クラップスタナーは2度鳴る。   作:パラプリュイ

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実行のはなし。

 次の日教室に現れた寺坂君はえらく上機嫌そうだった。普段は舌打ちしながら教室のドアを乱暴に開けるところを他の皆がするようにゆっくりと開け、更に全員に向けて挨拶した。

 

「よう、お前ら元気か?」

 

「おはようございます、寺坂君。先生は絶好調ですよ!」

 

 返した声が殺せんせーだけなことにフンと鼻を鳴らす。E組の生徒たちは出来れば暴君には関わりたくないのだという風に装った。

 

「ふん、お前には聞いてねーっての。まあいい。今日の放課後、プールに来い。お前の事殺してやるからよ。ああ、賞金の分け前欲しい奴は手貸せよ」

 

 そのまま外に出る寺坂君に、一拍置いて生徒たちが話し始める。その大半は寺坂君の悪口だ。

 

「いつもは暗殺に積極的じゃない癖に自分の時だけヘルプかよ」

 

「もうやってらんない。無視しよ」

 

 クラスの騒めきからは共通の意識の波長が感じられた。そんな状況に殺せんせーは教師として協調を促す。

 

「まあまあ!せっかく寺坂君が殺る気になってくれたんです!クラスメイトとして応援してあげてください」

 

 殺せんせーの言葉にシーンと沈黙が訪れた。殺せんせーは生徒たちの反応にオロオロするが、片岡さんが突如立ち上がりその言葉に賛成する。

 

「それもそうだよね!」

 

「仕方ないな〜」

 

 岡野さんは脚をストレッチし、準備を整えた。

 

「寺坂のバカに殺せんせーを殺せるなんて思わないしね」

 

「暇だし殺るか」

 

「寺坂に手柄独り占めにされんのは真っ平だし」

 

 オセロで盤が1つの色から一気に別の色に染まる時のように一瞬で1人、また1人と殺せんせーの提案に賛成する人が増えていく。最終的にはクラスの殆どが寺坂君の暗殺に参加することを決めた。

 

「…………?」

 

 殺せんせーが不可解そうに教室をキョロキョロ見渡した。先生にも意識の波長が分かるから、みんなが本心を言っていないことが目に付いたのだろう。本心を言ってはいないが、別に嘘をついているわけでもない。言うなれば台本を読んでいるかのような会話に。

 これは明らかな茶番だ。

 

「寺坂さあ、例のもの買ってきた〜?」

 

 カルマ君が寺坂君に出会うなり肩をガシッと掴んで尋ねる。殺せんせーが居るというのにこの情報の扱いの雑さは流石カルマ君と言ったところだろうか。

 

「さっき自動販売機で買ったけどよ、あれホントに使えんだろーな?」

 

 寺坂君とカルマ君がコソコソ話をする様子はかなり怪しげで、どう見ても秘密の話をしているようにしか見えない。

 殺せんせーが既にプールに来たというのに警戒心が緩み過ぎだ。

 

「寺坂君……」

 

 殺せんせーが不審げに点しかない目を更に細めた。

 これはもしかしたら気づいたかも。

 ぼくは唾をゴクリと呑み込んだ。気づかれた時のために誤魔化す準備を整えておく。

 

「いつからカルマ君と仲良くなったんですか!」

 

「先生これには訳が……ってそっち?いや、あれは仲良くないと思うよ」

 

「寺坂、渚に危害を加えるような動き方をしたら……どうなるか分かってるな?」

 

 寺坂君の首を切る動作をする学秀に当の本人は自分の首を掴み、何度も否定の首振りを繰り返した。首を切る動作があともう少しで本当に首を斬りそうに見えるところが恐ろしい。

 

「浅野君もですか!」

 

「うん、あれはどう見ても殺しかけているよね」

 

 ぼくは殺せんせーの呑気さに思わずツッコミを入れる。

 

「寺坂君!メルの準備整ったって〜」

 

 と倉橋さんが言った。寺坂君は「おう」と返事にならない声を返す。

 

「寺坂ー、プールのコース外しといたよ」

 

 と原さんと数人の女子が報告をする。寺坂君は「了解」と今度はしっかりと口にした。

 

「寺坂、銃何人分いる?烏間先生が強力な奴貸してくれるらしい」

 

 と速水さんが淡々と尋ねた。寺坂君は一瞬目を横に向け、カルマ君の指を視界にとらえて数字を口にする。速水さんはそれに頷き、即座に駆けて行った。

 

「皆さん妙に協力的ですねぇ〜」

 

 殺せんせーの言い方には疑いがあったが寺坂君を中心にした計画だ。彼に質問や報告をするのは当たり前のことだろう。

 

「寺坂君の計画に協力するのはおかしいかな?」

 

 ぼくが尋ねると一拍遅れて「とんでもない」と返事が返ってきた。

 

「孤立気味だった寺坂君を生徒たちが受け入れたというのなら先生大喜びですよ!もっとも__________」

 

「何をしたって先生は殺せませんでしょうけどねぇ」

 

 舐め腐った緑色のしましまが顔の色を変えてゆく。殺せんせーを殺す計画じゃないんだけどねと心の中で呟いた。この計画は一生徒の為の生徒たちによるものだからだ。

 

 水着を着て準備を整えた生徒たちがプールの中に入り、それぞれの配置に着く。寺坂君は銃__________シロとイトナ君を呼ぶための小道具を殺せんせーに向けた。

 笑って緊張を緩めようとしたのか寺坂君は不自然にニヤリとした。頬が力み過ぎて笑えていない。

 

「覚悟は出来たかモンスター」

 

「もちろん出来ています。寺坂君がクラスに馴染み始めて嬉しいですね〜」

 

 殺せんせーは涙をほろりと流し「先生感動です」と見当違いな事を言った。あまりにわざとらしいのでこれは殺せんせーの演技なのではないかとぼくは思い始めていた。

 

「ずっとあんたが嫌いだったよ。モンスターの癖に教師ぶってるところも、俺の居場所を奪っていったことも、何から何まで全部だ。教室から消えろって何度思ったか」

 

 寺坂君は殺せんせーに自分の思いを吐き捨てた。E組の全員が彼が殺せんせーを嫌いなことはもともと知っていて、でも本人から聞くのは初めてのことだった。

 

「ええ、知っています。暗殺の後ゆっくり話しましょう」

 

 それに対しての落ち着いた返事は殺せんせーらしい。寺坂君はイラつきを覚え「失敗する前提かよ」とぼやく。

 

「でも____________

 

 てめえのことはまだ殺さねーよ」

 

 寺坂君が銃を撃った。爆破の音と、水飛沫が散らばるのはほぼ同時で、大量の水が滝となって流れていく。

 その中に生徒の姿は誰1人としていなかった。

 2周目(こんど)は誰も滝に流されなかった。誰も後悔しなかった。

 そしてシロは1人プール現場に到着し、無人となった辺り一面に言葉を失っていた。

 

「……まさか、計画を事前に知る奴が居たのか?一体誰が」

 

「え、何言ってんの。()()知ってたよ」

 

 カルマ君がプールのコースロープを掲げ不敵な笑いを浮かべた。多くの生徒たちは命綱であるプールのコースロープを握りしめており、一部の生徒たちは木に取り付けたワイヤーを使って陸に上がっていた。爆破の事実を全員が既に知っていたから出来た行動だ。

 

「あんたらがここに来ることも、プールを爆破することも。知ってて利用させてもらったんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1日前。磯貝君の招集によって集められた放課後、プール帰りの生徒たちは一斉に驚愕の声を上げた。

 

「「「「はあ?!シロとイトナがプールを爆破する?!」」」」

 

「それは確かか?」

 

「近頃の寺坂君を不審に思った狭間さんが見張っていたら、シロと接触する現場に遭遇したそうだ。怪しんでメルにプール付近を調査させたら爆弾とプールに何かが混入されていたんだと」

 

 磯貝君がカルマ君から聞いた詳細をあたかも自分がその場に立ち会ったかのように説明する。それは成功し、寺坂君がクラス中からの批難を受ける羽目となった。

 

「はあ?寺坂お前いい加減にしろよ」

 

「シロと繋がってたってことはスパイなの?」

 

「寺坂サイテー」

 

「寺坂、お前なあ__________「何も知らなかったんだよ!ちょっと小遣い稼ぎになるぐらいのノリでよ。10万だぜ?お前らでもやったはずだ!それがまさか裏で爆弾を仕掛けてたなんて……普通想像しないだろ?!」

 

 皆は言い返せずに黙りこんだ。しっかり者の磯貝君でさえ、シロに10万を握らされたら貧乏な自分は彼に従ってしまうのではないかと予想した。それほど10万というのは中学生にとって大金なのだ。

 皆が口を閉ざしていると狭間さんが寺坂君に歩み寄った。ぼくは何をするんだろうかと見つめ、狭間さんが寺坂君に強烈な平手打ちをかました。

 

「狭間てめえ!!」

 

「それでも私だったらやらない。騙されてた?そんなの騙される方が悪いに決まってるじゃない。馬鹿の癖に一丁前に言い訳なんてよく出来るわね」

 

「お前どっちの味方なんだよ?!?!」

 

「誰の味方でもないわ。私はただの傍観者だから。何にせよ、今のあんたには味方する価値なんてないでしょ」

 

 狭間さんの言葉は全て正しく、寺坂君は彼女には立場的に弱い。いつも勉強面でそれなりに世話になっているからなのか、それか相手が女子だからなのか、普段なら殴りかかるところをただただ突っ立ったまま何もしそうになかった。

 磯貝君は教卓を2度叩き周りの注目を引いた。彼は寺坂君が悪役にならないように慎重に言葉を選んで話し出す。

 

「寺坂のことは俺らの責任でもあるよ。寺坂がE組で居心地悪そうなのはみんな知ってた。でも誰も変えようとしなかった。起こってしまったことはもう変えられない。だから今はまず爆弾のことを考えよう」

 

「そんなの爆弾の取り外しを殺せんせーに頼むぐらいしか手は無いじゃん」

 

 中村さんがスマホを取り出した。それを茅野が慌てて止める。

 

「待って。もう少し話し合いしてからにしよう?」

 

「あーそれに殺せんせーって今パリだっけ?律が本店で限定のお菓子の宣伝をしてたら欲しくなったとかで放課後すぐに現地に駆けつけていたよ」

 

 三村君が苦笑して言った。

 スマホを見ると律が舌を出してウィンクをしている。殺せんせーの注意を他に引いてくれとお願いしただけでこの対応は大したものだ。更には人の心が苦手なはずの律が心理作用であるサブリミナル効果を殺せんせーに仕掛けるなんて凄い成長だと言えるだろう。

 

「しかしどうやら案はまだ出ていないようですね。そろそろカルマさんに発言して貰わなくては困るのですが」

 

「カルマ、お前ならどうする?」

 

 絶妙なタイミングで磯貝君が突如カルマ君に話を切り出した。打ち合わせ通りの展開にカルマ君はスラスラと台本通りの台詞を述べた。

 

「シロが爆弾を使うのは殺せんせーが来てから。だから殺せんせーが今不在なのは全く問題無いよね。爆弾は無事に撤去されるはずだよ」

 

「なんだ。じゃあ考えなくても殺せんせーが何とかしてくれるじゃん」

 

 そうなるか。

 万能な超生物が先生なのだ。それに生徒がつい頼ってしまうのは必然であり、1度しがみついたら中々離れられない。2周目になってぼくはようやく、自分たちがどれだけ殺せんせーに依存していたのかを思い知らされていた。

 

「まあね。でも俺は嫌いだよ、そういう考え方。だから、プランBをみんなに勧める」

 

「「「「プランB?」」」」

 

「寺坂さ、まだ使ってないよね?貰ったっていう10万。ビビリだから」

 

「はあ?!使ってねーけどその言い方はおかしいだろ!」

 

「じゃあ、その金俺に貸してよ。あ、ちゃんと利子付けて返すからさ」

 

 某魔人探偵のようにキラキラの笑顔に全員の気持ちがシンクロした。

 

(うさんくせー!!)

 

「あとシロに頼まれた用件を寺坂には従っているフリをして欲しいんだ。俺らも寺坂の計画について行くフリをするからさ」

 

 どう?と訊くカルマ君に寺坂君は降参して頭を掻いた。

 

「あーやりゃいいんだろ!どーせ俺はてめえには勝てねーからな」

 

「ということらしい。皆、やってくれるか?」

 

「りょーかい」

 

「こういうのいいよね〜裏で計画とかスパイっぽい」

 

「寺坂ちゃんとやれよ〜」

 

 クラスメイトたちは愉しげに協力を約束した。カルマ君は脚を組みクラスを見渡す。

 

「さて、計画Bについてだけど______________」

 

 彼がぼくの出した曖昧な計画を元を変えずに組み替え、しっかりと順序を立てて説明した。皆興味深々にそれを聞き、実行案を出していく。

 

「あれ、もしかしてこの計画の根本的な目標って……」

 

 中村さんが何かに気づき、カルマ君がそれを認める。

 

「そうだよ。俺らでクラスメイトを救うんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こういう経緯でカルマ君と寺坂君が組むことになり、計画が完成された。カルマ君は影の仕掛け人で、あくまでリーダーは寺坂君。寺坂君に報告される言葉の1つ1つをカルマ君はこっそり確認し、それでも寺坂君は自分がリーダーのフリをし続ける。

 

「これ、例えるなら何だと思う?」

 

 ぼくは学秀に明るく尋ねた。

 

「政治家と官僚。この配置にしたのは将来を見据えてのことなのか」

 

「そんな大袈裟なものじゃないけどね。殺せんせーのアドバイス通りにしただけだよ」

 

『寺坂君は高い所で計画を練るのに向いてない。彼の良さは現場でこそ発揮されます』

 

 1周目の情報からこの2人の将来の夢は知っていた。この組み合わせを見るのは初めてではないし、成功するのも分かっている。だからこその安全策だ。

 それを実験的に政治家と官僚の構図に仕立て上げたのは、2周目で何処までの変革を及ぼせるのかといった賭けでもあった。鷹岡先生の一件で何故か1周目より早く精神的に成長したカルマ君。自分の愚かさに1周目より早めに気づいた寺坂君。両者が万全の体制なら計画はもっと滞りなく行える。

 

「シロ。俺はこのままで問題ない」

 

 シロの後ろから現れたイトナ君は触手を伸ばし、余裕気に言い放った。

 

「……駄目だ。奴にハンデを負わせるつもりだったのにこれでは意味がない。イトナ、引き返す______________」

 

 イトナ君は生徒たちを見渡し、彼の優れた視覚でワイヤーが付いていない小柄な生徒を選び出した。その生徒を、ぼくを触手で捕まえ、首に触手を強く巻いた。ロープのように絡められたそれは首元を圧迫する。

 

「______________ッ!!」

 

 触手を離そうとした。しかしそれは首のみならず腕をも掴んで離さず、絞め付ける苦痛が首を襲う。

 

「お前一体何のつもりだ__________!!!「学秀君、違う!落ち着け!」」

 

 イトナ君に掴みかかろうとする学秀を抑えるカルマ君と磯貝君、そして前原君の姿が視界に映った。3人に抑えられているのにまだ学秀は動けている。

 

「教師にとっては生徒1人でも、何人でも人質には変わらないはずだ。なあ、兄さん」

 

 冷たい目をしたイトナ君と目が合った。罪悪感と使命感の混ざった意識の波長が痛々しく、まるで見せつけているようだ。

 ぼくの所為だ。ぼくがあんなこと言ったから。

 

「イトナ君!渚さんを離しなさい!」

 

「俺が兄さんに勝ったら離そう」

 

 殺せんせーは触手を伸ばしぼくの首元に繋がっている部分を切り離そうとした。その触手の先にぼくを動かし盾として利用する。

 

「ははは。イトナが自分から行動するとは思わなかったが、意外とやるじゃないか。優しい殺せんせーは生徒を傷つけられない。それを突くとは感心だ。さあ殺れ、イトナ」

 

 シロは逆にイトナ君の成長を喜んでいる。彼の振る舞いからは対象を殺すことに対しての異常な執着心が目立った。

 殺せんせーとイトナ君は触手をぶつけ合い闘い出した。'ぼく'という人質を持つイトナ君は一見優勢に見える。イトナ君は殺せんせーがあともう少しでイトナ君を倒しそうになるとぼくを楯にして、何度も殺せんせーを跳ね除けたからだ。

 

「おい、イトナ!」

 

 そこに立ち上がったのは寺坂君だ。イトナ君に向かって真っ直ぐ大股に歩いていく。少しは恐怖も感じているだろう。なのに彼は堂々としていた。

 

「寺坂君、危険なので近づかないようにしてください!」

 

 殺せんせーが闘い中であるにも関わらず分身を作り寺坂君の前に登場する。それを払いのけて寺坂君はイトナ君の目の前に立ち塞がった。

 

「そんなことはどーでもいいんだよ!この前はビジョンが無いだの色々言ってくれたな。だから今度は仕返しだ。俺とタイマン張れ!」

 

 イトナ君の目が細められた。その表情からは「馬鹿だ、こいつ」という哀れみの感情が見受けられる。

 

「威勢がいいね〜、寺坂君とかいったかい?イトナ、1発触手をあげなさい。タコによく気を付けながらね」

 

 上機嫌なシロがイトナ君に寺坂君という障害を退けるように指令を下す。

 大丈夫だ。ここで生徒を殺すような真似は絶対にしない。それは1周目で経験済み。最低限の威力の触手なら寺坂君程のガタイと度胸があれば受け止められる。

 案の定、寺坂君は死に物狂いでイトナ君の触手を受け止めた。その触手を両手で掴みながら彼はイトナ君との距離を縮めていく。

 

「よく触手を受け止めたね。イトナ、もう一度触手を__________」

 

「要らねーよ」

 

 寺坂はニヤリと笑った。彼は片手を掲げる。それはシロの持っていた圧力光線だった。シロがよく見れば彼の持っている物の複製だということに気付けただろう。律が自動販売機で高額で売られていた誰も買わないであろう秘密兵器。それが使われたのは可笑しなことにシロが寺坂を買収したからであった。

 

「イトナと奴の弱点は同じ__________それじゃ俺がこれを触手に至近距離で当てたらどうなるのか、お前なら分かるな」

 

「お前__________!!」

 

 イトナ君の触手が硬直する。ぼくは首に絡みついた触手をバレッタの対先生ナイフで切った。そして触手が動けないでいる間に至近距離に近づく。両手を合わせて、意識の波長に集中し______________

 

「渚……?」

 

 ぼくはクラップスタナーを鳴らす。

 

 ぼくが放ったクラップスタナーでイトナ君は気絶してぼくにもたれかかった。彼の触手の生え際を探り、ぼくはピンセットを取り出す。前は気づかなかったけど、対先生ナイフは触手を切ることは出来ても抜く事は出来ない。それが出来るのはピンセットのみだ。殺せんせーほどではないけど、そこそこ器用なぼくは簡単に触手の根元を掴み取った。

 そしてぼくはついにイトナ君の触手を抜いた。

 

「ごめんね、イトナ君」

 

 思わず呟いた謝罪は彼には届かない。彼にとって触手は強さであり、希望だった。でもぼくはイトナ君に早くE組に来て欲しかった。彼がシロに捨てられる前に自ら自由になって欲しかった。これは全部ぼくのワガママだ。でも、それが不正解だとは思わない。

 

「お前が何をしたのか分かっているのか?!その触手にどれ程の金と研究が詰まっているか……」

 

 シロはイトナ君の触手が取れたのを見て取り乱して柄にもなく喚いた。この様子だとイトナ君にはそれなりに期待をしていたのだろう。1周目のようにイトナ君が使い物にならなくなった途端あっさり捨てることはすぐ想像できるが。

 

「関係ないよ。触手なんてイトナ君にとってはただの重りにしかならない」

 

「強さを求めたのはイトナの方なのにか?触手を失った彼に何が残る?!」

 

「残念だったね〜。中学生如きにそんな怒鳴るとかだっさ」

 

 カルマ君が最後にちょっとした挑発をする。しかしどうもそれはシロには届いていないようだった。何故なら彼は狂ったように笑い声を上げたからだ。

 

「ふはっ、ははははははっ!!」

 

「何が可笑しいんだよ。頭のネジぶっ飛んでんのか?」

 

 寺坂君が汗を拭って不気味そうに相手を眺める。シロの顔は見えないが、今笑う状況じゃないのは誰だって分かる。笑った後、シロは先程とは別人のように冷静に負けを認めた。

 

「完敗だよ。ここまでの敗北感を感じたのは人生で2度目だね。しかし、全て上手く行くと思わない方がいい。今イトナの触手を取り除いたことに後悔する日がきっと来るさ」

 

 シロの顔は明らかにぼくに向けられていた。彼の言っていることが不吉に聞こえ、なのに意味が分からずに困惑する。

 

「何を言って……?」

 

「さて、触手を失った以上イトナにもう用はない。そちらで面倒見てくれると助かるよ」

 

「仮にも保護者じゃなかったんですか?」

 

 殺せんせーは相手を睨みつけた。

 

「関係ないね。私はお前を殺すことしか頭にないんだから」

 

「やはり貴方は……」

 

 殺せんせーは相手の正体に勘付いたようだ。その場を立ち去るシロを先程より強く睨みつけ、ぼくから見える殺せんせーの顔がほんのひと時暗くなった。それは直ぐに消えてなくなり、いつものように優しい先生がイトナ君を介抱する。

 

「シロの奴、冷て〜なあ」

 

「それにしてもカルマの計画どんぴしゃりだったな!」

 

 興奮して岡島君がカルマ君を褒めちぎった。それに対して千葉君は不可解そうにしている。

 

「イトナが人質を取るはずとか、寺坂がタイマン張るよう言った場合の相手側の反応とか。あまりに計画に沿い過ぎていて逆にびびったぞ」

 

「そりゃそーだよ。イトナもこの計画知っていたんだからさ」

 

 軽くネタばらしをするカルマ君に全員の目が点になる。

 

「え?今何て?」

 

「だーかーらー、イトナも計画の実行者の1人だって話!」

 

「「「「はあ?!?」」」」

 

 事実を知らされていなかったクラスメイトたちの声が山中に響き渡った。その声で気絶していたイトナ君が目を覚ましてしまう。

 

「……うるさい」

 

「目覚めたようだな。今から殴られる覚悟は出来ているか?」

 

 拳を握りしめ、顔が明らかにど怒りしているぼくが1番近づきたくない学秀の姿にぼくはうわあと顔を覆いたくなる。

 

「いや浅野。渚ちゃんが死にかけたし気持ちは分かるが、止めとけ死ぬぞ」

 

 恐れ知らずの磯貝君が慌てて説得する。その言葉は学秀の変なフィルターを通して曲がって伝わった。

 

「そうだな、死にかけたんだから同じ目に遭わせた方がいいか。忠告感謝するよ、磯貝」

 

「って聞いてないし」

 

「まああれだよね。イトナ君が気絶した時渚ちゃんにもたれかかってたじゃん?羨ましかったんでしょ」

 

 カルマ君がクスクスと悪魔の笑いをして学秀を指差した。

 

「あ〜それか」

 

「嫉妬だね」

 

「ヤキモチだ〜」

 

「勝手な妄想で人の気持ちを代弁するのは止めろカルマ」

 

 学秀は如何にも自分は落ち着き払っていて全くそんな考えをしていないというように振る舞った。

 

「俺は別にそんなことしてないけど?これ本心っしょ」

 

「『浅野君は渚さんにもたれかかるイトナ君の姿にヤキモチ、または殺意を覚えた』っと」

 

 殺せんせーがメモ帳に何やら新しい書き込みを加える。内容はよく聞き取れなかったが学秀についてみたいだ。

 

「殺せんせー、ナチュラルにメモるなよ」

 

 殺せんせーの触手には抱えきれないほどのメモ帳の紙があり、カルマ君はゴシップ好きの殺せんせーに半ば呆れ気味だ。

 

「てか紙多くね?他には何書いて_____________」

 

 カルマ君は何かを発見したのかそれを慌てて握り潰した。

 

「……せんせー?俺と茅野ちゃんの話盗み聞きした?」

 

 怒りの色が垣間見える声に殺せんせーが焦る。言い訳の言葉を探しているのだろう。

 

「べ、別にそんなつもりはなくてですねぇ。ちょうど面白そうな話を小耳に挟んだので、恋愛話のところだけ聞いて計画については全く関心を覚えなかったといいますか……」

 

 殺せんせーが言い訳を繰り返す。その様子だと計画の話を少し聞いたが放置していたようだ。

 中村さんが憎たらしいほど満面の笑みでカルマ君の持つ紙を凝視した。

 

「なになに?カルマの好きな女子の名前でも書いてあんの?」

 

「……いや、ただの紙だよ」

 

視線を明後日の方向に向けたカルマ君には汗がじんわり湧き出ていた。1周目とは違い、水着を着てプールに入ったカルマ君が今暑さを感じるとは信じ難く、知られなくないものがそこにはあるのだとクラス全員が直感で察した。しかも中村さんへの反応が怪しい。

 

「嘘のつき方下手くそだなーお前」

 

 E組の生徒たち、特に男子はニヤニヤと笑みを隠さずにカルマ君に近づいた。

 

「おい、見せろよ〜」

 

「俺ら仲間だろ?」

 

「絶対笑うから嫌だ」

 

 カルマ君は紙を握りしめたまま腕を後ろに隠した。

 

「みんな。カルマを囲め!」

 

 前原君の声で下衆いクラスメイトたちがカルマ君に群がる。彼は理不尽な周りの行動に珍しく本気で慌てていた。

 

「何でそうなるんだよ!!」

 

「お前サボリ魔の癖に美味しいとこだけ貰ってくからな。こっちもお前の弱みでも握んなきゃやってらんねーよ」

 

 寺坂君はカルマ君と格闘し、周りが揉みくちゃになって騒ぎ立てた。終いにはカルマ君が埋もれて見えなくなってしまった。

 

「騒がしいな」

 

 イトナ君は淡々と、少し羨ましげに一部始終を見ている。触手を失って直ぐなので起き上がるのが難しいようだ。分身の殺せんせーの膝枕に乗る彼にこれは需要が無さそうな絵だと思いつつ、ぼくは殺せんせーの隣に座って彼らと同じようにクラスメイトたちの様子を眺めていた。

 

「楽しそうでしょう?先生はこういうE組の雰囲気が好きなんですよ」

 

「確かに悪くない」

 

 イトナ君は同意した。ぼくは決意して、彼にあることを尋ねる。

 

「イトナ君はさ、触手を失って、後悔している?」

 

「していないと言えば嘘になるな」

 

「そっか、そうだよね……」

 

 ぼくを気を遣ってか、いつもは直接ものを言うイトナ君が曖昧な表現で言った。それはイトナ君が後悔の感情を抱いていることを示す。

 

「でも触手を失ったからって、殺意が鈍ったとは思わない」

 

 ぼくはその言葉に微笑んだ。

 1周目より2ヶ月早いイトナ君の加入。それがE組に何をもたらすかは分からない。しかしこれだけははっきり言えた。

 イトナ君はシロに解放された。彼は自由になったのだと。

 

「あっ」

 

 カルマ君の持つ紙が彼の手元を離れ宙を舞った。ぼくの近くに来たそれを掴まえ、両手で広げる。

 

 

 

 

 

 

【カルマ君は渚さんが好きらしい】

 

 




原作からの変更点

・寺坂の計画にみんなが協力的
・残念、みんな計画を知っていた
・イトナが渚を人質にする
・寺坂が圧力光線を使う
・イトナの触手は無事に取り外された
・殺せんせーによる公開処刑(笑)

この回で1番考えたのはどうやってイトナを助けるかです。ちなみに当初は原作まんまの展開で最後だけ変えるという予定でした。でもそれじゃあつまんないので色々付け加えたり減らしたりしていたらこうなりました。
最後にさらりと語られるカルマの(以下略)。奥田さんといい、渚さんといい、何かと危険なことをしでかしそうな女子が気になるんですねぇ〜(殺せんせーのコメントより)
次回までにカルマが死んでいないことを祈ります、ついでにイトナも。
時間があったら、イトナ目線の番外編とかを書きたいですね。この回だけだとイトナがどうして味方になってるのか分からないですし。
次回、期末テスト。1位争奪戦とは別の争いにも注目。

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