修学旅行明けの月曜日。椚ヶ丘駅の改札口から出ると待ち構えていたかのように学秀の姿が見える。ぼくが少し気まずくなり目を逸らすと、学秀は躊躇なくぼくに質問を投げかけた。
「この前の話は本当なんだな?」
「うん、全部本当だよ」
修学旅行で学秀に訊かれた時、ぼくはおおよそ話せると思ったことの全てを話した。つまり、実際は全体の2割を隠したというわけだ。例えば茅野のことについてはまるで触れていないし、殺せんせーの正体についても語らなかった。理由は守秘義務があると判断したからだ。
「自殺して時間が巻き戻った……か。小説みたいな話だな」
「ぼくもそう思うよ」
「屋上から飛び降りたとか?」
「何の話?」
「どうやって自殺したのか」
学秀の言葉にぼくは意味を理解して記憶を辿る。確か自殺したのは殺せんせーと茅野が死んだ次の日で、それは卒業式があった3月13日のこと。卒業式には出席した覚えがある。それでその後は__________
「えっと……」
あれ。どうやって自殺したんだっけ?
1周目の記憶を何度思い返しても自分がどう自殺したのか思い出せなかった。自殺だったという事実しか脳裏に浮かんでこないのだ。
ぼくの様子に肩を竦め、学秀は申し訳なさそうに顔を背けた。その様子にぎこちなさを感じたのは気のせいではないのだろう。学秀とは1周目の話をしてからどうしても前より距離を感じた。前と同じような振る舞いなのに、空気が少し違う。
「……言いたくないならいい。思えば少し不躾な質問だしね。ところで明日来ると言っていた転校生のことだが、政府の機密データから確認済みだ。もう1人はまだ調整中らしいが……」
「前もそうだったから大丈夫。明日来る転校生は自律思考固定砲台。かわいい女子のイメージを持つAIだよ。授業中銃をずっと撃ち続けたからクラスの反感買ったんだけど、殺せんせーの改造でクラスに馴染むようになったんだ」
「へえ、機械を生徒として送り込むとはそろそろ政府も手詰まりらしいな」
教室のドアを開け、席の近くに置かれた黒い箱を学秀は無視して着席する。すると暗かった画面が明るくなり美少女が映し出された。
「おはようございます。''自律思考固定砲台''です。よろしくお願いします」
にこやかに律がそう言った。久しぶりに見る律はなんだか懐かしく思えてくる。映像上で姿が同じだからかもしれない。でもそれと同時に機械である以上ぼくにとっては脅威だ。意識の波長は奇妙に一定で、息の乱れも無ければ顔色に変化があるわけでもない。
正直、律が協調という考え方をしていなかったらこの教室は完全に彼女の縄張りだっただろう。
朝礼の時間になると待ち構えていたかのように烏間先生が現れ、転校生の説明を始める。
「みんな知ってると思うが、転校生を紹介する。ノルウェーから来た自律思考固定砲台さんだ」
「皆さんよろしくお願いします」
烏間先生の冷や汗に生徒たちは気を遣い、余計な口出しはしなかった。そんな中、クスクス笑いを誤魔化そうともしない者が1名。殺せんせーだ。
「お前が笑うな。同じイロモノだろうが」
「自動販売機みたいな形してるよね……ほら、最近よく駅前にあるやつ」
「はは……」
小声で茅野が耳打ちしてきて、言いたいことはよく分かったが口からは乾いた笑みしか出てこなかった。関東周辺で駅を中心に置かれたタッチパネル式自動販売機はまさに律のような姿をしている。
でも銃撃に振り回されたらもう同じ台詞は言えなくなるよきっと。
「……なるほどねぇ、契約を逆手にとって機械を生徒に仕立て上げたということですか。いいでしょう、自律思考固定砲台さん。あなたをE組に歓迎します!」
この後行われた転校生の射撃は殺せんせーの触手の指を3本吹っ飛ばした。普段教卓に居座るメルは不愉快そうな鳴き声を上げ、2時間目からは姿を消した。その一方、律は傍迷惑な射撃の後で掃除機の先のようなものを出しBB弾を回収する。リサイクルみたいなものなのだろうか。びっくりだ。
「よく分からない暗殺者がまた現れたな〜」
杉野君はその掃除に苦笑いをしてぼくに同意を求めた。ただ無心に律を眺めるぼくにその言葉は届いておらず、肩を揺すられてようやく気づく。
「おい、どうしたんだよ。浅野も変だけど何かあったのか?」
「学秀も変って?」
後ろの席を振り返るとそこには黒いオーラを垂れ流してパソコンのキーボードを打つ学秀の姿があった。少しオタk……いや、インテリ男子に見える。彼は律の席から近いということもあり人一倍騒音を浴びていたようだ。そこで何か復讐できないかと考えているらしい。その様子に隣の席のカルマ君がニヤリと悪戯道具一式を取り出した。これは間違いなくアレだ。ビッチ先生の時にやらかしたみたいなことをする気だ。
「と思ったが浅野はあれで通常運転だったな。ついでにカルマも」
「うん、あの2人にはなるべく近寄らないようにしよう」
E組の意見はほぼ一致していた。
*
翌日。律の身体は寺坂君のガムテープで拘束されていた。学秀のクラッキング行為は防がれたようだが、逆に紙で画面を隠し落書きというカルマ君の古典的な嫌がらせにも対抗する手段はなかった。機械らしい口調で殺せんせーに文句を言う律に対して、寺坂君とカルマ君の言い分はこうだった。
「どー考えたって授業の邪魔だろうが。人間の常識ぐらい身につけてから殺りに来いよポンコツ」
「え、面白いから悪戯して何が悪いの?」
寺坂君の意見には同意する声が多かったが、カルマ君の快楽犯のような言い分には苦笑いしか出なかった。どうにか彼が道を誤らないことを祈るばかりである。
しかし律の不幸はこれのみに留まらなかった。メルがうっかり律の電源スイッチ(そんなものがあることすらぼくは知らなかったけど)を消してしまい、完全に動きを止められていた。ぼくと倉橋さんが流石にそれは酷いとお説教をしたため、放課後には電源をオンにせざるを得なくなったが反省しているようには思えなかった。
ようやくガムテープから解放され、放課後で開発者に連絡を取る律はとても冷静に見えた。まだ殺せんせーの手入れをされていないからなのか表情は一定して無だ。
「まだ帰ってなかったのか」
教室で本を読んで殺せんせーが手入れに来るのを待っていると、学秀が生徒会の仕事から帰ってきたようでぼくに午前ティーシリーズミルクティーを投げる。本校舎で売っているそれはE組の生徒だと少し高い値段でコンビニで買うか、集会の日にしか買うことが出来ない。
「……学秀こそ」
「殺せんせーの手入れにちょっとした協力をしようと思ってね」
「ぼくはその見学待ちなんだ。ちょっと気になることがあって」
ぼくが事前に改造のことを話したからか学秀はとても乗り気だ。殺せんせーが後ろから登場し、ぼくらが手入れの見学をすることを伝えると嬉しそうに独特の笑い声を出した。
「ヌルフフフフフ。手入れの準備は万端ですねぇ」
「手入れ?私に危害を加えるのは契約で禁止されているはずですが」
「改良することは禁止されていませんよ。転校生はクラスに馴染むのが大変でしょう。しかし協調の方法は自分で考えなくては」
「協調ですか」
律は息を小さく呑んだ。今まで気づかなかったことに気づいたかのように。
「殺せんせー……?」
小さく呟かれた言葉を全て聞いたのはぼくだけだった。あっと口から出てきた声を抑え、殺せんせーの課外授業に耳を傾ける。
「__________君は学習能力と学習意欲が高い。その才能を伸ばすのは担任である先生の仕事ですからねえ」
殺せんせーは改造処置をマッハで終え、画面に映る表情豊かな律に満足気に吐息した。それを合図にしてずっと席に座って観察していた学秀が立ち上がる。
「次は僕の番だな」
「殺せんせーの手入れは大体分かるけど……学秀は何をする気なの?」
「手入れというほどでもない。入れ知恵だ。そうだな、知識はあった方がいい。暗殺者なら誰だってそう思うだろう。だが、果たして大事なのは知識だけか?役に立つ技術というものは実践して初めて証明される」
「訳が分かりません。射撃の実践なら既に実行致しましたが」
銃を撃つ真似をして首を傾げる律は随分可愛らしくなっている。学秀は普段するスピーチのような多少回りくどい言い方を使い律に説明していった。
「E組にいる暗殺者の1人は毒に特化した暗殺を行う。野球に特化した者、エロに特化した者と様々だ。君の場合、それは射撃じゃない。学習能力だ」
「それ先生もさっき言いました!」
殺せんせーがぷんすかして口をへの字にした。
「……だから授業は積極的に参加した方がいい。その身体だと参加できないものがどうしても幾つか出てくるが。家庭科や体育。家庭科はまだしも、体育は暗殺対象が動く以上必要不可欠だとは思わないか?」
「おっしゃる通りです。殺せんせーの超スピードがある以上定位置での射撃は不利かと思われます」
「だそうだ。殺せんせー、後は任せよう」
「お任せあれ!先生が動きやすい機体にしてみせます」
殺せんせーは学秀に頼りにされて急に元気を取り戻す。扱いやすい……単純だ。しかしてっきり学秀が改造に手を出すと思っていたためぼくにとってそれは意外だった。
「え?学秀がするんじゃないの?!」
「忘れているかもしれないが、僕はまだ中学生だ。機械にタイヤを付けるやり方なんて知らない」
知ってそうな中学生を1人思い出したが、彼はあいにく触手実験中である。ただ、学秀は万能だと思っていたので出来ないことがあることに驚いた。
「浅野君、機械にタイヤを付けるだけなんですか?てっきりガン○ムみたいに改造するのかと思いましたよ」
殺せんせーのボケ発言にぼくらは顔を見合わせた。
「「ガ○ダム……」」
有名な黒い''アレ''に頭の部分だけ律が映る画面が付く様を想像する。シュールだ。それはそれで性能アップになりそうだけど、ナンカチガウ。それはもう律じゃなくなる気がした。
学秀は何がツボにハマったのか笑いを堪えている。
「そっちじゃなくて……動く自動販売機の様なものを想像していたんだが」
「自動販売機ですか。先生頑張ってみます!」
その後すぐ下校を促され、タイヤ付きの律は見ずに帰った。まさか先生が言葉の通りに受け取ったとは知らず、翌日になって驚くことになる。
*
「あ、天使ちゃんおはよ〜」
旧校舎への山道で倉橋さんに遭遇する。ぼくはここぞとばかりに昨日のことを尋ねた。
「メル昨日何か言ってた?」
「ああ、転校生ちゃんの電源切っちゃったこと?安眠の邪魔した報いって言ってたよ〜。でも天使ちゃんに怒られたのちょっと気にしてたみたい」
「ぼくも少し怒りすぎたからなあ」
「でも転校生ちゃんいきなり銃乱射するんだもん。メルも怒るよ〜」
「今日はそんなことないと思うんだけど……」
ドアを開けるとそこには自動販売機があった。ドアをもう一度閉じる。2度目に開けても目の前にあるのは黒い自動販売機だ。東京でよく見かけるタッチパネル式自動販売機に酷似していて、違う点は律がショップ店員風の服で営業スマイルを浮かべているぐらいだ。いや、なんでこうなった。画面にはいちご煮オレを持つ笑顔の律が居て、ぼくは冷や汗混じりに「どういうこと」と口の中で呟いた。
「おはようございます、渚さん、陽菜乃さん。朝のドリンクはいかがですか?本日のおすすめはいちご煮オレです!」
…………
「浅野君のアドバイス通り、自動販売機に改造してみました!いやあ、コンビニで飲み物買うの大変だったんですよ〜」
「殺せんせー……進化させる方向が間違ってるよ」
「面白そうだから買ってみるね!えーっと、この猫のエサくださ〜い」
倉橋さんが楽しげに自動販売機のメニュー一覧にある猫のエサを指差した。どうやらこの自動販売機、猫のエサも買えるらしい。
「100円を投入してください」
金取るのかよ?!
「でも昨日より社交的ね……あの自動販売機機能は要らないけど」
狭間さんが核心を突く発言をし、殺せんせーに精神的なダメージを与えることに成功する。提案したのは学秀だが、付け加えたのは殺せんせーであるため、要らないと言われたことにショックを受けたようだ。
「ふん。どーせあのタコの作ったプログラムのことだ。愛想良くても空気読まずにまた射撃すんだろポンコツ」
「お気持ちは察します。昨日までの私はそうでしたから……ポンコツ。返す言葉もありません」
律が涙をぽろぽろ流した。ぼくは美少女の涙はいつだって最強というビッチ先生からの教えを思い出し、矢田さんと倉橋さんと一緒にクスクス笑みを零した。案の定、さっきまで敵だったE組生徒たちはころっと律側に寝返った。人望があまりない寺坂君が完全に悪者扱いである。
「あーあ。泣かせた」
「寺坂君が2次元の女の子泣かせちゃった」
「おい、誤解される言い方止めろ!」
女子たちのイジリに寺坂君が慌てる。これでは完全に悪者じゃないかと辺りを見渡すがもう遅い。フォロー役はもういなかった。
「いいじゃないか2D。Dを1つ失うところから女は始まる」
「…………竹林、オタクだったのか」
竹林君の言葉に学秀が神妙な趣で頷いた。E組情報に詳しい彼もこれは初耳だったらしい。ここぞとばかりにメイド喫茶への勧誘を始める竹林君に「間に合ってる」と学秀が言うが、手には店の割引チケットを握らされていた。常連になる日も遠くないだろう。
授業が始まる頃、自動販売機の営業は終了していた。彼女曰く授業中の射撃は今後遠慮するとのことだ。その代わりに椚ヶ丘の制服姿になった眼鏡っ娘の律がノートを片手にビッチ先生の授業を熱心に受けている。
『私の開発者はノルウェー訛りの英語を話すのでとても興味深いです』
と綺麗なイギリス英語で言う彼女にビッチ先生は引きつった笑いを浮かべていた。機械なので学習能力は人間に比べずっと高い。つまり一回の授業で完璧な発音を身につけたわけだ。
続いての美術では菅原君顔負けの技術を披露し(ほぼ写真)、工作では体内で創作した花を提出した。昼休みになると既に彼女はE組での人気者となっていた。
「へえ〜身体の中で何でも作れるんだね〜」
左側を使い猫じゃらしでメルと遊ぶ律に矢田さんが感心して言う。いつの間にかメルと律は和解していた。逆に手なづけられてるぐらいだから律は侮れない。
「はい、設計図があれば何でも作れますよ!」
「美術の時も筆とか色々出してたよね。じゃあさ、今度対先生ナイフとか作ってみてよ!」
「いいねいいね〜。そしたら明日の体育の授業出れそ〜」
「みんな流石に無茶ぶりじゃない?」
盛り上がる矢田さんと倉橋さんに速水さんが冷静な一言を告げる。しかしその会話を聞いていた律は全く問題無さそうな顔だった。
「はい、分かりました!千葉君、王手です」
「凄い強いな。3回やって全部負けた」
右側では将棋で千葉君と対戦しており、1回も勝てないぐらい強いと普段クールな千葉君が焦りを見せていた。
「ちっ……またか」
一方、学秀は何度目かの舌打ちをしてパソコンのキーボードを打ち続けている。周りはそれを少し遠巻きに見て、ヒソヒソと話していた。
「地味に浅野君と転校生戦ってるんだね〜」
「あの様子だと負けてるみたいだよ」
「やるじゃん」
特に噂話の好きな女子たちが転校生の大健闘にきゃっきゃっ騒いでいる。ぼくは手元に飲み物がないことに気づき、ついさっきまでやっていた律の自動販売機を思い出した。
「ごめん、律。自動販売機まだやってる?飲み物買い忘れちゃって。ミルクティー1つ……ってどうしたのみんな?」
コイン投入口から120円を入れ、律からミルクティーを受け取ると動きが止まった周りを見渡す。
「今渚ちゃん''律''って」
「私もちょうどそういうの考えてた!わー先に言われた」
元の名付け親である不破さんが取られたという顔をしており、ぼくは目を逸らした。その先に律がいてばっちり目が合う。何だか見透かされた気がしてバツが悪くなった。
「……ではこれからは''律''とお呼びください!」
「随分と馴染んでるな。開発者がそれをどう思うかは知らないが」
学秀は隣の席のカルマ君に言うと、全く同じことを考えていたらしく彼は同意を返す。E組の中でも良い意味でずる賢い彼らはこの後の予想がついているのだろう。
「良くは思わないだろーね。プログラム通りに動いてるだけだから、開発者にプログラムを元通りにされたら元に戻るんでしょ」
「何度も外部からの侵入を試みたがそれは無理のようだ。開発者にしかプログラムの書き換えは出来ないようだな」
「それじゃ、あとは開発者次第ってとこかな」
カルマ君は律の自動販売機機能で買ったいちご煮オレをストローで飲み干した。ぼくは何処となく不思議な気分になって律を見つめる。何だろう、この違和感。
次の日、律は今まで通りで何も変化は起きなかった。次の日も次の日も、自動販売機型自律思考固定砲台はずっと同じ姿のまま1週間が過ぎ、律は完全にE組に馴染んで行った。
いつの間にか律が体育に参加するのは当然のことになっていた。休み時間は飲み物を売るか生徒たちと遊び、授業に関して言うと数学では1番なのに現代文ではいつも苦戦している。自動販売機機能はお弁当まで売るようになった。最近ではフランス語を習得したらしい。憎たらしいほどの発音の良さにビッチ先生が愚痴を漏らしていた。
__________そして1周目と大きく異なる変化は認知されることなく、季節は6月になった。
原作からの変更点
・渚ちゃんの1周目を8割知る学秀君。そしてそこには深く触れない。
・律の機能追加。
・律の行動に変化
・授業に積極参加。美術や工作にも参加。
・開発者による分解が起こらなかった。
今回は律の機能を進化させたくて頑張りました。律ってぶっちゃけ駅に売ってるタッチパネル式の自動販売機じゃない?という作者の妄想が入ってます。前回波乱の回と言いましたが書いてみると、ただの日常回っぽいですね。なんででしょう(知らないふり)
一方作者はテストが終わってようやく一安心。徐々に更新スピード戻していきたいと思います(できれば)