太陽が東から上った回数が35040回。
上を眺め、太陽が東から上るたびに、近くにあった倒木に正の字を刻んでいった。それを数えると35040。
つまり、この世界に来て、96年も経っていた。
それなのに俺はこの樹海にいたままだ。しかも、獣を封じた場所にずっといた。
どうやら俺は、この場から離れることを無意識のうちに拒んでいたのかもしれない。
もしかしたらまた、あの獣に出くわすかもしれないから。
あの獣はトラウマというものを残していってくれた。
たとえ、能力があろうとも、あんな獣とは会いたくない。
それに未知という恐怖もある。もしかしたらこの世界に、元の世界にいなかったあんな獣みたいな奴が蔓延っていたなら、確実に詰む。
まあそんな感じで、96年も同じ場所に居続けた。居続けたといっても、さすがあんな獣に来てもらうのは嫌なので、頑張ってまわりをバリケードで張りながら生活していた。
ちなみに俺は何も喰わずに生きていけるらしい。実際に10年、何も喰わず生きていけたが、体のほうが何ら変わらず。全く飢えなかった。
ただ、何も食わずにいるのは精神衛生的によろしくないので、定期的に何かを食べている。
今まで食ってきたものは、俺を襲ってきた獣だ。
実は封印する程度の能力で封印されたものは、俺の意志で封印から解くことが出来る。俺は獣を一旦、封印から解除し、干渉する程度の能力で獣の"生命活動"に干渉。生命活動を停止させることによって獣を死に追いやった。
それを俺は今まで食ってきたのだ。
そして思えば、俺は100歳を余裕で超えている。しかし、近くにある池たまりで顔を見ても、この世界に来た当時の顔と全然変わっていない。もはや人間ではないのかもしれない。老知らずの存在になってしまった。
ここで96年過ごしてきたが、なんにも変わらない。そしてこの先、此処にいても何も変わらないだろう。俺はそう思い始めた。
ならば、この樹海から脱出しよう。
こうして俺は、樹海のなかで、宛もなく歩き続ける。
しばらく歩き、段々と足が疲れてくる。もう少し歩いたら休憩しようかなと思った瞬間、俺は見てしまった。
それは人影。
今まで96年間、この樹海で暮らしてきたが、人を見たことがない。この樹海で人は自分だけだと思っていた。
しかし、たった今、俺は見てしまったのだ。人みたいなものを。
木と木の間の先に、白っぽい服を着た、女の人が。
それを見た俺は、こう思ってしまう。
まさか……幽霊?
友達が青木ケ原樹海で幽霊を見たように。
この樹海でもいるのか。そう思ってしまう
その人は、印象的には清楚な美人。黒髪は腰まで届いており、艶がある。俺はこれほどの美人を見たことが無い。いや、96年、ぼっちで暮らしてきたので、女というものを忘れてしまったのかもしれない。
しかし、その女の人を見ると、久しく忘れていた情というものを、体の奥底から沸き上がってくる。これが男の性というものか。
女の人は正座して、俯いている。表情は暗い。
どうやら何かを見ているようだ。蛇がたくさん丸まった球状のものが手の上にあり、それを見ているらしい。
不意にその女性は顔を上げた。そして木と木の間にいる俺を見つけたようだ。
その女性は、俺がいることに気づいて、驚いた顔をしている。
しばらく間がたった時、女性の口から美しい声が聞こえた。
「あの……」
どうやら俺は呼ばれているらしい。そう感じた俺は、女性のもとへ行く。
「どうしたの?」
と、俺はその女性に問いかける。
その女性は、何か迷っているような顔をしている。一体何を迷っているのだろうか。
俺は女性に問いかけてから、しばらく待つ。
数分経つと、その女性は決心したような顔をした。
「いきなりの初対面で失礼ですが、お願いします!助けて下さい!なんでもしますから、どうか……お願いします!」
いきなり救いを求められた。女性はそう言うが、俺は状況を掴めない。一体何なんだろう?
「ま、まて。どうしたんだ?そう言われても、全く分からないのだが」
「えっと。これを見てください」
とその女性は蛇がたくさん纏わりついた、球状のものを差し出す。さっきまで女性が見ていたものだ。
「これは?」
女性を見た時から疑問に思っていたことを口に出す。蛇が沢山纏わりついたもの。気になって仕方なかったのだ。
「本来は、私の核である、"神霊玉"というものなのですが、"呪蛇"という、見ての通りの蛇に纏わりつき、この神霊玉を封印されてしまったのです」
「神霊玉?つまり貴方は神霊なのか?」
「はい。私は神霊でございます。ごく普通の神霊は、信仰を力として、そしてそれを依り代として存在しています。しかし私は信仰を必要としてはいません。この玉を依り代として存在してるのです」
女性はそう説明する。この神霊玉というのは、この女性が存在するために重要なものならしい。
そして女性は続ける。
「この神霊玉を呪蛇に封印されることは、命を取られるのと同義なのです。神霊玉を封印され、私の力や能力が使えなくなり、どうすることも出来ずにこの樹海で数万年も途方に暮れていました」
す、数万年も……。
俺が生きてきた人生よりも遥かに長い年月を、何も出来ずにいたのか。
「どうか……お願いします……助けてください……」
女性は涙声で綴るように言う。
そう言われてしまったら……断れない。まあ、元から断る気はなかったが。
その女性の核である、神霊玉を見てみる。そこには夥しい数の蛇がその玉に絡まついていた。
この蛇によって神霊玉は封印されている。
ならば、その封印を解けばいい。
最初は封印を解くならば、"封印する程度の能力"の封印を解く作用で、と思ったが、この能力で封印を解けるのは、"封印する程度の能力"で封印したものしか解けない。
ならば、この蛇を封印すればいいじゃないかと思ってしまったが、蛇によって封印しているこの神霊玉ごと封印してしまう可能性もある。
それはとても危険だ。ならば干渉すればいい。
蛇による封印に干渉。封印に干渉し、封印を解く。
干渉する程度の能力は、問答無用にどんどん干渉するのだ。意外とこの能力って使いやすいのかもしれない。そう思ってしまう。
封印を解除することによって蛇は神霊玉から弾かれた。しかし、またこの神霊玉を封印しようとするかもしれない。
ならば、この蛇を能力によって封印すればいい。
能力を発動し、この夥しい数の蛇を封印する。能力を発揮した時、頭にズキっと来たが、気にするものではない。
これによって、神霊玉は解かれた。
解かれた神霊玉は、今までに封印されてきた分を取り戻すかのように光り輝いていた。その神々しさと美しさに、数分、見惚れてしまった。
神霊玉を解かれるのと同時に、女性の顔に、生気が漲っていく。
「あ、ありがとうございます!」
と女性はお礼をする。その女性の目には、涙で一杯だった。
「それで助かったんだな?」
とその女性に確認をする。
「は、はい!……これは?」
神霊の女性は答えるが、神霊玉になにかあったらしく、女性は神霊玉を見つめる。
もしかして、俺、その神霊玉に何かやらかした?
「ど、どうした?」
と、恐る恐る神霊の女性に聞いてみる。
「あっ、この神霊玉を持ってみてください」
神霊の女性に聞いたら、神霊玉を渡され、持たされた。
我が手に移ったこの神霊玉に動きが生じた。神霊玉は俺の体のなかにゆっくりと入っていったのだ。
そしていつの間にか、完全に体の中に入ってしまい、目に見えなくなってしまった。
ど、どうしよう。これ。神霊玉はその女性の命といってもいい唯一無二のものだ。 それが俺の体の中に入ってしまった。ホントにどうしよう。
女性は神霊玉が俺の体の中に入っていくのをまじまじと見ていた。
そして、
「どうやら、相性は抜群のようですね……」
と、神霊の女性は呟く。
その呟きによって、さらなる混乱が俺を襲った。
相性が抜群?いったい何が?そして神霊玉が俺の体の中に入ったのにこの女性はなんともないのか?
「ど、どういうこと?」
「私の核たる神霊玉は、基本的に排他的なのです。しかし神霊玉は貴方様の体の中に入っていった……。つまり、神霊玉は貴方様を認め、貴方様を受け入れたのです。そして私は……」
と、ここで女性は言葉を止める。そして女性の顔がとびっきりの笑顔になり、言葉を続ける。
「これから、貴方様を第一に考え、誠心誠意に、絶対の忠誠をもって貴方様に仕えます」
その女性の朱く染まった表情は、何よりも、美しかった。
……
「なんでそうなるの?」
俺はその女性に対する疑問が尽きない。
「私は貴方様に助けて頂き、そして神霊玉は貴方様を受け入れました。なので貴方様に仕えるのは当然なのです。それに私は『なんでもします』と言いました。ですから、私をなんなりとお使いくださいね。主様♪」
そう言われても……。
そもそもこの女性は神霊。つまり神様である。
たかが人間?な俺に神様が仕えるのは、いくらなんでもおかしい。逆はあるかもしれないが。
その女性はさらに言葉を続ける。
「そして、度重なるお願いではございますが、私に名前をつけて頂きたいのです」
と女性は俺に名前をつけてくれと欲する。
「いやいや、神なら名前があるはずでは?」
「はい、確かに私には神としての名はあります。しかし私の神霊玉は呪蛇によって封印された……。つまり、一度死んだのです。そして主様によって神霊玉は封印から解かれました。これは生まれ変わったのも同然なのです。そして私は主様にお仕えするのです。ですから、私は新たに名を欲するのでございます」
女性はどうしても名前が欲しいとのこと。
ならば……
「"亜月"でどうだ?」
「わあ、ありがとうございます!」
どうやら俺の考えた名前は受け入れられたようだ。
……
亜月といろいろと情報を交わした。そして自己紹介もした。どうやら俺も自己紹介するのが忘れていたようで。
そして亜月のことについてどうしても知りたいこともある。
「主様……私の事を……知りたいのですね?」
なぜか妙にエロっぽく聞こえるのは気のせいだろうか。
俺が一番知りたいこと。それは……
「私の能力ですか?」
「そうだ。まあ、教えたくないなら教えなくてもいいが……」
「いえ、私は隠し事をしません。私の能力は"むすぶ程度の能力"です」
意外な能力だった。神様なので、何かを司る能力だと思っていたが……むすぶ?
「むすぶって結ぶ?」
「確かに、この能力では、何かと何かを結ぶことができます。しかしそれはこの能力で出来ることの一つに過ぎません」
何かと何かを結ぶことは出来るらしい。それが出来ることの一つに過ぎないのか。
「この能力の本質は、"ありとあらゆるものを創造・生産する"ことなのです。男と女を結べば新たな生命が産まれるように、何かを生み出すことが出来るのです」
とんでもない能力だった。ありとあらゆる物を創造・生産する……これが神の力なのか。
「な、なるほど……能力については分かった。あともう一つ、亜月という名前を付けたが、亜月の神としての名はなんだ?」
亜月の神としての名。つまり、神名。これも知りたかったことの一つである。
「はい、私の神名ですね。私の神名は……です」
亜月の神名を聞いて驚愕した。
俺はその神名を知っていたのだ。
元の世界で、家の近くにあった縁結びで有名な神社で、祀られている神の一柱の中に亜月の神名があったのだ。
俺はその神社で、縁を結んで欲しくて参拝したこともある。
俺はそのことを亜月に話した。
「結ばれているのではございませんか。私と」
とのこと。
どうやらご利益は実ったらしい。
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