クラップスタナーは2度鳴る。   作:パラプリュイ

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誰か暗殺教室の番外編を読んだ人はいないだろうか。そこに出てくる蛍がまるっきり作者のイメージする渚ちゃん!ほんとあんな感じです。主人公ってどんな感じだろう?って思った方は1度読んでみてください。


頼みごとのはなし。

 帰り道、結局浅野君と方向が同じだという姫希さんと毛利君も一緒に帰ることになった。2人が前で痴話喧嘩のようなものを繰り広げる中、ぼくらはひたすら自己紹介の延長を続けていた。「最寄駅はどこ?」だとか、「兄弟はいるの?」そういった類の話だ。姫希さんたちがぼくらから少し遠ざかると、浅野君は顔にわざとらしく作り笑いを貼り付ける。彼の顔が薄暗いな、なんて思ったのは彼があまり心地の良い気分ではないからだろうか。今から何か始まる。そんな予感がした。

 

「勘違いしないでほしいが、あれぐらいの芸当をやってのけたのは君だけじゃない。僕を最初から嘘つきだと決めつけたやつなんてごまんといた。だが、彼らと違うのは君だけは最初から僕を知っているような素振りを取ることぐらいだ」

 

「そんな警戒しなくてもいいよ。ぼくは浅野君に頼みがあるだけなんだから」

 

「ぼく?」

 

「ごめんごめん。癖だから気にしないで」

 

 しまった。思わず考える時のノリで話してしまった。

 

「大石さんに対して警戒なんてしていないよ。というより、警戒できないんだ。急にあんなことを言われたのに、君は普通の女の子にしか見えない」

 

 ぼくは心の底から笑みを浮かべ拍手したかった。この言葉はぼくたちE組が2代目死神を見た時に思った感想で、ぼくのような殺し屋を目指す者にとってそれは最高の褒め言葉だ。

 しかし、浅野君は褒め言葉と思ってそれを言っているわけではないだろう。だからぼくははにかんでお礼だけ言うことにした。

 

「ありがとう。ねえ、浅野君はスペイン語を使えた?」

 

 前の2人が大きめの声で話すのを見て油断するつもりはない。英語なら多少上手い人なら分かってしまう可能性があるが、彼らのどちらかがスペイン語を習っている可能性は限りなくゼロに等しい。逆に多才な浅野君ならスペイン語を話せる確証があった。

 

「そうだね、嗜む程度だ」

 

 彼のお前はスペイン語も話すのかという懐疑的な視線をさらりと受け流す。この際ぼくが異次元な存在なのは放っておく。まさか小4から3年間の間に受験勉強をやりながら英語を除く3つの言語を習得してしまったと言っても信じてもらえそうにないし。実際ぼく自身が一番驚いてるぐらいだ。身体だけじゃなくて脳みそも変換されたのか、それは驚いた。

 

『体術を教えてほしい』

 

『構わないけど。何故僕なんだ?』

 

 面食らったようだが、浅野君はすぐに完璧な発音のスペイン語で返事をした。前の2人は部活のことについて話している。

 

『うち、親が厳しくて小さい頃から女の子らしいものしかさせられてこなかったんだ。ヴァイオリンとか茶道とかはできるけど、本当は格闘技のように相手を倒せることをしたい。スポーツなら学校でもできるよね?でも、本格的な体術を習いたければ親の援助がなきゃ難しいと思うんだ。親の援助なしに習うことを考えていたら君のことが思い浮かんだわけ』

 

 これだけの言葉をスペイン語でまくし立てると、浅野君は納得したような少し引っかかる点があるような微妙な顔をしていた。

 

『僕が体術に秀でてることを誰から聞いた?父に習っていたから知る人はいないと思っていたんだけど』

 

『そこは人から聞きかじっただけ。引き受けてくれる?もちろんお金は出すよ』

 

 お年玉を小さい頃から貯めていたのでかなりの金額を持っている。足りるかは分からないが暗殺で培った洞察眼があれば3ヶ月も要らないだろう。

 

『いや、その必要はない』

 

『……いいの?』

 

『実は今ある名案が浮かんだんだ。表には出していないが僕は多少女子が苦手でね。女子避けとして男子校を選ぼうかとも思ったんだが、父親のいる椚ヶ丘を選びたかったんで止めたんだ。入学して早々新入生代表、入試トップ、理事長の息子という餌に釣られる女子がどうも多い。伊藤さんとは付き合いが長いこともあって、彼女から紹介される女子は断らないことにしてるけど、それ以外は接触を断ちたいぐらいだ。大石さんはどうも僕をそういう目では見ていないようだし、頭も良いようだからね』

 

 ぼくは彼の上手すぎるスペイン語に呑み込まれていたが、何とか意味を理解した。彼は人に頼み事をすることがない。それは彼の高慢からであり、やってくれないか?などと頼むことはゼロに等しい。今のは要約すると……

 

『つまり、恋人のふり?』

 

『そんな大袈裟なことはしなくてもいいよ。ただ、周りから見て僕らがお似合いに見えれば噂が立つ。もちろん、大石さんに好きな人がいるならこの話はなかったことにしよう』

 

 好きな人、と言われて咄嗟に茅野のことが思い浮かぶ。ぼくは茅野のことが好きだったんだろうか。バレンタインでチョコを貰うまえからずっと茅野は大切な女の子だった。それは世間一般で言う「好き」なんだろう。

 

『わたしは全然構わないよ。この先恋人ができるとは思えないし。そういうことには慣れてないから難しいと思うけどね』

 

 ぼくの発言に浅野君は意外そうにしていた。何だか莫迦にされた気がしたので、むっとして浅野君にぼくのことを男を手玉に取るような女子だとでも思ったのか、と指摘すると笑いながらそれを否定する。

 

『随分と好かれそうな容姿をしていると思ったが?』

 

 肯定的な意味だったようで良かった。しかし、この発言を否定するのは少し難しい。何故ならぼくにも多少なりとも自覚症状があり、思い当たる節もあったからだ。小学生の時には男子に好意的に接され、男子に色目を使っているという理由でハブられたこともあった。悪意のない男子たちのかわいい女子ランキングでは堂々の1位。むしろここまでヒントだらけでモテることに気づかない方がおかしい。

 ぼくはかわいい。はっきり認めてやる。でもそういう話ではないんだ。いくらぼくがかわいくてモテても男子とそーいうことやあーいうことはしたくない。

 

『問題はぼくの中身なんだ。他の人に言わないでほしいんだけど、ぼく中身は完全男だよ?』

 

 ぼくは浅野君の反応を待った。意外にも意識の波長は乱れず、浅野君は少しぼくを見つめるだけだった。驚いた様子もない。

 

『……それは性同一性障害とか、そういうこと?』

 

『まあ近いかな。小学校の頃、男子と仲良くしていたら女子からハブられたことあるんだよね。でもぼくは恋愛的な意味で男子を見れないし、これからもない。好きな子はいるけど、自分が変だって周りに勘違いされたくないから付き合いたいとは思わない……もっともその子が椚ヶ丘に来るのはまだ2年も先の話なんだけどね』

 

『大石さんって変わっているとは思っていたが……そうか。何でか分かった気がするよ』

 

 神妙な趣でぼくを見る浅野君はいまのぼくの発言に対して不快感を持っている様子はなかった。外国人の友達が多いから、案外ぼくみたいな人を友人に持っているのかもしれない。

 そういえば友達になるのだとしたら、言っておかなくてはならないことがある。

 

「一ついいかな?」

 

 足元の小石を蹴り、ぼくは日本語で話を切り出した。

 

「何だ?」

 

 頼みごとの用件も済んだので日本語に切り替えたところ、彼は「ようやくだな」と小さく呟いた。ぼくもだけど、浅野君もずっとスペイン語で話すのはさすがに疲れるようだ。

 

「苗字で呼ばれるの、嫌いなんだ。良ければ下の名前で呼んでもらってもいいかな?」

 

「それぐらいかまわないよ。君に下心がないのは今の話で分かったし。何か理由でもあるのか?」

 

「いつ苗字が変わるか分からないっていうのもあるし、ぼくは自分が大石渚であることに慣れてない。何でかはぼくにしか分からないだろうけどね」

 

 1度起こることは2度起こる。お母さんのヒステリックにいつお父さんが嫌気が差すのかはわからないけど時間の問題かもしれない。そうなったらぼくはまた我慢を強いられるだろうけど、潮田渚の方がぼくらしい。

 

「それじゃあ渚、君は来年もA組だね?」

 

 同意を求めるというよりもこれは「来年もA組にいろ」という命令にしか聞こえない。相変わらず理事長臭漂ってるなあ、こんな言い方するなんて。

 頭の中で一番正しい答え方を瞬時にシミュレーションし、答えを出す。

 

「わたしは浅野君ほど頭は良くないけど、A組に入るのは簡単だと思うよ」

 

「あんなに答案用紙に記入するスピードが速いやつなんて早々いないだろうね」

 

「あの時もう受かるって思っていたの?」

 

「そうだな、受かるとは思っていたが椚ヶ丘はそこまで高偏差値じゃない。第二希望か第三希望の滑り止めかと思っていたよ。それに万が一入ってきたとしても成績上位がA組にまとめられるなんてこと知らなかったからね」

 

 的を射ている。ぼくは椚ヶ丘が第一希望ではあるが、塾の都合で椚ヶ丘より高難易度の学校も受けさせられた。それらは全部無事に受かったし、塾からお礼の図書カードを貰いお母さんのやっぱりこっちの学校に行かないかという誘いは却下した。ヒステリックが起こると少し気になったが、椚ヶ丘だって高校の偏差値はかなり良いし、家から一番近いんだからという文句が効いたようだ。

 

「お、なんか2人とも思ったより話し込んでるじゃん。っていうか、さっきなんか変な言葉で話してなかった?! あれ何語!?」

 

 駅前の踏み切りが閉まったことで後ろを振り返った姫希さんはぼくらの話が予想外に盛り上がっていることに興味深々だった。

 

「スペイン語。2人とも話せるってことでちょっと話していたんだ。ところで渚は全部でいくつの言語が使えるんだ?」

 

 浅野君の口ぶりはまるで使える言語が多いこと前提だったため、ぼくは気恥ずかしい思いをしていた。そういえば浅野君はいくつ話せるんだろうか。外国人留学生と話しているのを見たことがあったが、聞いたことがなかったのでふと疑問に思った。

 

「4つだよ。英語、フランス語、スペイン語、それから中国語のマンダリンかな。会話と聞くのは問題ないけど英語以外は読んだり書くのが苦手なんだ。最近頑張って原書の本を読んでいるんだけどもともと語学習得が得意なわけじゃないから……」

 

 本当はドイツ語なんかも話してみたいけど習得する言語の数を増やすと厄介だからなあ。

 

「いやいや、4つ話せたらもう天才だよ?! 私なんか小学校で少しやった英語が何とかできる程度だし。授業どうしよう!」

 

「本当にすごいね。僕も語学は秀でてる方だけど同い年に僕と同じぐらいの子がいるなんて思わなかったよ」

 

 そう口では褒めているが、自分には及んでいないなと思っているのがバレバレだよ浅野君。君の意識の波長随分緩やかじゃないか。顔色は少し暗めだけど。

 

「秀でてる方って言ってもこいつの秀でてるの基準はおかしいからな。親が凄すぎて基準を間違えてると思うぞ」

 

「毛利、お前英語上手いじゃないか」

 

「お前と友達やってたらそりゃあな。それでもお前や渚ちゃんと比べたら初心者だろ」

 

 毛利君は褒められて少し照れ臭そうだ。ただ、謙虚なようで自虐に走っている。

 

「渚のスペイン語、あれだけ上手いってことは英語も只者じゃないんだろうね」

 

 彼はSNSのメッセージでも来たのかスマホを取り出し、何やら文字を打ち始めた。そんな彼に姫希さんが訝しげに尋ねる。

 

「ねえ、なんかナチュラルすぎて気づかなかったけど浅野君渚ちゃんのこと――――」

 

 電車が通りかかり上手いこと姫希さんの声をかき消した。浅野君がぼくに自分のスマホを見せる。

 

 7:30

 体育館の裏

 

 それはぼくが申し出た体術を明日から教えてくれるということだろうか。

 

 電車が通り過ぎると姫希さんが興奮していた。

 

「ねえ、なんで〜?浅野君珍しくない?!」

 

「え?ごめん、電車の音で聞こえなかった。なんて――」

 

 ぼくが言いかけた言葉を浅野君はにっこりと引き留める。自分が行きたいホームの改札口が目の前にあるのを見て、ぼくは浅野君に帰れと言われてる気がして怖くなった。

 

「あ、ぼく改札ここだから! みんなまたね!」

 

「渚は改札ここなんだね。伊藤さん、僕たちはこっちの改札だよ」

 

 浅野君がぼくたちにキラキラした目を向ける姫希さんを引っ張ってぼくが行く方向とは違う改札口へと向かった。

 

「また明日学校で」

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 E組に居て本校舎の構図は頭から抜け落ちたはずだった。だが、2周目になってから違和感でしかないがぼくの頭は意外と物覚えが良いらしい。

 

「体育館裏ってここだよね」

 

 告白やいじめの呼び出しに縁のある場所で有名だが、さすがに新学期早々そんなことをする輩がいるはずもなく、そこはただ桜の木が一本あるだけの静かな場所と化していた。

 時刻は7時20分。5分前行動と言うが10分も早く着いてしまった。

 さすがにあの浅野学秀がこんな早く来るはずもなく、5分経った後に彼は現れた。

 

「あ、おはよう浅野君……うぐっ?!」

 

 突然シャツを掴んで首を絞めようとする彼にぼくは困惑以上に命の危機を感じた。烏間先生直伝の三角締めを上手いこと決めるもそれを軽々と退かされてしまう。

 

「意外とやるじゃないか。今から僕の攻撃にやり返せ」

 

 なるほど、そういうことか。ぼくの力量を試したいわけだ。

 

 その発言からの突然の蹴りにぼくはさっと身を引いた……が2撃目では右拳が振りかざされる。それも避け、ぼくは相手の意識の波長に集中した。全く乱れていない。そして余裕にしている様子もない。

 

「どうした? 避けるしかできないのか?」

 

 彼は挑発してきたが、油断も隙もないのが意識の波長で分かる。こんなか弱そうな女子相手にこうも警戒を解かないのは彼はいつだって誰にだって負けるつもりがない姿勢の証左である。油断のない天才。ある意味カルマ君より怖い。ぼくは強敵と戦えることが嬉しくなり微かに笑みを浮かべた。

 自分の中でスイッチを切り替える。最初だから使える、鷹岡先生の時の戦術にしようか。

 ぼくはまるで浅野君が通学路でばったり会った親友かのように目を合わせて微笑んだ。少しずつ歩く間に彼は違和感に呑まれ、ぼくのペースが緩やかなことに多少の油断をしてしまう。そこの数秒の意識をつき、ぼくはクラップスタナーを相手に食らわせた。

 浅野君はようやく自分が殺られそうなことに気づいたようで、クラップスタナーが鳴った瞬間、前にカルマ君がして見せたような予防策に近いものとして腕を強く噛んだ。それによってギリギリ気絶を免れたらしい。

 しかし効果が消えるわけではない。意識を失いかけてふらりと動きが怪しくなった彼をぼくは地面に座らせた。その横に座り彼の肩を少し揺する。

 

「ごめん、腕痛かったよね。もうちょっと衝撃を弱めにしとけばよかった」

 

「渚、一回体術やったことあるだろう。それもプロに教わっている」

 

 早々に見破られたことに驚きはしなかった。あの襲撃で三角締めを綺麗に決め、さらに攻撃を全て避けた。浅野君は油断はしていなかったが本気ではなかった。でも気絶寸前まで行くとは思ってもみなかったはずだ。

 

「あ、やっぱり分かる? 実は昔自衛隊で精鋭部隊だった人に護身術を教わる機会があってさ――「いつそんな機会に出くわすんだ」」

 

 それが普通の反応だよね。まさかそんな人が体育教師していましたとか信じてくれないよね。

 

「護身か。通りであんなに簡単に避けるのに攻撃は殆どないわけだ。でも最後のアレは君個人の技だね。あんなもの見たことも聞いたこともない」

 

「クラップスタナー。原理としては相撲で使う猫騙しと同じだよ。でも、あれを少し改良して気絶させる技にしたってわけ」

 

「あと、目が速さに慣れてる。あれは何でだ?」

 

「ははは……実は高速マッハなタコちゃん先生を暗殺する訓練を受けていたんだ」

 

「なんの話だ」

 

 そんな反応が来るのも何となく分かっていた気がする。今日はエイプリルフールじゃないんだよね。だから嘘じゃないんだけど。

 

「本当に体術を習うの僕からでいいのか?あんな凄い技が使えて、護身ができるなら必要がない気もするが」

 

「んー、クラップスタナーじゃ殺せないからね」

 

「殺すって、は?」

 

 まずいまずい。E組にいた時のテンションで殺す発言してたよ。

 

「物の例えだから気にしないで。あれは切り札にはなるだろうけどさ。ほら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ。それに大勢に対して行うのは極めて困難なんだ。その一撃でさえ、さっきの君みたいに効かない時だってある」

 

 今まではクラップスタナーを知らない相手に対して行ってきたから良かった。でも、2代目死神みたいに知っている相手なら攻撃にすらならない。

 

「あれで効いてなかった?」

 

「本当に効いてる相手は気絶するよ」

 

「ふーん……切り札って他にもある?先に教えてくれると嬉しいんだけど」

 

「前に1度使ったのが、ディープキスで相手を気絶させるやつ」

 

「……渚っていつもそんなことしてたんだ」

 

 明らかに引いた顔で浅野君が苦笑いをする。あらぬ誤解をたてられているような、でも決して誤解ではないような。2周目のこの身体はキスなんてしたことない。でも正直1周目の時ぼくはキスで人を気絶に追い込めるぐらいには上手かった。

 

「なっ、仕方ないよ! その時は命の危機だったんだから!」

 

 結局ぼくは否定しなかった。いつもディープキスで気絶させたりはしないにしろ、そういう術はできたんだから。浅野君はぼくの命の危機と勘違いしたようだったが、実際は茅野を助けるためにした行動だ。思い出すと顔が真っ赤になって恥ずかしい。

 

「ちょっとやってみてくれないか?」

 

「ダレトダレガデスカ」

 

「僕以外誰がいるんだ」

 

 頭の中で浅野君とぼくがキスしている想像をする。女子と男子で見かけ上は全く問題なく絵になるが、ぼくの精神面に衝撃波を与える。

 

「ごめん、男とキスとか想像しただけで吐き気。ファーストキスはチェンジでお願いします」

 

「何気に傷つくな。僕はこれでもモテる方だと思っていたよ。っていうかファーストキスではないだろう」

 

 何度も言うが1周目と2周目の身体は別だ。いくら脳内でキスを知っていようが、2周目に初めてするならそれはファーストキスになるはず。

 

「浅野君はぼくから見てもかっこいいよ。でも言ったよね。ぼ……わたし恋愛対象がちょっと違うって」

 

「ぼくでいいよ。本当はそっちなんだろ」

 

「うん。ぼくの脳内だと、もしぼくらがキスしたらホモってことになるんだ」

 

「じゃあ伊藤さんでいいや。とにかくどんな術か見たいだけだから。キスで気絶するなんて信じられないしね」

 

「そういう問題じゃないんだけど?!」

 

 結論としてぼくはディープキスで気絶はさせられないという話に同意せざるを得なかった。身の危険を感じたからというのは彼には言わないでおいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1ヶ月ほど経ってA組での生活に慣れてきた頃、ぼくと浅野君の関係は悪目立ちすることもなく、ただ実現したらすごい優等生カップルだな、まあ無いだろうけどという扱いだった。それはぼくらは2人でよく話したが様々な言語を取っ替え引っ替えして話すぼくらはまるで知的な論議をしているように見えたから、というのと実際のところ浅野君は姫希さんが紹介した女子にはぼくよりずっと優しく接することで有名だったからだ。入試2番という噂が広まった所為か、それとも交友関係の広そうな姫希さんが友達だからなのか嫌がらせも全くなかった。

 全てが順風満帆だと思っていたとき、ぼくの目の前に姫希さんとはまた違った意味でお世話になる女の子が現れるのだった。

 それは昼休み。購買に午前ティーシリーズのミルクティーを買いに行った帰り、ぼくの席には知らない女の子がお弁当を広げているのを見て目を白黒させる。

 

「渚ちゃん! ちょうど良かった、この子が大石渚ちゃん」

 

「はじめまして〜、C組の長沢珠理亜。じゅりあって呼んでねぇ?」

 

「えっと、よろしく?」

 

 ぼくがきょとんとしていると両手をがしりと掴まれ、キラキラした目で見つめられる。両手からベリー系の香りが漂ってきて、中学生なのに香水でも付けているのかとじろじろ見てしまう。その時初めて顔を見た。髪にパーマを当ててあり、好みではないキツイ顔立ちだけどうちの学校ならかわいい方ではある。もちろんE組の女子たちには劣るが。

 

「じゅりあこんな可愛い子初めて見たぁ〜! じゃあ姫ちゃん、放課後一緒に帰ろうねぇ〜」

 

 

 彼女は食べ終わったお弁当を片付けると姫希さんに和かに手を振って教室を出て行った。

 

「なにかな……いまの強烈な女の子」

 

「友達が同じ塾だったじゅりあちゃん。家がすっごいお金持ちのお嬢様だからコネ入学って思われがちけど、あの子頭良いらしいんだよね〜ほんとは。来年にはA組に来てるかな」

 

 ……姫希さんはたまに恐ろしいぐらい何を考えているのか分からない濁った目をする時がある。入学して早々浅野君の幼なじみという地位を確立していて、浅野君に対する恋愛相談に応えているからなのか人望も厚い。表向きには良い子だけど、ぼくは彼女から浅野君と似た支配欲を感じる。彼と違うのは穏やかな口調で言ってるのに意識の波長が激しく波打つことだ。

 姫希さんはこの学年の女子でリーダー格となっている。浅野君とは別の方向で女子のみを支配した絶対的な存在。しかしこの学校は成績で全ての優劣を決めてしまうため、その彼女が敵となるのはもちろん成績が自分より上の女子だろう。初めての試験が1週間後に控えたこの時期だからこそ、成績が自分より上回りそうな女子と接触し、こうして仲良くなっているのだ。

 

 敵に回したくないな。

 

 素直に思ったのはこんなことだった。いくら脳内が男子とは言えど、学校で女子として生きるからには女子のルールを守らなければいけない。

 ぼくは成績が彼女より上になるだろうが、最近では親友というポジションを確立しているので害はない。彼女たちの格付け競争では伊藤姫希のNo.2という扱いである。

 

「渚ちゃんお弁当おいしそうだね〜」

 

「実は手作りなんだ。姫希さんの卵焼き、ハート型?かわいいね」

 

「渚ちゃんの手作りすっごい食べたい! この卵焼きあげるからタコさんウィンナーちょうだい?」

 

 こうしていればただの元気な女の子なんだけどなあ。

 

「うん、いいよ」

 

 ぼくは姫希さんのお弁当にウィンナーをのせ、卵焼きをもらった。姫希さんの家の卵焼きは甘めだった。ぼくには少し甘すぎたぐらいだ。

 

「伊織またパンだけ?私のお弁当ちょっとだけなら食べさせてあげてもいいよ」

 

「言い方が紛らわしいんだよお前は」

 

 2人の喧嘩を慣れた風景のように見る生徒もいるが、大半のA組の生徒たちはもうすでに昼食を食べ終えて勉強に取り組んでいた。

 

 もうすぐ中学初の試験か。浅野君を越す点数を取るぐらいの気持ちじゃないと。

 

 まだ来ぬ試験を前に気の緩んでいた自分が恥ずかしく思えた。椚ヶ丘はただでさえ勉強が全ての学校なのだから。2周目も気を抜かないようにしなくては。

 




原作からの変更点

・2人が恋人のふりまではいかないけど微妙な立ち位置。
・勢いのあまり性別の違いを言ってしまう渚ちゃん。それにあまり驚かない浅野君。
・渚ちゃんは日本語を合わせて5つの言語が話せるけど、浅野君はきっともっと話せる件
・まさかのタイトル否定
・腹黒ガール姫希さん

浅野君の発言はまるで恋人になってくれといった感じがしますが、実のところ彼は女避けになる盾として渚ちゃんを使っているだけです(2人が他の生徒に分からない言語で会話するときは誰も寄り付かないため) 姫希さんからの見え見えな女子紹介を断らないのは女子を支配した姫希さんをさらに上から支配するためだったりします。ここら辺の登場人物は渚ちゃん以外みんな真っ黒だけど、渚ちゃん視点のフィルターによって腹黒さの一部しか見えていません。

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