本校舎での集会は通常昼休みの後に行われる。E組のぼくらは昼休みを返上して校舎に向かい、他のクラスより早く着いていなくてはならないという決まりがあった。
「だから今日は早弁しても許される日なのよ」
原さんがご飯を頬張りながら殺せんせーに解説をする。昼休みを返上、その意味はE組にとっては集会のある日の昼休みにお弁当を食べる時間がゼロに等しいということでもあった。そのため最初の休み時間でクラスのほぼ全員が早弁を始めるのだ。
「あれ、天使ちゃんはいいの?」
倉橋さんがぼくに訊く。ぼくはクラスでも少ないお弁当を広げていない生徒の一人だったからだ。カルマ君も早弁はしない主義とのことでいちご煮オレを握りしめてイヤホンを付けていた。
「うん。せっかくだから昼食は自分で狩ろうかと思ってさ」
「自分で狩る……ってどゆこと?!」
茅野がええ?!っと驚いて声をあげた。
「集会の日はいつもそうだよね」
磯貝君は驚くこともなく頷く。集会の日は大抵本校舎に行く道の途中で採れたキノコや山菜を帰ってから調理して昼食を食べることにしている。その際磯貝君にお裾分けしていたので彼はその事を知っているわけだ。
「せんせー集会行きたい」
触手を咥え駄々をこねる子供のように殺せんせーは呟いた。一瞬固まったE組勢だったが、すぐに意見し始める。
「国家機密が何言ってるんだよ!」
「身体タコのくせに集会に参加できねーって」
「この前だってビッチ先生の手入れ動画の事で烏間先生に怒られてたじゃん」
生徒たちがお弁当を食べながら殺せんせーに対して批難の声を露わにした。それに対抗するのは殺せんせーのみだ。
「先生こう見えて変装スキル高いんですよ?!」
どこがだ。殺せんせーのギリギリ人間な変装を思い出し苦笑いをする。よくあれで3月までバレてなかったものだ。いや、人外なことはバレてそうだ。
ぼくは4時間目が終わると体操着の短パンをスカートの下に履きストレッチをした。フリーランニングをする前は軽い気持ちで行くと事故を起こすからだ。そういうことの心配をしそうな学秀は集会に向けて生徒会の仕事があるとのことでA組にいるらしい。集会の日は色んな意味でフリーランニングの練習にはかなりうってつけの日である。
「渚ちゃん見て見て」
原さんの声にぼくは振り返った。原さんはメルを抱き抱えている。ぼくはメルが椚ヶ丘の制服のような服を着ていることに気づいて少し笑った。頭には三つ編みのカツラを付けさせられていた。着せてる側は楽しいが、着ている側はお地蔵のように無表情で固まっている。でも猫なので嫌とも言えないようだ。
「メルの制服作ったのよ」
「原さんは相変わらず器用だね」
女子たちがメルを囲んで「かわいいー!」と悲鳴に近い声を出していた。写メを撮るところを見ると彼女たちはこういうものに目がないようだ。殺せんせーがお腹を抱えて笑ってる。
「笑わないでよタコのクセに、って言ってるよ」
倉橋さんが親切に通訳した。そんな彼女は真っ先に待ち受けをメルの寝顔から撮ったばかりの制服姿の写真に変えていたりとかなりメルに毒されている。
「にゅやっ、タコのクセにとは失礼なっ!」
「うん、タコに失礼だよね〜」
カルマ君はいつもの不敵な笑みを浮かべ、若干おこな先生に構わず銃を撃った。
「そうだ、メルも集会連れていこうよ」
「いいね!制服着てるから大丈夫じゃない?」
(いや、だめだろ)
女子に比べて多少冷静な男子たちが一斉にツッコむ。そもそも1周目のE組女子はもう少し冷静沈着だったはずだ。これがこうも変わってしまったのだから猫の威力は恐るべしといったところか。
「先生だけのけ者……ぼっちせんせー」
「最近ぼっちキャラは人気が高いわよね。でもそれは他の作品の独壇場だわ」
「……不破さん?」
ふっふっふっとキメ顔をする彼女にぼくは訊き返した。不破さんはよくわけの分からない話をする。
話を戻すと、結局メルはぼくについてきた。キノコや山菜なんて言ったが、最終的にぼくの目的はフリーランニングの練習であり、メルの食べ過ぎと運動不足を解消するのにはもってこいだ。ぼくはキノコを採取しながら独り言のような感じでメルに愚痴っていった。
「殺せんせー殺すより茅野救う方法考えなきゃなあ……」
「にゃー」
タマゴタケを発見し、ぼくは喜んでそれを袋に入れた。これは何度食べても美味しい絶品だ。椎茸や松茸もあるが、個人的にはこれが1番である。
ふと目を凝らすと栗のような物体が見える。ぼくが首を捻っているとメルがその物体を追いかけて撃退した。屍となった物体はよく見ると知っている顔だった。
なんだ、野生のくぬどんか。一瞬大きい栗が歩いているのかと思ったよ。
「それでさ、一つ思い浮かんだけどちょっと悩むんだよね。失敗するかもしれないし」
ぼくは話の続きをする。その間に山菜の幾つかは採取し終え、木を伝い本校舎への近道を辿っていった。
メルはそれに器用についてくる。身のこなしが速いのはさすが元死神の飼い猫だ。
「触手見た時さ、それが答えのような気がしたんだ」
メルはぼくの顔をじっと見つめていた。倉橋さんではないので意味は分からないが、この顔は「ほんとに触手を使う気なの?」と言ったところか。諭されているような気がしてバツが悪くなる。ぼくは地面を向いて小石を蹴飛ばした。
「……なんてね。まだ付けてないよ」
「にゃー」
「猫にこんな相談しても分かるわけないよね。んー、今日は天ぷらかな」
ビニール袋に入った採れたキノコと山菜を見てぼくは今日の献立を考えていた。フリーランニングで木から木に移りながら本校舎に行っているとあっという間に辿り着いてしまう。E組のほとんど使われていない下駄箱に袋を突っ込む。E組のみんなは既に整列しており、まだ他の組の生徒は来ていないようだった。
「渚ちゃんギリギリ間に合ったね」
岡野さんがほっとしたように言った。E組の生徒は他の生徒より早く着いていないと文句を言われるからだ。待つこと1、2分。ようやく他のクラスの生徒たちが体育館に入ってきた。
その後すぐ、彼らの関心はすぐにE組に向けられた。特にぼくへの視線が多い。
「あれE組の堕天使じゃね?」
「浅野君誑かしてE組に誘い込んでるらしいよ」
「天使ちゃんマジ天使」
「ビッチだわ。マジやべー」
「顔はかわいいよな」
「えー大したことなくない?」
賞賛と貶し文句の数は半々ぐらいだ。それは主に男女で分かれていて、女子のほぼ全員はぼくの悪口を言っていた。色々あって反感を買ったのが大きい。逆に男子は好意的な声が多く、未だに大量の手紙が下駄箱に入っているところを見ると嫌われていないようだ。
「山の上から大変だったでしょ?おつかれ〜天使ちゃん」
わざわざ嫌味を言ってくる女子に向かってぼくはにっこりと微笑んだ。
「心配してくれてありがと。優しいね」
その女子はその返され方を予測していなかったようだった。彼女はぼくの笑顔に怯んで列に戻っていった。そういえばあの子は誰だろう。見たことないけど。
しばらくすると通常通り校長のいつものつまらない話が始まり、ぼくらは長々と退屈な思いをしなければならなくなった。たまに挟まれるE組いびりの時にみんなが俯く瞬間が耐えられない。
「要するにみなさんは将来この国を背負うエリートになるわけです。が、油断しているとどうしようもない誰かさんたちみたいになっちゃいますよ?」
「「「「あはははは!」」」」
E組以外の生徒たちが校長の声に合わせて笑い出す。校長の話で笑えるポイントはどうやらここしかないらしい。悲しいことだ。序でに言ってしまえば「校長も油断していると髪がだんだん無くなっちゃうよ?」と言いたいのを我慢していたりする。3月終わりにもなると確か8割ほど抜け落ちていたはずだ。ドンマイ。
「こら、みんな笑いすぎでしょう!先生も言い過ぎました」
笑いを堪えきれないといった顔をする校長から目を逸らし、A組の列にいる学秀に目をやった。笑っているのかと思ったら、彼もちょうどこちらを向いていたようで目が合う。しかしすぐに逸らされた。彼にとってこの状況で目が合うのは気まずいのだろう。
「続いて、生徒会からのお知らせです。生徒会の生徒は準備をしてください」
放送が流れ、3年A組の生徒数名が舞台に上がっていった。突然磯貝君が思い出したように学秀の話を始める。
「浅野のやつ、E組監視役の件、生徒会の仕事として正式発表するらしいぞ」
「へえ、学秀も色々考えてるんだね」
実際のところ学秀はE組で暗殺をすることにとても満足していた。その一方で本校舎の生徒たちをまとめる生徒会長も彼の性格上完璧にこなしたいはずだ。A組には彼がいないことに不満を持つ生徒も少なからずいる。しかし、E組監視役という建前がある限り彼らは文句を言えないわけだ。
「ナイフケースデコったの可愛くない?」
「わあ、かわいい〜」
後ろで中村さんと倉橋さんが楽しげにナイフケースを見せ合っている。最近E組女子の間でナイフケースを可愛くデザインするのが流行っている。茅野のケースはスイーツ尽くしな薄ピンク系統のデザインになっていて、ぼくのも茅野と色違いな寒色系のデザインで飾り立てられていた。
とにかく、そのナイフケースを見せ合う行為はE組では日常的な光景なわけだ。しかし集会中に行うのを烏間先生が見逃すはずもなく、険しい形相で2人を叱りつけている。ふと後ろの方を見るとビッチ先生がモデル歩きで颯爽と登場していた。杉野君によるとさっきまでヘトヘトに疲れていたのだという。全くそうは見えない。
『学秀とタコがいないからちょうどいいわ。渚、ちょっといいかしら?』
フランス語で尋ねられ、ぼくはビッチ先生がぼくの隣に来ていたことに気づいた。どうやらぼくに用があったようだ。
『どうしたの?』
『学秀のやつ、私にあのタコの情報全部見せてくれなかったのよ。酷いと思わない?』
むすっとして綺麗な唇を噛み締める。彼女は色仕掛けがあまり効かない男は苦手らしい。それには学秀も含まれており、ついこの間ディープキスを食らったばかりだからか彼のビッチ先生への態度は冷たい。
『学秀にだって隠したいことぐらいあるよ』
そもそも学秀が自分で集めた情報を他の人に見せようとするとは考え難い。ぼくだってデータの半分も見ていないのだ。来てばかりのビッチ先生には3割も見せていないのだろう。
『だ・か・らぁ、渚〜?この前教えたハニートラップ使いなさいよ』
ビッチ先生はいやらしく指先でぼくの顎をくいっと上に上げた。ぼくはカァッと耳まで真っ赤になってしまい、首を横に激しく振った。ハニートラップなんて想像するだけで恥ずかし死ぬ。
『な、何でぼくがそんなこと……』
『あんたがやった方が効果あるからに決まってるじゃない。そうだわ、これ今日の宿題ね?』
ビッチ先生とぼくのハニートラップなら先生の方が遥かに優れているはずなんだけどなあ。いや、学秀の好みは年上じゃないのかも。同い年ぐらいの女子の方が効果があるのも頷ける。
もともとぼくのような女性暗殺者にはこういう手は必要だ。殺し屋になるなら考えた方がいいだろう。
『ビッチ先生がそんなに言うなら……練習になるしやってみよっかな。学秀から殺せんせーのデータを貰えればいいんだよね?』
『ええ。あんたならやれるって信じてるわ!今日の放課後に__________』
「おい、イリーナ。何やってる」
ビッチ先生が烏間先生に連れて行かれたのでぼくが舞台に目を戻すと、ちょうど荒井君が生徒会についての説明をするところだった。案の定E組の分のプリントがない。
「あの、E組の分のプリントまだなんですが」
1番前の磯貝君が手を挙げて言うと、荒井君は意地悪そうに笑った。
「あっれ〜おかしいなあ。ごめんなさい、3-Eの分忘れてました!すいませんけど、全部記憶して帰ってくださ〜い」
来たよ、この展開。
生徒たちの笑い声で包まれる中、凄まじいスピードがE組の列を駆け抜けた。マッハ20の怪物、殺せんせーだ。
「問題ありませんねえ、全員分の手書きのコピーがあるので」
下手な変装をした殺せんせーが鉛筆をくるくる回していた。磯貝君はそれに頷き、顔に明るさを取り戻す。
「E組の分ありますので続けてください」
「え……は、誰だよ笑いどころ潰したやつ__________ゴホン。ではまずは今年度生徒会の活動について__________」
その後は殺せんせーがいたおかげでぼくらは堂々と立っていられた。横目で見えた学秀は殺せんせーの変装に対して笑いを堪えているように見えた。
「さて、E組監視役については生徒会長の浅野君が説明してくれます。壇上にどうぞ!」
学秀はA組の最前列から前に進みでるとマイクの前で全体を見下ろした。
「こんにちは。生徒会長兼A組の浅野学秀です。結論から言いましょう。僕は次の中間テストでE組の成績水準レベルを上げる予定です。最終的には今のA組と同じぐらいになるでしょう」
E組を含めた全校生徒が騒めきたった。彼は今、椚ヶ丘学園の暗黙のルールを破ろうとしていたからだ。E組がA組の同等?そんなことこの学校では許されていない。
「ねえ、どういうこと?」
「浅野君言い間違えたのかな?」
「E組がA組と同等って……俺らの立場がなくなるじゃねーかよ」
「おれ成績ギリギリなんだけど」
生徒たちのほとんどが意見を交換し合っていた。学秀は一つ大きな溜め息を吐く。
「黙れ」
学秀の威圧的な一言で教師までもが口を閉ざしてしまう。ぼくはぞくりとした。彼は一体……
「下剋上をしようと企む凡人に僕らが勝つためには何をすればいいか。その答えは簡単じゃないか。僕らが更に高みに到達すればいい。E組の成績が上がった?なら僕らの成績だって上がるはずだ。敗者を見下し続けたければ勝者が努力するのが道理というものだ」
彼の言葉を信者のように黙って聞く生徒たちはもはや洗脳されたかのようだった。ここまで来てぼくは確信する。彼は1周目の浅野学秀じゃないのだと。
頂点に君臨する王者の如くふっと少し微笑み、学秀はまた続けた。
「ここにE組の平均より成績の劣った生徒に放課後の補習クラスを義務付けることを嘆願する署名書があります。この補習クラスはE組とまでは行かないものの、次のテストまで本校舎での権利を50%没取します。E組に負ける気のないという生徒は速やかに署名しに来てください」
ほとんど脅しのような話だが、誰1人としてそれを断ろうとする生徒や反抗する生徒はいない。彼らは浅野学秀に丸め込まれたのだ。
「署名しなきゃ」
「署名署名」
「しょめいしょめいしょめい……」
洗脳にかかったようにぶつぶつ呟く生徒たちを見てぼくはしてやられたと思った。E組の成績が上がるであろうことを学秀は察知した。だから先に手を打ったのだ。E組がA組と同等という話を信じるかどうかは分からないが、何しろぼくのような生徒もE組にはいる。E組の平均点より下というのは少々ハードルが高かったりするのだ。これで今回の平均点はかなり上がるだろう。従ってE組の生徒は成績50位以内に入りにくくなるだろうし、期末テストの時のような賭けが成立するかすら疑問だ。
そして、学秀自体も1周目とは違う。殺せんせーというE組の武器を知っていることで、E組だからという油断をすることなくE組の地位をとどめることに専念するつもりのようだ。どういうわけか理事長の洗脳技術を習得したのは2周目ならではの変化か。それともぼくが彼を変えてしまったのか。
「やっぱり浅野は浅野か」
そう、E組の1人が呟いた。それは学秀を侮辱しているというよりも、彼という人物を理解した上での一言なのだ。E組にいる間、彼は暗殺者としては心強い味方だ。一方でE組を出れば生徒会長としてE組を差別する代表をしなければならない。
「あいつはあくまで監視役だから仕方ないよ」
優しい磯貝君が皆に言い聞かせるも、納得している生徒はいなかった。
*
集会が終わり、E組校舎に向かう茅野に先に行っているように言い自動販売機のある購買へと向かった。自動販売機の前でコインを投入していると肩を軽く叩かれる。
「久しぶりだね〜、渚ちゃん?」
少し大人びた雰囲気に変わった姫希さんだった。ぼくはちょうど飲み物を買おうと思い午前の紅茶ミルクティーのボタンを押したところだった。彼女はその様子を見て懐かしさを感じたのかふわりと優しげな微笑みを浮かべる。
「相変わらず好きだね、午前ティーシリーズ」
「……姫希さんもね」
姫希さんの手にある午前の紅茶 無糖を見て呟く。ぼくたちにある共通点の1つとして、午前ティーファンだということがあった。しかし、その好みは正反対であり、甘々なミルクティーを好むぼくと違い彼女は麦茶に等しい無糖をよく飲んでいる。
「渚ちゃんがA組に戻って来ればいいのに」
唐突に切り替えられた話にぼくは相手の目を見つめた。意識の波長から読め取れる黒い感情から思いを察する。
「それはぼくに帰ってきてほしいの?それとも学秀のこと?」
図星を突かれた顔をする姫希さんを一瞥し、ぼくはE組への道を辿ろうとする。しかしそれは腕を掴んだ姫希さんによって防がれた。
「……いつから浅野君のこと名前で呼ぶようになったの」
ぼくは彼女が幼馴染であるにも関わらず浅野君呼びをしているのを知っている。つまりこれは嫉妬だ。
ぼくはペットボトルを強く握りしめ、強気な口調で返す。
「つい最近。姫希さん、じゅりあちゃんのイジメ率先してやってるんだね」
「なんか文句ある?」
白々しい反応に怒りがこみ上げた。じゅりあちゃんが虐められるよう望んだのはぼくだ。そう仕向けたのもぼくだ。でも姫希さんに虐める資格なんてあるんだろうか。彼女は昔虐められていたと言っているのにも関わらず、今度は虐める側になって同じことを繰り返そうとしている。
こんなの間違ってるよ。ぼくはこんな結果を望んでいたわけじゃない。
「おかしいよね。だってじゅりあちゃんは姫希さんに何もしてない。なんで虐められなきゃいけないの」
「因果応報。やられた分が返ってきただけじゃない」
悪いとも思っていない様子で彼女は言った。姫希さんだって悪いことしてるのに、何が因果応報なんだろうとぼくはむしゃくしゃして彼女の思いの核心を突く発言を決意する。
「ねえ、そんなに残念だったの?学秀がE組にばっかり来て」
「……うるさい」
「でもごめんね?返してあげない」
怒ればいい。苛立っても状況は何も変わらないんだから。
姫希さんは怒りに唇を震わせていた。
「__________渚ちゃん、私に殺されたいの?」
何でみんな揃って同じこと言うんだろうね。
ぼくは少し退屈し、冷めた目で相手を見据える。ぼくの殺気は相手を殺そうとしていたと思う。ぼくは1度見殺しにする意味で人殺しをした。茅野を見殺した。そして自分をも殺した。
「殺したことなんてないくせに」
「……っ!」
その様子を殺せんせーと烏間先生が見ていたことにぼくは気づかなかった。
(あの殺気……そういえば渚さんはスペイン語を話せましたねえ。少し様子を見るとしますか)
元殺し屋の教師はようやく理解した。今まで勘違いしていたある事実に。
*
E組に到着してからぼくの頭の中は一つのことでいっぱいだった。心を落ち着けて間違えないようにと頭を働かせる。何しろ初めてだし、どこまで通用するか分からないし……
ビッチ先生がぼくに親指を立てている。それに後押しされてぼくは帰ってきたばかりの彼に声をかけた。
「学秀」
人差し指でつついて振り向かせる。学秀は何の用だろうという顔をしていた。
「ネクタイ捻じれてない?」
「え、そうか?」
「ちょっとじっとしてて。結ぶね」
ぼくは学秀の正面で彼のネクタイを丁寧に解き、もう1度結び直した。本当は捻じれてなんていない。だが、ビッチ先生曰くネクタイを結ぶことに意味があるのだという。
何これなんか恥ずかしいなあ。周りの視線を少し感じ、ぼくは顔を俯ける。
「よし、出来たっと」
きっちり結び直し、ぼくはにっこりと彼を見て微笑んだ。学秀は「悪いな」と軽くお礼をいい、その場を離れようとする。ぼくは慌てて彼のシャツの裾を掴んだ。
「えっと学秀、明日返すからパソコン貸してくれないかな?」
「それはさすがにだめだな」
ぼくの言葉に瞬時に首を振る。ハニートラップ効果は期待薄だったか。だがこれはプランA。まだ手はある。
「重要な情報が幾つかあるからね」
「そっか……じゃあ殺せんせーのデータだけは?」
ぼくは学秀を見上げ首を傾げた。学秀はうっと言葉に詰まらせて考える。
ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック。最初に大きな要求をして次に小さな要求をすることで簡単に要望に応じてくれるという手法だ。ハニートラップよりずっと簡単にできるし、もともと学秀は押しに弱いタイプだ。前の時だって犯罪レベルの潜入にすぐ協力してくれたこともあり、もともと成功するとは思っていた。
「そうだな、データだけなら。今日1日だけ?」
「うん。学秀ありがと!」
満面の笑みでお礼を言い、ぼくはデータを入手して席に着いた。結局色仕掛けらしきことはほとんどしていないが、入手出来たのでかなり満足している。
ビッチ先生のところにそれを持っていくと何故か『学秀も不憫ね』とスペイン語でぼやいていた。彼女も良いところがあって、お礼になんと高級マカロンの詰め合わせ12個セットをくれたのだ。乙女心(?)を理解しているようで感心してしまう。
マカロンは茅野、それからビッチ先生のところに話を聞きに行くときにお馴染みのメンバー、矢田さんと倉橋さんに一つずつあげることにした。
マカロンを食べているときは嫌なことを全て忘れるぐらい幸せだった。
原作からの変更点
・集会の日はついでにキノコ狩りに出かける渚ちゃん
・学秀君のE組対抗策。渚ちゃんパワーアップに合わせて彼も成長している。
・殺せんせーが渚ちゃんの才能にようやく気づき始めた。原作より恐らく遅め
・ハニートラップもどき
原作からの変更点少なめです。集会ってあまり変えようがないですよね。
3日に1度とか言ってたのに更新遅れてすみません!少し反省しています……