少し衝撃的かもしれません。
「...。」
俺は今、病室の窓から、真っ暗な外を見続けている。
まるで外は闇。...あわよくばその闇に呑まれてしまいたいと思っていた。
...自分の知ってる人じゃない。そう考えたくないのに考えてしまう。
その考えが俺の胸を締め付け、苦しさを生みだす。
もしその闇に呑まれてしまえば、この苦しさから解放されるのではないか。...ここからいなくなってしまえるのではないか。
考えれば考えるほど気分が、底なし沼のように沈んでゆく。
だが、俺はその底なし沼から助けられることになる。
「ねぇ、駿。」
そう言って病室の扉を開けたのは俺の母親。
西木野先生が言うには、もう少しで退院出来るそうだ。
その報せを喜びたい。...だがこの状況。
...喜びたいのに喜べない。そのもどかしさにも苛立ちを隠せない。
「...どうしたんだ?」
「...先生から聞いたわよ。...ツバサちゃんのこと。」
「...そっか。」
「...辛く...ない...?」
...辛い。とても、辛い。
だが彼女を守ると誓ったのは、この俺だ。
...だから逃げるわけにはいかない。
分かってる筈なのに...。どうしても "逃げろ" という自分がいる。
だから俺は、自分に嘘をつく。
「...おう!」
その "逃げろ" という自分を、封じ込めるために。
「辛くない!」
「...そっか。...本題に入ろうかしら。」
母さんは俺の顔や雰囲気から決意を感じ取ったのか、話題を変更。
本題へ。
「...お母さん退院したら、大阪に行くことになったの。...あなたはどうする?」
「...もしかして、逃げ道を作ってるのか?」
「ええ。あなたが辛い時には...ね。」
そう言う母さんの目は、とても悲しげだった。
彼女の目にも、俺が別人だと写っているような...そんな目。
「...でも俺は、逃げたくはないかな...。」
「...駿、逃げた方がいい事もあるの。...例えを出しましょうか。」
そう言って母さんは坐り直し、こちらを真っ直ぐに見つめ、話し始める。
「もし、 "あなたを殺す" ためだけを目標にした殺人鬼がいたとする。...あなたはどうするの?」
「...戦う。」
「それは何故?」
「...周りの人が、危ないから。」
「あなたを殺す為だけに来ているの。」
「...。」
俺は押し黙る。そんな話、あるわけないが...例えだ。
自分に置き換え、少しの間考えてみても全く分からなかった。
「...ね?戦うメリットはない...。もしかすると、あなたが本当に殺されるかもしれない。
...今も、そんな状況じゃない?」
「...え...?」
「あなたは "何と" 戦っているの?」
「...わか...らない...。」
...本当に分からないのだ。今の俺が、誰と...何と戦っているのか。
ツバサちゃんは記憶喪失。守ると誓ったが、彼女がこれ以上、脅威に晒されるとは思わない。
彩美の母親も今となっては死んだ。
ならいっそ...楽になれば。
「...わかった...。...俺も戻る...。」
「...そう。話はそれだけよ。...またね。」
そう言って母さんは病室を出る。
...病室を出る時、顔は見えなかった。...なのに何故か、母さんが苦しんでいるように見えたのだ。
「...駿...ごめんね...。...お母さん何も出来なくて...!」
次の日も、俺はまた。
ツバサちゃんの病室の前にいた。
2回ドアをノックする。
「はーい。」
声が聞こえたのを確認し、 "重い" 扉を開く。
「あ!相沢くん!」
「よっ。今日も来たよ。」
「ありがとう!」
...やめてくれ。その笑顔を俺に見せないでくれ。
「今日はリンゴを持ってきた!剥くからなァ!!」
「なんで気合が入ってるのかは知らないけど...ありがとう!」
その笑顔が俺を苦しめる。
「よしっ!...あっ。」
「えっ?...もしかして包丁...。」
「それ以上は言わないで...。」
だが、今日で最後。
明るく、"さよなら" をしたい。
だから無理をしてでも。
「出来たー!!!」
「おぉ〜!すごいわねっ!」
明るく、振る舞いたいんだ。
「...話があるんだ。」
「え?なにかしら?」
遂にこの時が来た。
これでもう、全てにさよなら...だ。
「...俺、大阪に行く事になった。多分、戻ってこないんだ。」
「...え...?」
「...っ!ごめん!!」
「...ううん...。仕方ないものね...。...わかったわ...。
あっちでも、元気でね!」
「...おう!じゃあ...な...。」
涙を堪え、扉へ歩く。
色々なことがあったのだ。...泣いても、いい筈。何も戻ってこないのは分かっている。だが、今まで過ごした日々を、心に刻み込むために。
ツバサちゃんと過ごした...輝いた日々は、永久の過去になる。
...だけど、それで良い。
俺は、彼女が幸せになってくれれば、それでいい。
なのに、君は。
「...っ!!」
「...どうしたんだ?...手なんか掴んで...っ!?」
なんで俺を。
「待って!...待って...よぉっ...!」
抱きしめるの。
「何でか分からない!でも...私がっ!もう一人の私がっ!
"絶対に離すな" って...言ってるのっ...。」
「...え!?」
「...分からないわよ...っ...なんで涙が出てくるのっ...!」
...もしかしたら。
その可能性に、賭けてみる。
「... "ツバサちゃん" 。」
そう発した瞬間、彼女の腕の力が強くなる。
もう少しで。
「...もっと...っ!」
「"ツバサちゃん" 。」
「...っ...!」
「...ずっと、呼び続けるから。安心してくれ...。」
もう少しで、記憶が戻るかもしれない。
そんな僅かな希望を胸に、俺は彼女の名前を呼び続ける。
その内に彼女は泣き疲れたのか、寝てしまった。
「...おやすみ、ツバサちゃん。」
「...あれ...?」
病室で眼が覚める。
何故病室にいるのか。何故ベッドの上にいるのか。
何もわからない。
だが下を見下ろすと、涙の跡が残っている、彼の顔が。
今は寝てしまっているが、しっかりと暖かみを感じる。
そして、こう呟く。
「...ただいま。駿くん。」
「...おか...ぇ...ツバサ...ちゃ...。」
「...ふふっ♪」
...彼の寝顔や寝言を聞き、静かに笑った。
駿くん...良かったのぉ...良かったのぉ...
ってことで、36話終了です!
...実は前回の次回予告、次次回予告なんです。(言い訳)
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