クラップスタナーは2度鳴る。   作:パラプリュイ

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何度も書き直していたら、更新が長引きました。少し短めです。


優遇のはなし。

 新学期になって1週間。いまだに一度もE組には戻っていない。

 A組に入ってから、3年A組と2年までのA組の決定的な差が見えてきた。姫希さんの言っていた学力主義がどんな風なのかも。

 

「え、もう貸し出しOKなんですか? 確か10人待ちとか」

 

 図書館で人気のある英書を貸し出し予約したところ、翌日の朝には貸し出し準備が整っていると連絡が入った。2年の時もここまで早くに貸し出せた覚えはない。司書の先生に尋ねると、逆に不思議そうな顔をされる。

 

「大石さんは優先順位が高いから」

 

 椚ヶ丘では優先順位が高いというのは、もしかしなくても成績のことなのかな。先に待ってた人に申し訳ないから早めに返そう。

 

「あ、それ昨日の授業で先生がオススメしてたやつ? 渚ちゃんもう借りたんだ。うわっ、結構難しそう」

 

 図書館から戻ってきて早々に、姫希さんが目ざとく本を見つける。彼女は英語は中の上で出来る方なのだが、フランス語のが圧倒的にできると本人は言っていた。

 

「予約したの昨日なんだけどね……」

 

「1位だとやっぱ早いんだ。カフェテリア一緒に行こっ」

 

 机の上に本を置き、わたしたちは生徒手帳だけ持ってカフェテリアに向かった。

 姫希さんに聞いたところによると、図書館での貸し出しには明確な優先度があり、3年A組が特に高いのだそうだ。更にその中で成績順位順に貸し出しできる優先度が決まるらしい。それは図書館内の席予約も同じとのこと。

 他にも3年の成績上位20名(ほぼ全員A組)は学食が次の試験まで無料だったり、3年A組だけ学園祭の予算が他クラスと桁違いだったり、部活動内の3年A組生徒の数で部の経費予算が考慮されたりと様々な優遇措置が取られている。

 それもある意味当然。何故なら、椚ヶ丘からの東大合格者の内、中学の3年A組出身が占める割合は8割。学校が成績上位者のみに気を回すのも無理はないかもしれない。

 E組にいた時はE組とその他しか見えていなかったから、3年A組が良い意味で他と差別されているなんて思いもしなかったな。

 

「今からお昼ですか、先輩」

 

「先輩のスピーチかっこよかったです」

 

「E組の下剋上期待してますよ!」

 

 すれ違う下級生の言葉に笑顔で応じる。こういうのはスルーしてもいいと姫希さんに教わった。

 カフェテリアでわたしは支給された学食無料カードを使い、1番人気の椚ヶ丘ラーメンを頼んだ。無料カードを持っていると列に並ばずに済むようで、姫希さんとわたしは待つことなくスムーズにトレーを受け取る。

 

「天使ちゃん、こっちの席使って」

 

 座る席を探していると、クラスメイトの女子が窓際の見晴らしが良い4人席に案内してくれる。早めに来て席取りをしていたみたいだ。

 

「ありがとう」

 

「いつものことだから」

 

 席を取らなくても周りが空けておいてくれるなんて、本校舎は成績上位者に優しい場所だ。

 姫希さんは一緒に行くと言ったわたしを席に座らせ、自販機に2人分の飲み物を買いに向かった。わたしは姫希さんを見送り、窓の外を見つめる。窓の外には植物が生えていて、部分的に違う色の植物が視界に入った。その中の1()()と目が合う。

 まさかここまで見に来てたなんて。A組ならこんなこと……いや、わたしが学年1位である限りはそうとも言えないか。

 

「すごい成績社会」

 

「椚ヶ丘って偏差値はそこまでじゃない? でも、それってA組とその他の成績の差が大きいからなんだよね。A組は途中で落ちこぼれさえしなければ、東大合格できるって言われてるし。区別したくなるのも当然っていうか」

 

 同じく無料カードを使って、シーフードドリアを頼んだじゅりあちゃんが隣に座る。わたしの一言に解説をしてくれるなんて、話してる内容が何にしろ珍しく親切だ。去年まで険悪な関係だったのに、そんなにぼっち飯は嫌なんだろうか。

 

「じゅりあちゃん、すごくナチュラルに座ってきたね……」

 

「何。じゅりあがこの席に座っちゃいけないっていうの? 姫ちゃんは?」

 

 テーブルの上にあるビーフシチューを見て、じゅりあちゃんが姫希さんを探す。

 

「飲み物買いに行ったよ。自販機周辺はまあまあ混んでたから、1人で行った方が早いって」

 

「…………姫ちゃんの順位と知名度なら、混んでても勝手に譲ってもらえるものね。渚ちゃんでもそうだけど」

 

「どこの貴族か王族?」

 

 思わず漏らす。異常なまでの学力主義だ。

 

「普通でしょ」

 

「おまたせ〜。何でじゅりあちゃんもいるの?」

 

 午前ティーシリーズのミルクティーをわたしによこし、姫希さんはじゅりあちゃんの方を見て首をかしげる。

 

「勝手に来た」

 

「2人ともじゅりあの扱い酷くない?!?!」

 

 間違ってない表現だと思うけどなぁ。一緒に食べる約束してないわけだから。

 

 じゅりあちゃんが可愛い子ぶってプンスカ怒っているのに苦笑いする。姫希さんは自分より順位が低い相手には大体辛辣だ。期末テストで9位まで上り詰めた彼女に恐れるものなんてないからだ。一方のじゅりあちゃんは学食無料カードを持つ20位以内とはいえ、ギリギリの18位。姫希さんからしたら9位の差は大きいのだろう。

 

「それはそうと、ほんとにそれだけで良かったの? 毎日ドリンク一杯奢るなんて、軽すぎない?」

 

「むしろそこまでしてくれて、ほんとに申し訳ないよ」

 

 姫希さんが言ってるのは、彼女がしたことに対する贖罪についてだ。何でもすると息巻いてた彼女に、昼食の時に飲み物を奢ってくれるぐらいでいいよと言った結果こうなった。実際のところ、毎日ドリンク一杯って卒業するまでにすごい金額になりそうだけど。いいか、姫希さんお嬢様だし。

 

「姫ちゃんをパシれるのなんて、渚ちゃんぐらいだよね」

 

「もっとパシってもいいよ、渚ちゃんなら」

 

「いや、その内E組戻るし……でも昼食はこっちで食べよっかな」

 

 一食丸ごと浮くのはありがたいし。

 E組に戻っても、昼食は本校舎で食べよう。お財布事情のためにわたしは深く心に誓った。

 

「E組に戻っちゃうの?! 私の代わりにリーダーになってくれるって約束したのに」

 

 姫希さんがそんなバカなとスプーンを持つ手を止める。じゅりあちゃんも正気を疑っている様子だった。

 

「E組監視役なんて、浅野君に言ったら別の人に変えてくれそうなのに。E組って環境悪いんでしょ? つまらなそうで刺激もなさそう」

 

 じゅりあちゃんがE組のイメージを述べる。姫希さんは何度も頷いた。

 

「そんなことないよ。突然プールが爆破されそうになったり、暴力教師に立ち向かったり、クラスメイト人質に殺し屋と直接対決…………ぐらいの刺激はあるよ」

 

「「どんな場所なの、それ」」

 

 2人が面食らった様子で同時に言う。姫希さんはあまりに変な話だったせいか、少し咳き込んでいる。「冗談」と笑ってみせたが、実際は全て本当なあたりE組は波乱万丈過ぎる。

 

「だから、姫希さんには申し訳ないんだけど、女子のリーダーは形だけにはできないかな? じゅりあちゃんとも仲良くなったみたいだし、2人ともリーダーシップあるから、わたしより上手くまとめられると思うんだ」

 

「渚ちゃんがそれでいいなら」

 

「じゅりあも別にいいけど」

 

 2人は案外あっさりと、わたしのお願いを受け入れた。

 

「でも私たち、もともと仲は悪くないんだよ?」

 

「そうそう。じゅりあのいじめ止めたのも姫ちゃんだし」

 

 意外な事実発覚でびっくりした。言われてみれば、1年の時も2年の時も2人は一応良好な関係を築けていた。カンニング騒動で少しこじれたみたいだが、そこはじゅりあちゃんも反省したのだろう。

 

「不思議だね。元A組の渚ちゃんがE組に戻りたいなんて。ほら、竹林君はもうすっかり伊織と仲よさそうでA組に馴染んでるのに」

 

 姫希さんは少し離れた2人席に座る竹林君の方を顎で示す。成績が近いもの同士気が合ったのか、竹林君は姫希さんの幼馴染の毛利君と過ごすようになった。毛利君の実家も医者らしいから、話も合いそうだ。

 竹林君のあまり見ない笑顔に予想とは違う展開になったと分かった。

 

「う〜ん……竹林君はその内E組に戻って来そうだと思ってたんだけどなぁ。A組にはメイド喫茶に付き合ってくれるような友達はいなそうだし」

 

「メイド喫茶ってそんなの…………あ」

 

 姫希さんが咄嗟に学秀を盗み見るのを、わたしは見逃さなかった。わたしが「まさか学秀?」と聞く。竹林君が寺坂君と学秀を連れて、バイト先に何度か来ているので今更驚かない。姫希さんは声をひそめてフランス語で答えた。

 

『この前、竹林君と浅野君に引きずられて、メイド喫茶に入っていく伊織を見かけたんだよね』

 

 まさかの誘う側。

 

 学秀に恋するじゅりあちゃんの前で、わざわざフランス語で話すのも理解できる。可哀想に夢をぶち壊しにしてしまうだろう。

 

「いきなり何語よ」

 

「ごめん、大したことない話だから。みんな食べ終わったし、教室戻って次の授業の予習でもする? 三角関数始まるって聞いたけど」

 

「三角関数はかなり前に終わったとこだから多分大丈夫かな。ちょっとE組に行ってくるよ」

 

 E組でもある程度終わっている気がするけど。E組は外部受験するから殺せんせーが早めに進めてくれたのかもしれない。殺せんせーは授業もたまにマッハで終わらせるからなあ。

 

「さすが渚ちゃん。ちなみに数学の予習はどこまで進んでるの?」

 

「数学は確か……マクローリン展開とかいうのやったかな。ころ、じゃなくて、担任の先生が調子に乗りすぎて範囲が今すごい先に進んでるんだよね。高校飛び越えちゃってたみたいで」

 

 わたしが付いていくの大変でと苦笑すると、じゅりあちゃんは唖然とした様子で、姫希さんはどこかあきれたようにため息を吐いた。

 

「渚ちゃんって4ヶ国語話せるし、私はてっきり文系だと思ってたんだけど……」

 

「ちょっと前からドイツ語もやり始めて、日常会話ぐらいなら……あ、まだ全然! ほんと、挨拶ぐらいしか話せない」

 

 訂正を加えようとしたら、2人の魂がどんどん抜けていきそうになったことに気がつき慌てて撤回する。姫希さんは信じてないような目でじっと見つめてきた。

 

「渚ちゃんは、一体どこに向かってるの?」

 

 じゅりあちゃんがごもっともなことを言って首を傾げる。

 

「どこに向かってるんだろうね。じゃ、また明日」

 

「午後の授業は休むんだ。じゃあね」

 

 くるりと後ろを向き、玄関まで歩いていく。自分がどこに向かっていたのかはよく理解しているつもりだ。

 

 ロヴロさんの前で殺し屋になりたいと言っていたぐらいだ。きっと優れた殺し屋になるために頑張っていたんだろうなぁ。

 

 記憶をなくす前の大石渚の思考回路を想像して、どれほどの努力をしてきたのだろうと考える。

 どうしても、何としてでも殺し屋になりたくて、それも万能の殺し屋として生きたくて、大石渚は大層頑張ったんだ。

 全部知識としてその軌跡が残っている。でも「何で」なのか。それだけがずっと迷子だ。

 

「渚、今からE組か?」

 

 後ろから学秀に声をかけられて、ハッと思考を現実に戻す。ちょうど旧校舎までの長い一本道に進むところだった。

 

「うん、そうだよ。いいでしょ」

 

 自慢げに胸を張る。学秀はどうってことない様子で話を続けた。

 

「E組に行くなら、寄せ書きの礼を伝えてほしい。それから、竹林の件だが……彼はE組には戻らない」

 

 学秀は簡潔に結論を述べた。彼はその答えに自信を持っているようだった。竹林君の様子を思い出し、どこか知っていたような気分になる。

 悔しいけど、竹林君は楽しそうだったから。

 

「学秀はそれでいいの?」

 

「ああ。竹林は医者になりたいそうだ。沖縄で誰かを救った時みたいに、皆を守れる医者に。椚ヶ丘は医学部進学者が一定数いるし、良い環境だと思う。医学部志望はE組にはいないからね。毛利は竹林の同類で、同じところを目指す最高のライバルになってくれるはずだ。メイド喫茶に行く余裕もあるしね」

 

 学秀は最初から竹林君をA組に取り込むつもりだったのか。それも純粋に竹林君のために。

 少し信じられないような気がした。今までの学秀がそんな風に動いたことはなかったからだ。

 わたしはいつも通り、学秀がA組のために1番合理的だったと言うと思っていたから期待を裏切られた。

 

「そこまで肩入れするつもりはなかったんだがな。僕がここまでした以上、殺せんせーには何も言わせないよ」

 

「そうですねぇ。竹林君がA組で彼らしさを貫けるのなら、それ以上のことはありません」

 

「殺せんせー」

 

 どこから見ていたのか、マッハで現れてヌルフフフと笑う。頭に葉っぱが付いているところを見ると、どこかでわたしたちの様子を偵察していたみたいだ。

 

「教え子を取られたみたいで先生はショックでしたが、竹林君が将来を考えてしたことなら仕方ないですねぇ。2人がいるなら安心して任せられますし」

 

 わたしは殺せんせーの穏やかな眼差しに微笑んだ。殺せんせーは学秀を真っ直ぐと見つめている。わたしと同じことを思ったのだろう。

 

「先生は浅野君には何もお手入れができなかったと思っていました。しかし、浅野君は変わった。合理的だからではなく、竹林君の気持ちを考えてA組にいた方がいいと思った。先生はそれがとても嬉しいです」

 

「何のことだか分からないな」

 

 学秀は口もとに柔らかく小さな笑みを浮かべた。すぐにハッとしたようにキリッとした顔に戻る。

 

「また機会があったらE組に行こう。今度は客として行くことになるけどね」

 

「本当ですか! お土産のお菓子は忘れないでくださいよ!」

 

「そうだな……それじゃあまた」

 

 殺せんせーから背を向け、学秀は本校舎の方に歩いていった。わたしたちはしばらくその様子を見守っていたが、学秀が見えなくなると旧校舎の方にゆっくりと歩き出す。マッハで帰れるのに殺せんせーはわたしの歩行スピードぴったりに揃えていた。

 

「それより渚さん、竹林君のあのスピーチは本当なんですか?」

 

 こっそりと確認するように耳打ちする。よっぽど気にしていたようで、そわそわしている。殺せんせーらしい。

 

「あれは全部カンペだよ。それに、A組にすんなり馴染むにはあれぐらいの演出が必要なんじゃないかな」

 

「そうですか! 先生気になってしばらく眠れなかったんですよ。そろそろ死ぬかと思いました」

 

 死ぬというキーワードに敏感に反応する。殺せんせーでもこの手のジョークはよく言うのが面白いところだ。

 

「ああ、それはマズイね。勝手に死なれたら賞金分配されなくなっちゃうし」

 

「にゃやっ、気にするところは賞金ですか?!」

 

「当たり前当たり前」

 

 わたしはナイフを殺せんせーに向けながら平然と答える。殺せんせーはそれをマッハで避けながら、わたしの髪を三つ編みに編み始めた。恒例のお手入れである。

 

「わたしはE組に残るよ。先生の受け持つ生徒としてじゃなくても、E組にいる」

 

 殺せんせーは明るい顔色で、わたしの言葉に頷く。

 

 覚えていなくても、頑なまでにE組にいたくなるのは、それだけE組が大石渚にとって大事な場所だからだ。そんなE組でわたしも成長したい。

 

 そう思った。




原作からの変更点

・3年A組の優遇措置の数々
・メイド喫茶誘う側
・竹林はE組には戻らない
・竹林の原作より早い医者志望

今回、いくつかルート分岐みたいな話を書いて迷っていました。竹林をE組に戻すべきなのか、そうじゃないのか。暗殺教室的には戻らないと火薬担当が消えてしまうんですが、本人はメイド喫茶に行けるならA組にいた方がずっといいんですよね。というわけで、火薬担当はテキトーに誰かに押し付けます。
次回。プリンの回を多分スキップして、フリーランニングに行く予定。プリン回は重要ですが、ぶっちゃけこの作品読んでる人は茅野が触手持ちってもう知ってるので無駄かなと。感想で違う意見が出たら考えます。

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