クラップスタナーは2度鳴る。   作:パラプリュイ

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触手のはなし。

 放課後になり、殺せんせーとイトナ君の試合形式の暗殺がスタートする。いつもならすぐに家に帰るみんなも転校生暗殺者の試合ということで注目しているようだ。

 

「ただの暗殺じゃあつまらないよね、殺せんせー。ルールとしてリングの外に足が出たら死刑っていうのはどうだい?」

 

「いいでしょう。その代わり生徒に手を出してはダメですよ」

 

 シロの提案を殺せんせーは潔く呑んだ。殺せんせーからの申し出はシロに自分の弱点を知らしめているだけではないかという気にさせられる。現にシロは生徒を人質に使った暗殺をするのだから、この時にそれを察知したのだろう。

 

「では審判は私、律がいたしましょう!」

 

 律はサッカーの審判をイメージしているのか超体育着のスカート版に笛をぶら下げている。ノリノリだ。クラスメイトがみんな引くぐらいこの場を楽しんでる。

 

「いちについて……暗殺開始!」

 

 開始と同時に斬り落とされた触手に、クラス中の視線は1つの場所に集まっていた。それは殺せんせーの斬られた触手__________ではなく、イトナ君の頭から出た無数の触手。

 

「「「「触手?!」」」」

 

 驚くと同時に「なるほどね」という納得の声も聞こえる。兄弟__________人とタコではあり得ない話だが、同じ触手持ちだからという話なら理解できる。殺せんせーが先に造られて、後に造られた2号がイトナ君なのだろうと。

 

「な、なんとイトナ選手!触手を出してきましたー!これは殺せんせーの反応が気になるところですね__________」

 

 空気を読まない律の解説にいくらか冷静さを取り戻す生徒も多い。律のいう殺せんせーの反応はひと言で言うとど怒りだった。真っ黒い顔は憤怒しており、触手は小刻みに震えている。ぼくがこの怒りをもう一度見ることになるんなら触手を使うのは止めとこうかなと思うほど、殺せんせーは激怒していた。

 

「どこで手に入れたッ!その触手は__________」

 

「おや。何か嫌なことを思い出した顔だね。でもこれで分かったろう?イトナが紛れもなく君の弟だということが」

 

 シロの言葉に殺せんせーは目をギラリと光らせた。相手の正体が誰なのか思い当たったのだろう。

 

「どうやらあなたに話を聞く必要があるようだ」

 

殺せんせーが珍しく動揺している。シロが次の行動を取る前に隣を見れば、学秀がイトナ君の触手に対して「確かに弟だな」と大きく納得していた。

 

「もっとも渚が対先生ナイフを使った時点で気が付いていたが」

 

「ああ……やっぱり分かってたんだ」

 

 驚く顔見たかったんだけどなあ。一筋縄ではいかないようだ。

 

「シロ選手補助。圧力光線を放ちました!ここで律の考察をしましょう。殺せんせーは至近距離で圧力光線を浴びると触手細胞がダイラタント挙動を起こし、2.36秒間の硬直をする模様です。便利ですね!明日からこの圧力光線は5万円で販売されますので、興味のある方は自動販売機''律''まで」

 

「「「「誰が買うか?!」」」」

 

 あからさまなダイマとぼったくりをする律に全員が突っ込んだ。律の解説は見事にシロの台詞を全て奪っており、何故その原理を知っているんだとばかりに律を見やるシロが少し滑稽に見えた。それにしても5万円か……高すぎる。自販機で買えるなら買いたいんだけどなあ。

 悩んでいると横から学秀が話しかけてきた。

 

「ところで渚、中2の時に行った施設、触手について研究していたらしいよ」

 

「え?あ、うわ……」

 

 ちゃっかり調べてたな、学秀。

 予想外の事態に慌ててふためき、言い訳を思いつかずに目を明後日の方向に向ける。それは自白をしてるも同然だった。

 

「あの時会ったのはどこの高速マッハなタコちゃん先生だったんだろうね」

 

 すっと薄く目を細める学秀に更にうっと言葉をを詰まらせた。ぼくが寄越したヒントと全く同じ言い方は前々から知ってはいたけどという前置きのように聞こえた。

 

 バ・レ・て・る。

 

 よくよく考えたら研究施設に潜入なんて、普通の中学生がすることじゃない。E組にいた時の感覚でやってしまったけど、あれでも一般人の学秀からしたら「研究施設に何しに行くんだこいつ」って不審がられて調べたんだろうなあ。

 ぼくらがそんなのんびりとしたやり取りをしている中、試合はイトナ君の優勢で進んでいた。何本もの触手に攻撃された殺せんせーが天井に逃げる様を律が殺せんせーを追う自身のカメラで状況を見極め、解説していく。

 

「殺られた?!殺選手殺られたか?!いや、これは脱皮のようです!!殺選手、なんと天井におりました!」

 

「脱皮……ね。そういえばそんなのもあったっけ。でもね、殺せんせー。それにも弱点があるのを知ってるよ」

 

 シロによって語られた殺せんせーの弱点。脱皮直後と再生直後にスピードが低下すること。E組の教室内に仕掛けられたカメラからもそれは判明していた。ただし、それは極々僅かな変化であり、通常の人間はその速さに気づけはしないということも理解されていた。

 そのため、クラス全員は僅かに低下したスピードに追いつけるイトナ君を見て焦りを感じていた。

 殺せないはずの先生が殺されるかもしれない__________自分たちでない誰かの手によって。もしも殺し屋が来て先生を殺してしまったら。まさに中間テストの時に殺せんせーの言っていた例だ。

 

「ねえ天使ちゃん。イトナ君が殺せんせーを殺せたら、地球は救えるんだよね」

 

「そうだね」

 

「何でだろう。全然嬉しくないや」

 

 倉橋さんは唇を軽く噛んだ。ぼくはE組全体を見渡し、雰囲気が変わったのを察する。

 本当は地球を救うために、とかなんて大それたこと思ってる生徒はほとんどいない。賞金に釣られて始めた暗殺だけど、ビッチ先生や律のような暗殺者が来るにつれてE組の中で1つの想いが芽生えつつあった。

 

 E組(ぼくら)が殺したい__________と。

 

「どこの世界でも考えることは同じなんだね」

 

 あの時ぼくも先生が殺されてしまうかもしれないことに焦った。そこで悔しさを感じたのをよく覚えている。

 その感情を、緊張を、意識の波長を肌身に感じ、E組の殺意がまとまった。

 ぼくはこの空気が堪らなく好きだ。

 

「さて、イトナ選手が圧倒的に有利なこの状況!!殺選手は一体どうするのでしょうか?ここで律からのお助けタイムです」

 

 律が対先生ナイフを体内で形成し、殺せんせーに超高速で飛ばした。

 

「対先生ナイフを作る約束でしたから」

 

 律の言葉にそれを約束した女子生徒が眉を潜めた。約束はしたにしろ、今使うの?という反応だ。

 

「律、何でイトナ君の味方してるんだろう?」

 

 茅野が耳打ちしてきた。ぼくは律をじーっと見て、少し記憶を遡って彼女の行動の真意に気づく。

 

「……違う。律はきっと__________」

 

 ぼくの視線に気づいた律はウィンクをした。それが彼女の行動の全てを語っていた。

 

「殺れ、イトナ」

 

 イトナ君が触手を振り上げた。殺せんせーに向けられた触手が、床に打ち付けられてベチャリと溶ける音がした。殺せんせーは律に投げつけられた対先生ナイフをハンカチで掴み、床に落としていたのだ。

 殺せんせーはイトナ君を脱皮した抜け殻で包み、ジタバタする様子を眺める。そして律の方向を振り返り、お礼を言った。

 

「……ありがとうございます、律さん。おかげで助かりました」

 

「お褒めにあずかり光栄です、殺せんせー」

 

 にっこりと微笑んで律は照れくさそうに髪を触った。律のお助けタイム。シロからすればイトナに対する助けに聞こえる。だからこそ、それを狙っての対先生ナイフなのだ。名称からは殺せんせーのみに効く武器だと思われがちだ。つまり本当ならば対先生ナイフと名付けられるべきではない。

 対触手ナイフ。それがこのナイフの本当の名称であり、実際の使い方だ。

 

「同じ触手持ちなら好みや思考も似通っている。ようするに、弱点も同じなんですよ」

 

 先生はイトナを包んだ抜け殻を窓に投げ飛ばした。

 

「先生の抜け殻で包んだのでダメージはないはずです。でも君はリングの外にいる。先生の勝ちですねぇ」

 

 緑のしましまで余裕気に笑う殺せんせーを錯乱した表情で倒れたイトナ君は見上げる。

 

「俺が……負けた……?勝てない、俺……が弱い……?」

 

 そんなはずはない。彼の触手はそう言っているような気がした。イトナ君の触手が黒く染まっていく。

 

「俺は強い!この触手で強くなった__________誰よりも」

 

 ぼくの指がイトナ君の首筋に突きつけられている。彼の脈が、呼吸が、意識の波長が緩やかに戻った。

 彼の思考はクリアになっただろう。殺意が緩やかに消え去り、静かに一定の脈拍を保つ。ぼくはそっと相手の殺意が戻らない内に小さく囁いた。

 

「落ち着こう。ね?」

 

「渚……」

 

「イトナ君。E組に来ようよ。今のイトナ君は確かに強い。でも、殺せんせーを殺すには教室にいなきゃ分かんないことのが多いんだ」

 

「俺は……仲良しごっこの為に来たんじゃない。あいつを殺しに来たんだ」

 

「イトナ、帰ろうか。殺せんせー、転入早々で申し訳ないですが、しばらく休学させていただきますよ。この子の精神状態は学校に通わせられるものじゃない」

 

  「待ってください。1度E組に入ったからには教師として卒業まで見届ける責任があります。それからあなたにも話を聞きたい」

 

 殺せんせーがシロの肩に触れると、触手がどろりと溶けた。

 

「対触手繊維。君は私に触手1本触れられない」

 

 殺せんせーは自身の触手が溶けているのを感慨深そうに眺めた。今日は随分触手のダメージを受ける日である。

 

「来い、イトナ」

 

 イトナ君は無言でシロについて行った。途中で振り返り、ぼくと目が合う。こういう時、何て言えばいいんだろう。そうふと考え、当たり障りのない言葉を彼に送った。よく考えたらそんな言葉でさえ、彼には物珍しかったかもしれない。

 

「イトナ君、またE組に来てね。待ってるから」

 

 彼はぼくの言葉に無言でコクリと頷き、シロの後を追いかけた。彼はその後1度も後ろを振り返らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 放課後、ぼくらは殺せんせーに過去について尋ねた。良い返事は得られず、先生のアドバイスは1つだった。知りたければ殺してみろ__________その脅しとも受け取れるアドバイスに導かれるように生徒たちは一層殺意を高まらせていく。

 

「烏間先生に暗殺についてもっと教えてほしいって頼みに行こうとおもうんだけど、どうかな?」

 

 いつものように提案をしたのは磯貝君だった。暗殺に積極的な生徒の数名がそれに賛同していく。

 

「賛成〜」

 

「俺らの手で担任を殺したいもんな」

 

「他の暗殺者に先越されたくないもんね〜」

 

「ごめん!あたし今日は限定プリン買いに行きたいからまた今度ね」

 

「そっか。また明日、茅野」

 

 茅野が足早に教室を出て行った。磯貝君はぼくに目線を移す。

 

「あ、ぼく殺せんせーに用事あるから後から参加するね」

 

「分かった。浅野も?」

 

「ああ、そうだな」

 

 学秀はぼくの目配せに頷いた。ほとんどの暗殺に積極的な生徒は烏間先生に追加授業を頼みに行き、残りの生徒たちは既に下校済みのため教室にはぼくと学秀、そして律の3人しかいない。

 

「何だ?殺せんせーに用事ってわけじゃないだろう」

 

「うん、さっきのは嘘。用事があるのは律になんだ」

 

「何の御用でしょうか、渚さん」

 

 律は声に反応して画面を明るくした。目が眠たそうなところを見ると今の今まで休息を取っていたようだ。何だか申し訳ない。

 

「L1NEでも言ったけど、一応紹介しておこうと思ってさ。浅野学秀。ぼくの1番信頼できる協力者だよ。ぼくが2周目だってことを知ってる」

 

「渚、それは言ってもいい事なのか?」

 

「いいんだ。だって__________律も2周目だから」

 

彼は息を呑んだ。やっと見れた、驚いた顔。

 学秀と仲直りした日、ぼくは律と女子トークという名の探り合いを行った。律はぼくに幾つもの質問をした。殺せんせーの弱点は全部でいくつあるか、ソニックニンジャのテーマソングを覚えているかなど。実際のところテーマソングは覚えていなかったが、最終的に律はぼくを潮田渚の2周目だと認めるに至ったのだ。

 話をしていくにつれ、ぼくらはある約束をすることにした。それはE組を不幸にしないこと。1周目の結末を繰り返さないこと。みんなを救うこと。

 その説明でぼくらがクラスの誰にも知られずに行動を移していたことを理解した学秀は状況を呑み込み始めた。

 

「所謂同盟か。目的が一致する相手と契約を交わし、協力関係になる」

 

「そんな難しいことじゃないけどね」

 

「でも指切りげんまんは絶対なんですよね?」

 

「……うん。そうだよ」

 

 約束する時にぼくが言った言葉を取り出し律が確認した。律は学習するAIなので、1度インプットされると上書きしない限り記憶(データ)を覚えている。2周目の記憶もぼくよりずっと正確だ。

 だから彼女は結果として失敗してしまったが、ぼくより迅速に雪村先生の救助に対応できた。

 触手地雷は本来生命を感知した場合、生物の心臓部を的確に攻撃してくる。攻撃箇所が1周目と違ったのは彼女の仕業だったのだ。まだ試作途中だった彼女は開発者の目を盗み、ハッキングをして研究施設内の触手地雷を操るコンピューターに潜入。ウィルスを使って触手地雷に「致死点、心臓部を狙え」という命令の全く逆のこと、つまり「致死点を外せ」という命令を行わせたそうだ。それがたまたま脳部に当たってしまうという悲劇に見舞われたとはいえ、あのことに律が絡んでいたというのは衝撃の話だった。

 

「イトナさんの触手を取るための今回の計画は失敗してしまいましたが、研究施設に潜入して彼を拉致して無理矢理という手もあります。どう致しますか?」

 

 律は伊達メガネをクイっと上げ、計画案のリストを画面に表示した。話してる隙にナイフで取るという欄に線が引かれており、残る計画はざっと10個はあった。拉致、シロの殺害、イトナ君の殺害、ディープキスなど。どうやら1番安全なのは拉致らしい。3番目はもはや救いになっていない。

 

「いや、いい。イトナ君は触手を取りたいとは思わないよ、今は。だから次の暗殺を待つ。心配しなくても、あの2人は絶対に戻ってくるしね」

 

「というかこのクラスはどうもハプニングが多いな。さっきも渚が止めていなかったらあいつは他の生徒たちを攻撃していたんじゃないのか?」

 

 実際はシロの睡眠薬で眠らされるのだが、そこについては触れずに曖昧に微笑んだ。

 

「はは……もう慣れたよ。それにまだ日常な方」

 

「そうですね。ウィルスを盛られたこと、首に時限爆弾をはめられたことや私限定でハッキングされたことに比べれば、暗殺者の1人や2人来たところで通常通りの出来事ですよね」

 

 遠い目をしてため息を吐くぼくらに学秀は「E組でそれが起きるのか、そうか」と乾いた笑みを浮かべた。こんな波乱万丈な中学生活を送っているのは3年E組だけだろう。それを2度も送る羽目になるぼくらは不幸としか言いようがない。

 

「2度も危険の中に飛び込むって、よく考えたらあんまりしたくないことだよね」

 

「でも、私はここに来て良かったと思ってます。また、渚さんに会えて本当に良かった……っ」

 

 律が笑顔のまま涙を流した。意外と感激屋なんだなあと思い、「ぼくも」と返す。律の涙が止まった頃、空には虹が架けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




原作からの変更点

・審判兼解説役 律。
・学秀君に色々バレてる。
・イトナ君を手懐けることに成功(?)
・律は2周目。
・律と協力関係に。

律が2周目というのは気づいている人も多かったかと思います。(いつも思いますが作者の伏線は隠す気がないから伏線になってない) 全体的に律の存在感が際立っているここ2、3話ですが、次回懐かしのあの女子が登場します。

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