だったの?」
すると彼女の表情が少し変わる。何か覚悟を決めたような目だ。
その顔に少し戸惑いを感じつつ、言葉を捻り出す。
「...可愛くて、元気があって...。...諦めない心を持った強い女の子だったよ。」
「へぇ...。...あなたとはどんな関係だったのかな?」
その言葉に若干戸惑ってしまう。
"恋人" 同然の関係だったことを明かすのか。
"親友" だったと明かすのか。
そして、俺の選んだ関係は。
「... "親友" だった。かけがえのない。」
...自分で、自分に傷を付ける関係を選んだ。
彼女に、気負いをさせたくないから。
もし "恋人" と言ってしまうと、彼女は思い出せないことに嫌悪感を抱いてしまうのではないか。
...それなら多少偽ってでも、 "親友" だ、と言った方が良い...。
「...そうなんだ。...ごめんね...忘れちゃって...。」
「いや、しょうがないことだよ。すぐ思い出すから...。」
「...ええ...。」
すぐ思い出す。そんな確信はどこにもない。
心にポッカリと大穴が開き、そこから冷たい空気が流れ込んでくるような感覚。
...とても、寂しいのだ。
だがそれでも、信じたかった。
...あの時の彼女は、絶対に帰ってくる、と。
だが、次に紡がれた彼女の言葉で、絶望を感じてしまう。
「...。...私のこと、忘れてくれて...大丈夫よ...?」
耳を疑った。
彼女はそんなことを言うはずがない。そう思っていたから。
「...そんなこと言うな。」
嘘でも言ってほしくない言葉を聞いてしまった俺は、少し苛立ちを覚えてしまった。
彼女が悪いわけではないのに、少し怒気を含み、そう言い放ってしまう。
「...でも。」
「でもじゃない!」
...まだ食い下がろうとする彼女に、苛立ちが頂点に達してしまった。
彼女は悪くない。そんなことは先程から痛いほどよく分かっている。
だけど、どんどん追い詰められていく自分がいることに、恐怖を感じているのだ。
「絶対に思い出す」...そんな自分を、「もう無理だ」という言葉で一蹴してしまおうとする、もう一人の俺がいる。
その俺が、俺自身を壁際まで追い詰める。
..."別れ" という壁に。
「...ごめん...。今日は病室に戻るよ。」
「...ええ...。」
これ以上いても、彼女を余計に傷付けてしまう。
そんなことを感じ、俺は病室を逃げるように飛び出した。
「...くそっ...。」
今は自分の病室への道を通っている。
まだ苛立ちを隠せない。
先ほどの理由もある。...だが一番の理由は。
"彼女は俺の知ってる彼女と別人だ" 。そう思ってしまった自分に、苛立ちが募っていく。
彼女を守ると言ったのは? ー俺だ。
なら守らないといけないんじゃないか。ーもう手遅れだ。
なら近くにいなくてもいいんじゃないか。ー確かに、そうだ。
自分への問いかけも、否定的な答えしか出てこない。
...もう、希望なんてないのでは。そう思ってしまうほどに。
彼女は俺のことを忘れてしまった。
...その事実から、逃れることは出来ないのに。
そんなことを考えながら歩いていると、病室の前に到着し、
暗い気分のまま病室のドアを開ける。
「駿...。」
「...智樹...?」
そこには、目の下が真っ黒になり、少し痩せた智樹がいた。
...こいつも、俺の知っている智樹と少し違う。
また、そう考えてしまう。そんな考えを掻き消し、智樹の方へ向き直る。
「どうしたんだよ?」
「... "あの日" から...眠れないんだよ...。」
「...。 "あの日" ...。」
"あの日" 。
...智樹が俺を守るために。
人を殺した日。
そのまま警察に連行され、今日釈放されたところなのだ。
...嫌な記憶がずっと頭の中に残っているんだろう。
その証拠が...浮き出た頬骨、隈。
彼の目の焦点は合わず、うつらうつらとしている。
「...あの感覚が...身体から離れない...。...何度も何度も...夜中に悪夢を見るんだよ...!!」
「...。」
今にも泣き出しそうな顔で、智樹は俺に訴えかける。
俺はそれを見ても尚、どんな言葉をかけていいのか分からない。
智樹は黙ったままの俺を見かねたのか、肩をガッシリと掴んでくる。
そして。
「俺は...どうすればいいんだよ...っ...!!」
ーわからない。
「なんでっ...!頭から離れないんだよ...!」
ー...わからない。
「...どうしたら...っ!楽になれるんだよ!!!」
ー...。わからない...。
「答えろよ...っ!教えてくれっ...!駿!!!!」
「...智樹...。」
...心の叫びを、俺に。
ありったけぶつける。
「...わからないんだ...。」
「...っ...!...うわあああぁぁっ....」
直後に智樹は泣き出してしまう。
その顔には、悲しさ、憎しみ、寂しさ。
...そして何より。...怒りが。彼の、どこにもぶつけようの無い怒りが俺に矛先を向ける。
...誰が智樹をここまで追い詰めた。
...誰がツバサちゃんを、あそこまで追い詰めた?
...俺だ。俺以外、いない。
...ということは...。
俺は... "邪魔者" "厄病神" 。
彼らの周りに、いてはいけない存在...?
この来訪は。
俺にその事を知らせるためのものだったのかもしれない。
〜次回予告〜
ーやっと...楽になる...。
ーもう...辛い顔は見たくない。
ー止せぇぇぇぇぇ!!!!!!
はい、次回予告です。
どうなっちゃうんでしょうか?
ご期待ください!