呼び鈴を鳴らす。渚はいつもは1度か2度目で玄関に出てきた。でも今日は寝過ごしているのか、物音1つしない。
仕方ないよね。あんなことがあったんだもん。
殺せんせーが逮捕された瞬間を思い出し、胸糞が悪くなる。椚ヶ丘連続殺人事件の容疑者が謎の超生物。まるで小学生が考えたシナリオみたい。
でも、お姉ちゃんがあんな目にあったんだ。殺せんせーが人殺しでもおかしくないか。
私は周りを確認して、首から微量の触手を出した。触手を器用に動かして鍵穴の中に突っ込んでいく。手探りだったが、鍵穴を上手く回せた。
「渚、まだ寝てるの? ねえ……」
アパートの部屋には誰もいなかった。部屋には渚のスクールバッグが置いてあって、彼女がまだ学校に向かっていないのだと分かる。
また外で朝のランニングしているのかもしれない。家にいることだけ伝えれば、渚が帰ってきた時に驚かれずに済むよね。
スマホを取り出して、チャットアプリから彼女に電話をかけた。どこかで聞いたことのある映画の主題歌が流れ出す。女の子らしくない、ヒーローものの曲だった。音楽はベランダから聞こえていた。ベランダの鍵は開いていて、一面に緑の景色が広がっている。
「何でベランダに……」
ベランダにはスマホがポツリと置き去りにされていた。花瓶には私を嘲笑うように、黒いバラが飾られていた。
*
「殺せんせーが人殺しなんてするわけないよ」
教室のドアを開けると、片岡さんのそんな声が耳に飛び込んできた。少し遅刻したため、クラスのほとんどが既に集まっている。
「来年には地球ごと全人類皆殺ししようとしてるけど?」
カルマ君がどこか怠そうに呟く。
「それとこれとは別よ! むしろ、地球ごと破壊するなら、その前に人を殺す意味がないじゃない」
岡野さんの意見は的を得ていた。普段は理不尽に蹴ってばかりなのにと失礼なことを考える。蹴ってばかりなのは前原君に対してだったと思い直した。
「分からないわよ」
狭間さんが本をばたりと閉じる。「モルグ街の殺人」といういかにもなタイトルが遠目で見えた。
「殺人鬼なんて、少しムカついただけで簡単に人を殺すもの。殺せんせーにとって、殺人は朝食のパンを食べるのと似たようなものだったのかもね」
「狭間、もっと違う言い方あるだろ……」
寺坂君が呆れたように周りを顎で指し示した。「朝食のパン」発言に周囲はぎょっとしていた。
「落ち着け。まだ完全に奴が犯人だと決まったわけじゃない。奴にも弁解の余地はある」
いつのまにか入ってきていた烏間先生は教壇の前でため息を吐いている。彼も色々あったのだろう。
「烏間先生……! 殺せんせーはどうなりましたか?」
「殺せんせーが殺人犯だって証拠はあるんですか?」
教室中が騒めく中、辛うじてこの2つの質問がわたしの耳に届いた。烏間先生は眉間に皺を寄せている。言うべきか迷っている顔だ。
「奴は取り調べを受けている。一昨日起こった殺人現場に触手のカケラが残されていたらしい。その後、防衛省の協力で犯行の凶器が触手と確定された。触手が凶器となれば、奴以外の犯人は考えがたい」
「「「触手……?!」」」
私は自然とイトナ君に視線を持っていかれた。彼も触手を持っていた。渚が触手を抜いていなければ、殺せんせーと断定されることもなかったかもしれない。
「殺せんせーはドジだけど、そんなやばいミスするか?」
「ふっふっふっ、きっと少年漫画でお馴染みのアリバイ偽造ね! 殺せんせーに罪を着せるためにやったに違いないわ!」
不破さんが探偵気取りで目を輝かせる。
「俺もそうだと考えている。実際に、ホウジョウの見た犯人像は白いワンピースの少女だ。ホウジョウが妄言を吐いているとは思えない」
「白いワンピースの少女?」
「それってーー」
皆が反射的に渚の席を見た。席は空っぽで、誰も座ってない。
「今日、渚ちゃん休み?」
「昨日あんなことあったんじゃ無理ねーけど」
「渚ちゃん風邪かな〜?」
みんなすぐに悟った。これは気づいてはいけない事実だと。まさか、そんなことあるはずがないのだ。
周りが渚がいないことを心配する中、後ろからガタッと音がして、イトナ君が席を立った。
「俺はみんなに言っていなかったことがある」
普段教室で発言することの少ない彼だ。少し声が緊張している。
全員の視線が彼に集まった。
「沖縄で銃の男を倒した時、そいつのイヤホンからエンジェルと思われる声が漏れた。あの時は誰の声なのか分からなかった。今思うとあれは――」
イトナ君が目を閉じた。
「渚の声だった」
「先生の次はクラスメイト? 冗談で言ったのなら笑えないわ」
狭間さんがイトナに口を挟む。
「エンジェルって奴が、渚ちゃんで、しかも触手を持ってるっていうのか?」
菅谷君が信じられないという顔をしている。
「悪い。だが、渚がそうだと考えるとしっくり来る。暗殺関係者が殺されたのは、殺せんせーを殺そうとする敵を排除するためだとしたら。自分が殺す前に殺されないためなのだとしたら、理解できる行動だ」
「そりゃあ、殺せんせーを他の殺し屋に取られたくないって思うけどさー、そこまでする?」
矢田さんがやんわりとイトナ君の説を否定する。倉橋さんが何度も頷いた。
「……イトナの言うことは合ってるかもな。だってよ、この中に白いワンピースの少女とかエンジェルって言われて、渚ちゃんが浮かばなかった奴いる? いないだろ」
前原君が言うと、周りは黙り込んで、無言でそれを肯定した。外見だけなら、エンジェルはどう考えても渚としか思えないからだ。
「待てよ。渚ちゃんが殺し屋なわけないだろ? 確かに、渚ちゃんは暗殺に一生懸命だし、殺し屋っぽいとこあるよ。でもそれだってせいぜい……」
磯貝君が渚の殺し屋っぽいところをあげていく。
「ビッチ先生みたいに何ヶ国語も話せたり」
殺し屋っぽい。
「訓練のナイフ術、射撃成績がトップレベルだったり」
殺し屋だからかもね。
「何故か殺し屋のロヴロさんと仲が良かったり」
あー、殺し屋ならそれも理解できる。
「銃弾が飛び交う中、全く当たらずに触手を何本も切り落としたり……」
何それ、人外?
磯貝君がそこまで言って視線を落とす。全員の顔に冷や汗が浮かんでいた。
「……俺には無理だ」
うん、渚の超人ぶりはすごく「殺し屋っぽい」よね。
磯貝君は庇おうとして、逆に「渚犯人説」を加速させてしまった。さっきまでちょっと疑っていた人たちが見事にその説に乗っかり始める。
「渚ちゃん、良い子だけど暗殺にちょっとマジになるとこあるからさあ……ぶっちゃけありそう」
中村さんが対先生ナイフを手の中で弄びながら呟く。
「中村さんまで……」
私の声は彼女に届いたようで、申し訳なさそうな顔をされた。
「ごめんごめん。でも、今まで手抜いてたのってぐらい、最近銃もナイフも凄まじいレベルで上達したじゃん、あの子。フリーランニングだって、正直初心者超えてるよ」
いつ見たのだろう、渚のフリーランニングについて、私は彼女に完全同意だった。渚のフリーランニングは前々からそれを知っていた動きだ。
「そんなにできるの? フリーランニング」
「言われてみれば……俺が教えた時には既に基礎が完璧に身についていた。それに……いや、これはいい」
烏間先生が他にも何か思い出したのか顔をしかめる。
「誰かに習ってたんじゃねーの?」
前原君がポツリと言った。
「殺し屋になるために、E組に来る前から誰かに習ってたからあんなにできる。ロヴロさんとか。辻褄は合うだろ?」
「その可能性はある。俺だって不思議に思ってることは色々あったから」
イトナ君が同意して頷く。
「みんな考えすぎだって。いるじゃん、教えられたことすぐ吸収してすぐできるようになるやつ。渚ちゃんはただ、そういうやつの1人だと思うんだよね〜」
カルマ君が話の方向転換をはかる。前に告白しただけあって、渚の完全な味方についている。
「私もカルマ君の言ってることが正しい、と思います。そんなことだけで判断できないですよ」
奥田さんが萎縮しながらも同意した。狭間さんも「それだけで疑うのもね」と珍しくカルマ君に賛同の意を示す。
私はカルマ君の話に何となく違和感を感じつつ、でもそういうことなのかなと無理やり納得して頷く。そうじゃないと説明がつかない。
どうしよう。みんなには鷹岡が触手を持ってた話はしてない。あの時渚がそれを隠蔽したのは、自分もそうだから……?
渚と初めて会った時、あの場所で渚も触手を手に入れていたんだとしたら。
頭の中で無意識に渚を疑ってしまいそうで、何度もそうじゃない、違うと言い聞かせた。
だって渚にそんなことできるわけがない。渚は私を助けてくれた。犯人なわけないよ。
「えー、どうなの実際?」
「渚ちゃんが犯人なんじゃん? 今日来てないし」
「触手持ってたんなら、昨日のプール作戦に加わってなかったのも納得」
「てか、イトナ君の触手を簡単に抜けたのも正直怪しいよね」
「ロヴロさんにも気に入られてたから、本業は殺し屋だったのかも」
ささいなことを全部疑うみんなに恐怖を覚える。渚じゃない、触手を持ってるのは私なんだって言いたい。そうしたら、ちょっとは渚のこと信じてくれるだろうか。
「みんなおかしいよ。殺せんせーのことは信じたのに、何で渚のことは信じないの……」
私は小さな声で呟いた。
ピロンとスマホの通知音がいくつか鳴った。
「誰だよ、こんな時に」
「俺のじゃねー」
「私も違う」
スマホを見て、自分のからの音じゃないとクラスメイトたちが言っていく。私はスマホのロック画面を見て、後ろにいるカルマ君の方を振り返った。彼が一回頷く。私は首を横に振った。
そんな目立つことできない。
「付き合ってられない。早退するわ」
狭間さんが突然スクールバッグを持って立ち上がった。
「狭間さん、急にどうしたの?」
前の席の神崎さんが声をかける。狭間さんは「別に」と返して行ってしまった。
「わ、わたし急用を思い出しました!」
奥田さんは立ち上がって大きな声で言うと小走りで教室を出て行った。
「俺サボり〜」
カルマ君がニヤッと私に笑いかけて言う。
……出よう。ここにいても仕方ない。3人が既に出て行ったんだ。そこまでは目立たない。
「ごめん、私渚の家に行ってみるね。風邪だったら大変だから」
私も席を立って、不思議そうにこっちを見るみんなを一瞥して教室を出た。
校舎の外に出ると、今さっき出て行ったばかりの3人が私のことを待ってた。
「カルマ君、さっきの何なの?」
「それは私も説明してもらいたいわね」
L1NEでメッセージを送ってきたのはカルマ君だ。サボる口実を作ってという文面にはどう動くか迷ったが、結局出て来てしまった。
「見たところ、この3人は渚ちゃんを疑ってないと思ったからね〜」
「え、この3人しかいなかったの?」
最初はもっといた気がしたんだけど。
クラスのほとんどが渚を疑っていることに驚きが隠せない。
「変だよね〜、殺せんせーはみんな庇ってたのに。とりま、ファミレスにでも行こっか」
「あんたが奢るなら行く」
狭間さんがちゃっかりと奢られようとする。こういう時にビッチ先生のテクニックを使わないあたり、彼女は数少ないビッチ先生に毒されてない女子だ。
「可愛げないな〜キララちゃん」
「その名前次に呼んだら呪い殺すわよ」
「言われなくても奢るって。勝手に学校サボらせたの俺だし」
「殺せんせーがいないようだと、ひとまず今日は自習だと思いますよ」
駅の近くのファミレスでドリンクバーを4人分注文する。各自ドリンクを持ってきて、テーブルにはグラスが4つ並べられていた。カルマ君が話を切り出す。
「1人ずつ、今回の騒動についてどう思ってるか言っていこっか。まず、俺は殺せんせーも渚ちゃんも犯人じゃないと思ってる。殺せんせーは根っからの教師で、俺らが悲しむことは絶対しない。渚ちゃんだって殺せんせーに罪をなすりつけようとは思わないはず」
カルマ君に視線で次を繋ぐようにバトンタッチされる。私は話し始めた。
「私は殺せんせーのことは断定できないけど、渚ってことはあり得ないと思うんだ。渚は誰かを助けるために人を殺すようなことはしないし、殺せんせーに罪をなすりつけるような子じゃない」
「半信半疑ってところね。あの教師もあの子も怪しいところは多いもの。客観的にはグレーじゃないの? ただ、あまりにできすぎたシナリオだから、別に犯人がいるような気がしてならないわね」
狭間さんは話し終えるとアイスコーヒーをストローで飲んだ。カルマ君は今度は彼の横に座る奥田さんに声をかけた。
「奥田さんは?」
「あの、正直に言うと渚さんのことは少し疑っているんです」
奥田さんはテーブルに視線を向けて、申し訳なさそうに言った。
「え……」
私は声を漏らす。奥田さんはてっきり完全に渚の味方だと思っていた。
「何件かの事件の中に、毒殺があったじゃないですか。新聞でどんな毒か調べてみたら、あの毒、渚さんと浅野君と私の3人で作ったことがあるんです。結局、渚さんが殺せんせーに試して失敗したんですけど……もしかしたら」
彼女は拳を強く握りしめた。肩が震えている。
「ごめんなさい。皆さんが渚さんを信じているのに」
「いいんだよ。奥田さんは正直に思ったことを言っただけなんだから。話してくれてありがとう」
私は奥田さんに優しく微笑みかける。渚を疑ってはいるけど、信じたいというのは私も同じだ。彼女がそれをみんなの前で言わなかったのは、渚が犯人だと確定されるのが怖かったからだと思う。それでも、私たちを信用して話してくれたのだ。
「奥田さん、それいつのこと?」
「そこまで詳しくは……日記に書いてあると思うので、探してみますね」
「本人に聞くってのも……そーいや、渚ちゃん今日休みだったね。茅野ちゃん、何か知ってる?」
「朝家に行ったんだけど、出てこなくて。L1NEも電話も繋がらないし、家にいないみたいなんだよね」
本当は家の中も見たけど、家宅侵入罪で私まで逮捕されるのは困るから言わない。
「え、じゃあどこにいるのさ。本人探さないことには無実の証明も難しいよ」
「律、渚の昨日の行動を確認できる?」
モバイル律に呼びかける。こういう時に頼りになるのは律だ。
「昨日の渚さんのスマートフォンの位置情報を確認します……確認しました。昨日は下校後、
「テ・グラセ? 聞いたことない名前ね」
狭間さんが首を傾げる。私も渚と行ったことない場所だと思いながら、話を聞き、カルマ君はスマホを取り出して検索し始めた。
「ちょっと調べる……あ〜、あそこら辺ね。夜は治安悪いとこ」
「渚が何頼んだか調べられる?」
「すみません。その日の家計簿は空欄のままになっています。渚さんは普段、買ったものは全て即時に家計簿アプリに保存しているので、恐らく誰かに奢ってもらったのかと」
奢ってもらったとなると候補は少ない。一番先に思いつくのはみんな同じ人だった。
「放課後……となると浅野君ですか?」
「ないよ。水曜日は生徒会の定例会議の日だ。ナンパとか?」
「渚はそんなにホイホイついていかないの」
「はいはい」
カルマ君がテキトーに頷く。渚は確かに防御が甘いけど、日頃からE組女子+ビッチ先生とで女子の心得について言い聞かせているから大丈夫なはず……きっと、多分。
「渚さんって一人暮らしですよね? もしかしたら、実家に帰ってるのかも」
奥田さんがおずおずと意見を口にする。カルマ君と私が予想外の安全そうな思いつきに食いついた。
「奥田さん冴えてる」
「用事で親に実家に戻されたとか、体調が悪そうだったから親が心配してとか、ありそうだよね。カフェで会ってたのも親かな」
私は親いないけど、もし私が一人暮らししてて風邪ひいたら、お姉ちゃんに絶対家に連行される自信がある。「1人じゃ寂しいでしょ〜」とか言われながら。
「行ってみるか。お宅の渚さんいますかーって」
「住所も分からないのに?」
「渚さんの実家の住所ですか? 知っていますよ。皆さんに転送します」
話を聞いていた律が早急に住所を送ってきた。仕事が早いキャリアウーマンをイメージしているのか、スマホの中でスーツ姿の律が伊達眼鏡をずらしている。
「すごいけど、さすがにそこまで行くとストーカーね。世の中にはプライバシーってのがあるから、機械とはいえわきまえて欲しいわ」
狭間さんがギロリと律を睨む。律は涼しい顔でそれを受け止めた。
「指摘ありがとうございます狭間さん。次回から気をつけますね!」
「いいじゃん、今回は助かったんだし〜。あれ、ここからそんな遠くないんじゃね。電車で2駅」
カルマ君がスマホの地図を私たちに見せて、今から行けそうだという流れになった。そんな遠い場所でもないし、今日の内に確認したいからと。
「やめた方がいいんじゃない?」
穏やかな雰囲気を破って、狭間さんが冷たい声で言った。彼女はスマホの地図を見て、顔を歪めている。
「狭間さん、何で?」
「見て分からない? 人に自分たちの常識を押し付けないで。私帰るわ」
狭間さんはそのままファミレスから出て行ってしまった。奥田さんが不安げな顔で私とカルマ君を交互に見やる。
「私のせいですよね。狭間さんは国語力あるのに、私にはないから」
それは私たちも同じだと思った。彼女がどうしてあんなに怒ったのか、「常識を押し付ける」がどういう意味なのか、私はよく理解できなかった。
「行こう。狭間さんとは後できちんと話せば、仲直りできるよ」
*
「どちら様ですか?」
「渚さんの同級生です。お時間よろしいですか?」
「……どうぞ」
玄関に出たのは優しそうな男の人だった。目元に渚の面影を感じる。
リビングの方に案内されて、所々に渚の賞状やトロフィーが飾られているのが目に入る。小学生の時のものだろうか。ちらほら写真立てもあって、椚ヶ丘の入学式の写真、赤ん坊と両親の写真、赤ん坊と着物の母親の写真が並べられていた。
「渚は一緒じゃないのかい?」
渚の父親と思われる男の人が期待する眼差しで私たちに尋ねた。
「え……こっちには帰ってないですか?」
すっかり当てが外れた気分だった。渚は実家に帰っていたわけじゃないらしい。
「恥ずかしい話、渚が一人暮らしを始めてから、1度も会ってないんだ」
「何か、あったんですか?」
嫌な予感がする。早く気づくべきだった。渚から家族の話を一度も聞いたことがないことに。
「妻が渚に当たってしまってね。限界だったんだろう。渚の小学校では、渚の優秀さを妬んだ他の母親に嫌がらせを受けたりしたこともあったんだ。おかしな噂を流されたり、緊急連絡網を飛ばされたり。『両親の学歴は大したことないのに、おたくのお子さんは優秀なんですね〜。養子縁組でもしたんですか?』って言われたこともあるらしい。実際、渚は僕らの子としてはもったいないぐらい、よくできた子だった。妻は、渚が中学に入って一度は立ち直ったんだ。でも、妹の海咲を出産した時に両親に何か言われたようで……妻はそれがきっかけで、渚を家から追い出した」
私は絶句した。渚のお母さんがママ友いじめにあっていた部分にではない。渚が家を追い出されたのだということに。一人暮らしは自発的に言い出したことじゃなかったんだと初めて知った。
「渚さんはそのこと知ってるんですか?」
奥田さんは消えそうな声で聞く。彼女も顔色が悪い。
「知らない。子供同士は仲良かったみたいだから」
「何で止めなかったんですか?」
「茅野ちゃん、やめよ」
「渚の味方になれたのはあなただけだったのに! 渚のお母さんが嫌な目にあってたからって、渚を追い出していい理由にはならなかった! 父親でしょう?! 止められたはずでしょう?!」
「おい……っ!」
カルマ君に掴まれながら、私は泣きながら怒鳴りつけた。あんまりな話に激怒していた。
渚はお母さんに嫌われたと思ったかもしれない。捨てられたと思ったかもしれない。家族を信じられなくなったかもしれない。
渚はどんな気持ちで家を出て行ったんだろう。どうして私はその時まだ渚と出会ってなかったんだろう。
「僕は……渚に尊敬される父親じゃなかったから」
その人は俯いた。赤ん坊の泣き声が別室から聞こえてくる。
「すまない、こんな話をして。今日はこれで終わりにしてもらっていいかな?」
「……お忙しいところ失礼しました」
リビングから玄関の方に戻る。私たちの表情は来た時より暗く、憂鬱になっていた。
「渚に会ったら伝えてほしい。『渚の部屋は母さんに言って、残したままにしてあるから、いつでも帰って来なさい』と。母さんも反省してるって」
渚の父親からのこんな言葉を最後にその家を後にした。帰りの道で、私はどう切り出せば良いのか分からなかった。
実家で渚を見つけるハッピーエンドとはほど遠い。それどころか、渚の暗い事情を知ってしまった。
「俺、全然知らなかった」
カルマ君が落ち込んだように呟いた。私もみんなも誰も想像しなかっただろう。渚はそんな風には全く見えなかったから。
「考えてみたらさ、あれだけ学校から近い場所に実家があるのに、一人暮らしなんて少し変だったよね」
狭間さんは気づいていた。だから止めた。私たちは自分たちの常識が渚にも当てはまるものだって勝手に決めつけてしまった。
「ふりだしに戻ってしまいましたね」
「最初から、そんな上手いこと行くわけなかったんだ。渚ちゃんを探すのはひとまず諦めて、ここは犯罪覚悟で動くしか」
「何をするんですか?」
奥田さんはごくりと唾を飲み込んだ。犯罪覚悟という言葉がすごく効いている。カルマ君はキリッとした表情でとんでもないことを言い出した。
「警察のデータを盗んで、自分たちで真犯人を推理する」
「犯罪じゃん!」
思わず悲鳴をあげそうになった。カルマ君は何を言ってるのか分かってるんだろうか。警察のデータを盗むのなんて、渚の家に勝手に入るのよりずっと重罪だし危険だ。3人揃って刑務所入りとか笑えない。
「だって信用できねーもん、触手のことつい最近知ったような人たちの推理。その点俺たちは5ヶ月分触手と接してきたわけじゃん」
「説得力あります!」
だめだ、これ。奥田さんが話の上手いセールスマンに騙されてるみたいに見える。さすがカルマ君、やり手である。
「話は聞かせてもらいました」
「律!」
スマホからミニスカポリスのコスプレをした律が敬礼している。形から入るところは本当に殺せんせーにそっくりだ。
「律は渚さんと殺せんせーが犯人じゃないと信じています。お2人にはとってもお世話になりましたから」
私たちの意思が固まった。それぞれがこくりと頷き合う。
「真犯人を見つけよう。この4人で!」
原作からの変更点
・渚失踪
・殺せんせーが結構庇われてる
・犯人渚かも
・狭間さんの言い方がキツい
・渚の実家訪問
・律大活躍
殺せんせーと主人公不在回。殺せんせーは原作で下着泥棒は疑われても、殺人はないなって感じ。逆に渚は暗殺ガチ勢なのがいろんな人に見破られてます(笑) 全然完璧じゃないのに周り(親含む)には完璧扱いされてるのは、ある意味2周目の宿命ですね。
ここ数話は渚を唯一疑ってない4人を中心に進んでいきます。ここから「原作どこ行ったーー?!」となるシリアス展開がいっぱい続くので、置いてきぼりにならないよう注意。
次回。犯人を推理しようの会。