クラップスタナーは2度鳴る。   作:パラプリュイ

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学秀目線。


好奇心のはなし。1時間目

 新幹線のグリーン車は快適だった。しかしその分退屈さが際立ってしまうのはA組の生徒がE組とは違う距離感だからだろうか。

 

「浅野君、気分悪いの?」

 

 伊藤さんが僕に声をかけた。小学校が同じで親しみやすい彼女のことを僕は嫌いではない。そして彼女は僕の知る中で最も洗脳に成功した手下の1人だ。昔救ってくれた恩人というだけで彼女の行動範囲の中心には僕がいる。

 

「しばらくE組にいたから空気の違いに軽くカルチャーショックを受けてね。大した問題はないよ」

 

 伊藤さんはE組を差別する側の人間なのでどちらとでも取れるような言い回しを敢えて使った。しかし彼女に僕の真意は簡単に伝わったようだ。納得して頷いている。

 

「あ、渚ちゃん……居ないもんね。E組参加でも良かったんだけど修学旅行ばかりは仕方ないか〜」

 

「珍しいな。伊藤さんがそんなこと言うなんて」

 

「そうかな?」

 

 渚と疎遠になっていたのでてっきりE組差別をしているものだと思っていたが、実際はそうでもないようだ。

 僕の見てない所で何かしらの変化でもあったのなら、それは良い兆候だ。

 

「僕が居た方がクラスをまとめやすいとか言うかと思ったんだが」

 

「浅野君の意思を尊重するのが私の仕事だからね〜。私で良ければ協力するよ?3日目だけでも一緒に行動できるように__________」

 

「大丈夫だ。気持ちだけ受け取っておく」

 

「そう?分かった」

 

 素直に席に戻る伊藤さんに僕は去年の彼女の失態を思い出した。A組女子をまとめるためにカンニング工作に協力したことだ。伊藤姫希という少女はある意味合理的であると僕は思っている。しかしその反面、目的のためならどんなことを仕出かすか分からない面もある。僕の指示した女子のリーダー格でいる事を優先する気持ちは分かるが、それでカンニング工作に協力することになるとは完全に想定外だった。

 結論として同じ事態は避けるため、またA組との交流を重視するために伊藤さんの助けは借りないことにしたのだ。

 突如着信音が鳴り、スマホを耳に当てた。杉野の声がスピーカーから流れてくる。

 

『渚どこに居るか知らねー?なんか遅刻したみたいでさ』

 

「どういうことだ杉野」

 

『あ、殺せんせーと一緒に入ってきた。ごめん、何でもねーわ。またな、浅野』

 

 すぐに電話を切られ、遠い車両にいる杉野に向かって罵倒を浴びせたい衝動に駆られる。

 何で渚が殺せんせーと一緒に来ている。今入ってきたということは名古屋駅、つまり上空から来たということ。空を飛ぶということは渚は密着した状態で殺せんせーと飛んだ可能性が高い。

 

「…………あのエロダコ何かしてたら殺す」

 

「物騒な言葉を吐くね〜」

 

 荒井が横から口を挟んだ。僕が班長を務める一班メンバー5英傑+毛利はポーカーをしている様子だ。こればっかりは運の勝負のようで、普段他の4人に成績で負けている毛利が思いの外好成績を収めている。彼はゲームに強いらしい。

 

「浅野君も参加するかい?」

 

「榊原、僕は負けないが?」

 

 誘ってくる相手にそう返すと彼らは愉しげに笑い声を上げた。

 

「そうこなくちゃな。それでこそ5英傑リーダーだ」

 

 ポーカーは僕の一人勝ちだった。端から見ていて気分の良い勝負ではないだろう。しかし勝者本人にこれほど良いものはない。勝利に酔いしれ気分が良くなっているとまた着信音が鳴る。

 

「もしもし」

 

『もしもし浅野君?茅野っちがプリンの食べ過ぎでお腹壊しちゃったの!天使ちゃんが困っているんだけどどうしよ〜?』

 

「倉橋さん、落ち着いて。修学旅行のしおり472ページに食べ過ぎでお腹を壊した場合の処置方法が載っているから読むといい」

 

『分かったしおり見てみるね!ありがと〜』

 

 倉橋さんはお礼を言うと電話を切り上げた。僕は今のは何だったのだろうと首を傾げる。とりあえず助けになったようで良かった。

 しかしこれは序章に過ぎなかったのだ。ホテルに着いて早々渚が不良に生徒手帳を盗まれたという報せが入った。寝る前には菅谷による渚の修学旅行でのスケッチ画が写メで送信されその評価をすることになり意見を交わすことになる。さらには岡島から渚の盗撮写真を売ろうかという誘い文句を受けたがそれは即座に断った。

 E組生徒からの接触は2日目になっても止まることを知らず、殺せんせーを殺すのに1番良い射撃ポイントはどこかというのが電話してくる彼らの主な相談内容だった。1番電話の回数が多いのは何と殺せんせーで「渚さんとのいちゃいちゃが見れなくて先生寂しいです」という主旨のものが13件来た。

 班員である5英傑のメンバーたちは僕の仕事内容に揃って顔を顰めたが、僕が飽きもせずに電話をしているのを見てE組も上手く支配してるのだなと勘違いしたらしい。あまり口出しするような真似はしてこなかった。

 

『もしもし学秀君!』

 

「何だカルマ、お前まで射撃ポイントの相談か?」

 

『そうじゃなくて……渚ちゃんが__________』

 

 気がつくと班員を皆無視して駆け出していた。途中で伊藤さんの班に遭遇し、渚たち4班の行き先を知ることに成功する。路地には奥田さんと杉野、そしてカルマがいた。

 

「何故止めなかった」

 

 僕は低い声で言いカルマの胸倉を掴む。カルマは反抗的な目を隠すこともしなかった。

 

「しょうがないじゃん。あいつら強過ぎだって」

 

「そうだよ浅野。いくら何でもカルマにあいつら全員は倒せなかったはずだ」

 

「倒す?何の話だ一体。カルマ、お前まさか戦いに夢中になっていて女子たちを逃がすことを忘れてた、なんて言わないよな?渚が連れて行かれたのはお前を庇ったからか?」

 

 相手の顔を殴り、僕は床にしゃがむカルマを見下ろした。

 

「信頼していた僕が馬鹿だった。ああそうだ、カルマ。お前はそういう奴だったな」

 

 結果的に4班の女子たちは無傷で救い出すことに成功した。渚たちを攫った不良の1人は僕のことを知っているようで「元E組にいた__________」と自分のことを主張していた。よく考えたら聞いたことあるような名前だったがE組にいた生徒の名前なんて覚えているわけもなく、どうでもいいことだと気にしないことにした。

 ただ、これで3日目にE組で過ごす理由が出来たことに何とも言えない複雑な気持ちを覚えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 A組の担任に事件が起きたのでE組の監視に戻ることを伝え、E組の旅館に移動することにした。5英傑達がせめて夕食はと引き留めるので豪華な食事だけ頂き、荷物を持ってE組がいる旅館へと急ぐ。着いてから早々カルマに遭遇した。

 

「おー学秀君こっちの旅館来るんだ」

 

 レモン煮オレというよく分からない飲み物をストローで飲み、カルマが声をかけてきた。正直殴ってしまった手前なんて話せばいいのか分からなかったが、案外相手は気にしていないようだ。

 

「好きだな、その飲み物」

 

 当たり障りのない言葉を言うとレモン煮オレという紙パックに入った飲み物はカルマのお気に入りではなかったらしく、愚痴を溢し始めた。

 

「妥協だよ。いちご煮オレ売ってなくてさ〜」

 

 大部屋の襖を開けると何やら神妙な顔つきで話し合う男子たちの姿が見えた。彼らの視線の先には「気になる女子ランキング」と大きな文字で書いてあり、そのすぐ下に1位の文字と渚の似顔絵が並んでいる。

 

「さっすが渚ちゃん、堂々の1位じゃん」

 

 カルマの言葉に僕は拳を握りしめた。まさか大部屋で「気になる女子ランキング」なんてものがやっていたとは思ってもおらず、帰って早々視界に飛び込んできた天使ちゃん 1位の文字に飲み終わった缶コーヒーの入れ物を半分潰してしまった。

 

「4票か。入れたやつは誰だ?」

 

 缶をゴミ箱に捨て、辺りを見渡す。男子の内数人が目を逸らしたことで大体の投票者は把握した。

 

「浅野怖いって。俺は神崎さんに入れたから無罪な」

 

 杉野が自身の無罪を主張するが、そんなことは分かっている。

 

「落ち着け。浅野の分合わせて5票だってことは分かってるからさ。ほら、今書き直した」

 

「磯貝、今ボケるとこじゃない」

 

 前原は笑顔で言う磯貝につっこんだ。磯貝はボールペンで4の上に棒線を引き5と書き直した。

 

「大変です浅野君が暴発してます今すぐ助けに来てください……っと」

 

「待て、今誰に送ったカルマ」

 

「え、渚ちゃんだけど?」

 

 襖が開き、渚が登場した。まだカルマがメッセージを送信してから10秒と経っていないのに驚くべき早さだ。

 

「ごめん、メッセージ見て来たんだけど……」

 

「「「来るのはやっ」」」

 

 渚は床にある1枚の紙に目を留め、一瞬呆れたように苦笑した。しかし、1位の天使ちゃんというあだ名を発見するや否や顔を真っ赤にして俯く。周りの男子達は微笑ましいものを見る目で彼女を眺めていた。

 

「見てない。ぼくは見てないよ」

 

「見たんだな渚ちゃん……」

 

「ところで渚、何でここに?」

 

「何ではこっちのセリフだよ学秀。A組なのにE組のとこ来ていいの?」

 

「心配だから今日と明日はE組と行動しようと思ってね。またあんなことが起こっても問題だと担任に断りを入れておいた。これも生徒会長の役目だ」

 

 こんなことが起こったのが偶然だといいんだがな。

 僕は新幹線での伊藤さんを思い出し顔を顰める。彼女ならやりかねない。それが渚を傷つける策だとしても、僕の願いを叶える為なら簡単に実行するだろう。

 

「目的が透けて見えてるぜ、生徒会長」

 

 忍び笑いをする前原に鋭い視線を送りつけた。確かに8割ほどは渚が関わっているが、本人の前でそのことについて言う必要はないはずだ。渚がキョトンと首を傾げている。

 

「しかしこのむさ苦しい中に女子がいるだけでこうも華やぐんだな!天使ちゃんせっかくだから王様ゲーm__________」

 

 岡島を一撃で気絶させた。こんな空間に渚を居させるのは危険だが、ここで帰るように言うのは少し非情だ。せめて僕の近くにいるべきだろう。その方が幾らか安心だ。

 

「おいで渚」

 

 手招きをして渚を近くに呼び寄せる。渚はパァっと笑顔になって僕の元に駆け寄った。手には何故か幾つかの菓子を持っていて、お土産とのことだ。僕も同じ京都にいたから要らないし、その菓子類もどこでも買えるようなものばかりだった。気が抜けているというかお節介というか。案外自分が食べたいだけだったりするんだろうな。渚の話を聞いているとそれは神崎さんにコツを教えてもらってゲームコーナーで取った戦利品らしい。

しかし既に時刻は9時をとうに過ぎているため、僕は明日新幹線で一緒に食べる約束をしてスクールバッグに入れる。ふと男子達に目を向けると一箇所に固まってヒソヒソ話をしていた。

 

「信じられるか?あいつらあんなんで付き合ってないんだぜ……」

 

「リア充は速やかに爆発してほしいな」

 

 男子達は僕達から顔を背けて話の矛先をカルマに向ける。

 

「そーいやカルマ、お前は?クラスに気になる女子いる?」

 

「んー……」

 

 カルマは渚と僕を交互に見つめた。渚の名前を呼ぶんじゃないかとハラハラしてカルマの答えを待つ。柔らかく微笑み目を閉じて彼が言ったのは全く違う女子の名前だった。

 

「奥田さん、かな〜」

 

 僕はホッと胸を撫で下ろす。

 

「あのさ、ありがと」

 

 突然言われた言葉に首を捻る。よく考えると彼女はつい先ほど起こった拉致未遂についてお礼を言ってるであろうことに気がつく。

 

「学秀が居なかったら今回の修学旅行は助かってなかったかも。だからほんとにありがと」

 

「今回……?」

 

 思わずおうむ返しして、ハッと気がついた。渚の表情が凍っている。慌てて取り繕うとすると渚も秘密がバレると焦ったのか頭を必死に回転して言い訳を発掘している最中だった。

 

「ま、前に修学旅行で京都に行った時のことだよ……あの時はたまたま助かって__________」

 

「そうか」

 

 渚があからさまにほっとして息を吐いた。僕は何故こうも彼女は嘘を吐くのが下手なのだろうかと疑問に思う。

 

『来年三日月が続くってことぐらい確かな話だよ』

 

 中学2年生の時に言われた言葉を思い出し月を見やった。人はミステリアスな物に惹かれるという。例えばそれは月であったり、ただの女子中学生だったりする。僕の場合は後者だ。

 

 

「メモって逃げたぞ!つかまえろーーーー!!」

 

 男子大部屋から男子生徒たちが出て行き、僕達は2人きり部屋に取り残される。

 僕は自嘲気味に笑った。わざわざ渚の嘘を分からないふりするなんて、プライドの高い僕がよく今まで我慢できたものだ。でもあんなことがあった後で放っておける訳がない。話してくれるのを待つぐらいならバラしてしまうしかないだろう。

 

「なんてな。嘘を吐いていることぐらい分かる。君はひょっとして僕を馬鹿にしているのか?」

 

「なっ、そんなことしてないよ!」

 

「渚の話し方は片っ端からボロが出ているようだからね」

 

 ヒントは至る所にあった。中学受験で記入するのがあまりにも早かったこと。渚が習得しようとしたものが全て暗殺に関係すること。E組に行きたがっていたこと。殺せんせーを思わせる発言をしていたこと。

 これらが示す正解はただ1つだ。

 

「月が爆破されたあの日、僕は到底信じ難いある仮説を立てた」

 

「学秀ずっと知って_______?!」

 

「そして今もその仮説を信じている」

 

「渚がE組に来るのは2度目なんじゃないのか?」

 

 渚は唇を震わせていた。その唇が綺麗な弧を描き、不敵な微笑みが僕に向けられる。僕の仮説が実証された瞬間だった。

 

「よく分かったね」

 




原作からの変更点

・黒幕疑惑の人が事件を起こした理由は学秀君のためだったりする
・A組にいる学秀君を面白がって何かある度に電話をかけまくるE組勢
・気になる女子ランキングに変化
・実は知っていた学秀君

同時進行で書いていた渚ちゃん目線を次話に出す予定。今回の文字数が少ない理由でもあります。2つ合わせると1話分になるような感じですね。

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