クラップスタナーは2度鳴る。   作:パラプリュイ

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渚目線。(話に前話とダブる箇所あり)


好奇心のはなし。2時間目

 旅館のゲームが立ち並ぶコーナーでぼくと神崎さんが銃撃を繰り広げるのを、茅野たちは呆気に取られて見ていた。ぼくの腕はまだしも神崎さんはどのゲームをやっても大抵1、2を争う。でも神崎さんを知る人なら誰だってまさか彼女が超凄腕のゲーマーだなんて思わないだろう。

 

「凄いですお2人とも!」

 

 奥田さんは友達の思わぬ特技に感激しているようだった。どうも彼女はゲームに無縁らしく、神崎さんレベルの人を初めて見たのだという。

 

「渚ちゃんの銃捌きは知ってたけどさあ、神崎さんも人外だったんだね〜。あ、もしかして「有鬼子」って名前使ってたりする?」

 

 カルマ君がふうんとゲーム画面を見て感心したように言った。そこで思い当たることがあったらしく神崎さんに尋ねる。

 

「それわたしのペンネームなんだ」

 

「やっぱり。有名なゲームの日本順位でトップ10に入ってるじゃん?神崎さんやるね〜」

 

「神崎さんトップ10に入ってるの?!」

 

 初めて聞く話にぼくは大きな声で聞き返す。1周目でそんな話聞いた覚えがない。日本順位トップ10ってかなりの凄腕ゲーマーじゃないか。

 

「実はそうなの……うちの学校だと自慢できる特技でもないから黙っていたんだ」

 

「神崎さんは自慢できても黙ってそうだよね」

 

 茅野の意見にぼくは心底同意だった。もしもぼくがそんなゲームのベテランだったら誰かにぽろっと言ってしまいたくなるだろう。

 そういえば杉野君はこんな彼女を見てどう思うのか。そう気になり彼の方に目を向けるとギャップ萌えというトラップに殺られていた。ビッチ先生の「さりげなくやる色仕掛け術」のその12にあるギャップ萌え効果というやつだ。こればっかりは聞き齧った情報だと疑っていたが、杉野君を見ると効果はあるらしい。今度誰かに試してみたい。

 

「あ、このチョコおいしいやつだ」

 

 お菓子をシャベルで救うゲームを指差し、ぼくはふと呟いた。学秀の好きなチョコ、だったはず。カルマ君が「渚ちゃんけっこー食いしん坊だよね」と失礼なことをぼやいている。神崎さんがウィンドウの中を少し見て頷いた。

 

「やってみるね」

 

「えっいいの?あー……やっぱりコツ教えてくれないかな?自分で取りたくて」

 

「……?分かった」

 

 ぼくは神崎さんのアドバイス通りに動き、見事大量のお菓子を取ることに成功した。

 

「はい、杉野君。カルマ君も」

 

 ぼくは2人にお菓子を投げてよこした。運動神経の良い2人はすぐさまキャッチする。ちゃんとチョコレートのお菓子はもう1人のために取っておいてあり、2人はなるほどねと納得した表情をしていた。

 

「わざわざお礼なんていいのに。俺何もしてないし」

 

「しおりに気づいてくれただけで充分だよ。杉野君が野球のボールで窓を割るのはなかなか出来ることじゃないしね」

 

「逆に何も出来なくてすみません!怖くて隠れてしまいました」

 

 奥田さんは恐る恐るといった様子で謝る。ぼくは「それが一番正しい選択だったよ」と返す。実際、隠れられるものなら隠れたいぐらいだった。でもカルマ君だけでどうにか出来る気なんてしなかったから参戦したのだ。その結果ああなってしまったけど。

 

「私たちからもありがと!」

 

「ありがとう。すごくかっこよかった」

 

 神崎さんが笑顔で言うと杉野君が耳まで真っ赤になって顔を逸らした。これは狙ってるのだろうかなんて思うほど神崎さんはピンポイントで杉野君が喜ぶ所を突いている。侮れないなあ。さすが神崎さんだ。

 

 女子の大部屋に戻るとちょうど恋バナが行われていた。「E組男子の中で彼氏にするとしたら誰?」というお題だ。男子のランキング形式とは違い、名前を出していくだけのものだったが1人ずつ言っていくというシステムで結局は誰が人気なのか分かってしまうようだ。

 

「みんな烏間先生はなしね」

 

 片岡さんの言葉に倉橋さんが「え〜」と抗議するも、烏間先生は男子生徒ではないというのが彼女の言い分だったため認めざるを得なくなった。

 数人に出された磯貝君の名前に納得したように女子たちは頷く。クラスきってのイケメン君は貧乏なことを除けばほぼ何でもできる。1番人気なのも頷ける話だ。前原君もイケメンだが、彼の場合は女たらしであるという事実があるため人気は低い。

 

「やっぱりE組一のイケメンは磯貝君だね」

 

「あんなイケメン滅多にいないよ」

 

「頼れる学級委員だしね」

 

「で、神崎さんは……杉野?ってまた意外なチョイスだね」

 

「そうかな?」

 

 神崎さんはピンク色の頬を染め恥ずかしそうに言った。横でプリンを食べる茅野がフォローする。

 

「今日かっこ良かったからね〜。野球のボールで窓を割るなんて惚れざるを得ないよ」

 

 と言いつつ茅野は磯貝君という無難な選択肢を上げた。さして好きな人がいないのだろう。

 

「意外なのは浅野君の名前がほとんど出てこなかったってことだけど……渚ちゃんは浅野君だよね?」

 

 原さんの言葉にぼくはまあねと頷いた。単純に男子の中で1番仲良しというのもあるけど、片岡さんの言うように「もしもE組男子で1人彼氏にするなら」という基準で考えたら学秀以外に選択肢はない。そもそも現状でぼくより出来る男子というのが少なすぎるのも理由だ。普通女子は自分より出来る男子のがいいに決まってる。こんなことを思ってしまう自分の思考が完全に女子化してて憎くもなるけど。

 

「ぼくとしては何でみんなが学秀を選ばないのか不思議なんだけどなあ。みんないつも紳士!って騒いでるのに」

 

 そもそも本校舎での学秀人気は凄まじく、かく言うぼくもよく一緒にいるからという理由でトイレでの集団リンチ未遂に遭遇したことがあるほどだ。だからかE組での学秀の人気の無さに疑問が出てくる。

 

「そりゃあ浅野君はかっこいいけどさ〜、ね?」

 

「カルマ君とは違った意味でちょっと怖いっていうか……」

 

「帝王とか魔王とか呼べそう」

 

 世界征服企んでて成功しそうな中学生だしね。本当に将来帝王になってそうなのが怖い。

 

「第一相手いるしね〜」

 

「あんだけ分かりやすーいアプローチしてるんだもん、ねえ?」

 

 ぼくの方をチラチラ見て女子たちが盛んに「ね?」と頷き合った。ぼくは彼女たちのコミュニケーションについて行けず置いてけぼりを食らう。

 

「前から聞きたかったんだけど、渚と浅野君って何なの?」

 

 茅野は「2人の関係ちょっとよく分かんなくてさ」と付け足した。確かに転校してきたばかりの彼女にとってぼくらは少し奇妙に映るのかもしれない。絶望から救ってくれた学秀は恩人みたいなもので自分で言うのも可笑しい話だけど、ぼく自身学秀に依存してしまっている部分がある。自分で何とかしたい問題なのに1人で解決できなくて、最終的に学秀を頼ってしまっているのは直したいところだ。

 しかしこの関係を一言で説明してしまえば友達なんだろうなあ。

 

「そうだね……1番信頼してる友達かな。助けられてばっかりだけどね」

 

 そうだ。考えてみるとぼくが学秀を助けたことは一度もない。学秀には1人で解決するだけの力が備わっていて、ぼくの手助けを必要としていないからだ。それでも、いつかきっと恩返ししたい。そう思うのは彼に助けられてばかりのぼくだからこそ言えることなのだろう。

 

「だから学秀が困ったら、今度はぼくが助けるんだ」

 

 ぼくが呟くと、周りの女子たちは呆気にとられて互いに話し始めた。誰が話しているのか分からないほど話は盛り上がり、ぼくは唯一会話に参加していない神崎さんに事情を尋ねる。くすりと笑われた。

 

「友達だってよ、友達」

 

「近頃の少女漫画並みに鈍感」

 

「浅野君はもうちょっと攻めてほしいよね〜」

 

「わかるわかる。壁ドンとかしてほしい」

 

「それで「他の男(カルマ)と仲良くするな」みたいな?」

 

 女子たちがキャーキャー騒いでいるが内容はぼくのところまで聞こえてこなかった。帰ってきた茅野にどんな話をしていたのか訊くと、少し呆れた顔をされる。

 

「浅野君の苦労が目に見えるね〜。渚、恋したことないの?」

 

「ないかな」

 

 2周目に来てからは。そう心の中で付け加えた。

 

「モテるのにもったいないよ!好みの男子は?」

 

 好みの男子……ってどんなのなんだろう。

 ぼくは少し悩み、頭の中で浮かんだ答えを口にし始めた。

 

「ジュリアン・ソレル……みたいな人」

 

「誰それ?」

 

「『赤と黒』に出てくる男。随分難しいの読むのね」

 

 狭間さんは本から顔を上げて淡々と言った。本好きの神崎さんもフランス文学にはまだ手を出していないようで、茅野が何の本か訊くも首を振る。

「赤と黒」の主人公、ジュリアン・ソレルは野心家でナポレオン信者の頭の良い青年だ。難しい本だったのに、スラスラ読めてしまったのはその主人公の影響があったからだと思う。知り合いにいそうな彼はぼくの興味をそそるのに充分で、いつの間にか大した分量を読んでしまっていた。

 

「あら、何やってるのあんたたち」

 

 女子大部屋にやってきたビッチ先生は一箇所に固まった女子たちに不可解そうに目をぱちくりとする。

 

「渚ちゃんの鈍感さをどうすれば直せるかって話を今してたんだよ〜」

 

 倉橋さんがニコニコして答えるが、ぼくはそんな鈍感じゃないはずなんだけどなあと苦笑した。暗殺者としてそれなりに鋭いと自覚しているからだ。しかしビッチ先生も「そうね」と頷きさらに続けるのだった。

 

「それはそれで女として最高の才能よ。テクニックと身体で誘惑する女がいれば、本人が狙ってないのにもかかわらず人を魅了する女もいる。私は完全に前者だから渚が羨ましいわ」

 

「そういえばビッチ先生の恋愛ってどんなの〜?興味ある!」

 

「ビッチ先生の初恋の話聞きた〜い」

 

 倉橋さんと矢田さんが2人揃ってビッチ先生に尋ねた。

 

「初恋、そうね、15の時……あれは初恋と言ってもいいと思うわ。敵国軍の司令官でその時の暗殺標的だった男に恋をしたの」

 

「15が初恋?!ビッチ先生意外と初心だ〜」

 

「何よ。ちょうどあんたたちと同い年ぐらいじゃない」

 

「それでそれで?その人どんな人だったの?」

 

「無口で、女性には慣れてなさそうだったわ。なのに私の色仕掛けが効かなかった。悔しくて何度も何度も繰り返したらいつの間にか好きになっていたのよ。だからベッドに誘い込んだ時、自分が敵国から来たことを話してしまった。人生で1番の失態ね。でも彼は駆け落ちしないかと言ってくれた」

 

 ビッチ先生の意識の波長がくらぐらと不安定に乱れた。ぼくは彼女の顔色が哀しさを帯びていくのに息を詰まらせ、固唾を呑んで彼女を見つめた。今の話には続きがあるのだと本能的に悟って。

 

「敵同士の恋愛かあ。ロマンチック〜」

 

「羨ましいですねえ〜」

 

殺せんせーが後ろでニヤニヤしながらメモ帳に何やら書き込んでいる。ビッチ先生は慌ててナイフを投げた。

 

「アンタいつの間に!!」

 

「いいじゃないですか〜先生も禁断の恋愛気になります」

 

「そういう殺せんせーはどうなのよ」

 

片岡さんが聞きながらナイフを突き刺す。殺せんせーはそれを避けて天井に張り付いた。

 

「巨乳好きだし絶対恋愛の1つや2つあるでしょ」

 

「にゅやっ!そう来ますか……では失礼っ!」

 

マッハで部屋から逃げる殺せんせーにビッチ先生は女子たちに告げる。

 

「逃げた!捕まえるのよ!!」

 

 女子生徒たちが殺せんせーを追いかけにいった。座り直してお酒を飲むビッチ先生をつっついて、ぼくは少し躊躇した。こんな楽しい今だから、ぼくの訊く内容は触れてはいけないことなのかもしれない。でもぼくはビッチ先生の初恋の結末に興味が湧いたのだ。

 

「どうかしたの渚」

 

『その後、どうなったの?』

 

 ビッチ先生の顔色が曇った。ぼくにはその結果の予測がついてしまい、ああやっぱりそうかと落胆する気持ちが溢れた。

 

『__________殺したわ。相手が幸せそうに寝ている時に。一撃だったから、私が殺したことも知らずに死んだんじゃないかしら』

 

『悲しくなかったの?』

 

『私はプロ。そんな感情押し殺したわよ。だって私が殺したのに、自分で悲しむなんて愚かだと思わない?』

 

 殺せんせーの過去を打ち明けられた後、ぼくらは殺せんせーを殺すかどうか悩んだ。その時にビッチ先生が言った言葉をぼくは決して忘れないだろう。1番愚かな殺し方は感情や欲望で無計画に殺す事。そして自分の気持ちを殺して相手を殺すのが__________

 

『2番目に愚かな殺し方だったね』

 

 そうか。だからあの時あんな忠告をしたんだ。自分が経験した事あったから。

 

『渚、あんたは私みたいにならないようにね』

 

『……そうだね』

 

 自分の気持ちを殺して相手を殺す。ビッチ先生は察しがいい。それは殺せんせーを殺す時の命題になるんだから。

 

「あれ、杉野君からだ」

 

 4班のグループチャットに杉野君からのメッセージが届いていた。ぼくがスマホを開くとビッチ先生がそれを覗き込む。

 

 杉野:浅野こっちの旅館来てるよ

 

 ぼくは一瞬驚き、どういう心境の変化だろうかと考えた。すぐにタッチパネルに指を走らせ返信文を書く。

 

 渚:ほんと?今そっち行くね

 

「ごめん、ぼく今から男子大部屋行ってくるね。学秀が来てるらしいんだ」

 

「いってらっしゃい。キスの1つや2つして来なさいよ。あんたは出来るくせにやらないんだから」

 

 ビッチ先生は至って真面目な顔だった。ぼくは後ずさりして顔を顰める。

 

「あはは……遠慮しとく。じゃあ消灯時刻には帰ってくるね」

 

 ぼくは女子大部屋を出ると男子大部屋のある違う階へ向かった。そこはしおりを見なくても前回の修学旅行で使ったのでばっちり覚えていたのだ。

 男子は男子で気になる女子ランキングやってるんだろうなあきっと。

 

「ごめんメッセージ見て来たんだけど……」

 

「「「来るのはやっ」」」

 

 そこまで早く来たつもりはないのに男子たちはぼくを見て同時に言った。ぼくは床に置いてある気になる女子ランキングの紙に目をやり、やっぱりかと心の中で呟く。しかし1番上に書いてある名前は神崎さんではなくぼくの名前で、動揺した。理由には大きく「天使だから」と書かれている。男子だった時より女子の方がモテるのは何だか複雑な気分だ。

 

「見てない。ぼくは見てないよ」

 

「見たんだな渚ちゃん」

 

「ところで渚、何でここに?」

 

 学秀は潰れた缶コーヒーをゴミ箱に捨てた。大部屋には持ってきたばかりと思われる学秀の荷物が固めて置いてある。

 

「何ではこっちのセリフだよ学秀。A組なのにE組のとこ来ていいの?」

 

 あの騒動の後、学秀はすぐA組の班に戻ったと聞いていたので学秀がE組に混じっていることにはちょっとした驚きを感じていた。何の心境の変化なんだろう。

 

「心配だから今日と明日はE組と行動しようと思ってね。またあんなことが起こっても問題だと担任に断りを入れておいた。これも生徒会長の役目だ」

 

「目的が透けて見えてるぜ、生徒会長」

 

 前原君がぼくと学秀を交互に見てくっくっと笑いを堪えていた。他に目的……って何なんだろう。学秀もE組のみんなと行動したかったのかな。

 

「しかしこのむさ苦しい中に女子がいるだけでこうも華やぐんだな!天使ちゃんせっかくだから王様ゲーm__________」

 

 岡島君は学秀によって一撃の制裁を与えられてその場に倒れた。

 確かに岡島君の言う通りぼくは女子1人になるわけだ。よく考えたら男子の恋バナに女子がいるのも変な話で、ひょっとすると帰ったほうがいいんじゃないかとさえ思えてくる。前と違うシチュエーションにちょっと居づらいなあと動けずにいると、それを見かねてか学秀が声をかけてきた。

 

「おいで渚」

 

 手招きをされぼくは居てもいいんだと分かりホッとした。そして手にもつお菓子でもともとの目的を思い出した。

 

「あ、そうだ。これお菓子。お土産みたいなものだからお金とか気にしないでね」

 

 女子に奢られるのは嫌いだろうと思いそう言う。実のところそれは今日のお礼でもあるけど、お礼はちゃんと口で言いたいのであえてふせることにした。それにゲームで取ったお菓子をお礼に渡すのってどうなんだろう。お礼にしては軽すぎるかもしれない。とはいえ、それ以外にお礼の方法がまるっきり思いつかなかったから仕方がないことだ。

 ぼくがずっと見つめていたからだろうか、学秀はぼくの視線から避けるようにお菓子をスクールバッグにしまった。

 

「夜中に菓子類は食べない方がいいだろうからね」

 

「今食べようなんて言ってないよ?!」

 

「明日の新幹線で食べよう。いいな?」

 

「ぼくそんな食いしん坊じゃないって」

 

 一方男子たちの注目はレモン煮オレを飲むカルマ君に移っていた。

 

「そーいやカルマお前は?クラスに気になる女子いる?」

 

「んー……」

 

 カルマ君はぼくと学秀を視界に収め、目を閉じた。

 

「奥田さん、かな〜」

 

 1周目と全く同じカルマ君の台詞に驚くこともなく、その後の理由も聞き慣れたものだった。奥田さんが気になっているのは多分本当なんだろう。カルマ君の場合それは恋愛になるのかどうか微妙なところだけど。

 ぼくは何故か一安心している学秀に向き直った。

 

「あのさ、ありがと」

 

 少し気恥ずかしくてぼそりとお礼を呟く。学秀が頭を少し傾けた。何のお礼なのか疑問に思っているようだ。

 

「学秀が居なかったら今回の修学旅行は助かってなかったかも。だからほんとにありがと」

 

「今回……?」

 

 学秀が同じ言葉を繰り返し、ぼくはどきりとした。いつもぼくが可笑しなことを言っても見逃す学秀のことだから、普通にスルーされると思っていたのだ。

 

「ま、前に修学旅行で拉致られた時のことだよ……あの時はたまたま助かって__________」

 

「そうか」

 

 ぼくの苦し紛れの言い訳に学秀は口の中で小さく呟いた。考え事をしているのがすぐに分かり、これは気づいてしまったんじゃないかと大きく息を吐く。学秀の意識の波長は滅多に変動しないから何を考えているのか見分けにくい。

 

「メモって逃げたぞ!つかまえろーーーー!!」

 

 男子大部屋から生徒たちが出て行くのを学秀は横目で見て、柔らかく笑った。真っ直ぐとぼくの目を見据えた彼は全てを理解しているかのようでちょっとした恐怖を覚える。

 

「なんてな。嘘を吐いていることぐらい分かる。君はひょっとして僕を馬鹿にしているのか?」

 

「なっ、そんなことしてないよ!」

 

 思わぬ勘違いを否定して声を荒げた。

 

「渚の話し方は片っ端からボロが出ているようだからね」

 

 片っ端からボロ……って。ヒントのつもりだったんだけどなあ。端から見たらそう見えるようだ。

 

「月が爆破されたあの日、僕は到底信じ難いある仮説を立てた」

 

 動悸が激しく鳴る。月が爆破された日__________って3月じゃないか。今考えたらぼくは学秀にヒントを与え過ぎていた。頭の良い彼にそんな簡単なヒントが分からないはずがない。もちろん気がついていた。知っていて知らないふりをしていたのだ!

 

「そして今もその仮説を信じている」

 

「学秀ずっと知って__________?!」

 

 ぼくの口は学秀に塞がれた。囁くように彼は正しい仮説を唱える。それは2周目のぼくとしては100点満点の答えだった。

 

「渚がE組に来るのは2度目なんじゃないのか?」

 

 歓喜で唇が震える。ヒントは用意していた。だから学秀にバレることは計算の内だ。でもこんなに正解に近づくとは思っていなかったし、3月の時点で気づいていたなんて予想もしていなかった__________まあ、いいか。ずっと待っていたんだから。

 

「よく分かったね」

 

 ぼくは微笑んで正解を讃えた。




原作からの変更点

・杉野×神崎をするための露骨な描写
・渚ちゃんの気になる人と好みのタイプ
・ビッチ先生の恋愛話は暗かった

今回の話は渚ちゃん目線になっただけなので展開的には前回と同じですね。後半内容が似すぎて手抜き感が……次回、転校生登場で波乱の予感。

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