クラップスタナーは2度鳴る。   作:パラプリュイ

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修学旅行のはなし。2時間目

 修学旅行2日目は朝から班別行動。ぼくらは二条城に来ていた。中でも二条城の庭園は別世界に来てしまったような気分になった。しかし、現実に戻って考えてみると旧校舎の裏山みたいなものかななんて哀しい感想が出てきそうになり口を噤む。あそこの裏山ほど自然豊かなところは多くないだろう。

 

「すげ〜な」

 

「杉野さっきからすげ〜しか言ってないよね」

 

 杉野君の何度目かのコメントにカルマ君が突っ込んだ。そう言うカルマ君もまともな感想を言っておらず、庭園に来て最初の感想はどこが居眠りにちょうど良いかという謎の発言だった。

 逆に女子3人はあちこち見てまわりながら雑談を交わしており、男子よりも賑やかだった。

 

「これのどこが暗殺に関係あるんだよ?」

 

 二条城を出て歩いていると、杉野君がこのルートの提案者であるぼくに質問を投げかけた。ぼくは肩を竦める。ここですぐに答えを言ってしまってもいいのだが、あえて考える時間を与えようか。

 

「当ててみて」

 

「何でしょうか?」

 

「二条城というと、大政奉還が思いつくけど他に何があるのかな?」

 

 奥田さんと神崎さんが考え込む中、カルマ君は大政奉還をヒントにしていとも簡単に答えを導き出した。

 

「分かった、新撰組だ」

 

「正解。新撰組は京都の小さな暗殺から大きな暗殺まで関わっているいわゆる殺し屋。だからE組にいる暗殺者(ぼくら)の先輩みたいなものかな」

 

 京都の殺し屋集団は恐ろしげではあるけど、殺し屋を目指す者としては憧れの存在でもある。最もあんな殺し方は絶対にしたくないけども。

 

「そっか、大政奉還で新撰組が警護した場所だったね。新撰組は女子に人気で小説の題材にもよくなってるんだけど、「燃えよ剣」が個人的におすすめかな」

 

 神崎さんは雄弁に新撰組について語った。彼女はE組の文学少女のようなもので、E組に来る前は図書室でよく彼女を見かけた。国語の成績が良いのはその読書量のおかげだろう。

 

「そうなんですか!小説疎いんですよね……」

 

 そう眉を垂れて落ち込む奥田さんに神崎さんは自分の持ってるおすすめの本を今度貸すことを約束する。茅野はぼくに新撰組の中で沖田総司が1番好きなんだ!とキラキラした目で語っていた。そういえば茅野も神崎さんには劣るものの本を読む方だったっけ。

 

「それから、京都の暗殺で忘れちゃいけないのがもう1つあるよね」

 

「「「もう1つ?」」」

 

 奥田さんと茅野、それから杉野が口を揃えて訊き返す。カルマ君はなるほどね〜とぼくを先頭にして歩く道から場所を推測したようだった。

 

「いちごパンツ」

 

「カルマ、何お前岡島化したの?」

 

「俺はあそこまで酷くないって。1582(いちごパンツ)年本能寺の変って覚えてたんだよね〜」

 

 杉野君の頭をペチッと叩いてカルマ君は笑みを作った。

 本能寺の変が起こった年号を覚えるのに有名な語呂合わせだ。

 

「ああ、中学受験の時よくやったよね。蒸れない服着て随行く妹子とか」

 

 607年、小野妹子の遣隋使派遣だっけ。

 

「……いちごパンツは知ってたけどそれは初めて聞いたわ」

 

 杉野君が興味深そうに口の中で語呂合わせを繰り返していた。

 本能寺跡。石造りの板をぼくは見て、ふうんと声を漏らす。1582年。家臣の明智光秀が織田信長を暗殺する本能寺の変が起こった。今は平和で暗殺なんて滅多にないけど、戦国の時代や新撰組が居た時の暗殺は日常に潜むものだったのだ。

 まるで今のぼくたちみたいに。

 

「なるほどな〜、京都は暗殺の聖地みたいなもんか」

 

 杉野君は納得して本能寺跡を何度も頷きながら眺めた。

 

「あーあ、歩いたから喉乾いた。甘ったるいコーヒー飲みに行こうよ〜」

 

「プリンもね」

 

「ぼくは抹茶とわらび餅」

 

 ぼくらは次々に食べたいお菓子を上げていく。正直観光よりもスイーツ巡りに行きたくてうずうずしてきた。お腹も空いているしそろそろメインイベントに行ってもいいと思う。

 

「この班自由過ぎるだろ?!」

 

 ぼくは神崎さんに視線を向けると、彼女は文句を言う杉野君に声をかけた。

 

「まあまあ杉野君。今から京都駅に戻ってカフェでも寄るのはどうかな?」

 

「か、神崎さんが言うなら!」

 

 ちょろいなあ。そんなんだと野球の心理戦にすぐ負ける気がするけど、野球少年君?

 

「「賛成〜」」

 

 茅野とカルマ君が同時に言う。ぼくは小声で奥田さんに耳打ちした。

 

「奥田さんは大丈夫なの?」

 

「私はどちらかというと甘党ですから!」

 

 胸を張る奥田さんに杉野がオワッタと頭を抱えた。

 京都駅内、絶対に行く場所として二重丸の付いてあったカフェにぼくらは足を運んだ。混んでいるところをすんなり入れたことに運の良さを感じる。頼んだデザートは思ったよりずっと早めに到着した。

 

「この抹茶プリンアラモード美味しすぎる〜!抹茶アイスにいちご、わらび餅まであるなんて贅沢だよ〜」

 

 茅野が顔をふにゃりと緩めて美味しさに浸る。その横では奥田さんが温かい抹茶とあんみつのセットを楽しんでいた。神崎さんも同じような組み合わせをいつもの淡い微笑みのまま食べている。

 

「コーヒーは甘いに尽きるね〜」

 

 ガムシロップをグラスに注ぎながら真面目な顔でカルマ君が杉野君に言った。テーブルには幾つかのガムシロップが散らかっている。

 

「おいおいさっきからお前いくつガムシロップ入れたよ?!」

 

「え、何言ってんの杉野。コーヒーには5つガムシロップ入れるのは常識じゃね?」

 

「あーもういいよ!」

 

 杉野君はまたもやカルマ君に弄ばれていた。甘いものをあまり食べない彼はアウェイ感を味わっていた。でもいいや、神崎さんがいるし……と開き直るのが彼だったが。

 

「でね〜このお店私のオススメで」

 

 店内に同じ椚ヶ丘中学校の制服を着た生徒の集団が入ってきた。その中に姫希さんの姿を発見してぼくはさっと目をそらす。しかし姫希さんはぼくに視線を向けていて、それはぼくの想像していたよりずっと穏やかなものだった。席に案内されてすぐ、姫希さんはスクールバッグを置きぼくらの席に近づいてくる。

 

「渚ちゃん、偶然だね〜!」

 

 ぼくの両手を取って笑顔で彼女が言った。目を瞬いて相手の顔を二度見する。

 

「え、あ、偶然……?」

 

 流れに流されておうむ返しに言う。姫希さんは笑みをさらに増幅させた。

 偶然というわけでもないかもしれない。ぼくらのスイーツの好みはそこそこ近く、2年生の頃にもしも京都に行くならここに来たいという主旨の話をしたことがあったからだ。

 

「渚の友達?」

 

 姫希さんのことをまるで知らない茅野がプリンを呑み込んでから目をぱちくりとしていた。

 

「友達っていうか__________「そうなの!よろしくね、転校生の茅野カエデさん」」

 

 ぼくが答えようとする前に姫希さんは先に肯定する。何なんだろう。彼女の目つきも脈拍も意識の波長を読み取る部分はどこも好意的じゃないのに、口から出る言葉と表情だけが違う。ちぐはぐさが気持ち悪い。

 

「私たちこの後祇園なんだ〜。渚ちゃんのとこはどこ行くの?」

 

「西本願寺だけど……」

 

「そっか、西本願寺ね……今気づいたけど、赤羽君と渚ちゃんって仲良いんだね!すっごくお似合いだと思うよ」

 

 わざわざこんなことを言うのに何の意味があるんだろう。ぼくは首を傾げて一応のつくり笑いを浮かべておく。

 

「あんたには関係ないじゃん。もうどっか行きなよ」

 

 カルマ君がいかにも不機嫌そうに相手をギロリと睨んだ。それを貼り付けた満面の笑みで返す姫希さんは強い。

 

「酷いよ赤羽君。じゃっ、またね渚ちゃん」

 

 カルマ君は相手が席に着くまで睨みつけたまま、しばらくしかめっ面をしていた。

 

「どうしたんですかカルマ君?」

 

 奥田さんが不思議そうに聞く。カルマ君が喧嘩っ早いのは誰もが認める事実だが、女子に対してあんな敵意を剥き出しにするのは滅多にないものである。

 

「奥田さん知らないの、伊藤さんのこと」

 

 カルマ君の顔色は少しずつ暗くなっている。低い声でそう言った彼にぼくは少し身震いをした。

 

「名前だけなら……いつも成績上位にいる人ですよね?」

 

「思い出した。女子バスケ部のエースって言われてる浅野の幼馴染だろ」

 

 杉野君が抹茶アイスクリームを口に運び、何てことない調子で呟いた。学秀からA組事情についてよく聞かされている杉野君は何故だか本校舎についてぼくよりもよく知っている。ぼくが感心してると横でカルマ君が「それもそうだけどさ」とぼやいた。

 

「今中学の女子牛耳ってる事実上のボスだよ」

 

「……カルマ君詳しいね」

 

 意外な発言にぼくは目を丸くした。これは同じ学年の大抵の女子なら知ってるけど、男子にはあまり知られていない情報だからだ。杉野君も目を点にしていた。聞いたこともない話だったようだ。

 

「これでもそこそこ付き合いあったからさ〜。でも俺伊藤さん嫌いかな」

 

「何で?」

 

「代表でしょ、差別主義者の。案の定E組行きが決まった途端全く話してこなくなった」

 

「姫希さんだもんね……」

 

 姫希さんが人と仲良くする理由は全部学年女子の支配のためであって、使える駒になりそうな人材しか相手にしないのは彼女にとってはごくごく当然のことだ。学力主義のこの学校では賢い生き方である。

 

「生徒手帳無くしたんだって?」

 

 カルマ君が残りがほぼない抹茶パフェを食べながらぼくに尋ねた。ぼくは頷いて冷たい抹茶を飲む。スイーツ巡りにはドリンクももちろん重要であり、京都に来たからには抹茶尽くしにしたいのがスイーツ好きの意地だ。

 しかし何故ここでこの発言なんだろう。

 

「でも大したことないよ。スケジュールとか一切書いてないし」

 

「名前と住所と学校名はバレるよね」

 

「うっ……」

 

「俺さあ、生徒手帳よく喧嘩で利用するから分かるんだけど、結構便利だよ、生徒手帳」

 

 ああ、カルマ君は完全にそっち側だったね……

 ぼくは遠い目をして相槌を打った。その間に茅野と奥田さんが少しズレたやり取りを交わす。

 

「プリンと毒って相性良いんでしょうか?」

 

「プリンが毒中和しちゃうんじゃない?」

 

 プリン食べててあんまり考えてないのは分かるけど……プリンに毒中和する機能なんてないからね?!奥田さんはさっきから真剣に食べてるなと思ったらどれが毒と相性良いかのチェックだったんだね、びっくりだよ!

 横ではカルマ君がさっきの話の続きをした。

 

「律儀な奴だと生徒手帳に自分の連絡先書いてたりしてるよね〜」

 

 生徒手帳には確か自分の個人情報を書く欄があり、そこに電話番号とメールアドレスをきっちり書いた覚えのある。ぼくはそれを思い出し咳き込んだ。カルマ君は半ば呆れ顔だ。

 

「それになーんか怪しいんだよね〜」

 

「怪しいって?」

 

「俺が考え過ぎなのかも……学秀君があんなこと言うから」

 

「学秀なんか言ってたの?」

 

「渚に何かあったら頼むってさ」

 

「過保護だなあ、学秀」

 

 そういえばぼくは学秀に頼ってばっかりだ。頼りになるからって守られているのが当然みたいな考えだったかもしれない。少し反省しなくちゃ。

 

「そろそろ行くか」

 

「西本願寺って近いんですよね」

 

「徒歩で行ける距離じゃなかった?」

 

 みんなが和気あいあいとする中、ぼくは姫希さんたちのいる団体に目を移した。そこに姫希さんはいない。となるとトイレかな?

 

「ぼくちょっとトイレ行ってくる!」

 

「え、渚さん?」

 

 女子トイレに一目散に駆け出した。室内から僅かに声が聞こえる。

 

「__________私?私はじゅりあちゃんの友達だけど。ええ、それじゃあよろしく」

 

「姫希さん?」

 

 さっと表情を強張らせ、姫希さんがスーッと目を細める。聞かれたくない話でもしていたんだろうか。

 

「今の話聞いてた?」

 

「ううん」

 

 さっきとは違う態度と声にやっぱりみんなが居たからあんな態度をとったんだなと結論付けた。

 

「何その顔。友達ごっこ、もっと続けたかったの?」

 

 ぼくはくっと拳を握りしめ怒りを堪える。

 友達ごっこ。そうだ、姫希さんはいつだって友達ごっこをしてるんだ。誰とも本当の友達じゃない。

 

「それじゃあ渚ちゃん、観光楽しんでね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えーっと、この道で合ってるよね?」

 

 ぼくはスマホの地図を見ながら神崎さんに尋ねる。カルマ君がぼくの後ろからスマホを覗き込み、「合ってる合ってる」と返した。ぼくがホッとしたその時、横の細い小道に男がいることに気づいた。

 

「また会ったなァ、天使ちゃん?」

 

 金髪の男はぼくの生徒手帳をかざしてニタァと笑っていた。ぼくは彼を睨みつける。ぼく以外の女子たちが後ずさりすると後ろにいる別の不良にぶつかった。

 

「おっと、今度は逃さねーぜ?」

 

 ぼくは自分を捕まえようとする1人を蹴り飛ばし、後ろに居る男の服を引っ張って転ばす。

 

「渚ちゃんやるね〜」

 

 カルマ君もちょうど前にいる不良を殴り倒したところだった。次々に不良たちが倒されていき、全滅まであと少し……とその時、ぼくらの動きは金髪の男の一言で止まった。

 

「おいおいお前ら、お友達がどうなってもいいの〜?」

 

 後ろを振り返ると茅野が首にナイフを押し当てられていた。

 

「茅野!」

 

「茅野ちゃん!」

 

 そこでぼくはリーダー格の男が初めて見えた。いや、前までは視界には入っていたが、深く観察したことはなかったのだ。

 

「渚ちゃん、こいつ……!」

 

「分かってるよ」

 

 意識の波長は一定して波が静か。油断しているようなこともないが、問題は別のところにある。相手を見た瞬間普段喧嘩や体術をしている場合力量が大体分かる。その男は少なくともカルマ君より強かった。ゲームセンターで会った時は全く分からなかったけど、あの時ぼくだけで喧嘩していたら絶対負けていたはずだ。

 

「カルマ君後ろ!」

 

 ぼくはカルマ君の後ろに奇襲をかけようとした男の前に立ち塞がった。野球のバットが頭に当たり視界が反転する。

 薄れる視界の中で金髪の不良に倒されるカルマ君と不良の表情を見て、ぼくは真実を理解した。

 ぼくはこの人を知っている。

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 起きてすぐ思ったことは頭がガンガンして痛いということだった。ぼくは車の助手席にいて、茅野と神崎さんが後部座席に座っている。

 

 

「渚!」

 

 ぼくが起きたことに茅野が気づいて声を上げる。ぼくは自分の手が後ろに縛られていることに気づいた。さらにシートベルトをしているので抜け出すことができない。

 

 

「ようやく起きたな」

 

「久しぶりだね、って言うべきなのかな」

 

「渚さん知り合いだったの?」

 

 神崎さんの言葉にぼくは首を縦に振る。

 

「__________じゅりあちゃんのお兄さんだよね」

 

 長沢という苗字は珍しくない。単体で聞いたら何も思わないだろう。でもぼくのことを誰かから聞いたと考えると、ぼくの知り合いにいる同じ苗字の子が思い浮かぶ。長沢珠理亜、じゅりあちゃんだ。

 

「ぼくたちをどうするつもり?」

 

「どうもこうも……女攫ってやることなんて1つだろ?」

 

「……サイッテー」

 

「あ?もういっぺん言ってみろ」

 

 後部座席の男が茅野の顎をぐいっと掴んだ。ぼくが身を乗り出すもシートベルトが邪魔で動き辛い。

 

「お前らどーせE組だろ?人生もう詰んだんじゃん」

 

 

 

「そこの彼女。前はぜーんぜん違う格好してたよな?よくゲーセンにも入り浸ってる。勉強ばっかの生活に飽き飽きしてたんだろ。親に勉強を強いられて、窮屈だったろーな」

 

「分かったように何を……」

 

 ぼくが口を開くも、神崎さんは顔を俯けて何も言わなかった。まるでそれが真実かのように。家が厳しいのは知っていた。でもその他については何も分かっていなかったのだ。1周目の時は何も。神崎さんはクラスメイトだったのに。

 

「分かるさ。だって俺もE組だったんだから」

 

 既に予測していたことに「やっぱり」と小さく呟く。ぼくのあだ名を知っている高校生で椚ヶ丘生でないのなら、それは元E組で外に追い出されたからに違いなかったからだ。じゅりあちゃんのお兄さんなら尚更だろう。

 

「どん底に堕ちた奴にしかこの気持ちはわかんねーよな。蔑まれてスクールカースト最底辺に堕とされたE組にしか」

 

「努力しないで諦めてたくせに。どうせE組だからって思って何もしてこなかったんじゃないの?ぼくらと君は同じなんかじゃない!」

 

 強めの言葉で相手を否定する。にやりと不吉な笑いを浮かべた彼は不幸に酔いしれていた。

 

「俺さあ、親父の2周目だったんだ」

 

 ぼくはハッと息を呑み、相手の顔を見入るように見つめた。

 

「俺にあれこれ指図してきたくせに、自分の思い通りにならないと分かるとさっさと捨てやがる。親ってのは身勝手だよなァ」

 

「……やめて」

 

「娘が出来たからって今まで頑張ってきた天使ちゃんの努力も考えずに家から追い出すんだもんな」

 

「黙れ!聞きたくない__________」

 

「なあ、天使ちゃんよぉ。俺とお前は同じじゃねーか」

 

 後ろからクラクションの音がリズミカルに鳴った。現実に引き戻されて冷静さを取り戻す。

 

「またクラクションかよ!」

 

 運転をする男が舌打ちをしてスピードを上げる。ぼくはかすかな異変に気づいた。何かが起ころうとしている。

 

「見てあれ!」

 

 茅野の声でバックミラーから後ろの車を見る。そこには車を運転する殺せんせーの姿があった。

 

「「「殺せんせー!」」」

 

 顔が真っ赤なのは運転中で性格が変わってしまっているからだろう。そして何故か助手席にはカルマ君の姿があるのだった。

 

 

「先公だと!?おい、スピード上げろ!」

 

 殺せんせーの顔が緑のしましまに変わる。ヌルフフフフ、先生のスピードに敵うわけありませんねえ……とか思ってそうだな。

 そもそも殺せんせーの動体視力ならスピードを飛ばす瞬間なんて1秒もしないうちに分かるだろう。

 

「くっそ……でも次の曲がり角で狭い道に入る。そうなったらこっちのもんだ__________ってクラクションうぜーよ!!」

 

 何度も鳴るクラクションの音に彼は腹を立てていた。確かに殺せんせーはクラクションを鳴らし過ぎているようだ。運転中だから気が立っているのかな。

 

「ねえ、渚……あのクラクション何かリズムみたいじゃない?」

 

 リズム……?ぼくは修学旅行の前に学秀としたやり取りを思い出した。

 

『モールス信号?使うかなあ』

 

『言語を覚えるようなものだと思えばいい』

 

『これ以上覚えたら頭の中パンクするよ!』

 

『しないだろう。渚は危なっかしいからな』

 

 学秀が身を案じてぼくに教えてくれた緊急用の暗号。使う側になる可能性は考えていたけど、まさか読み取る側になるなんて思いもしなかった。ぼくは目を閉じて音に集中する。

 

 __________BALL。ボール……野球ボール……杉野!

 

「銃弾!」

 

 瞬時に後部座席に座る2人がしゃがみこんだ。ぼくらのように日頃暗殺訓練を受けていて、銃を扱う者は銃弾という言葉に反応する。特に授業の前で一斉射撃をする時は人の弾が当たることなんてしょっちゅうである。だからE組生徒ならこの言葉に反応するはず。結果は予想通りだった。

 

「は?どうなってん__________」

 

 運転席に座る男の声は野球ボールで窓ガラスが割られる音にかき消された。運転手の不良が急ブレーキをかけるももう遅い。窓ガラスが割れてすぐ、黄色い触手が車のロックを解除したからだ。マッハで縛られた手が解放され、ぼくらは一斉にドアから出た。

 

「みなさん無事ですか?!」

 

 黒子で顔を隠した殺せんせーが触手をくねくねと動かしあたふたしている。

 

「うん、合図くれたおかげで助かったよ」

 

「浅野君のアイデアのおかげですね!」

 

「え、学秀がいるの?」

 

 ぼくがキョロキョロと辺りを見渡すと、車の側でボロ雑巾のようになっている不良たちと共に彼の姿を認識した。この数十秒の間に全滅させてしまったらしい。

 

「僕の知り合いに手を出すとはいい度胸だな。感心したよ。さて、どうしてやろうか__________「待って学秀何する気?!」」

 

 禍々しい雰囲気を纏う学秀を掴む。このまま放置したら絶対死人が出ると思ってのことだった。

 

「……拉致されそうになったんだ。当然だろう」

 

「でもぼく無傷だから!ね?!」

 

「それもそうだな……生徒手帳を出せ」

 

 学秀が不良たちを脅す姿を苦笑いし、神崎さんと茅野に目をやる。杉野君が2人に感謝されているところだった。

 

「ありがとう、杉野君」

 

 神崎さんにそう言われて杉野君は顔を赤く染めていた。

 

「そういえば、何で車の居場所を突き止められたの?」

 

「修学旅行のしおり1243ページ。班員が何者かに拉致られた時の対処法。車のナンバーを見た場合1247ページ。先生に電話して探してもらいましょう。先生がマッハで探します」

 

 カルマ君が修学旅行のしおりを開いてぼくに見せた。カルマ君が辞書みたいに重たいしおりを持ち歩くはずがないので、それは恐らくぼくのものだ。

 

「……浅野学秀にも連絡すること」

 

 カルマ君が呆れたように書き込みを指差す。確かにそこには見慣れた綺麗な字でそう書き込まれており、学秀の電話番号も書いてあった。カルマ君はそれを見て学秀に連絡したらしい。

 

「ごめん、渚ちゃん。俺庇ってあんなことなっちゃって」

 

「ぼくは大丈夫。その傷、あの人たちに?」

 

 少し腫れた頬を指差すと、カルマ君は一瞬固まった。自分の手をぴたりと頬に当て、ぼくの質問に答える。

 

「……そーそー。俺も仕返ししたかったんだけどな〜。ま、あいつらのはっずかし〜写真でも撮っとこ」

 

 ぼくは首を傾げる。何故だか分からないけどカルマ君は嘘を吐いていた。

 ともかくぼくらはこうして修学旅行の災難を乗り切ったのだった。

 

 

 

 

 




原作からの変更点

・ルートは二条城、本能寺跡からの西本願寺
・犯人が誰かどうかは察してくれのスタイル。作者も誰かは言わないけどもう何となく分かるよね、はい。
・現地に着く前に車で特定される。盗難車ではなく自分の車を使ったのでナンバーを特定された。
・モールス信号(語学シリーズNEW)
・杉野君に出番を……
・逆にカルマ君の出番が減った。理由は後ほど。
・生徒手帳で身元をしっかり覚えた学秀君。不良の奴隷身分確定か?

今回色々てんこ盛り過ぎて構成するのに時間かかりました。原作沿いにする気が全くなかったもので。テスト勉強も理由の1つでもあります……ってことにしておこう。次回気になる男子ランキングなどお楽しみに!

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