中学3年生になってから1ヶ月、5月になるとぼくらはそろそろE組の生活に慣れ始めていた。教室に入って早々、学秀がパソコンとにらめっこしているのが目に入る。
「何やってるの?」
「ああ、渚か。ちょうど良かった。今日新任の英語教師が来るらしくてな」
「え!」
ぼくは思わず声を上げた。
何で知ってるの?!
「そこまで驚くことじゃないよ」
「何で知ってるのかなあって」
ぼくもそろそろかなとは思っていたけどまさか今日来るとは思ってもいなかった。
「暇だったんで烏間先生のパソコンをクラッキングしていたんだ」
暇だったからで教師のパソコンを覗き見する中学生がどこにいるんだ。まあ、学秀がハッキングにハマる原因を作ったのはぼくなんだけどさ。まさかここまでのめり込むとは思わないよね。
「ただ、情報があまりに少な過ぎるな。10ヶ国語程度の言語を操る殺し屋ってことしか分からない」
『……それってフランス語とかスペイン語も入る感じ?』
中国語で口走る。この外国語会話もそろそろ終幕か。
『だろうな』
『待てよ……みんなに気づかれずに悪口言えるね』
『渚はどんな教師を想定してるんだ?』
ぼくが普段からは考えられないような発言をしたので学秀は訝しげだった。
『世界最高レベルのビッチ』
気づけば口からするっと言葉が出てきていた。
イリーナ・イェラビッチ。彼女を殺し屋として尊敬はしているが、ぼくの中で彼女のことを一言で言い表すとしたらそれしかない。誰にでもディープキスをしてしまう軽さとか、ハニートラップが上手いところなどがいい例である。
思い出してみれば1周目の時は何とも思っていなかったが、2周目になるとさすがに自分が周りにどう見られているか理解してきたなあ。現在145センチのぼくは小学生に見られがちだ。ビッチ先生のように色仕掛けとはいかないにしろ、そういう小さい子(認めたくはないが)特有の暗殺が使えるんじゃないのか。
『泣き落としは学秀に通じたしね』
『何の話だ』
『もしかして、それ殺せんせーに関する情報?さすがだね』
ぼくは話をさっと別のことに取り替えた。パソコンのファイルにまとめられた細やかな情報はぼくが前に書いていたメモ帳とは比べ物にならないものだった。映像や写真付きで詳細に書いてある。
「おはよ〜。今日2人とも早いね〜」
中村さんが教室に入ってきた。どうやら彼女が今日の日直らしく、黒板に自分の名前を書き込んでいる。
「ところで渚ちゃん、もう告白はされたの?」
「へ、こくはく?」
どういう流れ?!
目を白黒させると彼女は肩を竦め、期待外れだとでも言いたげにため息を吐いた。
「その反応はまだか。浅野君も早くしないと取られちゃうよ〜」
「余計なお世話だ」
2人がひそひそと話す姿をきょとんとぼくは見つめていた。いつの間にあの2人仲良くなったんだろう。
中村さんに学秀が弄られている間に少しずつ生徒が登校してくる。その中には茅野もいて、隣の席のぼくらは世間話で盛り上がっていた。この間行ったメルの行きつけのカフェについてである。
「今日の帰りまた寄ろうよ!期間限定の桜パフェがすごいおいしそうなんだ〜」
ありがたい誘いではあったが、ぼくは首を横に振った。
「ごめん、今月はそろそろ金欠なんだ」
ぼくは苦々しい思いで断った。4月も終わり頃になると財政難になるのは1人暮らしでよくあることだ。ぼくは自炊で裏山から勝手に食材を取っていたりもするわけだけど、友達と帰りにカフェに寄るだけで出費は一気に飛んでいく。女子会なんてものをした日には1日で多額な資金が消えていくのだ。
「お、おい菅谷!チャンスだぞ!」
岡島君が菅谷君に囁く。その光景に何かおかしな予感をしつつも気になってしまうのは仕方のないことだ。
菅谷君がぼくに恐る恐る声を掛けた。
「あのさ、ちゃんとギャラは払うから絵のモデルやってくんないかな?」
「モデル……ああ!なんかそんなこと言ってたね。あの時頷いちゃったけど、ぼくでいいの?」
モデルなんてE組で探せばいくらでもいるのに。例えば片岡さんはスラッとしていてスタイルが良いし、速水さん辺りは人形みたいに整った顔をしている。人懐っこい笑みを見せる倉橋さんの絵も少し見てみたいと思うものだ。
1人思いを馳せていると、菅原君は何を言ってるのか意味不明だと言わんばかりに瞬きしていた。
「天使を描きたいんだよなあ。ギャラは5千円でどう?頼む!」
「のった」
ぼくは完全にお金に釣られてその話を受けることにした。横で茅野が絵のモデルかあと感心して呟いている。ぼくは少し彼女をからかいたくなった。
「今日なんか
「ふぁ?!」
普通では絶対出さないような奇声を出し茅野がびっくりした。
思った以上に面白い反応だった。やばい、楽しい。
「って話を学秀から聞いたんだよね」
「びっくりした……渚ひどいよ〜」
ほんとだけどね。
始業のベルが鳴り、烏間先生が殺せんせーと新しい英語の教師を連れて教室に入って来た。妙に殺せんせーにくっ付く外国人の女の人、その人こそが
「今日から来た新任の英語教師だ」
「イリーナ・イェラヴィッチです!みなさんよろしく♡」
……ものすごいキャラ崩壊を見た。
3月の段階での地味なビッチ先生を知っているぼくからすれば、彼女は双子の誰かなんじゃないかというぐらい違和感があった。
「何か殺せんせーにベタベタしてね?」
「巨乳……」
横で茅野が両手をない胸に当て目を炎のように燃やしている。それを見ないふりし、ぼくはぼそりと呟いた。
「何で男子はみんな釘付けになってるんだ」
岡島君やそこら辺の男子は鼻血を出しそうな勢いで谷間に魅入っている。みんなしっかりしてほしい。
もっとも殺せんせーが1番にやけて見ているのだが。殺せんせーの緩みきった顔はえろピンク色をしており、視線は谷間を向いていた。ビッチ先生がベタベタくっ付くとさらにデレデレになる。
「どうする学秀君?俺あーゆうの見るとすっごい悪戯仕掛けたくなるんだけど」
珍しく遅刻して来なかったカルマ君が後ろの席で学秀に尋ねていた。
「放っておけ。そのうち殺せなくて出て行くだろう」
その言葉に納得はいくものの、カルマ君は面白くなさそうにしていた。最近2人は最初の頃のような険悪な雰囲気が多少和らいだ。もちろん授業中に口論することも少なくないが、互いを良い意味でライバル視しており、同じ思考レベルで考えられる相手という認識もしている。その中には中村さんも入るのだが、彼女はあれでも女子をやっているので除外としよう。悪戯という点で考えて1番くっ付けてはいけないのはカルマ君と中村さんだが、そもそもこの2人はまだそこまで仲良くなっていない。
そのまま何事もなく昼休みに殺せんせーとぼくらが遊んでいると、ビッチ先生が殺せんせーにベトナムコーヒーを買わせに行かせた。ようやく彼女の暗殺が動き出すのだろう。
昼休み終了のベルが鳴り、磯貝君はクラスの代表として彼女に尋ねる。
「イリーナ……先生?授業始まりますけど」
先ほどとは別人の表情をしたイリーナ・イェラビッチがそこにはいた。煙草を吸っただけなのに大人の女性感が全身から現れる。さっきまでの色仕掛けで頬を染める女性はどこかに行ってしまったようだ。
「ああ、テキトーに自習でもしてなさい。それと、気安くファーストネームで呼ばないでくれる?あのタコがいないところで先生なんてするつもりないから。私のことはイェラヴィッチお姉様と呼びなさい」
「「「「…………」」」」
自分勝手な暗殺者が来たなと思っている周りにビッチ先生は全く気づかないようだ。カルマ君は相手を弄ぶ時のキラキラした笑みを彼女に向ける。
「で、どうすんのビッチ姉さん」
「略すな!」
「クラス総勢で殺せない相手1人で殺せんの?」
カルマ君は経験者なのでその難しさをよく理解している。しかし、彼にしては優しすぎるその忠告を彼女は切り捨てた。
「ガキね。大人にはね、大人のやり方っていうのがあるのよ」
彼女はピンヒールなのに全く転ぶこともなく草むらを歩き、ぼくがいるところまでやって来た。ぼくはヒヤヒヤして彼女を見上げる。
もしかしてやるのかな、アレ。
「浅野学秀ってあなたよね?」
が、どうやら彼女がぼくの付近に来たのは隣にいた学秀が目的のようだ。
「ああ、そうだが」
彼女は次の瞬間学秀にキスをしていた。彼女の舌が学秀の口の中を貪り、40hitもすると彼はぐったりしていた。
イリーナ・イェラビッチの行動に躊躇はなく、それは彼女がビッチと呼ばれる所以でもあった。しかしぼくはあまりにも彼女を見くびっていたのである。まさかあの浅野学秀を使おうとするなんて想像したこともなかったから。
「後で私のところに来なさい。他にも情報を持つ子は教えなさい。男子にはいいことするし、女子には男を貸すこともできるわ」
山の下から車でやって来た厳つい3人組から銃を受け取り、彼女は小さい子に言い聞かせるような口調で続ける。
「逆に私の暗殺を邪魔するような真似したら__________殺すわよ」
ぼくはふっと笑みをこぼした。この脅しほどぼくを冷静にさせるものはないからだ。
「殺す?
ぼくだってキスで人を気絶させるぐらいできる。10ヶ国語も話せないけど母国語含めて5カ国語程度なら平気だし、ぶっちゃけてしまうとハニートラップを得意とする運動派ではない暗殺者に戦闘で勝つぐらいの技量はあると思う。
彼女がすごいことはよく理解しているけど、最初の頃の彼女は嫌いだ。自意識過剰というか、暗殺のプロとして甘過ぎる。対先生弾しか効かないって烏間先生から聞かなかったのかとか、ぼくが臭いに敏感って忠告したはずなのに臭いの強めな鉛を選ぶところとか…………生徒の中で1番選んじゃいけない相手にディープキスするところとか。
「何だか色々ご愁傷様です」
「何で哀れんでるの」
片岡さんがぼくの呟きに返す。
「この中で1番学秀と付き合い長いから分かるんだけどさ」
ぼくは周りを見渡して言った。3年間A組だった生徒は疎かA組に居たことある生徒もこの中にはいない。
「
ぼくは少し身震いした。いつとは言わないけど彼が激怒した現場に遭遇したことがある。あの時の彼は支配者の風格を漂わせてはいたが、独裁者ヒトラーのようにどこか間違っていた。あんなの浅野学秀じゃない。第二のヒトラーだ。
(そんなにか?!)
全員はぼくの怯えようを見て理解したようだ。
「あ、浅野やっと意識戻ったか。大丈夫なのか?」
学秀を心配して付き添っていた磯貝君はようやく起き上がった彼の顔の前で手を振った。
「そうだな、正常に殺意が芽生える程度に大丈夫だ」
「それ全然大丈夫じゃないから?!」
ぼくは学秀が何をするのかと想像し頭が痛くなった。学秀に対するディープキスの罪状に死をもって償うという言葉が頭を駆け抜ける。
「カルマ、さっきは止めたがとびきりの悪戯をしろ」
「そんな偉そうに言われてもね〜。まっ、やるけどさあ」
カルマ君はかなり楽しそうに口笛を吹いていた。それは彼を知っているE組の生徒たちにとって黒猫や靴紐が切れるのと同じ感覚。俗に言う不幸の前兆である。
「お、おい……俺すご〜く嫌な予感がする」
「ちょっと止めてこい天使」
「そうだよ、天使ちゃん君にしか止められない!」
主に学秀(そしてカルマ君も含む)を恐れる男子勢によってぼくは学秀の前に押し出された。女子を犠牲にしようとするなんて腑に落ちないとぼくは抗議しようと思い、女子たちに視線で訴える。
彼女たちの答えは一致していた。すなわち、犠牲になってくれと。
「ええ!何でぼくが……」
仕方がないので話し合いをする学秀とカルマ君のところに忍び足で近づく。どうも気づかれていないようなのでぼくは学秀の服の裾を引っ張った。
「渚、どうした?」
「えっと学秀、あんまりやり過ぎないでね……」
声が細々となるのを感じつつ言うと、学秀は3秒ほど黙って答えた。
「心配しなくても殺しはしないよ」
君の中でのやり過ぎは死なの?!殺害なの?!
その後新任教師による暗殺は呆気なく終わり、手入れをたっぷりされたビッチ先生はレトロな体操着姿になっていた。
*
ビッチ先生に対する学秀の報復はカルマ君を巻き込んで行われた。彼女が教室に入ると頭上におもちゃの蜘蛛が降り、教卓の前に立つと床が抜けた。椅子に座ろうとすれば脚が折れて勢いよく地面に転げてしまう。地味な嫌がらせにビッチは半泣きでキレていた。それはもう拳銃を取り出して脅そうとするぐらいの勢いだ。終いには当たらないギリギリの場所に発砲していた。
「誰よ!!こんなふざけた真似したのは?!」
「誰だろ〜?」
「許せないな」
学秀とカルマ君が互いに言い合う。
(いや、お前らだろ!!)
クラス全員が心の中で突っ込んだ。E組生徒のほとんどがどちらかと言えば浅野学秀側、そして学秀とカルマ君を若干恐れていることもあり見てないふりをしている。
仕方なく彼女は立ったままタブレットを取り出し弄り始めた。しかし、すぐにイライラしたようだ。
「何でここWi-Fi遅いのよ!……あら、3-e free wifiっていうのがあったのね」
ビッチ先生はタブレットを叩いてて自分の気づかなかったWi-Fiを発見したようで喜んでそれに繋げた。
__________それが罠だと気付かずに。
彼女のタブレットからはどう考えても女の悲鳴が出されていた。どうやら学秀はタブレットを遠隔操作してホラー画像やグロ画像のフルコースを見せているらしい。
「What the……?!?!」
タブレットを放り投げて彼女は悲鳴を上げた。どう考えてもホラーの動画が勝手に再生されてる。彼女からしたらタブレットの画面が勝手に動き出すようにしか見えなかっただろう。
でもホラー動画だけですんでよかった。もう少し危ないものを予想していたのでぼくは少しホッとしていた。
「泡吹いて倒れてる」
「おー……ほっとこうぜ」
「巨乳だからバチが当たったんだよ!」
横でぷんすか怒っている茅野を宥めているとカルマ君がとても胡散臭い笑顔で近づいてきた。手には写真を持っている。
「渚ちゃん渚ちゃん。学秀君のキス画像いる?1枚100円で売るよ」
「あはは……遠慮しとく。カルマ君は相変わらずだね」
ぼくはスマホで上手く撮られた画像にカルマ君絶対楽しんでるなと確信した。
ちょっと待てよ。1周目の時はひょっとしてぼくも撮られてたのかな?影でこんな感じにキスシーンが出回ってたの?!
「何撮ってるんだお前!」
「いや〜……いいもん撮ったな〜久々に。思わず30枚刷ったよ」
カルマ君は写真の束を見せた。学秀はそれを取り上げようとするが、瞬時に避けられてしまう。
「おい、全部貸せ。捨てる」
「1枚100円〜」
カルマ君は手を突き出して金を要求した。彼の常套手段だ。
「くっ……買うから貸せ「あ、データは7千円ね」」
「……お前ふざけてるのか?」
「こればっかりは商売だからね〜」
「1万やるからデータ消して写真よこせ!」
2人の言い争いを止めにいく途中、ぼくは学秀のパソコンをふと覗いてしまい、そこに殺せんせーに''お手入れ''されるビッチ先生の動画があることに首を傾げた。
「え、何でこんなの持ってるの?」
「岡島が校内のあちこちにカメラを仕込んで殺せんせーの動向を把握しているんだよ。その中の一つであの女の手入れ動画が撮れたわけだ」
面倒だから確認も再生もしないがと学秀は語る。
「……それどうするの?」
「晒すに決まってるだろう」
やっぱりあの浅野学秀の恨みがホラー動画と悪戯程度で終わるわけないよね。そりゃあネットの世界で晒されて屈辱を味わうぐらいじゃなきゃ腹の虫がおさまるわけないか。
およそ5分に及ぶビッチ先生のお手入れ動画はその日の内にネットで話題を呼び、殺せんせーは上手くできたCGとして好評だった。ただ、5分の間に殺せんせーが何をしたのかについてはノーコメントとさせていただこう。きっとまだ中学生のぼくたちは見てはいけないものだと確信を持って言えた。
*
翌日、ぼくらはまた新任教師による英語の授業があることに疲労を感じていた。サボタージュかボイコットしようという案も出ていたが、それは殺せんせーによって止められてしまったのだ。
「どうせまた自習だろじ・しゅ・う!」
寺坂君が大きい声で言った時、それは運悪くも本人がドアを開けたところだった。全員がボイコットのために投げるものを用意している。学秀に至ってはパソコンを取り出してまた何かしようとしている様子だった。ところがその標的はタブレットを持っておらず、手ぶらで黒板の前まで歩いていくとチョークで文字を書き込んだのだ。
「You are incredible in bed!
ポカンと口を開ける生徒たちは渋々その言葉を口にする。ぼくは意味を知っていたので学秀の方を見てアイコンタクトを取った。ぼくと視線が合わず無表情を見る限り、どうやら考え事をしているらしい。
「ある潜入で標的が私に言った言葉よ。意味はベッドの中の君はスゴイよ♡」
(中学生に何て文読ませるんだよ!)
『なるほど、さすがビッチだな』
学秀がわざとらしく大きめのフランス語で漏らす。彼女は学秀の声に反応したがそれを無視することに決めたらしく、そのまま続ける。
「私の授業では実践的な英会話術を教えるわ。語学を学ぶのにはその国の恋人を作るのが手っ取り早いと言われてるわね。私はその方法で語学を身につけてきたわ」
学秀もかなり話せるけど彼の場合は外国に人脈があるのが大きいだろう。夏休みによく留学していたという話を聞いたことがある。
「私に教えられるのはあくまで実践的な会話術だけ。受験で使う英語はあのタコに教わることね」
『意外とまともなこと言ってるが、あいつは本当に昨日と同じ奴なんだろうな?』
学秀が疑わしげに後ろからスペイン語で声をかけてきた。
『そんなに疑わなくても同じ先生だからね』
ぼくもそれに対して返す。ビッチ先生はそんなぼくらに目をつけたようで、『話ぐらい聞きなさいよ!』とスペイン語で言った。
「そこの
ぼくらは自分たちのことを言われていることに気づき、びくりと身体を硬直させる。今のスペイン語の発音はぼくが聞いたどんなものより美しく、何故か色気を含んでいた。学秀も口をつぐんでしまったところを見ると、彼にもあそこまで綺麗な発音はできないんじゃないのかと思われる。
「それであんたたちが私を認めないと判断したら潔くこの教室を去るわ。それで文句ないわよね?……あと、いろいろ悪かったわよ」
しょぼんと顔を俯けてビッチ先生は謝った。素直にごめんなさいと言えないところが彼女らしい。
そんな謝罪にE組が返す答え。それは__________
「「「「「あははははは!」」」」
笑い声だった。
「何びびってんのさ」
「この前まで殺すとか言ってたくせに」
「もうビッチ姉さんなんて呼べないね」
「よくよく考えたら酷いあだ名だよなあ」
「ねっ、先生に失礼だったよね〜」
クラスの彼方此方から手の平を返したように新任教師のことを認める声が飛び交った。
「あんたたち……分かってくれたのね」
彼女はじわりと涙を浮かべる。さすがに昨日のあれはかなり効いたらしい。1周目より悪化していたからなあ。気絶するまで追い込んじゃったし__________クラスの2人が、だけど。
「じゃ__________ビッチ先生で!」
悪意の無いあだ名認定に彼女の涙が引っ込んだ。普通にイリーナ先生と呼ばれるとでも思っていたのだろうか。最初の自己紹介でファーストネームで呼ぶなと言われ、それでもなお呼ぼうなんて誰も思わないだろう。
「…………気安くファーストネームで呼んでくれても構わないのよ?みんなせっかくだからビッチから離れてみない?ねっ?」
自分のあだ名のために必死になるビッチ先生とは対照的に、E組のみんなはもうあだ名は決まったとばかりの対応だった。別にイェラビッチがエロビッチになってもビッチ姉さんでも悪いあだ名ではないけど、先生の方がいいよねと思っているのが丸わかりである。
「もう定着しちゃったもん〜」
倉橋さんが悪意のない笑みでそう口にする。
「今さらイリーナ先生なんて呼べないよね」
口々にそう言う生徒たちを見てビッチ先生の眉間にしわが寄っていく。生徒の何人かはイリーナ先生と呼ぶ人もいるが、極少数派だ。
「キーーーーッ!やっぱり嫌いよあんたたち!!」
こうしてビッチ先生は無事にE組に迎えられた。ついでに言うとビッチ先生のお手入れ動画は消されることなく、ネット上で殿堂入りしたらしいと後で岡島君に聞いた。
『ねえ、学秀』
ぼくはどうでもいいことを思い出し、ビッチ先生がいることも構わずに後ろに向かってフランス語で言った。
『なんだ?』
『ね、ディープキスで気絶はできるんだよ?』
学秀の何とも言い難い表情を前にぼくは微笑む。ビッチ先生が早速英会話のちょっぴり刺激の強い授業をするのを聴き流し、倉橋さんと矢田さんがクスクス笑いながら彼女の会話術に飲み込まれてゆく様を見ていた。
会話術を学ぶならこの2人みたいにビッチ先生から学ぶのが1番だろうなあ。殺し屋になるために出来ることだったら何でもやるべきだしね。
新しくやることが出来たことに喜びを感じ、ぼくはその後倉橋さんと矢田さんを誘いビッチ先生の元に行ったのだった。
原作からの変更点
・若干パソコンオタク化してる気もする学秀君
・ビッチ先生はキスする相手を間違えたようです
・学秀君の報復。これでも渚ちゃんの発言で少しは和らいだらしい
言い忘れていましたが、原作の平和な個人回は余程のことがない限り飛ばします。渚が女子化、浅野学秀1人加わったところで展開がほぼ原作通りなのは目に見えてますからね。大体同じ感じだったんだろうなと思っていてください。
それから原作は全部読んだんですが、手元にないのでこんな流れだったなーと思いながら書いてます。原作のセリフって変えない方がいいのか分かりませんが……何か矛盾があったら指摘お願いします。長文失礼しました。