クラップスタナーは2度鳴る。   作:パラプリュイ

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期末テストのはなし。1時間目

 期末テスト。前回の中間テストでは理事長にしてやられたE組だが、今回は違う。

 記憶の中でも華々しい成功にあったイベントだが、ぼくはその成功とはまた別の目標を掲げていた。

 たまには外で健康的に太陽光の下で勉強しようというアイデアのもと、生徒たちは地べたに座って殺せんせーの個人レッスンを受けていた。昼休みに勉強するなんて前では考えられなかった光景だ。殺せんせーの教えで生徒たちのやる気は引き出せた。しかしやる気満タンにはあと少し。寺坂グループなんかはまだ勉強する気にはなっていないように見える。そんな中、殺せんせーは生徒のやる気を100%以上に引き上げるある提案をした。

 

「皆さん期末テストに向けて頑張っているようで先生嬉しいですねぇ〜。せっかくなのでこういうイベント事に便乗して先生の触手を賭けたいと思います」

 

 生徒たちはピクリと反応した。次の言葉を待ち、唾を呑み込む。これは暗殺に関係ある情報だと理解するのは早かった。

 

「五教科の各教科で1位を取った生徒に触手1本贈呈します!!」

 

「おお〜〜!!!!」

 

 殺せんせーに送られる拍手の嵐に、学秀は肩をすくめる。教科全てで1位を取るのが常の学秀からしてみれば、この賭けは超イージーモード。彼からしてみれば平均点以下を取れという方が難易度が高いのだ。しかし、殺せんせーがこれを賭けにするということは学秀が賭けに参加するわけではないのだろう。

 

「話から察するに、それは僕抜きでということか」

 

 いち早く賭けから除外された学秀はつまらなそうに言った。

 彼の自習だけ道徳であったり、体育の授業はA組の水泳指導で留守にすることが多かったりと彼はE組にいる時はA組であることによる損が多いようだ。そして事実、今回も自分は賭けに参加すら出来ないのだと疎外感すらあった。

 

「そうですねぇ〜、浅野君はA組なので今回の賭けは無効とします。そもそもE組の目標は君より上の順位を取ることですからねぇ」

 

 そこで浅野学秀は殺せんせーの真意に気づいた。先生は意地悪でそんなことを言っているのではない。これが学秀の成長の糧になると思い言っているのだ。

 

「それは随分面白いことを言ってくれるじゃないか」

 

 学秀は自分から1位の座を奪うというのがどれだけ無理難題なのかを熟知していた。

 中学2年間どころか彼は人生で受けたほぼ全てのテストで1位を取っている。1周目だとカルマ君に奪われてしまうその座だが、今回は学秀がE組に入り浸っている。E組で殺せんせーの授業を受けている以上、みんながいくら勉強して学秀に追いつこうとしてもその頃には学秀は更に高みに達しているのだ。殺せんせーはE組に高みを目指させるのとは別に、既に高みにいる学秀に対しても期待しているのだろう。王者であり続けることほど難しいことはないのだから。

 学秀もやる気になった今、殺せんせーの課題は不可能に近いのではないかと生徒たちは考えていた。

 そんな中それに対抗しうる例外も何人かいる。

 その1人が自分でいうのもおかしな話だがぼくだ。元A組、2周目という最高のアドバンテージを持っているため、学習スピードは通常を遥かに上回っていた。

 

「渚さん、どの範囲までやったら気がすむのですか?!」

 

 殺せんせーは教える内に疲れ果てて悲鳴を上げた。

 現在やっている範囲は大学3年生で習う範囲。しかも分野は広く、ディープな科学、心理学、法律、はたまた経済にまで手を出してしまっているのだからキリがない。

 どうしてこうなった。

 

「出来ることなら何でもやりたいんだ。夢もないし。ほら、学生のうちは何事も全力でやれっていうよね」

 

 小さな嘘を重ねる。殺せんせーはぼくの嘘に反応を見せたが、それを訂正する程のお節介さは無かった。

 

「でもそれはやり過ぎな」

 

「うちのクラスで1位取れる確率が高いのはやっぱり渚ちゃんか」

 

 周りがぼくのことを勝手に持ち上げていくのを感じる。クラスの中で出来る方なのは自覚がある。でも本来のIQは他の生徒たちのがずっと上なんじゃないかというのがぼくの予想だ。

 

「狭間さん、何でしょう?」

 

 突然手を挙げた狭間さんを殺せんせーが見やる。授業中は大人しい狭間さんが手を挙げるのはほぼ初めてだ。

 

「質問。もし1位が2人以上居たら、それはどっちも触手1本ずつなのかしら?」

 

 狭間さんが柄にもなく勝負事に関心を持った。しかも殺せんせーを殺すという目的のためにあるこの勝負にだ。殺せんせーはその出来事が嬉しかったようで、ニヤニヤを隠しきれないまま「この前のお陰ですかね」と呟きその返事を応えた。

 

「そうですねぇ〜、公正を重視してそうするでしょう」

 

「じゃあぼくからもいいかな。それなら1人で全部1位取ったら、触手は何本もらえるの?」

 

 ぼくがそう言った瞬間、全員はその意味を悟りざわつき始める。殺せんせーの顔も深刻そうになっている。

 

「渚……お前まさか触手全部手に入れる気じゃ?!」

 

「あり得ない話じゃないぞ。天使ちゃんの点数はいつも浅野に次いで2番目。教科別なら浅野と同点で1位を取ることも多い!」

 

「__________分かりました渚さん。あげますよ、1教科1本ずつ!総合取ったらもう1本」

 

「うん、ありがと」

 

 お礼を言ってぼくはすぐに参考書に目を移した。さっきまで行っていた経済のレポートを殺せんせーの分身に差し出し、中学3年生の勉強に集中し始めたのだ。

 

「まずいな。こりゃあ天使ちゃんが1位独り占めって可能性もある」

 

「くっ、これでは男の意地が!!」

 

 男の意地を守る為に男子生徒たちは立ち上がった。すっかり敵扱いされているようでツラい。一方女子たちは逆にぼくをリーダー扱いしている。

 

「女子はみんな渚ちゃんに続け〜」

 

「「「「おーー!!」」」」

 

 片岡さんの掛け声で皆が続く。うちのクラスはイベント事での女子の結束力が男子より僅かに高い(エロが関わるときを除く)

 バスケでは負けてしまったが、殺せんせーの助けなしにあそこまで行けたというのは片岡さんがそれだけ優秀な学級委員だからで、指導力が高いからだろう。

 

「ではイトナさん、'Thief has stolen something most precious. That is your tentacle!' の訳をお願いします」

 

 と後ろから律の声が響く。学校のリスニング教材がアメリカ英語であるため、律のアクセントはアメリカ英語そのものだった。

 

「泥棒は1番………なものを盗んだ……。それは……tentacleって何だ?」

 

 律は殺せんせーに頼まれてイトナ君の勉強を教えている最中だった。どうやら期末テスト前で分身を大量に使っている殺せんせーは、勉強に大幅に遅れが見られるイトナ君まで見る余裕がないようだ。

 2周目の律は国語での成績も100点中84点と悪くなく、仮教師にはもってこいだった。

 

「ところで浅野は何やってるんだ?」

 

 学秀の方に目を向けた生徒たちは彼の異変にすぐに気がついた。いつも通り殺せんせーの道徳の授業をBGMにしていることには変わりないのだが、読んでいるものは六法全書だったりしてクラスメイトを困惑させている。

 

「どうにかして法律的に奴を排除する方法は……」

 

「何か危ないこと考えてない?!」

 

「内容的に考えてやっぱこの前のかな」

 

「アレか〜」

 

 全員は後ろで寺坂君と口論するカルマ君を盗み見た。どうやら学秀が怒っている原因は彼にあるらしく、しかし当の本人は寺坂君相手に詐欺まがいなことをして楽しんでいるようで全くその怒りが届いていなかった。

 

「はい、これ10万円のお返し」

 

 学秀の様子を気にしていないふりをした彼は悪どい笑みを浮かべ、1円玉を寺坂君に放り投げる。寺坂君は持ち前の反射神経でそれを掴み上げた。

 

「おーサンキュー……ってこれたったの1円じゃねーか!!!」

 

 律儀にお礼を言いかけて、値段の差額のデカさにふと我に返る。10万円のお返しに1円とは一体何事だろうか。

 

「何言ってんのさー、俺はちゃんと返したよ」

 

 鼻歌交じりにしてやったりとニヤニヤ顔を隠しもしない。E組の生徒たちは思った。

 

 まああの赤羽業が普通に金を返すとかありえないか、と。

 

「ちげーだろ!11万円返すってここに書いてあるぞ」

 

 寺坂君は紙をひらりと取り出し自信満々に主張する。ぼくはカルマ君が1万多く返すわけがないと考えながら殺せんせーに視線を送った。

 視線の先にいた殺せんせーはふむふむと頷き、いつの間にか着替えたシャーロックホームズのコスチュームで格好を付けている。虫眼鏡の代わりにズーム眼でその契約書を眺め、「謎は全て解けた……ですねぇ」とどこかで聞き覚えのある言葉を口にした。

 

「寺坂君。この紙、110,000の上に小さい丸_______0が書いてあるように見えませんか?」

 

 寺坂君は目を擦り紙をよくよく見てみた。殺せんせーの言う通り、そこには小さく0が書かれていたようだ。

 

「言われてみれば確かにな。小さ過ぎて黒い点のようにしか見えねーけどよ。ってそんなの今は関係ないだろ!!」

 

「いえいえ。それがですねぇ〜、関係あるんですよ。10万の0乗は幾つになりますか?」

 

「はあ?そりゃあ確か……1に______________ああ!!!」

 

 勉強が苦手で頭の回転がカルマ君より遅いことが仇となった。元からカルマ君は寺坂君をいっぱい食わす気でいたのだから。

 

「俺ちゃんと返したよ?11万円の0乗、1円」

 

 あどけない表情で無垢を装ったカルマ君だったが、誰も騙された者はいなかった。

 

「「「「せこっ!!!」」」」

 

 お金を返す取り決めで普通はそんな書き方しないということを磯貝君が指摘したが、取り決めは取り決め。最初に寺坂君がサインしてしまったのだから今更その変更を申し出ることなどできない。

 

「というか、どんな数字も0乗で1になるのは基本ですからねぇ。寺坂君は数学をしっかり勉強しないと、一生カルマ君にたかられますよ。あ、数学問題集10冊追加で」

 

 真顔でサラリと課題を追加する殺せんせーがまた憎い。あの赤髪のいたずら少年はそれすらも予測してこんな事をしたに違いなかった。

 寺坂君は叫ぶ。

 

「くっそ……覚えてろよカルマぁぁぁぁ!!!」

 

 ぼくは寺坂君を敵がいると燃え上がるタイプと勝手に認定した。さっきのダラダラした態度が嘘のようだ。

 

「寺坂のバカは放っといてっと。殺せんせー、この問題ってさ」

 

 ジャンプしたカルマ君から殺せんせーにナイフが振り下ろされる。それを軽々避けて殺せんせーは訊き返した。

 

「はい、何でしょうカルマ君」

 

「このxがこうなって_______ってことだよね?」

 

「合ってますよ。でもそんな問題に5分もかけてちゃだめですね〜。それから途中式が曖昧すぎます。これだけで減点2点ですか。浅野君はさっき1分も使わずに解いてしまいましたよ、しかも満点解答で」

 

「ちっ」

 

 人はよく比べるなと言う。しかし世の中には比べた方がやる気を出す生徒というのもいるのだ。カルマ君や寺坂君は正にそういう生徒だった。自分より先に進んでる身近な生徒に焦り、敵対する。そしてそういう生徒は向かう壁が高ければ高いほどよく伸びるらしい。

 

「あいつがやる気とかめっずらしー」

 

 中村さんは「ライ麦畑でつかまえて」の原書を読みながら言った。ぼくはその姿にある予感を覚える。

 

「殺せんせーは浅野を出して無駄に煽ってんな」

 

「カルマはやれば1位取れそうだからなー」

 

 磯貝君が前原君にそうぼやき、他の生徒は頷いた。

 理事長の妨害を物ともせず4位を取ったカルマ君。彼もE組が考える1位を取りそうな生徒の1人だ。

 

「でもどーしてそんなカルマがやる気になってるの?いつもテストなんてどうでもいいって顔してるのに」

 

「浅野君も渚も成績良いからね。ライバルと好きな子より成績低いとかきっとプライドはズタボロだよ」

 

 茅野が理にかなった意見を口にする。彼女はカルマ君から相談されていた事もあり、数少ない彼の理解者なのだ。

 

「あー言われてみれば。渚ちゃん、カルマが好きって言ってるけどそこんとこどうよ?」

 

 天啊。何故か頭に浮かんだ中国語で呟く。それほどぼくは混乱していた。というか話を振って欲しくなかった。

 落ち着け。整理しよう。

 あの紙は殺せんせーが書いたもので。ということは真実だとは限らない。カルマ君は勘違いが露見されるのが嫌で隠していた。

 うん、きっとこうだろう。

 

「あれは殺せんせーの勘違いじゃないかな?ほら、殺せんせーって男女をカップルにさせようとする魂胆がたまに透けて見えるし」

 

「うわー安定の鈍感だね。その心は?」

 

 エアマイクをぼくに突き出し、矢田さんが尋ねた。

 

「カルマ君がぼくのことを好きになるわけないよ。本校舎にいた時には肩書きと順位で過大評価されていただけで、今はそんなこともないし……」

 

 倉橋さんと矢田さんが訝しげに首を傾げた。倉橋さんが言いにくそうに言葉を発する。

 

「前から思ってたけど、渚ちゃんって自己評価相当低いよね」

 

「うちのクラスで渚ちゃんが好きな男子って結構いると思うけど、みんながみんなそんな理由で人を好きになると思うの?」

 

「それは違う……かも」

 

「みんなね、渚ちゃんがかわいいから渚ちゃんが大好きなんだよ。かわいい上にかっこよくて優しいから。渚ちゃんには良いところがいっぱいあるもん」

 

 倉橋さんが真剣に力説する。その言い方には凄みがあった。

 

「みんな分かってるのに、何で本人は分かんないかなぁ」

 

 倉橋さんの目が少し哀しそうにぼくを見つめる。

 ぼくは彼女が言うように、何も分からなかった。

 何故みんなが勘違いするのかも、ぼくを好きになる人がいるのかも。自己評価が低いというのはどういう意味だろう。ぼくは自分で自分を過大視してしまわないように気をつけているというのに。

 

「ねえ茅野。ぼくはどこかおかしいのかな?」

 

「おかしいっていうか、恋愛に関して度を超えた鈍感っていうのか……もっと自信持てばいいのになとは思うよ」

 

「そうよ渚。自信の無さは失敗に繋がるわ」

 

「もう本人に聞けばいいじゃん。カルマ、渚ちゃんのこと好き?異性として」

 

 片岡さんが堂々と尋ねた。いきなりの出来事にカルマ君は面食らったようにぼくを見つめる。

 

「_____________好きだよ」

 

 ガタン。

 

 カルマ君がその言葉を言った瞬間、学秀がカルマ君に近づいて行った。

 

「カルマ、何だってお前は……」

 

「何、学秀君怒ってるの」

 

「…………」

 

 学秀は答えなかった。

 

「学秀君が出来なかったことを先に俺がやるのが悔しいんだ」

 

「ああそうだ。それもある。だが______」

 

「でも悪いのは学秀君じゃん。俺がせっかく気を使っても、何もしようとしない__________臆病者(チキン)

 

「違う、そうじゃない」

 

「自分が1番近いポジションにいると思って油断していたから____________「僕の話を聞けカルマ!」」

 

 学秀は怒鳴りつけた。すっかり勉強モードだった教室からシャーペンの音が止む。全員がカルマ君と学秀に注目していた。

 

「分からないか?渚が困っている」

 

 カルマ君はハッとした表情でぼくのいる方向に視線を移動させた。眉を垂れたぼくと目が合い、バツが悪そうに唇を噛み締める。

 それはきっと、ぼくがカルマ君とは同じ気持ちではないと分かってしまったからだ。

 

「そうだったね。いつだって渚ちゃんのことを1番分かってるのは学秀君だもんね」

 

 カルマ君が教室を出て行く。今は自習の時間で、授業中と同意義のはずだったが誰も彼を止めなかった。殺せんせーでさえ、分身を使うのを止めている。

 

「皆もあまり騒ぎ立てるな。これは渚とカルマの問題だ」

 

「うん、何だかごめんね。でも浅野君。渚ちゃんが困っていたとしても、それはカルマ君が自分の気持ちを言っちゃいけない理由にはならないと思うよ」

 

 片岡さんの言葉に学秀は黙り込んだ。それは事実正しい。告白は相手に自分の気持ちを伝えるためにあるのであって、振られると分かっていても出来るものでもある。だから今の学秀が言っているのには意味が通らない。ぼくが困っていたからその先を言わせるのを止めさせたなんて、そんなの……そんなのおかしい。

 言ってないのに。あの事を知っているはずがないのに。

 

『何でぼくが困っていると思ったの?』

 

 フランス語で聞く。彼は淡々と根拠を述べた。

 

『自分が告白された時の顔を渚は知らないようだ。まるで女装した男子中学生が告白されているみたいな反応だと思ったよ』

 

 何それ。何だよそれ。

 核心を突いた表現に、乾いた笑いが零れる。この比喩表現は正にぼくの状況を言い表していて、この鋭い男は天然でそんな事を言うような人じゃない。

 知っていたのか、1周目は性別が違ったことを。

 

『いつから気がついていたの?』

 

『……2周目の話を聞いた時だ』

 

『ぼくはね、男子を恋愛対象に見れないんだよ。彼氏にするならこんな人がいいとか、誰々がカッコいいとか、そういうのは分かるんだ。でも、誰かを異性として好きになることができない。だってぼくにとって異性が何か分からないから』

 

 一気に胸の内を明かした。学秀はそれを静かに聞いていたが、ぼくの話に区切りがつくとポツリと呟く。

 

『カルマはいい奴だ』

 

『カルマ君は1周目で本気でぶつかり合えた親友だよ。だから恋愛対象に見るなんて考えられない』

 

『なら聞くが、渚は本当に自分のことを男だと思っているのか?』

 

 ぼくは自分の顔を触ってみる。髪に触れてみた。どこからどう見ても見かけは女だ。でも、潮田渚の記憶がへばりついている限り、男でいたという事実はなくならない。

 この事について考えたことはあった。でも答えはまだ見つけられていない。これに答えを出すとすれば、曖昧になってしまう。きっとぼくは______________

 

『ぼくはきっと男でも女でもないんだよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 授業が終わり、殺せんせーはぐったりした様子で教卓に倒れこんだ。

 ぼくは学秀に勉強の誘いをしようと話しかける。

 

「学秀、放課後勉強____________」

 

 だが、その誘いは即座に断られた。

 

「悪い。今からA組を集めて勉強会を開く予定でね。もちろん、渚が来るのは大歓迎だが」

 

「……大丈夫。行かないから」

 

 A組の勉強会のレベルについていけないとは思わない。でも学秀が歓迎しても元クラスメイトたちは歓迎してくれないだろう。

 

「今日は大変だったね」

 

「磯貝君」

 

 このタイミングで話しかけてくるということはもしかしてあの誘い?

 

「実は俺、期末狙って本校舎の図書館利用予約しててさ。放課後空いてるなら一緒どう?」

 

 磯貝悠馬 他5名と書かれた予約券はE組だとプレミアがつくようなレアものだ。A組は予約すると翌日か遅くともその週のうちに利用できるのに対し、E組が2ヶ月3ヶ月と後回しにされるなんて珍しくもない。

 

「私行く〜。冷房の下で勉強できるなんて天国じゃん!」

 

 中村さんが強引に磯貝君の誘われていない誘いを受ける。磯貝君は苦笑して了承した。

 

「えっとぼくは……」

 

 五英傑に遭遇することが分かっているからか、あまり気が乗らない。2周目に入ってからは関係はむしろ良好だけども。それでもA組とE組という差別化がある中でぼくだけを特別に見るようなことは絶対にしないだろう。

 

「てか勉強教えて!」

 

 中村さんが腕をぼくの肩にまわした。

 中村さんの方が地頭は良いからぼくはその提案に少し微妙な反応しかできなかった。

 

「行こうよ渚。わたしもテスト分からないところあって、渚に教えてもらいたいな」

 

 茅野がそう言ってようやく行こうかなという気持ちになってくる。茅野がいるなら行ってもいいかもとぼくが思うことを彼女は熟知しているのだ。

 

「ね、今日の放課後スタバ奢るから」

 

「行く。分かった、行くよ」

 

「渚ちゃんってスタバで釣れるんだ……」

 

 中村さんが呆れ混じりに呟く。釣れるという言い方は少し酷くないかとショックを受けた。

 

「渚はカフェか甘味だったら何でも釣れるよー」

 

 茅野が余計なことを言い出した。釣られた覚えはないんだけどなあ。

 

 

「へぇ、良いこと聞いたな〜」

 

 中村さんは何か企んでいる時の顔で呟く。茅野が苦笑していたが、悪用されそうで怖いのは気のせいだろうか。

 

「皆さん勉強熱心ですねぇ〜」

 

「渚ちゃんも総合1位狙ってるみたいだし、触手の約束忘れないでね〜?」

 

 中村さんはナイフを片手にニヤリと微笑む。

 

「1位はちょっと厳しいよ……学秀より上の成績なんて取れる気がしないし」

 

「…………渚さんには浅野君を抜くのに欠けているものがありますね」

 

 殺せんせーはぼくの弱気な発言にやれやれといった表情で呟いた。

 

「欠けてるもの?」

 

「それが分からない内は1位なんて取れないですよ。せいぜい触手目当てに頑張ってください」

 

 意味深な発言をする先生に考え込んだ。

 ぼくは学秀に劣っていると思ったことはない。しかし、何故かいつも学年1位は逃してしまうのだ。

 それはみんなの言うようにぼくの自己評価が低いからなのだろうか?

 

 

 図書室に着くと、知り合いの司書の先生はぼくを見て「久しぶりね〜」と声を掛けた。E組に行ってからも態度を変えないのは、単純にぼくのことを気に入ってるからみたいだ。

 それとA組に居た頃は五英傑とよく図書室に来たのでその所為だろう。

 

「図書室の予約なんですけど、席……」

 

 磯貝君が受付で話している間に周りはぼくの登場を騒ぎ立てていた。どうやら本校舎でぼくはちょっとした有名人らしい。

 

「学問の天使?!」

 

「嘘?!どこ??」

 

「受付受付!」

 

 ぼくの姿を探す生徒たち。

 

「まさか。本校舎にいるわけないでしょ」

 

 存在を疑う人。

 

「学年2位なのにE組っていう先輩?」

 

「憧れるよね〜。まっ、E組には行きたくないけどさ」

 

 そもそも噂のみでしかぼくを知らない人たち。

 

「え〜、あの生徒会長がE組にいるならE組行きたくない?」

 

「でも卒業しちゃうし意味ないじゃん!だったら高校で一緒になりたいしー」

 

 学秀に憧れる人たち。

 

 図書室には様々な生徒がいて、皆がぼくを一方的に知っていた。こうなる事は予想ついていたとはいえ、どうにもむず痒い。

 席に着けば静かになるかと思いきや、どこからか噂を聞きつけた五英傑の内4人がぼくらの席の前で立ち止まる。

 

「おや〜?分不相応な奴がここにいるね」

 

 荒木君が嫌味たっぷりにメガネを上げ言った。

 

「そこ、俺らが使うからどけよ」

 

 瀬尾君が上から目線で命令する。そこで立ち向かったのはクラスを代表する紳士、磯貝君だった。

 

「おい、ここは俺らがちゃんと予約して取った席だぞ」

 

「記憶悪いなぁ〜君らは。E組はA組には逆らえない、って習わなかった?成績が悪いんだから!」

 

 他の五英傑はギクリと小山君の言葉に反応した。それは正確には間違っていて、誰かには通用しないと気づいているからだ。さっきからあんなにE組の他の生徒たちに絡んでいるのにぼくには何もしてこない理由にもなっていた。

 

「んー、それだとぼくはいいってことだね」

 

 ぼくは訂正を入れる。

 

「あとカルマ君も結構成績良かったから……あ、でも五英傑よりは下か」

 

「赤羽カルマだと?」

 

 思い付いて言うと小山君の頬がピクリと歪んだ。この前の期末試験で小山君は5位の座をカルマ君に奪われている。要するにぼくは挑発しているのだ。彼らが何をすれば怒るのか、ぼくはよく分かっている。それはぼくが五英傑の友達だったから。彼らのことは今でも嫌いになれない。でもE組のことを悪く言われるのは嫌だ。

 

「みんな考えれば分かるよね。五英傑なんて表だけ綺麗に見えるペラッペラのレッテルだ。みんなが特別なわけじゃない」

 

「英語でぼくに勝ったことない瀬尾君」

 

「What the hell are you saying?!」

 

 瀬尾君は憤慨して少し訛った英語を口にした。

 

「I guess it's about your accent」

 

 中村さんが冗談めかして言った。彼女の発音は完璧なアメリカ英語だ。

 

「カルマ君に4位を奪われた小山君」

 

「それは今回挽回する!!」

 

 小山君は顔を真っ赤にして主張する。ぼくは「どうだか」と小さく呟いた。

 

「情報操作で姫希さんに負けてる荒木君」

 

「負けてると断言する理由が分からないな」

 

 荒木君はブツブツ文句を言ったが、彼も情報操作で彼女に負けている事は理解しているはずだ。

 

「ぼくから榊原君には何も言うことがないけど……」

 

「そうかい?まだ1度も天使へのアプローチに成功してないことに関しては負けを認めるよ。『ますらをと 思へる我や かくばかり みつれにみつれ 片思をせむ』」

 

「え、あ……そう」

 

 目をパチクリとして相槌だけ打つ。

 いきなり万葉集読み出したよこの人。

 ぼくにはこの人のノリが未だによく分からなかった。3秒ほど目を離していた隙に彼は神崎さんの手を握りしめていたりして、さらに訳が分からなくなる。

 

「おや、こんな所にも蝶がいる。ああ勿体無い、E組でなければ僕に釣り合う容姿なのに。君、後でお茶でもしない?良い喫茶店を知っているんだよ」

 

 言った側からナンパするなよ?!

 

 ぼくは呆れて物も言えなかった。1周目と展開は似てるがこれはプレイボーイの度が違う。

 

「今日は先約があるの。それに、二兎を追うものは一兎も得ずと言うから、自重した方がいいんじゃないかな」

 

 神崎さんは至って穏やかな口調で相手に対して忠告をする。しかし榊原君は眉1つ動かさずに自信満々に返事を返した。

 

「しかし三兎を追う者は猪を得るともいう。僕は高望みしてでも至高を求める主義なのさ」

 

「______________私たちだって」

 

 今まで静かだった奥田さんが勇気を振り絞って声を出した。

 

「次のテストで全科目1位取るんですから!」

 

「生意気に口答えすんな。そんな自信だけあって根拠も無しに______________」

 

 小山君の額に人差し指を添える。ストンという音がして、彼は何かの力によって床に座り込んでしまった。

 

「奥田さんは凄く化学が得意で、この前は酢酸タリウムとか王水を作っていた。記憶力重視の小山君と違って実践派。充分1位圏内だと思うよ?」

 

「じゅ、銃……?」

 

 どうやら小山君には銃を突きつけられているように見えていたようだ。小山君は座り込んだままE組の顔を見上げ、その顔に見覚えがあることに気がつく。

 

「言われてみれば一概に記憶無しとは言えないか。神崎有希子中間テスト国語23位。磯貝悠馬社会14位。中村莉桜英語11位。奥田愛美理科17位。大石渚数学1位に総合2位。というか1教科だけなら勝負出来そうなのがまあ揃ってる。一桁なのは天使だけだがな」

 

 E組行きになる理由として部分的な成績不振がよく挙げられる。その為か、理系は得意だけど文系が全滅とか、その逆の生徒はよくいるのだ。だから一科目だけなら1位を狙うのはそこまで難しくない。

 

「そいつは面白い。それならこういうのはどうだ?俺たちA組とE組、五教科でより多く学年トップ取った方が負けた方にどんな事でも命令できる」

 

 荒木君は「まあE組相手じゃ賭けにならないな」と勝つ気満々だ。

 

「どうした?急に怖じ気づいたか。何ならこっちは______________」

 

「命を懸けたって構わないぜ?」

 

 その言葉は合図だった。ある者は定規を、ある者はペンを武器に取った。首に突きつけたその武器は暗殺者のナイフのように相手を脅すのに効果的で、見えない殺意が4人を襲う。

 

「な、何だ……今の」

 

 ぼくは冷めた目を4人に向ける。シャーペンの先を向けただけでこの反応とは命を懸けるなんてよく口に出せるものだ。なんなら今___________

 

 殺してあげようか?

 

「ひいっ」

 

「死ぬ覚悟なんてないのにね」

 

 くすりと相手を笑ったつもりが、何故か自分を嘲笑っているかのように聞こえた。

 

「引き受けるよ。その賭けとやら」

 

「じょ、上等だ!!」

 

「死より過酷な命令を与えてやるぜ!あとうちのリーダーにあまりちょっかい出すなよ!!」

 

 恐怖から逃げるように駆けていく彼らに、他の生徒たちはガヤガヤと口々に何が起こったかについて話し始めた。司書の先生は頭を抱えて「図書室では静かに!」と1番大きな声で怒鳴る。一瞬静かになった後、誰かの「うるさいのは先生じゃん」という声によって話し声は再開された。

 図書室での騒動は瞬く間に広がった。同じ頃、E組の教室で別の争いが繰り広げられていたことをぼくは後で知ることになる。

 




原作からの変更点

・渚のスペックが遥か上
・カルマ→渚←浅野 決定
・実は知ってた展開パート2

次回は浅野学秀目線。E組に入ったことによる変化は?!

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