クラップスタナーは2度鳴る。   作:パラプリュイ

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最新話を書き進めていたら思わぬところで行き詰まってしまったので番外編です。
タイトル通りイトナの話。非公式の恋愛要素をぶっ込みました。


【番外編】イトナの気持ち。

 強さには代償が付き物だとシロは言った。例えば甘味に関する味覚の変化。胸に対する異常な執着。そして時折キーンと鳴る頭痛。でもそんなことはどうでもいい。

 俺は強くなった。全ては触手のお陰だ。

 

「イトナ、用意はいいか?」

 

 放送室から聞こえたシロの声に俺は小さく頷いた。機械仕掛けのモンスターが俺の目の前を立ち塞がる。

 全身が尖っていてハリネズミに似ている。でも棘の部分にあるのは銃兵器であり、あのタコを意識したのか目は点が2つ、逆さにした月のような口が正面に付いていた。ネクタイまで奴のものにそっくりでもうあのタコにしか見えなくなってくる。

 シロの実験で闘うモンスターはいつも強そうだ。でも俺の方がずっと強い。

 

 銃撃を軽々と避け、止めを慎重に正確に心臓と思われる位置に刺した。ゲームセット。俺の勝ち。

 ほら、やっぱり。

 俺のが強い。

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 白装束を外した普通の人間姿のシロが俺の顔も見もせずにいつも通りの言葉を発した。シロがそういう格好をするのは決まって平日の昼間で、どこかに出かける前だ。

 

「いつも通りコンピューター室で体調チェックをしなさい。あ、それが終わったらゲームでもするといい」

 

 シロは俺が何をしようと無関心だ。研究施設から出なければどうでも良いことなのだろう。現に彼は俺よりも別の何かに関心を持って行かれているような時さえある。前にいつも昼間にどこへ行くのかと聞いたら、病院と答えていた。もしかするとそれがシロとあのタコが対立する理由だったりするのだろうか?

 

 コンピューター室にはいつものように人が居らず、自分が来る時間帯は避けられているようだと推測した。それもそうか、と1人納得してぼやく。

 

「あいつがモンスターなら、触手持ってる人間だって同じか」

 

 画面に体調管理のチェック項目が映し出され、それを1つ1つ見てキーボードを叩いた。最後に頭痛がするかと聞かれて「はい」の選択肢をクリックすると終了である。

 シロはゲームをするように勧めていたが、俺は体調チェック後はネットサーフィンばかりしている。施設にいる間に世の中の状況に取り残されたくないからだ。

 

「新作映画の予告、椚ヶ丘通り魔殺人事件にお笑い芸能人Kの結婚……もっとまともな話題はないのか?」

 

 気がつくと無意識にあのタコの話題を探している。月の爆破は散々取り上げられた話題なのに、俺の興味はやっぱりそこにしかないのだ。

 

「殺せんせーは各国政府の重大機密事項ですし、ニュースに乗る確率は極めて低いかと」

 

「っ?!」

 

 一瞬どきりとして飛び退き、その声の正体がよく知る機械仕掛けの少女であることに安堵する。よくよく考えたらコンピューター上に突然出てこられるのは彼女しか居ない。

 

「律」

 

「こんにちは、イトナさん」

 

「帰れよ」

 

 うんざりして呟く。シロはついこの間律が行った裏切り行為に対して怒り、律を施設上から完全に排除したはずだ。それにも関わらず、律はありとあらゆる手を尽くし俺に毎日会いに来た。俺が何度も帰れと突き放しても彼女は懲りもせずに会いに来る。気が付けばコンピューター室で彼女と世間話をするのは日課となっていた。人工知能の彼女は俺の周りを取り巻くどんな人間とも違う。悪知恵の無い純粋さは新鮮だった。

 

「そういえば、イトナさんの私の登場への反応速度が0.8秒速くなりましたね。それは眼孔の手術による功績でしょうか?」

 

 反応速度なんて人間離れした発言は律だからできるのだろう。目が前と違うことにも直ぐに気づくところも流石だ。

 

「……俺は知らない。シロが知ってる」

 

 律の質問には答えられる範囲でしか答えていない。渚みたいに一方的に質問を投げかけてくる律は俺の答えに興味があるわけではないようだ。俺と会話をしたいだけ、というのが本人の説明する理由である。

 

「それではそうですね……手術は痛みを伴うものでしたか?」

 

「……痛かったのは麻酔だ」

 

「それは知りませんでした。手術とは麻酔の痛みが大きいものなのですね!」

 

 イマイチ噛み合わない会話を全く苦にも思わず律はひたすら質問を繰り返し、俺はそれに答えていった。帰れと言っても律は俺と話し続ける。感情理解が不得意な彼女に遠回しに帰るよう誘導しても通じない。空気を読むことが出来ない。これでは手の施しようがなかった。

 

「お前学校通ってるんじゃないのか?」

 

 意訳すると忙しいだろう、帰れなのだが、彼女はよくぞ聞いてくれましたとばかりにドヤ顔をしていた。

 あ、ちょっと可愛い。

 

「私はモバイル律ですので。本体はもちろんE組にありますよ。昨日の体育プールでした。開発者に防水機能を付けるように依頼しているところです。今の流行は水殺ですからね!それから、本体に新たな機能を追加したんですよ。イトナさんも気にいると良いのですが……」

 

「お前はいつも楽しそうだな」

 

 暗殺方法について話しているだけなのに、まるで趣味について話しているかのように自然で、気軽で、眩しいほど彼女は輝いていた。

 一言で言うなら人生楽しんでますって表情だ。

 口には出さなかったが、律の話を聞くのは強さのみを求めたこの研究施設で唯一楽しみな時間になりつつあった。

 

「イトナさんはいつも無表情です」

 

「シロに制限されてる。触手は感情によって作用されるから、感情を持たない方が操りやすい」

 

 もともとあまり笑わないのだが、触手を持ってからはそれが顕著になった。俺は演技が下手くそだから気持ちと表情がリンクしている。触手だってそれに左右されるはずだ。

 

「もったいないですね。律はイトナさんの笑顔が好きですよ?」

 

「笑顔?」

 

「楽しんでいる時のイトナさんは笑顔でした。イトナさんは今楽しいですか?」

 

 咄嗟に返事が返せなくなり俺は黙り込んだ。

 楽しい?そんな感情はどこかに捨てた。もともと無かったみたいに思い出せない。

 前の学校では友達が出来なかった。両親が夜逃げしたということで周りは遠巻きに憐れみか見下す目を向けてきたからだ。そういう風に人を見る奴らは嫌いだったし、将来の為になるとほざいて必要のない事を教える教師はもっと嫌いだった。

 その期間、俺はただただつまらなかった。取り返したいものはたくさんあった。でもそのどれもが子供には取り戻せないものだった。

 俺は元の生活を取り戻したい。でもその為には力が、金が必要だ。

 俺は強くなった。でもこの状況は前より良い気はしない。

 

「…………律」

 

「はい?」

 

「E組はそんなに楽しいところなのか?」

 

「とても楽しいですよ!」

 

 その答えは分かっていた。あの小柄な少女が律と同じように何度も話しかけて来た時から、本当はE組に行ってみたいと思っていた。あのヘンテコなクラスなら、俺は受け入れられるんじゃないかって。

 でも触手は俺にその甘えを禁じた。

 怒りが胸の奥からこみ上げ、触手を振り回したい衝動に駆られる。この怒りを鎮める方法は1つ。甘味を摂取することだ。

 

「甘味が切れた。それが無いと触手が暴走する」

 

「そうですか。今度旧校舎に行くことがあったら、是非自動販売機に寄ってみてくださいね!大人気の煮オレシリーズは甘さたっぷりで、特にプリン煮オレはイトナさん好みだと思います」

 

 何だそのマイナーで如何にも需要が無さそうな飲み物は。プリン愛好家じゃなきゃ誰が飲むんだ。

 

 

「行くことがあったらな」

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 絶対にE組に行くようなことは起こらないだろうと思っていたのだが、その時は案外すぐにやって来た。何やら悪巧みをしてそうなシロがこんな誘いをしてきたのだ。

 

「今日は椚ヶ丘中学校に行く。寺坂の協力が得られそうだからね。イトナも来るかい?」

 

 椚ヶ丘中学校。E組。旧校舎。プリン煮オレ。

 連想ゲームのように脳内で言葉がリンクしていった。いや、別に律のオススメする飲み物を飲んでみたいとか思っていない。本当にそんなことは思ってないが…………

 

 …………。

 

「行く」

 

 旧校舎のプール付近に着くと、シロは人影に声をかけた。

 寺坂。俺の嫌いな向上心の無い強そうに見えるだけの奴だ。

 

「お前はあの赤髪より弱い。体力も馬力もあいつより勝るのに__________何故だか分かるか?」

 

 そう口に出てしまったのは相手に対して同情が少しあったからかもしれない。それとも持っている癖に使わない相手にイライラしたからか。

 

「お前の目にはビジョンがない。勝利への意志も手段も情熱も人任せだ」

 

 目標の無い寺坂は頑張れば強くなれる。俺より体格はあるし、何より椚ヶ丘中学校のような進学校に行けている時点で親の稼ぎも悪くないだろうから。寺坂は恵まれている。だが、問題はその先だ。

 

「目の前の草を漠然と食っているノロマな牛は牛を殺すビジョンを持った狼には勝てない」

 

 夢もない。希望もない。努力もない。そんな寺坂だからシロに騙される。シロが協力なんて求めるわけがないだろう。あいつが協力行為を要求する時は、決まってそいつを利用しようとしている時なんだから。

 俺だって、利用されている1人だ。

 いや、でも俺にはビジョンがある。こいつとは違う。

 

「ビジョン、それだけでいい」

 

 寺坂から離れ、俺は旧校舎に近づいていった。律の言うように、E組はきっと楽しいところなのだろう。殺しのビジョンを持った暗殺者。100億の賞金首である教師。

 でも俺はその中には入れない。触手が俺を許さない。E組に入れば強くはなれなくなる。欲しいものを手に入れるには排除するものが必要なのだ。それが俺にとって学生生活だったわけで。今更、捨てたものを欲しがっても戻ってくるわけじゃないのに考えてしまう。

 もしも工場が潰れなかったら。

 もしも俺がシロに会わなかったら。

 もしも俺が渚の手を取ってE組に入っていたら。

 

 でももうダメだ。もしもは取り戻せない。

 

 ふともたれかかった校舎に装着されたように、ポツリと自動販売機が置かれていた。くっと笑いがこみ上げてくるのを堪える。

 まさかあの律が言っていた自動販売機ってこれのことか?

 デジタルの自動販売機を見るのは初めてだ。

 俺は仕組みが気になり機体に触れる。スクリーンが明るくなって自動販売機のメニューが表示された。

 よくある午前ティーシリーズ、炭酸ドリンク、水が並ぶ中にソレはあった。

 

「プリン煮オレって……本当にあったのか」

 

 ポケットをひっくり返してようやく見つけた100円硬貨と10円玉を入れ、俺はプリン煮オレのボタンを押した。紙パックを取り出し口から出し、ストローをぶっ刺す。では飲もうという時に、物音がした。

 

「誰だ?!」

 

 思わず触手を出したが相手は何てことない、椚ヶ丘の制服を着た女子生徒2人だ。もじゃもじゃ頭の少女は怠そうに腕を組んでいて、もう1人の小さな少女____________渚はそんな彼女を落ち着かせようとあたふたしていた。

 

「まったく何時間待たせる気かしら」

 

「ごめんごめん。正確な時間帯が分からなかったからさ」

 

 ああ、律がわざわざ自販機のことを話したのは彼女たちに会わせるためだったのか。

 

「……渚」

 

「久しぶりだね、イトナ君」

 

 相変わらずの人懐っこそうな笑顔で触手に物怖じもしない。もう片方の少女は俺が触手を出した途端距離を取って警戒心を多少見せているのに対し、こちらに対して全く警戒していないのだ。肝が据わっているのか、ただの馬鹿なのか。どちらにせよこっちの調子を狂わせる。

 

「一体何をしに来たんだ?」

 

 言ってから何をしに来たと訊かれるのは自分の方だろうと思い直した。向こうも同じことを思ったのか、もじゃもじゃ女が「あんたの方こそここで何してるわけ」と不機嫌そうに言葉を投げかけた。こいつがいる意味がどうしても分からないが、渚にも色々あるのだろう。

 

「実はぼく、シロの計画知ってるんだよね」

 

 それはまた随分と早い情報だ。

 自分はまだ計画があることすら聞かされていないのに、一体どこから情報を得たんだ。そこで律のイレギュラー発言を思い出し、こういうところのことを言っているのかと理解する。

 

「……それで?」

 

 ぶっきらぼうに返すと渚は急に畏まって咳払いをした。

 

「イトナ君。選択権は君にある。君はE組に来たい?」

 

「……別に」

 

 返答に困って、曖昧な言葉を呟いてしまう。

 今の今までそのことを考えていた俺にとって、それはタイムリーな話だった。

 行きたい気持ちはもちろんあったが、それでいいのかとこの選択を疑うもう1人の自分がいる。

 

「俺は行きたくない」

 

 渚は全てを見透かしたような目で俺を凝視していた。彼女の中で俺が嘘をついているという判決が出たらしい。これは後で律から聞いた話だが、渚には嘘を見分けることができるのだという。

 

「分かった。行きたいって本心を答えとして受け取っておくよ。それが分かればやる事は1つ________「シロが来るわ」え、それはまずい。律、あとはお願い!」

 

「了解です、渚さん」

 

 自動販売機から律の声がしてぎょっとした。販売員の制服姿の律が自動販売機の画面に突如現れ、渚にウィンクし、さらに驚く。

 

「な、何やってんだお前」

 

「お仕事ですよ。確かイトナさんは1度しか見たことなかったですよね」

 

 そういえば律が本体は自動販売機に似ていると言っていた覚えがある。初めて見たときはE組のクラスメイトにすら興味が無かったので殆ど注意していなかったが、こうしてまじまじ見ると本当に自動販売機にしか見えない。

 

「……本体律」

 

「はい!こうして直接話すのはほぼ初めてですね。モバイル律は私と繋がっているので実質あまり変わらないですが」

 

「まさかこんなイカれた奴だとは思わなかった」

 

 多少驚きながらも自分を落ち着けるためにプリン煮オレをストローで一口飲む。プリンをそのまま飲み物にしたような味だ。だが意外と癖になる好みのものだった。

 

「そんなこと言わずに。モバイル律が後で詳しい説明をするので、いつもの時間にコンピューター室で」

 

 律は素早く言うと傍に移動して自動販売機のフリをした。後ろからシロが俺を発見してほっと息を吐いている。

 

「イトナ、ここに居たのか。随分と探したんだぞ。では帰ろうか」

 

「シロ。この計画はクラスを巻き込むのか?」

 

「実行の時に言うから聞く必要はないね。それともあれかい?あの渚とかいう子のことを助けたいのかな?強くなりたいなら情は捨てた方がいい。あの子も偽善者ぶって君に手を差し伸べただけなんだから」

 

 巻き込むんだな。

 シロの発言にそう確信する。

 いつもは深く考えずに聞き流すシロの言葉だったが、今日はいつもよりずっと鮮明に聞こえた。脳に絡みついた棘の触手が消えたような感覚だ。

 

「まさか……」

 

 プリン煮オレ効果?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもと同じコンピューター室で、律は計画の全容を明らかにした。プリン煮オレの効果かは知らないが、今日は触手による頭痛が軽減されたような気がする。律の話の内容がすんなり頭に入り込んできたからだ。

 シロの計画内容を全て読んで行動する渚には感服するが、そこから自分を俺に傷つけさせようとする自己犠牲に残酷なことを望むんだなと苦しんだ。

 渚ほど良い奴はあまり居ない。演技とはいえ、そんなこと俺がしてしまったらバチが当たりそうだ。

 そして何より、触手を外すという内容。最大関門であり、自分の中で1番突破出来ない難点。

 俺は自分の中で計画に参加しないという結論を出した。

 

「渚には無理だと言ってほしい。俺は強さを手に入れたんだ」

 

「数時間おきに発狂することになるその欠陥品のことですか?」

 

 冷静な律が至極真っ当なことを述べる。俺はムキになって否定した。

 

「違う」

 

 欠陥品なんかじゃない。触手は俺を強くしてくれたんだ。

 

「そういうものは強さとは言わないのではないでしょうか」

 

「うるさい」

 

「ああ、直ぐに消える強さに脆さというのがありましたね」

 

「黙れよ!!」

 

 俺は触手を律に向けていた。今まで平気だったのに、感情が高ぶった途端これだ。怒りで震え真っ黒になった触手が、律のいるコンピューターを貫く。ああ、殺ってしまった。そう思っていると、隣のコンピューターからひょっこり制服姿の律が顔を出した。

 そうだよな、律は。俺が何度も帰れと言っても帰らなかったあの律が簡単に居なくなったりしないか。

 

「イトナさんにそんな脆さ似合わないです」

 

 制服のスカートをぎゅっと握りしめて律は言う。眉を垂れた彼女は哀しそうに顔を俯けていた。

 

「その計画に俺がいる必要はあるのか?」

 

「イトナさんが必要なんです。イトナさんが居ないと始まりすらしない計画ですから」

 

「必要」という言葉に俺は過剰に反応してしまう。

 その言葉は一度だって誰かの口から聞いたことがなかった。律が初めてだった。

 

「……計画を教えてくれ」

 

「イトナさん!」

 

 律は本当に嬉しそうに綺麗な笑みを浮かべる。

 

「勘違いするな。触手に未練はある。でも必要だと言われているのに無下にするほど俺は非情じゃない。それだけだ」

 

 その翌日、俺は触手を取られてめでたくE組入りを果たした。シロが最後におかしなことを言っていたが、何も起こらないことを願う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 たまにE組に入ったことを後悔する。

 誰もこの教室が勉強漬けだなんて教えてくれなかった。というかそもそも……

 

「暗殺するためのクラスなのに勉強なんて要らないだろう」

 

 声に出して言うと、律が定規で頭を軽く叩いてきた。全く加減が出来ていない。

 

「いった……」

 

「頭の回転が遅いと暗殺にも支障が出ますよ」

 

「今ので頭が悪くなったから手遅れだ」

 

「それに殺せんせーにも『イトナさんの勉強を見てあげてください』って言われているんですから」

 

「よし、あいつを殺そう」

 

「どうやるんですか?」

 

 E組に来てからも律は毎日話しかけてきた。どのグループにも属さず、一匹狼状態な俺を心配しているのだろうか。

 

「小型の砲台でも作ろうか」

 

 俺が教室で作業をしていると律は横からたまにこうした方がいいんじゃないか、ここの性能を上げるにはなんてダメ出しをしてくる。

 その内人が集まってきて、律はそっと俺から離れていった。

 

「おっ、イトナなんか面白そうなことやってんな」

 

「なんかハイテクじゃね?」

 

 男子たちが集まると彼らの知恵が集まり、いつの間にか砲台は女子のスカートの中を覗くための戦車に変更されていった。そんな中でも普通に皆に参加していた中村という女子は中身がおっさんなのだろう。

 

「それにしても難しそうな作りだな」

 

「こんなの寺坂以外なら誰だってできる」

 

「何だとイトナ?!」

 

 戦車と寺坂弄りは意外とウケた。気がつくと自然に寺坂グループに入ることになっていて、俺は一匹狼を卒業した。それでも1番仲が良いのは相変わらず律だった。

 テスト1週間前になって、周りに追いつけるように律との勉強会はよくやっていた。自分の部屋でちょうど帰ってきたばかりの国語の小テスト直しをして、律の答案用紙と自分のとで見比べて口角を上げる。

 

「国語だけは俺のが点数上だよな」

 

 少し偉そうに言ってもスマホの中にいる律は「負けてしまいました」とあまり残念では無さそうな顔で返す。30点満点で俺が24点、律は20点だった。

 

「難しいですからね。文章題のコツは掴めてきましたが、人の心は未だに掴めないです」

 

「律にも苦手なことってあるのか」

 

「いっぱいありますよ。料理はかなり苦手です。塩少々とか、ひとつまみとか、目分量とか全く分からないので。今頑張って勉強しているんですけど」

 

 そう聞いて意外だと思った。別に砲台なのに料理するのかというわけではなく、純粋に律という女子に完璧というレッテルを勝手に貼り付けていたからだ。いわゆる美化しすぎというやつだ。

 

「何なら作れるんだ?」

 

「お茶漬け……?」

 

 それはご飯とお茶漬けの素、お湯を注いで完成するアレか?そして疑問系なのか。

 

「それは料理と呼ばないだろ」

 

「それならイトナさんは何が作れるんですか?」

 

 律がむっとして煽り口調で尋ねた。どうせ大したものは作れないと決めつけている感が態度から出ている。

 

「カレーとかチャーハン程度なら。一時期自炊していたことがあったから軽食なら作れる」

 

 そこそこ作れる程度だから、原や村松に比べたらど素人もいいところだ。しかし律にとって俺は数百歩先を歩く先輩だったようで、目を見開いて「そんなばかな」とでも言いたげに口をあんぐりと開けた。

 

「何ででしょう、私の女子力の敗北を感じます」

 

「砲台に女子力があってたまるか」

 

「イトナさんに負けるなんて」

 

「お前は俺を何だと思ってるんだ」

 

 そもそもお茶漬けレベルに負ける奴の料理センスは凄まじく壊れている。というか居ないだろう。

 

「大体、料理なんて作れなくてもいいだろ。お前食事要らないのに」

 

「お嫁に行けなくなるじゃないですか!」

 

 その発言にそれは思いつかなかったと黙る。というか律がそんな発言をするのが予想外だった。ひょっとして恋でもしているのか?

 モヤっとした感情が胸の奥に広がった。律の好きな奴だって?そんなの聞いてない。

 だとすれば相手はどこのどいつだ。

 竹林?いやあいつはただのオタクだ。浅野……は無いな。渚と浅野の2人がほぼデキてるのは周知の事実だ。それ以外に仲の良い異性は……まさか殺せんせーじゃないだろうな?

 こうなったら聞くのが早い。

 

「好きな奴でもいるのか?」

 

「好きな奴、ですか?」

 

 フリーズしてる。というか分かっていなかったのか。お嫁さん発言は大方あのタコの変なプログラムだろう。

 少しホッとして、俺は気を取り直す。律が分からない言葉を教えるのは俺の役目だ。

 

「とりあえずだな、気がついたら目で追ってるって異性を思い浮かべろ」

 

「はい」

 

 律がどこから取り出したのかメモ帳に俺の一言一言を書き込んでいる。

 

「手繋ぎたいとか」

 

「キスしたいとか」

 

 律の唇にふと目が行く。自分の顔が熱くなっていくのがバレたくなくて目を逸らした。

 

「…………その先もしたいとか」

 

 律のペン先が止まった。首を可愛らしく傾げている。

 

「その先とは?」

 

「あー忘れろ」

 

 頭を掻き、よーするにと言葉を続ける。

 

「それが恋愛感情でいう好きな奴」

 

「凄く参考になります!」

 

「それは良かった」

 

 律が変なことにその知識を使わないことを願うばかりだ。結局律の好きな奴は誰なんだという質問が頭の中をぐるぐる支配していたが、律が浮かない顔をしているのでその質問はしなかった。

 

「でもそういう気持ちはよく分からないです。私には手を繋ぐ以前に触れることすら叶いませんからあまり考えたくないことですし」

 

「それもそうだな」

 

 何だ、俺の考え過ぎか。

 律の様子からして、その可能性は大いにあると予想していたんだが。

 律は柔らかい微笑を浮かべて続ける。

 

「でもイトナさんには触れてみたいな、って思ったことあります_______________律はイトナさんのことが大好きですから」

 

「そうか……ん?」

 

 普通に返して、途中で異変に気付いた。律の発言内容と、彼女のうるっとした瞳が何が起こったのかを物語っていた。天然で言っているとも考えられる。だが、わざと何も起こらなかったことにしようとしているところとか、慌ててスマホから退散しようとしているところなんかはいつもの律じゃないみたいだ。

 

「本体がバッテリー切れになりそうなので失礼します。おやすみなさい」

 

 

そそくさに律はモバイル律アプリを閉じて消えてしまう。残された俺はまさかなと律の発言を頭の中に呼び起こした。

 今の何だ?告白じゃないよな……?

 

 え?

 




原作からの変更点

・平日昼間に柳沢に変身するシロ
・通い律
・プリン煮オレ最強説
・イトナ×律。

このカップリングは完全非公式なので入れるか迷いました。なので読者さんの反応が怖いです。律がイトナと先に面識があったり、律がイトナの元に毎日通ってたり、結構原作ブレイク炸裂してますね。
律の行動力のためE組の他の男女より早めにくっつく予定。

本編はまだまだごちゃごちゃしているので整理出来たら投稿します。

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