クラップスタナーは2度鳴る。   作:パラプリュイ

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イトナ視点です。


女装のはなし。

 浅野から連絡が入った。

 

『律は7階の警備をどこか別の場所に誘導しておいてくれ。イトナは6階のラウンジで合流。VIPフロアの客とはいえ、大人数を連れて行くのは怪し過ぎる。女子たちと一緒に店内から裏口のカギを開けるのを手伝って欲しい』

 

 ずっと部屋に引きこもってるわけにはいかないと思っていたから、手伝うのは当然だ。だから浅野の要請を受けて、すぐに6階のラウンジへと向かった。

 

 何でだ。どうしてこうなった?

 

 肩が出る黒い女物の服────律によると紐付きオフショルダーと言うらしい────と赤いチェックのスカートを履いた俺はどこからどう見ても女だった。呼び出された時は何事かと思ったが、こんなことのために呼び出されるんだったら部屋に引きこもっておけばよかったと俺は後悔する。

 

「イトナさん、凄く似合ってます。とても可愛らしいです!渚さん、スマホをもう少し右に動かしてください!」

 

 純粋なモバイル律の言葉が凄く胸に刺さる。渚のスマホからはカメラのシャッター音が鳴り続けていた。律が渚に頼んでスマホで写真を撮っているのだ。モバイル律にこうも女装の写真を撮られると複雑な気分になる。

 

「早く行こう。こんな写真ばっかり撮ってるのはおかしい」

 

 俺の言葉に女子たちはそんなことないと首を振った。

 

「むしろ女子はよく撮るよね〜」

 

「そうそう。せっかくだし、皆で自撮りも撮ろっか!」

 

 矢田の言葉で画面の前で女子たちがポーズを決める。テンションについて行けずに俺だけ微妙な無表情のまま画面の中の俺たちがフリーズした。俺以外の女子たちが自撮り効果で1.2倍ぐらい可愛く見える。

 

「よく撮れていますね!E組のグループチャットに送っておきます」

 

「律、裏切るな」

 

「律は自慢の彼氏の可愛いところを皆さんに見せびらかしたいだけです!」

 

 スマホの中でにこにこと機嫌が良さそうなモバイル律を見ていると怒りが吹っ飛んだ。癒されたというより、常識外さに力が抜けたという方が正しい。

 彼氏が可愛いのを自慢してどうするんだ。

 グループチャットに集団自撮り画像が送られてきた。グループチャットの通知とは別で浅野から新着メッセージが届いているのが目に入る。渚についてこれなくて俺に嫉妬したか。どんなことを言ってくるんだか。

 俺は浅野との個別チャットを開いた。

 

 浅野学秀:渚にナンパしたやつは殺してもいいからな

 

 まさかの殺害依頼。

 

 これは浅野のやつかなり怒ってるな。そんなに渚について行きたかったんなら自分が女装すれば良かったのに。

 俺が同行することになって良かったんだろうなとも分かる。これがカルマとかだったら即座に処刑宣告されていたに違いない。彼女持ちなら浅野の監視が外れても馬鹿な真似はしないと思っているのだろう。

 律と付き合ってなくても、胸のサイズから言って渚は恋愛対象には入らないのに心配症な奴だ。

 

「だいたいどこにあったんだ。こんな女物の服一式」

 

「外のプールサイドに捨ててあった。服の持ち主がどこに行ったのかは知らないけどね」

 

 と片岡が顔をしかめる。

 

「返す時に困りますよね。監視カメラの映像から特定することも可能ですが、実行しますか?」

 

 無邪気に尋ねる律だが、その監視カメラに服の持ち主が脱着をしている映像や、それ以上のものがあったら困るので俺は首を振った。律に学習させたら大変なことになる。

 

「やめとく」

 

「はーあ。やだやだ。こんな不潔な場所、さっさと抜けたいわ」

 

 不破は口ではそういうものの、実際楽しんでいるのが丸わかりだった。渚もすぐに気がつきそれに指摘する。

 

「その割には楽しそうだね、不破さん」

 

「ね、どっから来たの君ら」

 

 渚の肩に同い年ぐらいの男が手を置いた。ダサいTシャツにダサい帽子。ナンパ慣れしているが、モテないタイプの男だ。そう分析する。

 

「そっちで俺と酒飲まねー?金あるから何でも奢ってやるよ」

 

 未成年なのに酒というワード。更に金あるからという発言に女子たちは無言で軽蔑の表情を見せた。渚もどう断るべきか迷っているようだ。俺は浅野からのL1NEを思い出して、こいつを殺すのかとじろじろと見てしまう。

 

「はい、渚ちゃんとイトナ。相手しといて!」

 

「は?何で________「イトナがいるなら渚ちゃんも安心でしょ。作戦の下見が終わったら呼ぶからさ」」

 

 片岡が小声で耳打ちする。俺は頷くしかできなかった。片岡にはクラスに馴染むために何だかんだ世話になっていることもあり、頭が上がらないのだ。

 

「渚ちゃんとイトナちゃんか〜。俺、ユウジな。よろしく」

 

「うん、よろしくね」

 

 渚がよそ行きの笑顔で言った。

 

「えーっと、ビール3つ________」

 

 ユウジが店員に頼むのを渚が制止する。渚も俺も法律違反をするつもりはないのだ。

 

「わたしたちお酒苦手だから、リンゴジュースでいい?イトナく……ちゃんもそれでいいよね」

 

「ああ」

 

 イトナ君と言いかけた渚がちゃん付けにして誤魔化す。気色悪いと思いつつ、自分の名前は女でも通用することに初めて気づき、どっと落ち込んだ。女装する候補に選ばれるわけだ。

 テーブルの上にユウジによってリンゴジュース2つとビールが並べられた。りんごジュースにはストローが付いていて、子供扱いされているみたいだと思う。だが、ユウジはそこが良かったらしい。

 

「ここでリンゴジュース頼む女子初めて見たわ。やっぱいいな〜君。しかも今まで会った女子の中で1番可愛い。ここに来る女はみんな化粧濃いから新鮮だわ。そっちの君も……うん、ボーイッシュでいいよね」

 

 言われ慣れた賛辞なのだろうが、渚は少しだけはにかんだ。俺は笑顔と真顔の間の微妙な表情をする。本当は女装だからというのもあるが、今の俺への賛辞は無理やり付け足したのだろう。そういうお世辞と本音の微妙な違いが分からないモバイル律がスマホのロック画面に「そうですよね!今のイトナさんはとっても可愛いんですよ!」と表示するが、俺にはすぐに分かった。男目線で見ると、ユウジの可愛いには「少女らしい」「バージンっぽい」って意味も含まれてそうでいやらしささえ感じる。さすがに渚は気づいていないだろうが。

 

「ユウジ君は親とか友達とよくここ来るの?」

 

「親?うちの親にそんな余裕あるか! ここだけの話、うちの親父、テレビで有名な司会者なんだ。2人とも絶対知ってるぜ。つーわけで、今日はクラスメイトと来たんだけどな。見事に全員お持ち帰りされちまってよ」

 

「あはは……」

 

 おい、そんなぶっちゃけ話して大丈夫かユウジ。渚が引いてるぞ。

 友達と来ただけに留めておけばいいものを、ユウジの口からはスルスルと愚痴っぽい何かが出てくる。アルコール入っているからなのだろうと納得した。しばらくユウジの話が続き、俺が飽きた頃、場違いなぐぅという音が聞こえてきた。渚が顔を真っ赤にする。

 

「えっと、何か頼んでもいいかな? お腹空いちゃって」

 

「いいよいいよ。好きなの頼みな。ここホテルだから食べ物も揃ってるし」

 

 渚は相手に奢らせるのが上手いなと俺は何故か巨乳教師の英語の授業を思い出した。

 英語の授業でデート中の英語を習っている時、異性同士で出かけたら奢るのかという話題が持ち上がった。前原は大体奢ると言い、磯貝は貧乏だから割り勘になってしまうと言った。他の男子は割り勘に賛成のようで、男子ばかり奢らなきゃいけないのは損だと語っていた。その雰囲気からか、女子はこういう意見が多いと割り勘が一番なんじゃないかと思ったらしい。そんな中、渚と浅野があっさりとこう言ったのだ。

 

『奢ってくれるなら奢ってもらうかな』

 

『奢りたい時だけ奢ればいい』

 

 巨乳教師によると、それが模範解答なのだという。要するに「してもいいし、しなくてもいい」という投げやりな考えだが、彼女なりの理由があるらしい。

 

『男女平等とかもあるし、あんたらみたいに割り勘を望む男も多いのが現状よね。それでも良い女が目の前に居たらその先を期待して奢る男のが多いって知ってるかしら? だから女子は奢ってくれると言うのならありがたく奢られなさい。特に「奢る」と先に宣言している男は「奢らせてくれ」って言ってるようなものだから、奢らせればいいのよ。逆に男は前原みたいにいつも奢るんじゃなくて、興味のある相手に奢るの。「奢りたい」って思わない相手に奢るのは気分的にもお財布にも優しくないでしょう? 「奢る」っていうのはね、相手と仲良くなりたいって示すことなのよ』

 

 全て英語で言われた言葉を律が訳してようやく俺は理解した。俺には一見関係のない話ではあるが、ゲームの課金と同じようなものだろう。好きなゲームの時はガンガン課金するし、課金するほど面白くなければ課金しようとは思わない。課金はゲームクリアへの近道ではあるが、興味ないゲームにまで使うのはただの無駄遣いだ。

 浅野みたいに1人に貢ぎコースを選択した奴とは違って、ユウジが毎回女子に奢っているのだとしたら大変だなと同じ男として同情する。

 

「ねえ、見て見て! ここミルクレープもあるよ」

 

 渚の感激した声で現実に引き戻された。メニューを見ると俺まで腹が減ってくる。流石ホテル、クラブのような雰囲気なのにデザートが揃っていた。その中にある渚が指差したミルクレープは俺が好きなスイーツの1つで、触手を取った後も磯貝が働くカフェでよく注文する。あそこは口止め料で割引してくれるのだ。

 

「ミルクレープいいな。欲しい」

 

「んー、わたしはシフォンケーキ、かな」

 

 渚が懐かしむように目を細める。それだけで何を考えているのか分かってしまった。

 

「ミルクレープとシフォンケーキ? どっちもまあまあ美味しいけど、ここで頼むならチーズケーキのがいいよ。ここのチーズケーキ、下の階のレストランのでさ。口の中でふわっと溶けるって人気なんだ」

 

 さっきまで金払いが良いだけのナンパ男だったユウジが渚と俺の言葉に反応して、チーズケーキをオススメする。オススメするということはミルクレープもチーズケーキも食べたことがあるということ。しかもオススメポイントが細かい。

 

 ユウジ、グルメか。

 

 渚と俺のユウジへの好感度が上がった。

 

「そうなんだ! じゃあチーズケーキ食べよっと。イトナちゃんもだよね」

 

「うん」

 

「ユウジ君はいいの?」

 

「俺はいいや。これがあるから」

 

 ユウジはタバコのようなものを取り出して、見せびらかす。タバコのようにも見えるが、形状が違い、パッケージもどことなく胡散臭い。未成年の飲酒がOKなこの場所だったら違法薬物も合法ってか。

 グルメなユウジの好感度が一気にマイナスまで落ちていった。それは渚も同じのようで、眉をひそめて尋ねる。

 

「それ、タバコじゃないよね?」

 

「ああ、法律じゃダメなやつだ。最近始めてよ、俺らの歳でこういうの知ってる奴がかっこいいんだぜ」

 

 火を付けようとライターを取り出したユウジから渚がひょいっとタバコもどきの薬物を奪い取った。俺はライターを取って弄り出す。

 

「お、おい!」

 

「普通にダサい。最新式のライターがかわいそうだ」

 

 と俺はライターをスカートのポケットにしまいながら言った。

 

「学校の先生が言っていたよ。「吸ってかっこよくなるかは分からないが、確実に生きづらくなるだろう」って」

 

 渚はたしなめる口調で、ユウジに言う。その言葉はユウジを逆上させた。酔いが回っているユウジは怒りを募らせて、声を荒げた。

 

「生きづれーんだよ、男はもともと!!」

 

 ビールを勢いよくテーブルに叩きつけて、中身が溢れる。渚がさっとりんごジュースの入った2つのグラスを手前に避難させた。

 

「男はよ、無理にでもカッコつけてなきゃいけねーんだよ。俺みたくいつも親と比較されてりゃなおさらな」

 

 ユウジはぐびっと憂さ晴らしにビールを飲む。グラスがあっという間に空になった。

 

「お前ら女はいいよな〜。最後にかっこいい男選ぶだけで良いんだからよ」

 

「うっ……」

 

 渚が自分のことを言われたと思ったのか、小さく呻き声を上げた。渚にはあまり関係のない話のはずだが、本人はそうは思わなかったようだ。

 何とも言えない沈黙の中、テーブルにチーズケーキが2つ届く。

 渚が目をキラキラさせて、フォークでひと口分を切り、口に運ぶ。

 

「このチーズケーキふわっふわしてるのにすぐ口の中で消えてなくなっちゃう。おいし〜」

 

 ほっぺたを押さえてチーズケーキに感動している渚にユウジは目が釘付けになっている。お酒を飲む場所でこんな風にケーキを食べてる女子なんて渚ぐらいだろうし、癒される空間だ。こんな渚だから浅野も何度も奢ってしまうのだろう。

 

「ユウジ君は考え過ぎだよ。わたしはタバコ、みたいなやつの味を知っている人より、サラッと美味しいスイーツをオススメできる人の方がかっこいいと思うな。イトナちゃんは?」

 

「かっこいいなんて人それぞれだから、何とも言えない。それ吸ってるのはダサいが」

 

「イトナちゃんは相変わらず辛辣なんだね」

 

 渚はくすくす笑いながらちゃん付けを強調した。渚は渚で俺の女装を面白がっているみたいだ。

 茅野が店の奥の方から俺たちに向けて合図を送る。渚と俺はチーズケーキを素早く完食した。

 

「ごめん、わたしたちもう行かなきゃ。友達が向こうで待ってるから」

 

 渚が俺の手を引き店の奥に小走りする。

 

「え、もう?」

 

 ユウジは惜しそうな顔で俺たちを追いかけて来た。

 

「待って2人とも。特別に、俺の十八番のダンスを見せてやるよ!」

 

 ユウジ、さっきまでグルメで好印象だったのにぶち壊しだな。しかもダンスのチョイスが悪い。

 女子たちが真顔で邪魔だと思っていることに気づかないのだろうか。俺がこんな顔されたら引きこもる自信がある。

 ユウジは勢いよく手や足を動かし、ダンスを披露した。その手が強面の男が持つグラスに当たったのは、酔っ払っていて周りに注意を払っていなかったからかもしれない。

 

「……あ」

 

「このガキ……!」

 

 ユウジが後ろを振り返ると、ワインをスーツに零した男がユウジを睨みつけていた。

 

「百万する上着だぞ!弁償しろ!!!」

 

「あ、い……今のはわざとじゃ」

 

「どこのボンボンか知らねぇけどよ、人様に粗相したらまずごめんなさいだろ!! そんなのも分からないガキが酒なんか飲むな!」

 

 豹柄の上着を着た男は意外とまともなことを言っている。そう俺は思った。ユウジは自分がやらかしたことに反省しているというより、面倒なことになったと思っているようだった。きっとユウジは今までほとんど謝ったことがないのだろう。

 矢田が何かに閃いて岡野に耳打ちする。

 

「お前が金で解決するってならそうだなぁ……慰謝料込みで三百万。それ払えば半殺しで勘弁してやるよ」

 

「半殺し?! 金は親父が払うから殴るのは……」

 

 男の頬に岡野の蹴りがクリーンヒットした。ユウジと渚が揃ってぽかんと口を開ける。片岡が気絶した男の頭を膝で受け止め、速水がそれの手助けをした。2人でゆっくりと床に男の頭を下ろし、突然気絶した男を偽装する。

 

「すいませーん、店員さん〜」

 

 矢田はVIPフロアとラウンジの境目にあるドアの前で立っている店員を呼びつけた。

 

「あの人急に倒れたみたいで……運び出して看てあげてよ」

 

「は、はい」

 

 店員は「ドラッグのキメすぎか?」と不満気につぶやき、気絶した男を肩に乗せた。片岡が店員が運ぶ様子を見ながら皆を誘導する。

 

「今のうちに急いで!」

 

「さ、キミもフロア戻って。今の事、内緒ね!」

 

 矢田がユウジにウィンクする。茫然と床にしゃがんだままのユウジは返事もしなかった。

 

「女子の方があっさりかっこいい事しちゃっても、それでもめげずにカッコつけなきゃいけないから……」

 

 渚がユウジの目の前にしゃがみ込んで目線を合わせる。ぼんやりしていたユウジが正気に戻ると、渚の顔が目の前にあった。

 

「つらいよね、男子は」

 

 渚は満面の笑みでユウジに言った。さっきまでの繕った笑みではなく、くしゃくしゃの本当の笑顔。その効果は絶大で、ユウジがまじまじと相手をよく見るのが分かった。ただのナンパ相手として見ていたのが、恋愛の対象に変わったのだ。

 

「チーズケーキありがとね。今度会ったらまたカッコつけてよ。できれば麻薬とダンス以外がいいな」

 

「渚ちゃん……」

 

「ダンスは微妙だったけど、チーズケーキは美味しかった。ごちそうさま」

 

 俺はぶっきらぼうに、男っぽく聞こえないように最善の注意を払って言った。ユウジはガバッと顔を上げると、真剣な目つきで俺に訊く。

 

「ねえ、渚ちゃんのL1NE知ってる?」

 

 落ちたか。さすが渚。天然の人たらしだ。

 

「…………知っているけど教えたら殺される」

 

 浅野からのL1NEを思い出して苦い顔をする。ナンパ野郎に渚のIDを教えたなんて言ったら何が起こるか分かったものじゃない。

 

「え、じゃあどこ住み?」

 

「普通、住所は他人に教えない」

 

「せめて学校名だけでも!」

 

 すがりついて必死に渚との繋がりを持とうとするユウジが何だか不憫に思えてきた。俺だってこいつの立場だったら好きな子との繋がりが消えるのは絶対嫌だ。

 

「……くぬぎがおか」

 

 ぼそっと俺は名前を漏らした。

 

 いいだろ、少しぐらい。

 

 片岡が階段の前の裏口を開けて男子たちを店内に入れる。その中にいる浅野から目を背けた。

 

 渚はいつか浅野を好きだって気がつく。少しぐらい邪魔が入ったところで決定的な事実は覆せない。

 

 ユウジから離れて、E組のクラスメイト集団に交じるとカルマが鼻歌混じりに俺にスマホを向けてきた。

 

「撮るな」

 

「やーだね」

 

 カルマに言っても仕方ないかと諦めて階段を上り始める。木村の手の中にあるボール状態の殺せんせーは皆が無事に戻ってこれたことに安心しているようだ。いくらこいつでもこの状態では助けに来れないからだろう。

 

「危険な場所に潜入させてしまいましたね。皆さん大丈夫でしたか?! 変な人に絡まれてませんよね?」

 

「んーん」

 

「大丈夫だったよ」

 

 女子たちが口々に言う。渚が最後に付け足すように爆弾発言をする。

 

「チーズケーキ美味しかったし」

 

「「チーズケーキ?」」

 

 浅野とカルマが揃って尋ねる。

 

「ここのチーズケーキふわふわなんだよ。甘いから学秀は食べられないけど、カルマ君は好きそう」

 

「財布持ってきてなかったよな。誰に奢ってもらったんだ?」

 

「男?」

 

 カルマが浅野に続いて訊いた。

 

「女だ」

 

 2人の殺意に当てられて俺は苦し紛れの嘘を吐く。

 

「何いってるのイトナ君。ユウジ君はどう見ても男でしょ」

 

 渚が空気を読まずに否定する。この2人の固まった笑顔を見てよくそんなことが言えるなと寺坂の後ろに隠れる。「何だよ、前行けよ」と同じく2人を恐れる寺坂に前に追いやられた。

 

「ユウジ……どこかで聞いたことあるな」

 

「イトナ〜、そいつについて知ってることがあったら全部吐こっか。そうじゃなきゃ俺が間違えて全世界にイトナの女装写真公開しちゃうから」

 

「司会者の父親がいるぐらいしか聞いてない」

 

 そんなことされたら社会的に死ぬ。

 カルマの悪魔じみた脅迫を受けて、即座に情報提供する。

 

「ああ、そうか。特定した」

 

 と浅野が言った。獲物を見つけた目をしている。

 

 特定早っ。

 

「なになに〜、学秀君の知り合い?」

 

「親同士が知り合いなだけだ。そうか、あいつが……ね」

 

 浅野とカルマが何をしてやろうかといった顔に変わっていることに俺は恐怖した。ユウジは怒らせてはいけない奴らを敵に回してしまったようだ。

 

 7階に辿り着くと、皆は周りに人がいないかチェックした。どうやら意識がある人はいないらしい。

 

「律のやつ、ほんとに一掃したんだな」

 

 俺は呟いた。

 7階から8階に繋がる階段の前で無傷で倒れている男が2人。どちらも強そうで倒すのが難しそうだが、律の敵ではない(・・・・・)

 

「部屋で着替えてくる。後で追いつくから先に行っていいぞ」

 

「そのままでいいのに〜!」

 

「モバイル律に言われてもな」

 

 俺は渚のスマホの中から俺を止めようとするモバイル律に背を向ける。カードキーを使ってホテルの自室を開けた。周りが中を覗く前にドアを閉める。

 

「ただいま、律」

 

真っ暗な部屋に電気を点け、眠っていた本体の律を起こす。

律とほんの少し離れていただけなのに、顔を見ただけですごくほっとする。いつの間にか俺も渚みたいに律に依存していたのかもしれない。

 

「おかえりなさい」

 

 画面上で律は天使のような笑みを浮かべていた。

 




原作からの変更点

・身長や色々なことを考慮して、選ばれてしまったイトナ
・リア充っぽい(2次元だけど)
・奢られ慣れている渚ちゃん
・7階の護衛は律が何とかした

女装回はイトナにやってもらいました。殺たんCを読んだら浅野メイン回だったので、もしかしたら番外編でレア王女とE組の絡みをやるかもしれません。

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