クラップスタナーは2度鳴る。   作:パラプリュイ

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毒の盛り方のはなし。

 ベタな推理漫画の法則に推理を解決する前に犯人を出さなければならないと言うのがある。その犯人というのがこの場合、ウィルスをE組に持ち込んだ相手____________仮にXとでもしておこう。

 

 ウィルスの効き目がどの程度の時間で表れるか不明だけど、Xが行動に出たのはこの島に来てからだと考えられる。そして感染力の低いウィルスであることを考慮すると飲食物混入の可能性が高い。皆が一緒に食事をして同じ物を食べたのは島に来てからだと夕食の一回きり。その時三村君と岡島君は席を外していたし、私は出された食事を全部食べた覚えがある。

 それではウィルスはいつ、どこで混入されたのか?

 そこで私は感染者と非感染者を分別してあることに気がついた。ほとんどの非感染者は昼間、ビーチバレーに参加していたことに。

 そしてビーチバレーに参加してない生徒たちが共通して手に入れたのがトロピカルジュースだ。私はマンゴーが苦手でそのドリンクを飲んでいないし、思えばあのホテルの従業員の顔はあの後見ていない気がする。

 従ってXはホテルの従業員のフリをした男となる。

 

「ウィルスが盛られていたのはトロピカルジュースで間違いないと思う。渚ちゃん飲んだ?」

 

 上にいる渚ちゃんに呼びかける。あまり意識していなかったけど、今日の彼女の服装は下に履いている短パン以外は黒一色だ。女子会とかで会う時は白が多かったから不思議な感じはする。渚ちゃんは少し考えこむように目線を上げ、首を振った。

 

「トロピカルジュースかぁ……わたしとカエデはトイレ行っていて飲み逃したんだよね」

 

「なるほどね。ますます確実になってきた」

 

 残った皆が戦闘向きなわけだ。バレーに参加していたクラスメイトたちはクラスの中で運動ができる方のグループに所属する。そんなクラスの訓練成績上位層からしたら崖を登るのは烏間先生の訓練に比べたらいとも容易く、イージーミッションだった。

 皆も言葉には出さなかったけど、息切れしている生徒が1人もいないことに加え、「裏山の崖のがキツイ」なんて発言も聞こえる。

 

「まっ、烏間先生だけ別のミッション受けてるようなもんだけどな」

 

 磯貝君が教師3人に向かって目を向けた。完全防御状態の殺せんせー、ハイヒールで登れないビッチ先生、と内2人は既にミッションに失敗している。そんな2人を背負う烏間先生は既に怪人か何かだと思う。

 

「渚ちゃんは浅野君の所に行かなくていいの?」

 

「え、何で?」

 

 何でって。それは何でそんな事を訊くのって方の何で?それとも何で浅野君の所に行かないといけないのって意味?

 質問に質問を返されて返答に戸惑った。渚ちゃんはあっさりそれを見破って、すぐに言葉を繋ぐ。

 

「わたしから離れない方がいいと思うよ。知り過ぎていると誰に襲われてもおかしくないから」

 

「それは渚ちゃんだって一緒でしょ?」

 

 それに、知り過ぎているからって誰かに襲われることなんてないよね。私が自分の推理を打ち明けたのは渚ちゃんだけで、渚ちゃんが言わなければ誰かに知られることもないはずだ。

 

「慣れてるんだ、こういうの」

 

 慣れちゃっていいものなの?

 

 私は一歩先に崖の上に辿り着いた渚ちゃんを尊敬とも同情とも違った目で見つめ、自分も上に登った。ドアは浅野君によってとっくに開けられている。

 

「意外と遅かったな、渚」

 

 浅野君が私と渚ちゃんを見比べて言う。

 

「不破さんと話してたからゆっくり登ってきたんだよ」

 

「そうか。さっき体調悪そうだったし、不破さんは無理せず後方待機していてほしい。渚も付き添うんだろう?」

 

 浅野君の気遣う発言に「ありがとう」と返す。生徒会長は一生徒の体調にもすぐに気がつくらしい。普段は厳しいのにこういう時はツンデレなのか?!と言いたくなる。

 

「うん、必要になったら呼んで」

 

「そうだな。渚には後で話を聞こう」

 

 浅野君が本校舎で見せる爽やかな胡散臭い笑みで渚ちゃんの視線を捉える。うっと言葉を詰まらせ、私を隠すように立つ渚ちゃんはもはや疑ってくださいと言わんばかりだ。

 

「おおよそ予測は付いているが。犯人の目星がついたんだろう」

 

 …………何も言っていないのに何か色々バレたっぽい。絶対優しさもフェイクだ。

 

 テレビ局を彷彿させる廊下をしばらく進むとロビーが見えてきた。ホテルなら警備がいてもおかしくないけど、このホテルはその数が多い。

 

「さて、どうやってここを潜り抜けよう」

 

「倒すにしても人数が多いな。客のふりをするという手もあるが、バレたらすぐに捕まる」

 

 浅野君と烏間先生が2人して意見を出す。ビッチ先生は2人の言い合いをどこかつまらなそうに見ていた。

 

「全く、本当に頭が固いわね男は。普通に通ればいいじゃない」

 

「普通にって……そんな簡単に言うなよ」

 

 ビッチ先生は徐にワイングラスを1つ手に取り、少し傾けた。

 

「だから普通によ」

 

 よろつきながらビッチ先生は歩き出した。

 

「おいっ_______「だめだよ」」

 

 躊躇わずにロビーに入るビッチ先生に烏間先生が思わず呼び止めそうになった。それを渚ちゃんが引き止める。

 

「あんまり分かんないけどさ、あれでもプロなんだよ、ビッチ先生」

 

「あら、ごめんなさい。部屋で悪酔いしてしちゃって……」

 

 ビッチ先生の声が微かに聞こえる。警備の人たちがビッチ先生に夢中になるのに時間はかからなかった。

 

「なんかピアノの方行ったけど……大丈夫なの?」

 

「ビッチ先生、ピアノはプロと同レベルだからピアニストのふりでもしているんじゃないかな?」

 

 渚ちゃんの言う通り、ビッチ先生が弾き始めた瞬間からもう警備員たちはそれ以外を視界に入れるのを止めた。ほとんどの警備員が近くに集まっていき、ロビーから別の通路へ行くための警備がいなくなっていく。

 一曲が終わるとビッチ先生がハンドサインで「20分稼いであげる」と送る。あの様子だと20分どころか2時間は余裕がありそうだけど。

 烏間先生がその先の廊下に1人で歩き出した。誰にも見られなかったことを確認して、私たちに付いてくるよう手招きする。

 

「ビッチ先生凄いね!あんなにピアノ上手いなんて知らなかった〜」

 

「ほんとほんと。相変わらず渚ちゃんは何でも知ってるよね」

 

「ええっ、わたしそんな情報通じゃないよ?!」

 

 さっき知り過ぎているのに慣れてるみたいなこと言っていたのに……

 

 私は苦笑いして情報通という言葉に頷く。渚ちゃんの交友関係から自然と情報が集まってくるんだと思う。きっとそれだけじゃないけど。

 

「渚、そういえば今日は持ってきているのか?」

 

これ(・・)のこと?」

 

 渚ちゃんは斜めがけにした黒いバッグに目をやった。ワンピースと同じ色だったから気づかなかったけど、それなりの大きさはある。

 

「それもだけどほら、前にもこんなことあっただろう」

 

 浅野君は懐かしそうに言ってから失言に気づいて顔をしかめた。自分で自分に苛立ったような、まるで苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 私がいる前では話しちゃいけない内容だったのかな?

 

「あ、ほんとだ。今の状況はちょっとあの時に似てるよね。あの時は学秀いなかったけど」

 

 渚ちゃんがそんな浅野君の様子に気づいているのか気づいていないのか楽しそうに話し、浅野君は眉の片方をピクリと上げた。

 

「…………どこまで話せるのか悩みどころだな」

 

「?」

 

「さて、入り口を抜けさえすれば後はこっちのものだ。ここから先は客のフリが出来るからな」

 

「客?中学生がこんなホテルに泊まるんすか?」

 

 菅谷君がもっともな意見を述べる。

 

「聞いた限りだと結構いる。そのほとんどが芸能人や金持ちの子息だ。ここは彼らが薬や酒をやるにはうってつけの環境なのだろう」

 

 烏間先生がぐっと拳を握りしめた。政府関係者として、本当ならば取り締まりたいに違いない。今は極秘で潜入しているのでそんなことはできないけども。

 

「そうなんです。だから君達もそういう輩になったつもりで……そうですね、世の中ナメてる感じで歩いてみましょう」

 

 殺せんせーのアドバイスに私たちは互いに顔を見合わせた。

 でも案外乗り気になり、ふざけたような顔と喧嘩を売るような目つきをワイワイしながらやり出す。

 

「でもきっと敵から見たら丸分かりだね。わたしたちの顔知っていると思うし、烏間先生の事を聞いていないわけがないし」

 

「ああ」

 

 渚ちゃんがぼそりと言って、浅野君が頷く。この2人は何というか、この状況に慣れている。落ち着いているとかいうレベルじゃなくて本当に慣れているんだ。

 

「銃が手に入ったらすぐに任せていいかな」

 

 渚ちゃんが速水さんに尋ねた。

 

「え…………うん」

 

 速水さんが渚ちゃんから目を逸らす。千葉君も浮かない顔をしていて、どこか落ち着かない。こっちのカップルは普段落ち着いているのに今日は様子がおかしい。

 

 私たちが行く方向とは反対に歩く2人の男に警戒しつつ、絡まれるどころかこちらを見すらしないことに安心した。

 

「向こうも関わりたくないんだろうよ」

 

 そう言われて納得する。中学生とは言え、裏にどんな大物の親が待機しているか分からない。下手に刺激して痛い目は見たくないのだ。

 

「先行こうぜ」

 

 寺坂君が余裕ありげに烏間先生を追い抜かす。反対側から口笛を吹きながら男が歩いてくるのが見えた。顔を見た瞬間ハッとする。

 

「その男危ない!」

 

「…………」

 

 渚ちゃんの目がその男を捉えた。烏間先生が寺坂君たちを掴んで後ろに追いやった。だから渚ちゃんが前に進んで行ったことに気がつかなかった。

 男は口と鼻を隠し、何かに備えた。その何かが毒であることに気づくのに時間はかからなかった。

 男の視界には烏間先生しか入っていなかったように思う。2人の中学生男子たちは烏間先生によって後ろに投げ出されたし、生徒たちは私の一言で後方に退いたからだ。だから想像もしなかった。

 まさか、ただの女子中学生が毒ガスを恐れずに男の後ろにいるなんて。

 

 毒ガスの煙が晴れると、多分だけど男は油断した。烏間先生に毒が効いたことが確認できたからだろう。それが敗因だ。

 

「なっ________」

 

 渚ちゃんは何処からともなく現れた。少なくとも男はそう思った。渚ちゃんを認識した時には男の首には小さなお菓子の箱が突きつけられていた。気づいた時にはもう遅い。既に電流は流れた後で、渚ちゃんの笑顔を最後に男は気を失う。

 

 え…………何今の?

 

 まさか______________

 

 スタンガン?!

 

「お見事です、渚さん」

 

 信じられないと私たちが驚く中、律の声が渚ちゃんのスマホから飛び出した。驚く渚ちゃんの横でカルマ君が渚ちゃんの代わりに嬉々として気絶した男の確認を行っている。

 

「律!もう潜入しているの?」

 

「はい。イトナさんに連絡お願いします」

 

 渚ちゃんが電話の通話ボタンを押す。

 

『もしもし』

 

 イトナの声がスピーカーを通して流れてきた。

 

「イトナ君、スタンガンの威力は十分だったよ。だから売り出してもいいと思う」

 

 話す内容そこからなの?

 もうちょっと近況報告として何かあるだろう。確かにスタンガンは今使ったし近況報告としては良いかもしれないけど。

 

『そうか。後で威力について詳しく教えろ』

 

 イトナは嬉しそうな声色で「アレは頑張ったんだ」と語る。話を要約すると浅野君の挑発で砲台や偵察機以外の物を作ることにしたのだという。その時に前に渚ちゃんを殺しかけた(演技ではあるけど)お詫びでスタンガンを作ってあげたのだそう。

 

「お前ら今何処にいるんだ?」

 

 菅谷君が話を遮って尋ねる。

 

『今?ホテルの部屋だ』

 

「「「はあ?!?!」」」

 

 律が烏間先生のスマホから説明し始めた。

 

「ホテルを予約している客の情報をイトナさんの物に書き換えておきました。これでイトナさんは立派な客です。ちなみにその客とはホテルに行く途中に遭遇したので、眠らせてクレジットカードだけ拝借しました。子供が親のクレジットカードを使うなんてよくあることですし、暗証番号はすぐに分かりましたので」

 

 …………律が堂々と犯罪に手を染めている。でもそんな事ができるとは思わなかった。演技の下手なイトナのことだ、疑われて終わりだと思っていたんだけど。色々突っ込み所は満載だがひとまず皆形だけ納得している。

 

「それじゃあ律はどうやって入ったの?さすがに自販機が客なんて信じる人いない……」

 

 茅野さんが「よね?」と渚ちゃんに確認し、渚ちゃんがこくりと頷く。

 

「イトナさんが自分の家にある自販機じゃないと安心して飲み物が飲めないと」

 

 モジモジとスマホの画面で律が頬を染めた。生徒たちは苦笑いする。

 

「よく信じたなそれ?!」

 

「まあいるかもね。ホテルのサービスドリンクに毒が入れられている世の中よ。自販機の飲み物に毒が入っていても誰も驚かないでしょ」

 

 私が皆に今の殺し屋がサービスドリンクを配ったホテルの従業員と同じ顔をしていたことを告白する。自分の推理力に皆が感嘆するのは良い気分だ。

 

「ちなみに何階なんだ、そこは?」

 

 烏間先生はキリキリする頭を押さえながら言った。ちなみに足はさっきの殺し屋の頭を踏みつけている。毒で身体が動かしづらいのもそうだが、自分の生徒の常識外ぶりに頭痛がするに違いない。

 

「7階です」

 

 そんな所にいるのか!

 確か最上階のフロアは10階だから、目標地点までとても近い場所にいる。

 

「しかし、ここから先は階段があるため私本体が行くことは不可能かと。エレベーターでは10階には行けませんでしたし」

 

「ほんと何のためにそこまで行ったんだか」

 

「ホテル内の方がシステム管理がしやすいんですよ。皆さんにとっては休憩ポイントにもなり得ますしね」

 

 ゲームか何かか。

 

『とりあえず俺たちはここの部屋で待っている。皆が7階に辿り着いたら合流しよう』

 

「あ、切れた」

 

 一方的に切られた渚ちゃんはお菓子の箱型スタンガンとスマホを小さいバッグに仕舞う。要らないと思ってスマホは持ってこなかったけど、スマホがあれば漫画が読めたのにと少し後悔した。とはいえ、崖を登る時点でスマホを持ってこれるのは渚ちゃんみたいに小さいバッグを持って来ていないと無理そうだ。

 

「あの2人だけ緊張感ゼロだな」

 

「しかも7階って確かVIPフロアだろ?」

 

 生徒たちが口々にイトナ君と律について愚痴を垂れる。嫉妬と呆れが半々だ。

 

「くっ……先生がこんな状態じゃなければ2人のイチャイチャをこの目で見にいくのに!!というか見たいです!何のための夏休みですか!」

 

 殺せんせーが下衆い発言をして周りをシーンとさせる。

 

「「「…………」」」

 

 そうだった。緊張感無い奴はもう1人居た。

 

「1人だけ何されても安全なくせに!」

 

「渚ちゃん、ソレ振り回して酔わせろ!」

 

「にゅやーーーーっ!!」

 

 クラスメイトの騒ぎにはあまり加わらず、学級委員長の磯貝君は彼らしく壁に寄りかかりながら歩く烏間先生を気遣った。

 

「大丈夫ですか、烏間先生」

 

「ああ。どうやら麻酔系統のガスだったようだ。身体に力が入らん」

 

 立つだけでも相当の力が必要らしい。見兼ねた磯貝君が烏間先生の片方に付き添う。浅野君も何も言わずにそのもう片方に付いた。後ろを振り返り、冷ややかな目で問題の2人を見やる。

 

「寺坂、吉田。先走る行動は控えろ。自分を殺しかけるか他人を巻き込むだけだ」

 

 2人は罰が悪そうに俯く。烏間先生が毒にやられたことで戦力が大幅に減ったためだろう。

 

「先頭を歩け。その身を以て烏間先生の役目を知るといい。どうせお前たちもイトナに貰ったんだろう?」

 

「ああ、持ってる」

 

 浅野君は満足そうに頷く。かと思えば不安げに渚ちゃんを一瞬視界に入れ、すぐに目を逸らした。

 

「もうさすがに無いと思うが、全員毒に要注意だ。烏間先生でこの威力ということは中学生だと死ぬ」

 

 浅野君が断言し、私は猛烈な違和感を感じた。あの人外な烏間先生でさえ、歩くのがやっと。だったら。

 

 だったら渚ちゃんはどうだっていうの?

 

 あの毒を至近距離で浴びたのに、何の変化も見せない渚ちゃん。彼女は平然と私の隣にいる。

 この違和感に気付いたのは渚ちゃんにずっと注目していた私だけだったようで。それは周りの渚ちゃんに対する反応を見れば明らかだ。

 

 大石渚。やっぱり何かおかしい。

 






原作からの変更点

・不破さんが毒の正体に気づくのが早い
・名前を名乗る前に気絶する殺し屋
・烏間先生の出番を無くす渚ちゃん
・イトナと律は何故か7階に
・毒が効かない女子中学生

原作より鋭い不破さん。色々気づくことが多いみたいですね!お菓子の箱型スタンガンはネットにあるフ◯スクスタンガンから考えました。その内自販機で発売されます。
はたして黒幕登場まで何話かかるんでしょうか……

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