クラップスタナーは2度鳴る。   作:パラプリュイ

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久しぶりの渚視点。この話から渚視点が復活します。


肝だめしのはなし。

 自分が前とは違うと初めてちゃんと気付いたのは、終業式の日に菅谷君が天使の絵を描いている時だった。彼はほとんど完成した絵の前にわたしを座らせ、仕上げに取りかかっていた。菅谷君はわたしと絵を見比べ、不思議そうな顔をしたのを覚えている。

 

『渚ちゃん、誰か好きな人できた?』

 

 菅谷君は途中でそう尋ねた。

 

『好きな人?』

 

『一緒にいたいなって思ったり、気がつくとその人のことを考えたり……ない?』

 

『んー、多分ないかな。何で?』

 

『渚ちゃん、変わったなと思ってさ。女の子らしくなった』

 

 どういうことだろう。もともと女の子なんだけどなぁ。

 

 わたしが不機嫌気味に指摘すると、菅谷君が苦笑しながら謝った。

 

『……ごめんごめん。今日は筆が乗らないからいいや。もう殆ど完成しているし、あとは家でやるから』

 

 そう言われて、流れで菅谷君の絵のモデルはその日で終わりとなった。

 菅谷君はきっと思ったことを口にしただけだ。悪意はない。彼はわたしが前とは違うと言っただけだ。でも、それがわたしの中の違和感の引き金だった。

 

 恋をしたわけじゃない。生理だって恥ずかしいけどまだ来てない。

 

 だったら、どうして今までのわたしは女の子らしくなかったんだろう、と。たった一つの疑問がわたしの心を支配した。

 

 思い返せば、わたしの人生にはおかしいところだらけだった。

 色々な中学校を受験したのにわざわざレベルを下げて椚ヶ丘を選んだのは何故?

 A組に行こうと思えば行けたのに、E組に自ら来た理由は?

 わたしが殺し屋になりたいと思ったのが何でなのか、そんなことすら覚えてない。

 

 考えてみれば、周りはよくわたしが覚えていないことについて話した。射撃はそこまで上手じゃなくて、一人称が「ぼく」で、殺し屋になることを願っていた前のわたし。

 そしてみんな、その前の大石渚が好きだった。大好きだった。

 わたしは彼女とは違う。でも、記憶を、みんなとの思い出を忘れているなんて言えなかった。だったら、なるしかない。大石渚の道化に。

 学秀が彼の嘘を信じてほしいなら「学秀のことを全て信じる渚」に。

 みんなが「天使な渚」を望んでいるならその通りに。

 カルマ君には意地悪をして告白を覚えていないふりなんてしてしまったけど。だって、わたしじゃ告白は断れないよ。仕方ないよね。

 殺せんせーだって、「自分を殺そうと綺麗な殺意を向ける渚」が好きなんでしょ?

 

 そうやって自分を殺して、記憶を取り戻すまで偽者でいればいい。なのに。

 

『カエデは記憶喪失になった人は元の人間と同一人物だと思う?』

 

 何で打ち明けちゃったんだろう。前の渚が大好きなカエデに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー分かんない!」

 

 テーブルに突っ伏する。隣の席にはカエデと学秀。向かい側にカルマ。本来なら、昼食は班全員で同じテーブルについて食べるのだが、他の班のメンバーはまだ寝ているらしい。ついでに言うと疲れて寝ている生徒の方が多い。潜入したメンバーはその疲れ。ウィルスに感染したメンバーは薬の副作用で。潜入しなかった奥田さんでさえ、看病に疲れて寝てしまったそうだ。

 

「そんなに難しいか、それ」

 

 学秀はルービックキューブを指差して聞いた。船の中とかで出来るかなと思って持ってきたルービックキューブだが、全面揃う気配は全くない。わたしの手の中でルービックキューブは赤と橙の2面だけ揃っていた。でも2面だけ。ルービックキューブは全面揃えないと揃ったとは言えないと言うのが学秀の意見だ。

 

「俺一度だけ全面揃えたことある。結構時間食ったけど」

 

 とカルマ君。口にアイスクリームを運んでいる。

 

「私は1面しか揃えられないし、2面は充分すごいと思うよ!」

 

 昼食をまだ食べている途中のカエデがキラキラした目を向ける。いつもの茅野カエデで今日の早朝の面影は全くない。演技ってほんとすごい。

 

「何にせよ、食事中にやるのは問題だな……食べ終わったら手伝うから、まずはデザートを食べ始めたらどうだ?」

 

 学秀が監視役らしくマナーについて口を出す。食事はもう終わってるんだけどなとふとテーブルを見て、熱中している間にアイスクリームが運ばれていたことに気がついた。

 

「ほんとだ。アイスあったの気づかなかった」

 

 ルービックキューブを一旦置き、目の前にあるアイスクリームをスプーンですくい、スプーンを口にする。これを食べられない寝過ごし組が可哀想に思える。ディナーはもっと豪華だろうから、もっと美味しいデザートが出てきそうだけど。

 

「ふぁ……眠い」

 

 カルマ君は大きなあくびをする。わざわざ昼食を食べる為だけに起きてきた彼は酷く眠そうだ。

 

「あはは……夕方には殺せんせーの爆破が始まるらしいから、それまで寝てきたら?」

 

 カエデが的確なアドバイスをし、カルマ君はそれに従ってすぐに席を外した。

 

「貸してみろ」

 

 わたしがアイスクリームを食べ終えたのを見計らって、学秀は手を差し出す。手のひらの上にルービックキューブを乗せると、凄まじい速さでそれが完璧な状態になった。30秒かかったかも怪しい。

 

「さすがだね」

 

「ちょっとした子供の対抗心だね。小学生の頃に父親にルービックキューブを渡されて聞かれてね。1番速く、誰にでもできて、難しく考えなくていい揃え方は何だと思う、と」

 

 学秀はそう言いながらルービックキューブを崩していく。揃っていた色がぐちゃぐちゃになった。

 

「そんなのあるんだ。どうやるの?」

 

「解体して組み立て直す。合理的だろう」

 

 理事長が言いそうな言葉だと笑みが零れる。学秀はルービックキューブを解体して元に戻した。また元通りに戻ったが、解体した方がさっきより時間がかかっている。

 

「だがそれはルービックキューブというおもちゃの使い方じゃない。そもそも、やり方さえ知っていれば解体するより速く揃えられる。だから僕は1番正攻法な普通のやり方で、速く揃えて父親に自慢しようと、いや見せようと子供心に頑張ったわけだ。で、どうなったと思う?」

 

 カエデとわたしを交互に見て、間を取る。理事長がやりそうなことということで、何となくオチが見えてきた。

 

「解体じゃない正攻法で、しかも僕の半分の速さで対抗された」

 

 理事長大人げない。

 

「要するに、あの人は解体するのが1番合理的とか言っていたが、本当は正攻法が好きなんだ。解体して揃えても良かったのに、正攻法を使ったんだから」

 

「ああ……それっぽいよね」

 

 ラスボス臭がする理事長を思い起こす。中間テストの時は卑怯な手を使ってきたが、期末では生徒同士に戦わせていた。

 

「姑息な手段を好んで使ってるわけじゃなさそう」

 

 カエデも頷く。中間テストの時は殺せんせーがまさかそこまでできる教師だとは思わなかったのだろう。だから準備が遅れて、テスト範囲を変えるといった荒技をせざるを得なかった。期末テストでは大分時間に余裕があったから、テスト内容を難しくしたり、学秀を焚きつけてE組と競わせるようにしたりしたわけだ。

 

「だから、次に来そうな策は50位以内に入ったE組の生徒の引き抜きだと考えている。君たちからしたら卑怯でも、校則に書いてあるのだから何もおかしくないだろう?」

 

 確かに、本来ならE組は本校舎に戻りたがっているはずし、側から見れば何も異常はない。ただし、E組は殺せんせー暗殺に燃えているから、みんな50位以内になっても出て行きそうにないけども。それは事情によりけり、かな。親に期待かけられてる人も多いはずだから。

 

「それに対抗する秘策も持ってますって顔だね、浅野君」

 

 カエデが雪村あかりっぽい大人な笑みを浮かべる。学秀はその通りと好戦的に微笑んだ。

 

「一応僕は生徒会長だからね。それが理事長の正しさなら、正攻法には正攻法で返すべきだと思わないか?」

 

 何を企んでるんだか。2学期で何が起こるのか楽しみだ。

 

「それにしても、夕方まで暇だな」

 

「じゃあわたしたちと海の方行く? 実は下に水着着てるんだ」

 

 学秀に向けて首の後ろで結ばれた水着のリボンを指でつまむ。

 

「それはいいな。僕も水着は一応持ってきていたから取りに行ってこよう」

 

「え〜……浅野君誘うんだ」

 

 カエデがあからさまにがっかりした顔をして肩を落とす。何かダメだったみたいだ。少々の敵対心が意識の波長から感じられて、わたしは苦笑いした。

 

 カエデは一体何と戦ってるの?

 

「茅野さんは僕には来て欲しくないのか?」

 

「あ、気にしないで! 身体のラインに自信がないから、男子にあんまり見られたくないな〜ってだけ」

 

 学秀に気を使ってか、カエデは自然に嘘をスラスラと述べていく。胸が無いのを演技の材料にして、精神的なダメージを食らっている気がするのは気のせいか。本当は何でって聞いても教えてはくれないんだろうなぁ。

 

「でも、浅野君なら大丈夫かな」

 

「……?」

 

「渚の水着しか見てなさそうだから」

 

 カエデはとびきりの笑顔で言った。学秀は眉をピクリと動かして動揺したが、冷静に取り繕って返事をする。

 

「……………………まさか」

 

 その長い間は何なの、学秀。しかも意識の波長によると嘘だと分かる。

 

「そんなに見たいなら______」

 

 早く行こうよと続けようとして、2人が急に慌て出す。

 

「ここで脱ぐのは……」

 

「ここでは脱ぐな」

 

 2人の声が重なる。予想外の展開にどういう解釈と戸惑った。

 

「早く泳ぎに行こうって言おうとしただけだよ。ここで脱ぐわけないでしょ。2人とも動揺しすぎ……!」

 

 笑いとばそうとして、2人が全然笑っていないことに気がついた。

 え。まさかわたし、前は男子の前で普通に脱ぎ出しちゃう露出狂だったの? ストリップショーみたいに?!

 

「何それ、死にたい……」

 

 真っ赤になった顔を覆う。カエデがまあまあと肩をポンポンと叩いた。

 

「浅野君、早く水着に着替えてきなよ。テラス席集合ね」

 

 わたしとカエデはホテルの女子トイレでジャージを脱いで、水着だけになった。トイレの個室から出ると、カエデが鏡の前でツインテールを結び直しているのが目に入る。カエデの水着は薄いオレンジ色で、ワンピースみたいだ。胸の部分をふわふわ素材の布が上手く隠しているせいか、貧乳だと分かりにくい。

 

「やっぱりそのビキニ渚に合ってるね。お揃い!」

 

 カエデはわたしに気がつくとニコニコ顔で何度も頷く。わたしは淡い水色のビキニを見下ろした。上はシンプルにリボンが付いているだけで、下はふわふわのスカート。カエデのはワンピースだけど、生地とかデザインが似ているから色違いのお揃いみたいって2人で買った時にはしゃいだのを思い出した。

 

「せっかくだから髪もツインテールにしちゃおっと」

 

 カエデが手慣れた手つきでわたしの髪をツインテールに結っていく。ちょっと高めの二つ結びはアイドルみたいで気がひけるけど、カエデとお揃いならいいかなとも思う。

 

「あ。パーカー忘れた」

 

「パーカーなんて要らないよ。渚スタイルいいんだから自信持って!」

 

 カエデがわたしの手を引っ張って、テラス席まで連れて行く。

 テラス席では既に学秀とカルマ君が水着姿で待っていた。一応パーカーを着ているが、前は閉めていないので目のやり場に困る。向こうも同じことを思ったのか、2人とも視線をわたしたちから別の方向に向けていた。

 

 眠いとか言ってたのに、カルマ君も来たんだ。

 

 学秀は水着をちらっとだけ見て、微笑みを浮かべる。懐かしんでいるみたいだ。

 

「その水着……渚は相変わらずそういう水色がよく合うな。よく似合ってる」

 

「うん、可愛いね〜」

 

 カルマ君はニコニコと褒める。

 

「ありがと」

 

 そこで学秀はハッとして、何故かカルマ君を睨みつける。そそくさとパーカーを脱いでわたしに差し出した。

 

「これ……」

 

「日焼けするだろうから、着た方がいい」

 

「日焼け止めクリームちゃんと塗ったよ!」

 

「それでもだ」

 

 何となく、保護者スイッチの入った学秀には逆らえない。仕方なくパーカーを着ると、今度はカルマ君が「えー着るの」と残念そうで少し嫌そうな顔をする。

 

「茅野ちゃんはワンピースの繋がってるやつなんだね〜。幼児体型だしいいと思うよ」

 

 カルマ君は親指を立てる。清々しいほどの笑顔だった。一方、カエデの顔がぴくっと引きつり、今にもグーパンを決めそうな様子。

 

「ねえ渚〜、赤羽君海に沈めていい?」

 

 カエデが苗字呼びをしてる時点でかなり怒っていることが分かる。わたしはやんわりデリカシーのない発言をしたカルマ君を咎めつつ、カエデの暴走を意識の波長を最大限に使って止める。胸の話は思ってても口に出してはいけないとわたしと学秀は学んだ。

 カルマ君はまたやりそうだ。

 

「そういえば、カルマ君は寝るんじゃなかったの?」

 

「何となく泳ぎたい気分になったんだよね〜」

 

 とカルマ君が気だるげに嘘をついた。カルマ君の手にある水鉄砲からわたしはイタズラしに来たんだな〜と推察する。

 

「それじゃあ、行こっか」

 

 カエデが言って、海辺まで歩いて行った。ビーチサンダルを脱いで足を水の中に入れる。それだけで気分が涼しくなった。

 すごく、夏!って感じがする。駆け回りたい。

 

「深い所には行かないように。特に茅野さん。泳げないし、脚の怪我もまだ治ってないようだからね」

 

 学秀が再度保護者モードを発動して注意する。学秀が「中学生を海に連れてきた親戚のおじさん」みたいだな〜なんて思ってクスリと笑ってしまった。

 

「はーい」

 

 カエデは元気良く返事をした。

 カエデには溺れかけて前に学秀に助けられた前科がある。触手を持ってると水は天敵みたいだ。

 カエデが水が苦手なこともあってか、泳ぐ雰囲気にはならなかった。下半身だけ水に入っただけで既に涼しくなったし、カルマ君が水鉄砲で浅瀬の方にわたしたちを追いかけ回してくるから、不思議と深くまで行かなかったのだ。ちなみにカエデは超高速で逃げまくって、1度も水が当たらなかった。

 

「隙あり」

 

 カルマ君がニヤッと笑い、用意していた水鉄砲を学秀に向けた。それは学秀のちょうど顔面に直撃する。

 

「……カルマ」

 

 顔を拭い、学秀はカルマ君の名前を低い声で呼んだ。怒るかなと不安になりながら、2人の意識の波長を見る。

 

 あれ? 怒ってるっていうより……

 

 学秀がカルマ君に向かって水しぶきをあげた。カルマ君の髪が水浸しになる。カルマ君は「やったなこいつ」と学秀を睨みつけながらも楽しげだ。学秀もどことなく面白がっているように見える。

 この2人ほんと仲良いなあ。

 

「あーあ。渚ちゃんは監視役として残るからいいけど、学秀君がA組行ったら、俺つまんなくて毎日サボっちゃいそーだわ。張り合い無さすぎて」

 

 ぼそりとカルマ君がもらす。

 そういう彼の言葉は本心なのだろう。E組の中でスペックが全体的に高い2人だ。どちらも互いを強敵だと認めると同時に、友でもあった。

 

「そんな言葉は次のテストで僕に近い点数を取ってから言うべきだな。 期末テストの負け犬っぷりはもう過去の話か?」

 

 学秀がカルマ君を煽る。カルマ君は顔を赤くして目を逸らす。期末テストの結果はカルマ君にとって黒歴史なのだろう。触れて欲しくない話題みたいだ。濡れた髪をくしゃりと乱雑に触り、ため息をつく。

 

「はあ……次は一位取るから忘れてくれる?」

 

「誰が忘れるか。それに次回も一位は僕だろうからな。一生覚えておく」

 

 学秀はフッと嫌味な笑みを浮かべた。

 

「ちっ、高校上がったら覚えてろよ」

 

 カルマ君が小さく呟いた言葉を学秀はちゃんと聞いていて、彼の余裕綽々な笑みが抜け落ちた。今の言葉のおかしなところをすぐに理解したのだ。

 

「………………カルマ、お前今なんて」

 

「俺椚ヶ丘戻るよ。外部受験で」

 

 カルマ君がしてやったりとばかりに微笑む。彼の意識の波長は悪戯が成功した子供のように微かな喜びで満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、殺せんせーは殺されなかった。コンクリートを軽々と爆破し、アロハシャツで現れた殺せんせーは幽霊のコスプレをして看板を掲げた。その看板の肝だめしの文字が目に入る。

 

「「「肝だめし?」」」

 

 何人かの声が重なった。

 

「そうです! 先生のお詫びとして暗殺肝だめしを開きます」

 

「暗殺……ってことは肝だめし中に暗殺するのもいいの?」

 

 前原君が対先生ナイフを殺せんせーに突きつけながら聞く。ナイフはやっぱり当たらなかった。

 

「もちろんです!ただし、男女ペアじゃなきゃだめですよ」

 

 殺せんせーが「男女ペア」を強調して言った。

 そんなに大事な要素なの? これはきっとワケありだな〜。

 

「カエデは誰と行く?」

 

「私は脚怪我しているし、体調も万全じゃないから外で待ってるよ」

 

 まだ疲れがね〜とカエデは遠慮した。海ではしゃぎまくってたのに、と言いかけたが口には出さなかった。はしゃぎまくったからこそ疲れたんだろう。カエデは演技しているから分かりにくいけど、昨日の触手での闘いは体力を使ったはずだろうし。

 

「渚は僕と行こうか。新学期からまたクラスメイトになるんだし」

 

「そうだね。カルマ君は?」

 

 よく分からない理屈で誘われたけど、もともとそのつもりだったから軽く頷く。カルマ君の方を向くと、彼は隣の奥田さんを指差した。

 

「俺は奥田さんと。班メンバー同士が多いみたいだね」

 

「杉野君は……「神崎さん!ペアになってください!」」

 

 神崎さんとだね。

 神崎さんはお淑やかに了承しつつ、彼女の意識の波長からは微かな嬉しさが感じられる。それを全く表に出さない。あたかも誘われたし、他に誘う男子もいないから杉野君と組むみたいな場を一瞬で作り上げてしまった。上手い。

 ザ・ポーカーフェイス女子だ。

 

 意識の波長を見るまでもなく分かりやすく、全身から神崎さん大好きオーラを放つ杉野君との差。ある意味とてもお似合いだと思う。

 ふと杉野君を見ていて、緊張感と意気込みが波長から伝わってくる。期末テスト前の波長みたいで怖い。

 

「渚、僕たちの順番は1番最後みたいだ」

 

 くじ引きで順番の紙を引いてきた学秀がわたしに告げる。周りの順番が先に来て、どんどん洞窟に入っていく中、わたしたち2人は外で待っていた。

 

「あら、渚と学秀は私と烏間の後なのね」

 

 ビッチ先生がわたしと学秀を交互に見て、「いつもの感じね」と納得した様子を見せる。確かにいつも一緒にいるけど、いつもの感じって何だろう。

 

「烏間先生と行くんですか?」

 

 学秀が意外そうに尋ねた。

 

「仕方なくな」

 

 烏間先生は徹夜明けで若干目の下にクマができていた。連れ回される烏間先生に部屋に戻るよう言いたい。その一方で、ビッチ先生の気持ちを何となく察しているからすべきじゃないってことも分かってる。

 

「烏間、早く行くわよ」

 

 胸を烏間先生の腕に押し付けて、ビッチ先生は洞窟への道を急かす。烏間先生はその日1番の深いため息を吐いて、ビッチ先生と洞窟の中に行ってしまった。

 わたしは学秀の方を振り返る。

 

「学秀は怖いの苦手?」

 

 一緒にホラー映画を観たことあるから、そんなことはないだろうけど。

 

「そうだな……一度本格的なお化け屋敷に行ったことがあるが、何が楽しいのか全く分からなかった」

 

 この発言が他の誰かだったら、そんなに怖かったのかと思うところだ。でも、学秀が言うってことは真逆。何も怖くなかったから、楽しさを理解できなかったのだろう。

 

「つまんないね〜、学秀って」

 

「このぐらい冷めていた方が、もっと時間を有効に使えるからね。殺せんせーがどうして肝だめしをさせたいのか考えるとか」

 

「予想は?」

 

 学秀は人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。性格悪そうだけど、頭が良さげな笑い方。

 

「吊り橋効果だろうね。カップルを増やそうと考えたんだろうが、安易過ぎる」

 

「ふうん。じゃあさ。カップルのふりして殺せんせーを騙してみようよ。その隙に殺す」

 

 対先生ナイフを見せる。学秀はやれやれと肩を竦めた。

 

「……それは酷な作戦だな」

 

「そうかな? 学秀がそう言うんなら、やらなくていいけど」

 

 学秀はわたしに手を差し伸べた。

 

「手でも繋ごうか。それなら、らしいだろう?」

 

「そうだね」

 

 わたしは学秀の手のひらに手を乗せる。あ、ちょっと恥ずかしいかもと思った。わたしより少し大きな手が、指がわたしの指に絡まっていく感覚。恋人繋ぎって言うんだっけ。

 多分、わたしは学秀と手を繋いだことがない。覚えていないだけかもしれないけど。どっちなんだろうと考えながらそのまま洞窟の中に入っていく。

 

「暗いね」

 

「確かに思ってたより暗いな」

 

 しばらく歩いていくと、前方から「キャー!!化け物出たーっ!!」と誰かの叫び声が聞こえてきてびびる。

 って、この声殺せんせーじゃ……?

 

「お化け役が怖がってどうするんだか」

 

 恐怖が薄れて拍子抜けしてしまった。

 

「あんだけ張り切っておいて、本人が1番怖いのが苦手なんだろうな。まあいい。安心して……何だこれは」

 

 学秀の視線の先にあったのはベンチだった。ただのベンチじゃない。ラブリーなハートでいっぱいのベンチだ。

 その先には扉があり、完全に扉は閉じている。学秀がこちらにアイコンタクトをしたので、繋いでた手を離して扉を2人で力ずくで開けようとした。しかし、この扉全く開かない。前に押そうとしても、引こうとしても、スライドしようとしても、びくともしなかった。

 

「力ずくじゃ無理、となるとこのベンチか。まさかベンチで扉を叩き割れって言うんじゃないだろうな」

 

「いやいや、そんなことできるのE組に数えられるぐらいしかいないよ」

 

「とりあえず座ろう。ベンチでやることなんてそれぐらいだ」

 

 学秀とわたしはベンチに座ることにした。カップルベンチだと気まずくなるかと思ったが、口からするっと話題が出てくる。

 

「さっきはびっくりしたね。ほら、カルマ君の」

 

「まさか外部受験で戻ろうと考えていたなんてね」

 

 学秀は見事に話題に食いついた。

 

「不思議な感じだなあ。来年になったら、E組はみんなバラバラになると思ってたから」

 

 みんなやりたい事が違って、それぞれの目標があって、行く道も違ってくる。だから高校選びで必然的にばらけると決めつけていた。

 離れると思ってた人たちが、まだ側にいてくれるってこんなに嬉しいことなんだって気付かされる。

 

「僕は渚のことを手放せる気がしないな」

 

 手が自然と重なってどきりとする。まるでこの手でわたしを手放さないように繋いでいるみたいだ。

 

「大学になったらどうしても離れちゃうとは思うけどなぁ。学秀だったら良い所行きそうだし」

 

「僕は海外の大学に行くつもりだ…………一緒に行けたらいいとは思ってるが」

 

 学秀がわたしの頭をどれほどのレベルだと思ってるかは知らないけど、さすがに海外の大学は……

 ほんの少し考えて、案外悪くないかもなんて思ってしまった。海外には行ったことがない。でも、E組で色々な殺し屋に会ってると、世界はきっと広いんだろうなって思う。そんな広い世界を見てみたいとも。学秀が一緒なら、何でも出来る気がする。

 

「海外の大学かぁ。ちょっといいかも」

 

「できればその先も、一緒に______」

 

 学秀の呟きを遮るかのように、扉が開いた。わたしは立ち上がる。

 

「開いた! これすごい仕掛けだね」

 

「……そうだな」

 

 ベンチに座ったままの学秀の顔が少し薄暗くなった。意識の波長に失敗と焦りの色が浮かぶ。

 

「何か、言いかけていたよね?」

 

「いや、いいんだ今は。雰囲気に押されて色々飛ばそうとしてた気がする」

 

 学秀はベンチから立ち上がった。何のことだろうと首を傾げる。学秀がそう言うんなら、気にしないけど…………今はいいって、いつなら。

 

「いつならいいの?」

 

 思ってたことが口から勝手に飛び出た。

 

「…………来年の卒業式の日」

 

 それはE組の終わりの日。もしかしたらその頃には殺せんせーを殺さなきゃいけないかもしれない。だとしたら、本当に終わりの終わりだ。そんなに大事なことなんだね。

 

「結構先だね」

 

「それでも早すぎるぐらいだ」

 

 遅いよ。だってその頃には全部思い出せてそうだから。その言葉を聞くのはきっと、わたしじゃない。

 

「待ってる。新学期から、またよろしくね。学秀」

 

 わたしは改めて学秀の方を見た。何故かいつもと違って見えた。

 




原作からの変更点

・渚の自覚
・夕方まで寝ずに昼食を取る4人
・水遊び
・カルマ椚ヶ丘戻るってよ
・カップルのふりとかいう鬼畜
・色々すっ飛ばそうとして扉に邪魔された(きっと蹴り飛ばしたい衝動に駆られているはず)
・地味に日にちを予約

この話で伏魔島の話は終了です。ビッチ先生と烏間先生の恋? 枠外でやってるから原作通りですよ。どんなに進展させようと頑張っても原作通りにしか進まない頑固さのせいで、作者が諦めました。原作通りにしか進まない事象は作者の意欲を下げていくので。
ビッチ先生たちの後の順番だったので、2人はビッチ先生の恋を応援しようの会には参加してません。その代わり、浅野君の方の恋に若干進展が。ここで告白しないのには理由があるんです。

次回。夏祭り。浴衣どうしようとか悩んでみる。

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