クラップスタナーは2度鳴る。   作:パラプリュイ

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カルマ視点です。


探り合いのはなし。

 俺が戦闘で一番じゃないことぐらい知ってた。いつも力半分で訓練を受ける片想いの相手が実は凄く強いことも。

 でも流石にこれは酷いと思うんだよね。

 

 一瞬で倒れた殺し屋と何のダメージも受けなかった渚ちゃん。近くで背中を丸めて毒による痺れに耐えている烏間先生と見比べると、現実味がなさ過ぎる。

 

 

 要するに、

 

「学秀君……やり過ぎじゃね?」

 

 自分にしか聞こえない程小さい声で俺は呟いたつもりだった。相手に尋ねるというよりも、自身に問いかけるみたいに。しかし浅野学秀という男は案外地獄耳持ちだったらしい。

 

「言うな。分かってる」

 

 本人は相当参っていた。眉間に皺が寄っているばかりか、さっきから無言で誰とも言葉を交わさない。誰も無言の圧力で声をかけられないというのが正解なのか。

 周りに人が集まらないのは内緒話に丁度いい。

 

「まっ、今ので俺は学秀君のやりたいこと分かったけどさあ」

 

 それを知っちゃうとあれだよね。俺は浅野学秀には勝てないって思い知らされるよ。次元が違い過ぎて。

 学秀君はやっと落ち着いた表情に戻り、「余計なことしないだろうな?」と言わんばかりに俺を睨みつけた。

 間違いなく誰かに告げ口したら社会的に抹殺されるだろうと予想。怖い怖い。

 

「何の話〜、カルマ君?」

 

 茅野ちゃんが後ろからスッと話に入り込む。彼女の一言で周りのクラスメイト達が俺のことをちらちら盗み見ていることに気がつき、クラスメイトに先を急がせた。E組侵入メンバーの先頭に立っていた監視役も空気を読んで、クラスメイト達から離れた後ろを歩く。

 

「なーんか拍子抜けしたよ。あの浅野学秀が一体どんな手で好きな女子を手に入れようとしたのかと思ったら…………」

 

 言葉を溜めると、余計なお世話だとムッとした顔をされた。そういうゲスな方向に考えた俺にも非はあるけど、あれは疑ってしまう。実際、学秀君の行いが俺の告白を打ち消したのは本当のことだ。ただ、浅野学秀の根本的な活動理由が「好きな女子を手に入れるため」なのかと問われれば、俺は即座に違うと答えるだろう。恐らく、理由は……

 

「過保護なだけか」

 

 渚ちゃんが変わった後も2人の距離感は対して変わっていない。むしろ微妙な距離感になっている気さえする。そもそも洗脳で相手を支配下に置きたいならとっくに付き合っているはずだ。浅野学秀が本気で悪どい手段を使って狙いを定めたら、難攻不落の渚ちゃんでもすぐに落ちる。付き合っていないということはそれは目的じゃないってこと。

 

「一つの失態でよくそこまで分かるな」

 

 ズボンのポケットに片手を入れ、学秀君は感心したように呟いた。

 

「人の目論見を見破るのなんて簡単だからね〜。目的まで分かれば上出来なんだけど。ばれっばれの嘘までついてさあ」

 

 何がお前以外信用できないだよ。信用していたらわざわざ渚ちゃんを完全防御するような真似しないだろ。

 

 腹が立った。俺を全く信用しない学秀君も、自分の行いが原因だってことも。修学旅行の一件は信用を落とすのには十分だった。俺が売られた喧嘩を優先したから、そのツケが回ってきたのだ。俺はたった一度きりの信用を得るチャンスを逃してしまった。ただ、それだけの話。

 

「悪かったな。だが、保険程度には思っている」

 

 肩をすくめる相手はさらりと俺を保険認定した。これが浅野学秀じゃなかったらとっくに殴っているところだ。ため息一つ吐き、知りたいことへと話題を変える。

 

「あっそう。で、確認なんだけど。今の渚ちゃんは無意識下で自己防御に徹するようになったってことだよね」

 

 麻酔ガスが皮膚からでも吸収できるなら、そのまま突入した時点で動きが鈍る。でも、殺し屋が口と鼻のみを隠している時点で麻酔ガスの効果は吸い込むことのみでしか発揮されないのだとしたら、息を止めさえすれば影響は受けない。普通の人間ならすぐにその判断をするのが難しいだろう。渚ちゃんはそれを一瞬で理解した。

 殺せんせーの一斉暗殺の際にBB弾を避けられたのもそういう洗脳を受けていたから。渚ちゃんは小さくてすばしっこい。殺せんせーの動きをどうやって先回りしていたのかはまだ突き止められていないが、これは洗脳とは無関係だと直感している。

 

「俺の一件を忘れたのもある意味での自己防衛。自分が傷付くことを恐れたんだね〜。いや〜、さすが生徒会長の洗脳だよ」

 

 ついでのように邪魔者を排除するってところが特に。

 

「顔が全く賞賛していないが?」

 

「だってさ、おかしいじゃん。渚ちゃんの他の記憶まで奪ったのは何の為?」

 

「何の話だ」

 

 誤魔化すように貼り付けた笑顔で返された。相手が俺がどこまで知っているのか把握できていないと見抜き、自分が優位に立った気分になる。

 

「とぼけても無駄だって。渚ちゃんは殺せんせーが三日月を破壊する前からそうなることを知っていた。未来予知ができるのかと思っていたけど、前に偶然『2周目』って言葉を聞いてさ」

 

 2周目という言葉は想像以上に相手に突き刺さったようだ。想定できてもそこまで辿り着くとは思っていなかったのだろう。取り繕った微笑がだんだんしかめっ面になっていく同級生をもっともっと変化させたくて、俺は饒舌になった。

 

「そういうことなんだなって。渚ちゃんが俺と昔からの親友みたいなのも、殺せんせーを殺すのが誰かって聞いたら泣きじゃくってたのも、全部既に経験してきたからなんでしょ? 殺せんせーが死んだ先の未来を見ているんでしょ?何でわざわざ渚ちゃんから知識を奪うような真似________」

 

 腕をガシッと掴まれた。先に続くはずだった言葉を飲み込んで、手を振り払う。

 

「急に何?」

 

「そのこと渚には言っていないよな?」

 

「言ってないよ」

 

 どんだけ言われたくないんだよと心の中で悪態を吐きながら言う。

 

「そうか。絶対に言うな」

 

「わざわざ言うようなことしないけどさあ、理由だけ聞いていい?」

 

 理由によっては本人にバラすから。

 

 俺の真意を知らずに相手は渚ちゃんを洗脳した理由を語る。聞くのも面倒になるぐらい、胸糞の悪い勘違いを目の前で。

 

「洗脳する時に出した命令は「自分を守る」の1つだ。渚は今、自己防御の影響で嫌な出来事は全部忘れている。殺せんせーが死んだ時のこと。家族のこと。カンニングの濡れ衣をかけられたこと。親友だったクラスメイトに告白されたこと。1周目のことを忘れたのは自分を守る為だ。僕は渚にこれ以上嫌な記憶に振り回されて自己否定をしてほしくない」

 

「渚は今が1番幸せなんだ」

 

 疑いが1ミリも混じっていない、完全にそう信じている様子に怒りが込み上げてくる。このクラスメイトは頭が良い。何たって人を洗脳してしまうぐらいだ。でも、人の感情については何も分かっていないのだ。

 渚ちゃんがこんなことをされて幸せになれると、本気で思っているのだろうか。

 

「忘れて手に入る幸せって何? 渚ちゃんは消極的だから、嫌なこと忘れたら明るくなって幸せだとか、俺はそんなこと全然思わない。だってそれってさ、逃げてるだけじゃん。問題に立ち向かえなくなってるじゃん。学秀君は渚ちゃんを助けているつもりなんだろうけど、渚ちゃんは忘れたことで痛みや挫折が無かったことになるんだよ。渚ちゃんはきっと人の痛みを理解できなくなる」

 

 記憶を操作されるのはどんな気分だろう。良い記憶ばかりあって、それが当たり前の挫折がない人生なら生きる気力や目標が無くなってしまうんじゃないか。前の俺がそうだったみたいに。

 

「それでも、もう渚を苦しめたくないんだ。1周目で、渚は自殺したと言っていた。僕は2度目が起こってほしくない。初めてなんだ。誰かをここまでして守りたい、自分の近くにいて欲しいと欲が出たのは。そうだな、悪い。渚を苦しめたくないとか全部建前だ。僕はただ、渚を失うのが怖いんだよ」

 

「それが本当のことなのは分かった。でもさあ、それはこの前言ったことには繋がらないよね。脅されてるって、学秀君は確かに言っていた」

 

 渚ちゃんに防御を固めたのも、洗脳したのも、脅している相手が原因なんじゃないの?

 

「何を、誰をそんなに恐れているのさ」

 

「そいつの正体を見てしまったのは偶然だった。渚が2周目なのをやけに危険視していて、目を離したら殺してしまうんじゃないかと思った。だから僕は渚の記憶を消し、A組に行く代わりに渚の安全を保障する約束をしたんだ」

 

 その話に納得しかけて、ふと担任の存在を思い出した。俺は前に自分と殺せんせーを殺そうとしたところを助けられた。殺せんせーが渚ちゃんが殺されそうなのを見逃すとは思えない。

 

「でも、殺せんせーがいるじゃん。あのタコ生徒思いだから生徒が死ぬようなことは絶対に許さないっしょ。そんな約束をしなくても殺せんせーが守ってくれると思うけど」

 

「それは逆の意味でもな。そうだろう?」

 

「…………まさか」

 

「E組の中にそいつはいる。気を付けろ」

 

 急に気を張って、周りを疑うように見てしまった。何故かどこからか視線を感じる。追い討ちをかけるように目の前の学秀君は呟いた。

 

 

 

 

厄介だぞ、触手持ちは

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「2人とも遅いよ」

 

 明るい声に俺は現実に引き戻された。茅野ちゃんだ。

 

 今の話を聞かれていた?

 

 妙に良すぎるタイミングに勘ぐるも、学秀君の落ち着いた様子にその考えを改める。

 

 いや、聞いていたなら、こんな堂々と話しかけてこないよね普通。

 

「渚ちゃんは一緒じゃないんだ」

 

「その渚ちゃんに2人が遅いから見て来てって言われたの!律とイトナ君が浅野君に連絡したいことがあるみたいだよ? 電話しても出てくれないーって渚ちゃんの方に連絡が来てる」

 

 伝言役の茅野ちゃんから渚ちゃんの立腹ぶりが伺える。

 

「ああ、悪い。電源切っていたみたいだ」

 

 スマホの電源なんて普通消さないだろ。

 

 呆れた顔でポケットに入っていたスマホの電源を入れる学秀君を横目で見て、妙に引っかかりを覚えた。気を取り直して前を向くと、クラスメイトが通路の先で固まっている。律の見取り図が正しければ、窓ガラスがあり見通しの良い廊下がその先にあるはず。立ち止まるということは障害があるのか。見えた人影に俺と学秀君は顔を見合わせた。

 

 間違いない。殺し屋だ。

 

 そう確信した時、ビシッという音がしてクラスメイト達が息を呑む。

 

 こいつ窓ガラス割りやがった。

 

「つまらぬ。足音を聞く限り、強い者が一人もおらぬ。精鋭部隊出身の引率の教師もいるはずなのにぬ」

 

 油断し切った顔と見下したような目線には見覚えがあった。数ヶ月前までの俺だ。でも少し違う。あの顔は奥の手がある用意周到な暗殺者のものだ。

 

「ふうむ。スモッグのガスにやられたようだぬ。半ば相討ちぬといったところか。出てこい」

 

 出てこいと言われて、E組全員がどうするべきか迷った。俺は誰かに言われた通り目を閉じて、考える。

 誰だって同じだ。俺だけが努力しているわけじゃないし、俺だけが強いわけじゃない。それに、俺だけが毒を隠し持っているなんてこともあり得ない。窓ガラスを割る握力と自信。いつも通りに闘ったら絶対負ける。

 

 でもさ、俺は売られた喧嘩は絶対に買うんだよね。

 

 だから俺は満面の笑みで相手に近づいて、ガラスに植木鉢を叩きつけた。

 

「ぬ、多くね? おじさんぬ」

 

 相手に言葉も発させずに、俺はそのまま続けた。

 

「っていうか________おじさんぬほんとにプロ? 確かにその腕力は凄いけど、ガラスとかだったら俺でも割れるよ。そもそも力に頼りたいんなら武器を使った方が手っ取り早くね?あ、素手でガラス割るぐらいだからー、素手が武器とか?」

 

 プロのプライドを傷つけながらも、殺し屋から情報を搾り取れるように言葉を選んで挑発する。欲しい情報は色々あるけど、まずは「相手が武器を持っているか」だ。

 

「身体検査に引っかからぬ利点は大きい。近づきざまに頚椎をひとひねり。その気になれば頭蓋骨もたやすく握り潰せる。武器に頼るのは雑魚がすることぬ」

 

「……?」

 

 視界の端で渚ちゃんが小さく首を傾げた。何あの仕草かわいいと思いつつも、目の前の暗殺者の言葉の真意を読み取ることに集中する。

 

 武器を持ってない、ねえ?

 

 俺に視線を向ける殺し屋とそいつの言葉に反応した渚ちゃんを交互に見やる。

 渚ちゃんは恋愛に関しては超が付く鈍感だ。でも人の感情や嘘はすぐに見破る。恐らく分かるのだろう。イトナが人を見て強さを見破れるのと同じように。俺が人とは違う異質さに気づくように。

 だから今相手が言った言葉は嘘だ。

 相手は確実に武器を、切り札を持っている。素手しか使いませんってアピールも嘘八百。力自慢は本当だろうけど、仮にも殺し屋だ。手段を選ばず、確実に相手を殺す手を使ってくるはずだ。

 

 まっ、それは俺も同じだけどさ。

 

 ポケットにはマスタードとワサビ。ブート・ジョロキアに臭過ぎて周りに使用を禁止された悪臭爆弾もある。そしてさっき盗んだ________________

 

 三日月みたいな笑みを浮かべた。相手のことを格下としか思ってない演技(フリ)をして、挑発を重ねる。ヤンキー狩りと同じだ。向こうが餌に乗らなければ始まらない。

 

「こういうのはさあ、タイマンで蹴り付けよーよ。それとも________」

 

「中坊とタイマンをはるのも怖い人〜?」

 

 相手の目が鋭く俺を睨みつける。

 

 こっわー。でもこうでもしなきゃ、あんた俺と闘おうとも思わないでしょ。

 

「いいだろう。試してやるぬ」

 

 殺し屋は植木鉢の木をぐしゃりと握り潰した。彼なりの挑発なのだろう。それとも窓ガラスを割った範囲の大きさが植木鉢を使った俺のが大きかったから、武器に対して張り合っているのかもしれない。

 

「柔い。もっと良い武器を探すべきだぬ」

 

「必要ないね」

 

 武器を持って闘うつもりは全くない。何せ相手は頭蓋骨を握り潰すほどの握力を持っている。対先生ナイフ、銃を含め、中学生が持てる武器は全滅だ。だから俺がやることは逃げるだけ。

 頭蓋骨でも握り潰すのだろうか、相手の手はまっすぐ頭に向けられていた。一度掴まれたらゲームオーバー。普通に考えて無理ゲーだけど、立場が逆なだけでマッハ20のタコ相手にいつもやってるんだよね。

 

 もちろん、このまま永遠に逃げ続けていたら決着はつかない。相手もそれに気がついたのか、動きを止めた。

 

「……どうした?攻撃しなければ永久にここを抜けられぬぞ」

 

「それはどうかな〜?あんたを引きつけるだけ引きつけといて、その隙に皆が少しずつ抜けるのもアリだと思って」

 

 嘘だけど。

 

 相手の目がスーッと細まる。明らかに疑っている顔だ。ポケットの中からあるものをそっと抜き取り、握りしめる。そして真剣そのものな顔で言った。

 

「安心しなよ。そんな狡い真似はしない。今度は俺から行くからさ。あんたに合わせて正々堂々(・・・・)、素手のタイマンで決着つけるよ」

 

 俺の言葉に寺坂が顔をしかめ、渚ちゃんはそっと目を伏せる。なんて酷い味方の疑いっぷり。逆に殺し屋は俺の言葉を気に入ったようで薄っすら笑みを浮かべていた。

 

「良い顔だぬ、少年戦士よ。お前となら暗殺稼業では味わえないフェアな闘いができそうだぬ」

 

 俺は相手に向かって駆け出した。すぐさま腕に蹴りを入れるも大したダメージはない。続いて肩に向けて殴りかかると避けられた。避けられるや否や、足に蹴りを食らわせる。

 

「くっ……」

 

 相手は足の痛みで一瞬しゃがみこんだ。背中を見せているし、攻撃のチャンス……のように見える。俺から言わせれば、「おじさんぬ腕殴った時大したダメージ無かったのに、足だけ痛がりすぎじゃね?」とツッコミを入れたいところだ。でも気づいていないフリをして、俺は息を止めながら相手に攻撃しに向かった。

 案の定、殺し屋は麻酔ガスを手に取り出して俺の顔に浴びせる。目に麻酔ガスの使い方を焼き付け、俺はその場でわざと身体の力を抜いた。

 

「一丁上がりぬ」

 

「き……汚ねえ。そんなもん隠し持っといてどこがフェアだよ」

 

 心の中で同意する。わざとミスリードを誘う言い方で素手の勝負をしておいて、最終的に麻酔ガスを使うのかよ、それでいいのか殺し屋と言いたい。

 顔だけ掴んでこちらを見ていない殺し屋の目を盗み、手に握りしめたハンカチを口に当て、もう片方の手で俺の切り札を用意する。

 

「俺は素手だけとは言ってないぬ。拘ることに拘りすぎない。暗殺稼業で長くやっていく秘訣ぬ。至近距離のガス噴射。予期していなければ絶対に防げぬ」

 

 相手が勝利に酔いしれてフッと笑う。口を大きく開けているに違いない。

 

 今だ!!

 

 俺は殺し屋目掛けて麻酔ガスを噴射した。

 

「な、なんだと……!」

 

「奇遇だね〜。2人とも同じこと考えてた」

 

 身体を痙攣させながら、殺し屋はナイフを胸の内ポケットから取り出す。やっぱり素手以外も色々武器は持っていたようだ。でもそれも今更。俺の勝利は覆らない。

 

「ぬぬぬううう!!!」

 

 ナイフを持つ腕を捻り、背中に飛び乗る。

 

「ほら、寺坂早く早く。ガムテと人数使わなきゃこんな化けもん勝てないって」

 

「へーへー。テメーが素手でタイマンの約束とか、もっと無いわな」

 

 耳をほじりながら言う寺坂に「うっさいなー寺坂のくせに」と小さく呟いた。

 さすが寺坂。いつも俺のイタズラ対象になってるだけあってよく理解している。

 

「縛る時気を付けろ。そいつの怪力は麻痺していても要注意だ。特に手のひらは掴まれるから絶対に触れるな」

 

「「「「はーい」」」」

 

 烏間先生の注意に俺たちは声を揃えた。

 

「何故ぬ?! 俺のガス攻撃……お前は知っていたから防げた。俺は拳しか見せなかったぬ。何故?!」

 

「いやー、ね? あんたが素手の闘いをしたかったのはほんとだろーけど、素手の勝負に固執してたらあっという間に逃げられちゃうっしょ。何が何でも俺らを止めなきゃ、プロとして失格だよ。俺でもそうしてる。俺はあんたのプロ意識を信じたからこそ、素手以外の全てを警戒していた」

 

「完敗だぬ、少年戦士よ。負けはしたが、お前との勝負は楽しかった」

 

「え、何言ってんの? 楽しいのはこれからじゃん」

 

 ポケットや服のあちこちからマスタードや辛子、それ以外の悪戯グッズが飛び出てくる。殺せんせーが「将来が思いやられます」と呆れたように呟く。

 

「うぉおおおお!!!」

 

「ふふっ、おじさんぬ。今こそプロの意地の見せどころだよ」

 

 わさびと辛子を鼻に突っ込まれて叫び声を上げる殺し屋に俺は笑みを深めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 結局おじさんぬが命の危機を感じて寄越した情報は3つ。殺し屋はあともう2人いること。殺し屋は金で雇われているということ。殺し屋の名前。

 毒使いのおっさんがスモッグ。おじさんぬがグリップ。残った殺し屋がガストロとエンジェル。ガストロはガストロノミーから来ているんだろうけど、正直どんな暗殺をしてくるのかは全く予想が出来ない。それはエンジェルも同様。何となく、エンジェルなんてコードネームを付けるのは女の暗殺者だという気がする。っていうか、エンジェルって……

 

 渚ちゃんに目を向ける。

 

 '学問の天使'

 'A組の天使'

 'E組の堕天使'

 

 全て彼女の固有名詞で、椚ヶ丘中学校で天使と言えば大石渚、大石渚と言えば天使と言う程結びつきがある呼び名だ。

 

「渚ちゃん的にはやっぱり1番気になるんじゃない? 同じ呼び名を持つ暗殺者」

 

 矢田さんの言葉に、渚ちゃんは曖昧に頷く。そこまであだ名に執着はないのだろうか。

 

「それにしてもVIPフロアか〜。警備を潜り抜けるのが厳しいね」

 

「いや、女子にはチェック緩いらしいよ。だから女子だけ先に入って合流すればいいんじゃないかな?」

 

「うちのクラスの女子を侮ってるわけじゃないけど、男がいた方が安心じゃん」

 

 でも男が多すぎると通るのが難しくなる。

 

「イトナ君ってさ、女装似合いそうだよね」

 

 胸がないことに対してかわいそうと言われたからか、茅野ちゃんのイトナへの印象は酷いものだ。貧乳女子に嫌がらせをするのは止めよう。そう俺は誓いそうになった。多分、またやるだろうけど。

 

「なるほどね」

 

 俺は茅野ちゃんの視線を追う。彼女の視線の先にはプールサイドに脱ぎ捨ててある女物の服があった。





原作からの変更点

・渚の完全防御化。現時点で色んな意味で防御力が高い。精神的に苦痛な過去を色々忘れているので、記憶の穴が目立つ。
・カルマが二周目に気がついた。薄々気づいてはいたが、「日常のはなし。」でほぼ確信した。
・渚を殺そうとする敵の存在。
・殺し屋がカルマの拷問に耐えきれず内部情報を漏らした。
・殺し屋が1人多い。
・女装する男子が渚からイトナに変更。

更新遅くなり大変申し訳ありません。今回は渚が洗脳された理由が少し判明しましたが、それに伴い新たな謎も増えました。その影響で伏魔島の後、原作から少し脱線するかもしれません。次回、イトナの女装。

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