クラップスタナーは2度鳴る。   作:パラプリュイ

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夏の終わりのはなし。

 部屋を片付けていると、コンコンと窓をノックする音がした。黄色い頭が窓の向こう側に見える。殺せんせーだ。

 わたしが窓を開けるなり、メルが殺せんせーに足蹴りを食らわし、それを殺せんせーが持ち前のスピードで回避した。毎度お馴染みの光景である。

 

「こら、メル。お行儀悪いからやめて。殺せんせーも窓から入る癖直そうよ」

 

「ついついこっちから来てしまうんですよねぇ」

 

 わたしは冷蔵庫から冷たい麦茶を出し、コップに注ぐ。メルには猫用ミルクを与えた。殺せんせーはそれを1秒足らずでごくごく飲み干してしまった。

 

「それで、相談というのは?」

 

「相談っていうのは方便みたいなものかな。ほら、わたし来学期からA組に移動するでしょ。E組には監視役として行くけど、学秀と同じで在籍はできないから少しだけ立場も変わっちゃうんだよね」

 

 さらっと嘘をつくわたしに、殺せんせーは訝しげだったが白い箱を見た瞬間どうでも良くなったみたいだ。

 わたしは白い箱からカットされたケーキを2つ取り出す。2種類のメロンがふんだんに使われたスポンジケーキは人気店の夏季限定商品で、手に入れるのに苦労した。

 片方に小さく印が書かれていて、わたしは印が無い方を殺せんせーに差し出す。

 

「これはせめてものお礼。1学期だけだったけど、殺せんせーが担任ですごく楽しかった。来学期からは監視役としてよろしくね」

 

「渚さん……! 先生は感激しました!!」

 

 感極まって号泣している殺せんせーを宥めて、フォークを差し出す。幸せそうに殺せんせーはケーキを頬張った。わたしは自分用のケーキをゆっくり食べながら、ニコリと微笑を浮かべる。

 3口目ぐらいで殺せんせーの顔色がぶどう色に変色し、頰がもっちりしてぶどうグミみたいな透明感が出ている。紫色の殺せんせーは気にせず完食すると、味の感想を述べた。

 

「こんなに美味しいメロンは久しぶりに食べました。甘めのメロンに合うよう生クリームの甘味が控えめなんですね。スポンジのふわふわさも絶妙です。メロンの上にかけられていたシロップは殺し屋たちがこの前使わなかった方の毒ウィルスですかねぇ」

 

「うん、正解」

 

「どこでこれを?」

 

「奥田さんがスモッグさんからもらってシロップに改良したんだって。超強力な殺せんせー用に。巧みに毒を盛ってきて、殺せんせーの変化と毒の盛り方についてのレポートを提出っていう交換条件、って学秀の入れ知恵で」

 

 毒を欲しいと言った時は奥田さんの「毒はあげます!でも交換条件としてレポートを書いてきてください!」という抜け目の無さと意外性に感心したものだ。後でそれは学秀の入れ知恵だと分かったけど。随分前に学秀に毒を提供した時に、「何でも無償で提供するのは良くない。交換条件を提示すべきだ」とお説教を食らったらしい。学秀は交換条件とか好きそうだからね。

 

「奥田さんは真面目ですねぇ。毒殺上手な渚さんから学びとろうとよく頑張っています」

 

「毒殺上手って……誰も成功してないのに」

 

「いえいえ、渚さんの毒殺は素晴らしいですよ。渚さんからもらう食べ物はついつい毒がないって信じ込んでしまうんですよねぇ。盛り方が巧妙というんでしょうか」

 

 殺せんせーはシチュエーションに弱いからなぁ。

 ある時はちょっと良いとこのエクレアを渡し「殺せんせーが買ったエクレアなのに結局食べ損ねちゃっていたから、先生の分」と喜ばせつつ、毒入りだったり。「殺せんせーと行ってみたかったんだ」と言って一緒に激辛ラーメンを食べに行き、喉がカラカラな殺せんせーに毒入りの水をあげたりとか。暗殺関係無しに職員室の冷凍庫にあったジェラートに奥田さんの下剤を盛ったこともあった。

 どれにも共通するのが、殺せんせーが全く毒だと疑わずにそれらを食べてしまったこと。匂いとか疑う前に食べてしまうことが多くて、わたしの毒殺は殺せんせーに理想的だと言われた。せこいだけなことも多いが。

 学秀が毒殺をしたことないのも、わたしの暗殺が際立つ理由だったと予想している。学秀はやれば基本的に何でもできるので、毒殺も得意そうだ。

 

「渚さんがA組の生徒になって、監視役になったとしても、先生はいつでも渚さんの暗殺を楽しみにしていますからね」

 

「ありがとう」

 

 殺せんせーのその言葉だけで、胸がいっぱいになった。

 来学期から監視役としてE組にはいるけど、わたし自身はA組の生徒になる。クラスメイトという枠から出る。それだけで、わたしだけこの暗殺教室の一員から抜けてしまうような疎外感を覚えた。

 1学期の最初を思い出す。みんなの学秀への一歩距離を置いた態度。それが自分に向けられるのが、どうしても想像できなかった。

 

 A組に行くことに関しては何とも思わないけど、みんなとの繋がりが薄くなるのは嫌だなぁ。

 

 わたしはぎゅっと拳を握る。

 記憶があやふやだからこそ、今、わたしの目に見えるものは大切にしたかった。そこにあるんだって、実感できるから。

 

「渚さん、やっぱり悩んでいますよね」

 

「さすがだね、殺せんせー」

 

「先生ですから」

 

 殺せんせーは自信を持ってこちらを見つめる。何を言っても受け止めてくれそうな顔だ。その顔を見て、ついついカルマ君みたいな悪知恵が思い浮かぶ。さも深刻そうに話を切り出した。

 

「実は妊娠しちゃって」

 

「にゅやっ?!?!」

 

 殺せんせーは唖然として飲んでいたコップを落とし、すぐにマッハで回収する。慌てて窓から飛び出て、2秒で戻ってきたときには図書館からの大量の本を抱えていた。どれも妊娠関係である。

 わたしは笑いを噛み殺す。

 

「嘘」

 

「渚さん!!驚かせないでください」

 

「みんな、わたしとの関係は変わらない、って笑って言ってた。クラスメイトじゃなくなっても、前と同じだって。本当にそう思う?」

 

 本題に入ると、先生らしいどっちつかずな答えを出した。ほんの一瞬だけメルを見たのは気のせいだろうか。

 

「関係性が変わらないと断言することはできません」

 

 曖昧ではあるけど、そうとしか言えないだろう。わたしは殺せんせーに相談する内容じゃなかったかと肩を落とす。

 

「そっか」

 

「でも、渚さん。皆さんは渚さんが思っている以上に渚さんのことが大好きなんですよ。渚さんが危険な状況に陥ったら、絶対に助けに来ると断言できるぐらい。その事実があれば、関係性なんて些細なことだと思いませんか?」

 

 殺せんせーの言葉に圧倒されて、わたしは何も言えなくなった。カエデのことを思い出したからだ。

 

 そうだよ。カエデとの関係性が変わっても、わたしはカエデのことが好きなままだ。

 もしも、みんなが同じように思ってくれていたら。

 

「実は磯貝君に渚さんから渡すべきだと、あるものを託されています」

 

「これ……」

 

 大きく目に入ったのは「ありがとう」という文字だった。よく見ればそれは浅野君宛の寄せ書きだと分かる。高校でもよろしくという内容のカルマ君の書き込みに、野球の練習を感謝する杉野君の言葉、機械的な字の綺麗さを見せつけた律に、簡潔に「ありがとな」としか書かれていない雑な寺坂君のコメントまで、クラス全員からの寄せ書きが揃っていた。

 

「渚さんは浅野君と同じクラスに行くわけですから、書かなくてもいいそうですがどうですか?」

 

「書こっかな」

 

「分かりました。どうぞ」

 

 水色のペンを渡されて、書き込む場所を探す。みんな余白が残らないぐらいいっぱい書いたみたいで、なかなか場所が見つからなかった。1つ良さげな場所があったが、それはメルが赤いインクまみれの肉球を押し付けたことで消える。やっと見つけたもう一つ隙間に、わたしはたった一言書き込む。

 

 学秀とはずっと一緒な気がするよ。渚

 

「それだけですか?」

 

「いいんだ、これだけで。これを新学期に渡せばいいの?」

 

「そうですねぇ、片岡さんは花火大会で渡すようにと言ってましたよ。もちろん、浅野君を誘うところからやってくださいね」

 

 殺せんせーがゲスい顔でクスクス笑う。

 カエデと買った浴衣を思い出す。浴衣なんていつ着るんだろうと思っていたけど、そういうことか。

 学秀と夏祭り……かぁ。

 

 行きたい気持ちはあるけど、何だかむずがゆいような気分になった。この気持ちが上手く説明できなくてもどかしい。

 

「分かった。誘ってみる」

 

「はい。ではまた明日」

 

 殺せんせーはまた窓から颯爽と出て行った。メルは窓の外を殺せんせーの影も形もなくなるまで、ずっと眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夏祭りの日、家で着付けを済ませたカエデがわたしの部屋で着付け初心者のわたしを手伝ってくれた。去年まではお母さんに任せていたので、あまりよく着方を理解していなかったのだ。

 

「カエデは着付けが上手いね」

 

 手慣れた手つきで裾の長さを調節するカエデに言った。カエデは少しはにかむ。

 

「お姉ちゃんに昔教わったの。渚もちゃんと見て覚えてね。来年も着るんだろうし」

 

 カエデの言葉通り、わたしは真剣にどうやって綺麗に着付けるのかをカエデの動きから探る。自身の女子力の低さを実感してしまった。

 

「ほんとに良かったの? 浅野君と2人で行くかと思ってたのに」

 

「2人きりじゃない方がいいんだ」

 

「え……何かあった?」

 

「何もないよ。でも何だか、その、2人きりだと恥ずかしいと思って」

 

 カエデは目をまん丸くして、こちらを凝視した。何も言わなくても「あなたほんとに渚?」と疑っている目だと顔を見れば分かる。演技を取り払った彼女の表情は驚くほど豊かだ。

 

「渚がまた成長して嬉しい」

 

 着付けが終わると、カエデはわたしの髪を編み込みし始める。

 

「何だか母親みたいなコメント」

 

「ふふっ、でもだめだよ。もうちょっと気づかないと」

 

「気づく……?」

 

「言ーわないっ! 私は渚がずっと気づかないままの方がいいから」

 

「はい、できた」

 

 ふわりと巻かれた髪が右横で揺れる。よく見るとゆるく編み込みがされていて、横ポニーテールでも手が込んでいた。

 

「カエデはいつもの髪型でいいの? ほら、前遊んだ時は髪おろしてて大人っぽかったのに」

 

 カエデの髪を下ろしてる姿がとても好きなので、わたしは残念そうにツインテールを見やった。ツインテールでも可愛らしいけど、髪下ろすと色気が加わって大人っぽいのだ。

 

「この髪型は茅野カエデを演じる上で必須なの。下ろしたら雰囲気変わっちゃうから。そうだ、ついでにメイクもしよっか?」

 

「メイク道具何も持ってない」

 

 カエデはかごバッグを見て、自分も持っていないことに気がつく。

 

「あー、私も持って来るの忘れちゃった! 今度一緒に買いに行こ。リップも?」

 

「多分どこかにあった気がするけど。どこかな?」

 

「ちょっと待って……もう、ぜんっぜん前と変わってない」

 

 カエデは悪態をつきながら、自分のかごバッグを漁った。中から可愛らしいピンクのリップスティックを取り出す。

 

「これ昨日買ったばっかりで、まだほとんど使ってないからあげる。リップぐらい塗っとかないと、またビッチ先生に怒られるよ」

 

「いいの?」

 

「家にいくつかあるから大丈夫」

 

 カエデがくれたリップクリームは薄く色が付くタイプで、ほのかに甘い香りがした。鏡を前にしてリップスティックを唇の上に滑らせる。ちゃんと付いているか確認のために唇を擦ろうとして、カエデに怒られた。リップクリームを直す時は指でなぞるのだという。

 

「そうそう、いい感じ」

 

 わたしの唇を見つめて、カエデが頷く。綺麗に付いたみたいだ。

 

「そろそろ行かないと遅刻するよ」

 

 今出ると待ち合わせ時間ギリギリ前には着きそうな時間だ。学秀は真面目だから、5分前には着いてそうだけど。

 

「渚の浴衣、それにして良かったね」

 

「悩んでたよね、カエデが」

 

 家からの道を歩きながら、カエデは何度もわたしの浴衣と帯を眺めていた。白地に淡い水色と薄紫の朝顔がプリントされている浴衣は、赤紫の帯とよく合っていると思う。決めたのは主にカエデなんだけど。

 一方でカエデの浴衣は薄ピンクにオレンジ系統の花がのっている、まさに''茅野カエデらしい''浴衣だ。一度雪村あかりの私服を見てしまうと、彼女の役作りの凄さを実感する。

 わたしにカエデの呼び方を変えさせないのは名前を気に入っているからって言っていたけど、本当は演技を崩したくないからなんだろうなぁ。

 カエデは強がりだ。

 

 屋台の多い通りに近づくと、やきそば屋の前で外国人に道案内をしている濃紺の浴衣姿の学秀が目に入った。どうやらフランス語を話しているようだ。こちらに気がつくと話を上手く切り上げ、観光客と別れる。

 

「すごいね、浅野君」

 

 カエデが目をキラキラして褒める。学秀は賞賛の言葉を軽く受け流した。

 

「茅野さんも一緒だったようだね」

 

「浴衣の着付け手伝ってくれたんだ」

 

「2人ともよく似合っているね。浴衣姿も可愛いと思う」

 

 学秀は顔を少し背けて、声のボリュームを落とす。言い慣れていない言葉を言うたどたどしさが珍しい。

 

「学秀もかっこいいよ。浴衣持ってたんだね」

 

「染井さんにお下がりを着せられたんだ」

 

 学秀の笑みが深まった。笑顔なのに冷気を感じる。

 お下がりって、まさか理事長の? とは聞かなかった。聞くまでもなくそうなのだろう。確かにこの浴衣は理事長にも似合いそうだ。

 普段目の敵にしている父親のお下がりはあまり着たくないのだろうか。

 

「もう夕食は済ませたのか?」

 

「そういえばまだ。たこ焼き買おっかな」

 

 焼きそば屋のすぐ近くにあるたこ焼き屋を指差す。

 

「僕もたこ焼きにしよう」

 

「じゃ、私は焼きそば買うね」

 

「すみません、たこ焼き2つ……殺せんせー?!」

 

 店主に向かって100円玉3枚を差し出すと、それは曖昧で大きすぎる指、いや、触手によって回収されていった。殺せんせーだ。ところどころ乱れているから分身の。

 

「ああ、渚さんと浅野君。1つずつおまけしておきますね」

 

 マッハでおまけのたこ焼きを上に乗せ、わたしたちに渡した。横の焼きそば屋ではカエデが殺せんせーの登場に苦笑いしている。

 

「よく見るとここの屋台、6、7割殺せんせーが店やってるよ」

 

 カエデの言葉にあんぐりと周りを見渡す。かき氷屋の殺店主にわたがし屋の殺店主。豚汁を作る殺店主までいる。

 あちらこちらに殺せんせーの顔。分身はスカーフの巻き方が微妙に異なっていたり、変装が雑だったりする。絵本にこんなのあった気がする。「ウォーリーを探せ」みたい。

 

「よっ、浅野。渚ちゃんからもうもらったか?」

 

 確保したテーブル席で食べていると、私服姿の磯貝君が学秀に声をかけた。手には大量に詰め込まれた金魚入りのビニール袋が2つぶら下がっていて、隣には前原君がいる。

 

「あ、忘れてた!ごめん、磯貝君」

 

「何か僕に渡したいものがあったのか?」

 

 学秀は磯貝君とわたしを交互に眺め、首を傾げる。

 

「うん。明日学校で渡すね」

 

「分かった。明日の放課後、家でまた勉強会をしようか」

 

「じゃあその時にね」

 

「お前の考えそうなことだ。何となく見当がついたよ。ともかく感謝する」

 

「バレたか。A組でも元気でな」

 

 学秀は磯貝君にお礼を言い、磯貝君は肩をすくめる。サプライズでなくてもいいという結論に至ったのだろう。

 

「金魚すくいしてきたんだ。すごい量だけど、大丈夫? 多すぎない?」

 

 カエデが金魚を飼うスペースの心配をする。磯貝君は爽やかな笑顔のままだったが、前原君の顔が苦笑い気味で金魚から目を背けている。

 

「うちは弟妹がいて育ち盛りだから、このぐらいあると助かるんだ。焼くと美味いし」

 

「そーなんだ」

 

 カエデが腑に落ちない顔で頷いた。一拍遅れて3人とも気づく。

 

 え? 食べるの?

 

「あ、速水さん! も来てたんだ」

 

 カエデが話を逸らそうと、近くにいた速水さんに声をかけた。隣に千葉君がいて、思わずデートかと勘ぐってしまう。しかし、手に抱えている物を見た限りだと、スナイパー同士で狩りに来たようにしか見えない。どうやら射的でかなり稼いだらしい。あまりに稼ぎすぎて、射的で出禁になってしまったとぼやいていた。

 

「今日はメルも一緒なんだね」

 

 速水さんがクールな表情を緩ませる。彼女の目線の先には優雅な灰色猫がいて、「にゃー」と速水さんに媚びを売っていた。

 

「気づかなかった……」

 

「メル、夕食まだなんじゃない?」

 

「ええ……キャットフードなんて持ってないよ」

 

「自販機なら売ってるかもよ。ほら、ちょうど近くに真新しい自販機がある」

 

 糸くじのお店の横にそびえ立つ、黒い最新式の自販機ははたから見ると祭りの雰囲気から浮いていた。

 近くに行くと「あなたにオススメのメニュー」としてキャットフードが出てくる。100円を投入すると、カップ一杯分のキャットフードが下の受け皿から出てきた。最近の自販機はすごい進化しているらしい。

 

「いや、違う。律でしょ」

 

「よく分かりましたね」

 

 画面から律が登場する。まさかバレると思っていなかったみたいだ。

 

「律も来てたんだ」

 

「自販機業はこういう日に儲かるので! 売り上げアップ期待です!」

 

 律の言動に苦笑する。わたしはふと、前々から思っていたことを口にした。

 

「律って守銭奴なの?」

 

「守銭奴……検索しました。金銭を貯めることに異常な執着を持つ人、ですか。お金は大事ですよね」

 

 と律は気持ちの良いぐらいの笑顔で認めた。

 

 認めちゃっていいのか。それにしても、律にお金の使いどころなんてないはずなんだけどな。貯めても仕方がないのに。

 もしかして、殺せんせー。律の自販機の売り上げ横取りしてる?

 

 モヤモヤしながらメルにキャットフードをあげていると、聞き慣れた声が糸くじのお店から聞こえてきた。

 

「俺、今五千円使って全部五等以下じゃん。残りのくじ数から四等以上が出る確率を計算すると……なんと0.05%以下。ほんとに当たりなんてあるのかな〜? おまわりさん呼んで確認してもらおっかな〜?」

 

 特徴的な赤髪と、少し冒険したファッションの個性の強さにはものすごく見覚えがあった。もしかしなくても、カルマ君だ。

 

 あ、うん。E組にこんな生徒がいたら律も影響されて仕方ないよね。見なかったことにしよう。

 

 容赦なくクラスメイトを見ないふりして、わたしは学秀とカエデのいるところに戻った。いつのまにか他のみんなは違う場所に移動し、軽食を食べ終わった2人はにこやかに会話をしている。2人を驚かせるつもりで、忍び足で近くまで寄った。

 

「茅野さんは最近、随分と渚と仲良いみたいだね」

 

 含みのある言い方で、学秀が微笑みながら言った。わたしは足を止めて首をかしげる。学秀の言葉には一滴の毒がポツリと浮かんでいて、カエデは気づいていてか満面の笑みで返事をした。2人がわたしに気づく気配はない。

 

「うん、親友だからね〜」

 

「この前の鷹岡の件で、僕は君に借りがある。だから何も追及するつもりはない」

 

「私、浅野君に追及されるようなことしたかな? 渚と一緒にいると女子でも嫉妬する? ふふっ、意外と大人気ないね」

 

 カエデははぐらかすようにクスクス笑い声を上げる。2人の会話には温度差があって、カエデはわざとそれを作り出していた。学秀は流れを変えるように低い声で言った。顔は微笑を湛えたままだ。

 

「理事長室での話は聞いたよ」

 

 カエデの笑みが固まり、学秀の方をゆっくりと見つめる。驚くべきことに、意識の波長は整っていて、乱れはない。想定の範囲内だったとでも言わんばかりに。

 

「そう。知ってたんだ。それで、誰かに言うの?」

 

 右手を首に当て、カエデは困ったなぁというようにため息を吐く。いつ触手で学秀の首が真っ二つにされるんじゃないかとハラハラしてしまった。

 

「いや。A組に行く僕が口を出す話じゃない……」

 

 そこまで言って、学秀ははっとこちらを振り返った。咄嗟に逃げられず、視線を彼からずらす。

 

「渚、趣味が悪いぞ」

 

「ごめん。話の途中で遮るのも悪いかなって思って」

 

 学秀の顔から取り繕った微笑みが消える。はあと大袈裟にため息を吐いた。

 

「まあいい。茅野さん。君は渚に危害を与えないと約束できるか?」

 

「怒るよ、学秀」

 

 学秀を軽く牽制し、カエデと学秀の間に入る。学秀はなおもカエデから視線を外さない。

 

「ただの確認だ」

 

「約束するよ。私の'渚'への想いは浅野君と同じだから」

 

 学秀は目を見開き、カエデを睨んだ。カエデの笑みは剥がれない。

 

「あ、花火」

 

 誰かが言った言葉に釣られ、わたしは空を見上げた。空に打ち上がった花火が鮮やかに広がり、夏の終わりを予感させる。

 

「それならそれで問題だ」

 

 花火の音は学秀の言葉を呑み込んで、掻き消してしまった。

 

 




原作からの変更点
・殺せんせーに毒を盛り慣れた渚
・浅野君への寄せ書き
・夏祭りに行く相手
・守銭奴な自販機
・浅野VS茅野

最後に浅野君がした行動の意味は、渚の安全を保障するため、トロフィーの情報源は理事長ではなく、手下……じゃなくて友人の荒木君情報です。次回から二学期に入り、渚のA組生活が再開。更新頻度も増やしていけたらなと思います。

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