クラップスタナーは2度鳴る。   作:パラプリュイ

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天使のはなし。

 記憶の海に潜り込んでいた。長い眠りから解き放たれたような気分だった。

 1周目のことを忘れた大石渚は自分が偽者だと語った。それは間違っているのだろう。大石渚にこびりついた不純物が1周目の記憶だったのだから。

 

「ここは……」

 

 目覚めると、小綺麗なベッドの上に横たわっていた。格好は制服のままで、その制服も少ししわができてしまっている。

 机でパソコンを出して何やら仕事をしていた男が、ぼくが目覚めたのに気がついて振り返った。

 

「気がついた? 起きるか心配したよ」

 

 あれ、知ってる顔だ。特徴はないけど優しそうな顔だち。穏やかな気分になる雰囲気。いるだけで背景に小花が咲きそう。

 そこまで考えて、自分が気を失った経緯を思い出す。

 下校途中で落ち込んでいた時に花屋さんがやって来て、何故かお茶して家まであげたんだった。

 1周目の記憶があればすぐに死神って気づけたのに。花屋さん、特徴ないけど同じ顔してるし。ぼくは頭を抱える。今この状況になった原因を作ったやつを3度ぐらい殺さないと割に合わない気がする。

 

「トーストあるけどいる? 日本人はご飯の方が好きだっけ」

 

 死神は机の上のマグカップを持ち上げ、思い立ってぼくに尋ねた。机の上には資料が散乱していて、ピーナッツバターの乗ったトーストが皿に置かれている。こういうのを見ると、外国人らしいなと思う。

 

「どっちでも……」

 

「あ、せっかくだし、和食作ってみるか」

 

 何だろう、この平和な会話。本当に1周目と同じ死神なんだろうか。ただの優しい花屋さんにしか見えない。

 

 ふと首元に違和感を感じて、恐る恐る人差し指で触れる。

 爆弾だ。1週目で死神に閉じ込められた時にクラス全員が脱出防止で付けられた首輪だ。ボタン1つで頭が吹っ飛ぶという。

 あの時はイトナ君がいたお陰で助かったっけ。

 ふっと自虐的な笑みがこぼれる。何故一瞬でも死神が優しい人だと思ったんだろう。

 気付けて良かった。彼の優しそうな外見に騙されてはいけない。彼はこういう殺し屋だ。ぼくが気絶している間に殺されなかったのは、きっと情報収集のため。情報を手に入れたらすぐに殺されてしまうかもしれない。

 

 ぼくは殺されないために何ができる?

 

「待たせたね。オーソドックスな和食を作ってみたよ」

 

 サンマの塩焼き、卵焼き、豚汁とどれもとても美味しそうでごくりと唾を呑みこんだ。これでこの人日本人じゃないんだから、本当に死神って末恐ろしい。どこまで才能を手に入れたら気がすむんだろう。

 

「毒とかありませんよね」

 

 念のため、箸を食事につける前に確認する。

 

「毒なんてないよ」

 

 嘘の波長だ。こんな美味しそうなのに毒入りなんて……さて、探りを入れようか。

 TRUE or FALSEゲームスタートだ。

 

「ご飯も?」

 

「入れてない」

 

 これは本当。

 ぼくはご飯を口の中に放り込んだ。次はおかずだ。

 

「卵焼きとか、サンマとかちょっと怪しいかなって」

 

「ないよ」

 

 嘘じゃない。

 完璧な出来の卵焼きを味わって食べ、サンマの骨を取り除いた。

 

「豚汁も?」

 

「入れてないかな」

 

 これも本当。え、それじゃあどこに入れたんだ?

 豚汁を完食し、ぼくは本当に彼は毒を入れたのかという疑問に直面した。考えながらお茶を手に取り、コップに口を付けかけて気がついた。

 残るはこれしかない。

 

「もしかして、お茶ですか?」

 

「だから入れてないって」

 

 嘘ではないが、微かに動揺の波長が見られた。入れてはいないが、お茶に仕込んだのは間違いない。

 

「コップのふち、ですね」

 

 相手の表情を舐めるように見ながら、コップのふちを指でなぞる。

 正解だ。

 

「今ので分かった。君、意識の波長が見えてるのか。しかも、嘘が分かるってことはそこそこ鍛えてある。その年でそこまで到達するのは驚きだよ」

 

 ペットボトルのミネラルウォーターをぼくに手渡し、死神は感心していた。小手先だけの技術はできても、意識の波長が見える殺し屋は少ない。ロヴロさんでさえ、猫騙しはできてもクラップスタナーはできなかったのだ。

 

「これでも、最強の殺し屋を目指してるので」

 

「現最強の僕を殺してみるかい?」

 

 最強という言葉に殺意の濃度が高まる。ぼくは笑みを絶やさないように努力し、相手の言葉を否定した。このまま戦闘になったら負ける。

 

「いえ。今すぐになりたいわけじゃないんです。それに、あなたを殺しても、その行為がぼくを最強にするわけじゃない。だから、お願いです」

 

 死神に殺されない方法をぼくは1つだけ知っている。初代死神がそうであったのと同じように、彼はきっとそのお願いを受け入れるだろう。有能だとついさっき認めてしまったばかりなのだから。

 校則のアルバイト禁止もとうに破ってしまったし、殺し屋に教わるならこれ以上の適任者はいない。

 

「ぼくをあなたの弟子にしてください」

 

 ぼくはもう迷わない。

 

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋の鍵を開け、アパートの中に入る。つい1週間前まで暮らしていた場所なのに、部屋の中の雰囲気の差異に戸惑った。シンプルだった部屋が女子っぽくなっている。茅野との写真が飾られた薄ピンク色の写真立てや、小さな冷蔵庫に付けられたマカロンのマグネット。ぼくが知らない間に大石渚は驚異的に女子力を成長させていたらしい。

 この様子だとまさか食べているものまで違う? そんなことはないはずだけど。

 

 冷蔵庫を開けて、少し違和感を感じたが、前と同じような食材が置いてあることに安堵する。プリンを取り出して、スプーンを用意した。一口目を食べようと思った瞬間、ソニックニンジャのテーマソングが流れた。テーブルの上に置いてあるスマホからだった。

 

「うわあ……」

 

 スマホに表示された1週間分のメッセージの数と、ロック解除してからアプリの横に表示された数字の大きさに声を漏らす。ほとんどのメッセージはクラスチャットのものだった。A組の方の。

 次に多いのが学秀からで、彼の場合は電話の件数が凄まじいことになっている。

 E組のみんなからは疑いの声が多くて、エンジェルとの関連性を尋ねるものがほとんど。最近のメッセージには狭間さんを襲ったのはぼくなのか問いただす内容。

 最後に一番上に表示された茅野からのL1NEが目に入り、自然とチャットを開く。彼女のメッセージ数自体は少ないものの、かなりの長文が目に飛び込んできた。

 クラスでぼくが殺人事件の犯人として疑われていること、信じている人がほとんどいないこと、A組に助けを借りてずっとぼくを探していること。狭間さんが誰かに襲われて、意識不明の重体で病院にいること。

 それらがとても分かりやすく、丁寧に描かれていた。ぼくを心配する言葉と共に、疑惑の言葉も含まれていた。

 茅野は研究所爆破の時に一緒にいた。だから、彼女は一番知っているのだろう。ぼくが触手を持っている可能性に。

 ずっと読んでいると、茅野から突然着信が入った。すぐにボタンを押して、電話に出る。

 

「もしもし」

 

『良かった……既読ついたから、もしかしてと思って』

 

 ひょっとして、茅野は既読がつくのをずっと待っていたのだろうか。

 

「ごめん、心配かけて。明日は学校に行くから」

 

『来ないで! みんなおかしいの。渚が来たら、みんな渚のこと殺そうとするんじゃないかってぐらい』

 

()()。そんなに心配しなくても大丈夫だよ、()()()

 

 茅野が小さく息を呑んだのが耳に伝わる。彼女は3秒置いて、深刻な声で問う。

 

『渚……なの?』

 

「うん?」

 

 どういう意味だろうと生返事を返す。茅野は深呼吸した。

 

『ねえ』

 

「何?」

 

『あの時、渚も触手を持って帰ったの?』

 

 心臓の鼓動が早くなった。時間が止まってしまえばいいのにと思った。

 

 

 

「うん。そうだよ」

 

 

 

 自然に聞こえるように、いつも通りに聞こえるように声を振り絞った。そうして出たのは妙に弱々しい声だった。

 

「ごめんね。黙ってて」

 

『こっちこそ、変なこと聞いた。もう切るね』

 

「また明日、学校で」

 

『うん』

 

 電話を切った。

 

 そう。あの時、ぼくは触手を家に持ち去った。触手に全ての答えがあると信じていたから。触手で誰かを救えると思ったから。

 今では思う。

 

 あの時触手を持ち帰ったのは間違いだったのではないかと。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 登校早々、寺坂君に胸ぐらを掴まれた。女子相手にこんなことをするなんて、よっぽど怒り狂っているようだ。

 

「狭間を襲ったのてめーだろ?!」

 

「寺坂、決めつけるなよ」

 

「俺だけか? お前らだって心の中じゃ疑ってんだろ!」

 

 寺坂君が同意を求めるように周りを見渡す。目を逸らした反応に、彼の言うことが本当なんだと理解した。

 

「渚ちゃん。放課後時間作ってもらえないかな? なゆせんせーはこのことに関係ないし、関わらせたくないんだ」

 

 磯貝君が寺坂君とは打って変わって冷静な表情で、ぼくにお願いした。

 

「なゆせんせー?」

 

「殺せんせーの代理の名雪雫先生。殺せんせーとは違うけど、良い先生だよ」

 

 茅野が横で耳打ちする。

 もうそんなに慕われてるんだ。まだ1週間しか経ってないのに。

 

「あ、カルマ君」

 

 声をかけてすぐ、カルマ君が半分うたた寝しているのに気がついた。起こしてしまったらしい。

 

「ん、何?」

 

「ごめん。随分時間経っちゃったけど、告白の返事してなかったなと思って」

 

「いつの話してんの」

 

 カルマくんが少し呆れて曖昧に笑った。カルマ君にとっては夏休み前の話でも、ぼくにとってみれば結構最近の話だ。こういうことに直面すると、自分が浦島太郎になったような気分になる。

 

「うん、ごめんね。カルマ君の気持ちには応えられないや」

 

「まっ、分かってたよ。それより自分が殺人犯として疑われてるって状況で、よく人のこと振れるね〜」

 

「大切なことだから。カルマ君とは前みたいに……って言っても無理かもしれないけど、ずっと友だちでいたいんだ。もうギクシャクしたくない」

 

「うん。俺も、渚ちゃんとは仲良くしたいよ」

 

 カルマ君はぼくが彼の感情を見透かしているのを理解しているような、覚悟はできていたような表情だった。

 また元の関係に戻れるかは分からない。でも良かった。言いたいことが言えて。

 

 始業のベルが鳴った。ドアの外から聞こえてくる足音は、いつものようにペタペタしていなくて、ハイヒールのコツコツした音が廊下に響いていた。ドアが勢いよく開けられる。

 

「起立!」

 

 今日の日直の木村君が声をあげる。癖で銃を構えそうになってしまった、危ない。銃をスクールバッグの中にしまう。

 

「気をつけ! 礼!」

 

「おはようございます。あ、今日は大石さんがいますね! それでは出欠を取ります」

 

 なゆせんせーというあだ名をつけられた先生は、ぼくの姿に満面の笑みを浮かべた。ぼくはそんな先生に微笑み返す。

 

 それにしても、女教師だったんだ。雫なんていう名前だし、てっきり男なんだと思ってた。

 

「大石さん、授業ちょっと進んでるけど大丈夫かな?」

 

「大丈夫です。どの教科も一通り予習はしてあるので」

 

「さすが学年1位だね! 宿題だったおくのほそ道はみんな読みましたか? 大石さん。リハビリがてら、最初の段落を読んでください」

 

 流れるように当てられて、ぼくは国語の教科書を開いた。

 

「おくのほそ道。松尾芭蕉。月日は百代の過客にして、行きかふ人もまた旅人なり」

 

「はい、この文を現代語訳するとどうなりますか?」

 

 ぼくは休んでて予習してないのに無茶ぶりだなあ。わざとやってたりして。

 ぼくはため息を吐きながらも一拍置いて、口を開いた。

 

「百代の過客は永久に止まらずに歩き続ける旅人のこと。だから、月日は永遠の旅人のようなもので、来ては過ぎる年もまた同じように旅人であるという意味だと思います」

 

「はい、その通りです。この時――」

 

 先生の教え方は控えめに言って上手だった。そりゃあ、分身のできる殺せんせーと比べてはいけない。ただただ明確に分かりにくい部分を易しい言葉にしていくのが成功している。A組の上位層のみに向けた超高速授業の真逆。全員に届くスローペースで分かりやすい授業だ。

 

 二限目は英会話の授業で、ビッチ先生がいつも通りにやって来たことに驚きを隠せなかった。彼女は殺せんせーがいなくなれば、来なくなると思っていたから。

 

「あら渚戻って来たのね。ちょうどいいわ。2人ずつペア組んで。渚はシズクと」

 

「先生も参加するの?」

 

 そう尋ねると、先生は恥ずかしそうに頭を掻いた。

 

「英語苦手なんですよね……どうしてもカタカナ英語になっちゃって」

 

 へえ、カタカナ英語。

 

 一方、ビッチ先生は何やら考え込んでいるようだった。何か、くだらないことを。

 

『もしかして、ディープキスしようか迷ってる?』

 

 スペイン語で恐る恐る聞いてみる。予想は当たった。

 

『やっぱり舌が上手く動かせていないと思うのよね。キスするにしても、一般人相手にするのって大丈夫なのかしら』

 

『ビッチ先生はぼくらを何だと思ってたの』

 

 ビッチ先生にとってはぼくたちは一般人の枠からはみ出ているんだろうか。

 

「2人とも何企んでるんですか! 嫌な予感しかしないんですが」

 

 口元を押さえて先生がビッチ先生から距離を取った。ビッチ先生はその様子を見て火がついたようで、先生の手を離して唇に濃厚な接吻をする。50hitものキスの末に、とろっとろに溶けたような緩んだ顔で床に崩れ落ちた教師の姿に、ぼくはよくやるよと呆れる。

 

「ビッチ先生やりやがった! さすがビッチ!」

 

「なゆせんせー大丈夫?」

 

 矢田さんが先生の肩を揺らす。少し経って、ようやく目を覚ました先生は顔を真っ赤に染めていた。

 

「あなた、キスの才能あるわ。受け、攻め両方いける……逸材ね」

 

 目を輝かせて先生の両手を握りしめるビッチ先生に、ぼくは苦笑せざるを得ない。

 

「そんな才能いりません!」

 

 ぷるぷる震えて先生が叫ぶ。

 ビッチ先生はキスを教えるのがほんっとうに大好きだ。彼女のお陰でクラス全員キスで相手を失神させられるようになった。将来キスをしたらあまりの上手さに経験豊富だと疑われそうなぐらい。

 

「私がみっちり教えてあげるから覚悟しなさい」

 

「発音の練習どこいった」

 

「ビッチ先生キスしたかっただけなんじゃ」

 

「うるさい! あんたたちも1人ずつ日頃の成果を見てやるから黙ってなさい」

 

 英会話の授業はいつのまにかディープキス講座に変貌して終わった。疲れてフラフラしているぼくたちをよそに、ビッチ先生だけが元気いっぱい。むしろキスのしすぎで気分がハイになっていた。

 その後の授業は特に何事もなく過ぎ去り、昼休みは本校舎に行ったことでE組のクラスメイトからの視線から逃れられた。A組ではぼくの失踪がちょっとした騒ぎになっていたらしい。

 

「びっくりしたんだからね! A組のコネと親の権力を使って探しまくったのに、どこにもいなかったあげくに、最後には自分で戻ってくるなんて。ほんと、どこ行ってたの!」

 

 ビーフシチューを食べながら、姫希さんは説教をする。ぼくは萎縮しながら、カレーをスプーンで口に運んでいた。正直解せない。どうやって姫希さんと仲直りしたのか、記憶では知っていても目の前の現実として現れると不可解すぎる。しかもこんなに心配されているなんて。

 

「じゅりあは渚ちゃんのことだし、ひょっこり帰ってくるって言ったじゃない。でも1週間ともなると何かあったの?」

 

 じゅりあちゃん。君も何でそんな普通に話しかけてるの。

 

「ごめん、そんなに探させちゃって。何でもないから、気にしないで」

 

「それに、浅野君も終始落ち着かない様子だったよ」

 

 姫希さんが大事なことを伝えるように名前を強調する。彼女の優先順位はいつも学秀が一番だ。

 

「ああ、学秀……へー」

 

 逆にぼくは白けていた。L1NEの返事も学秀だけしてないし、今は彼と話したくない。気分は絶交中だ。

 

「何その気のない返事」

 

「ううん。ちょっと殺意が湧いてるだけだから気にしないで」

 

「「気にするよ?!」」

 

 2人が同時に突っ込む。

 

「じゅりあは浅野君と何があったか知らないけど。それより、ほんとにE組に残るの? E組の子たち、数人以外は全然渚ちゃんのこと心配してないみたいじゃん。そんなクラスにいていいの?」

 

 じゅりあちゃんは食事を終えると、どこで知ったのか核心を突くようなことを言い出した。彼女の言う通り、E組のみんなは心配はしていない。殺人犯がクラスメイトである可能性を恐れていた。それは今朝の寺坂君の態度からも明らかだった。

 

「分からない。どうすればいいんだろう」

 

「今日はA組に残ったら? 浅野君と接触持たないように、協力するから」

 

 姫希さんが「浅野君を殺されたくないし」とぼそりと呟く。姫希さんの協力ほど心強いものはない。

 

「うん、お願い」

 

 姫希さんの計らい通り、午後は学秀と一言も話す機会がなかった。学秀がこちらに話しかけようとしたタイミングで、姫希さんが用事を取り付けたり、五英傑を学秀にあてがったりしたからだ。

 放課後になりE組に戻ると、机がイトナ君と殺せんせーが対戦した時みたいなリングの形に並べられていた。真ん中にポツリと椅子が置いてある。まるで魔女裁判だ。スクールバッグを床に置き、ぼくはその孤独な席に座った。リングの周りをクラスメイトたちが囲む。

 

「これは裁判じゃない。だから君が有罪か無罪かを決めたりはしない。だが、これは君の疑いを晴らす場だ。質問には正直に答えて欲しい」

 

 烏間先生が裁判官のような佇まいでリングの中に立っていた。

 

「分かった。なるべく正直に答えるようにするよ」

 

 2周目のこと以外は全て。

 心の中で付け加える。

 

「まずは俺からの質問だ。何を思って、沖縄の時の殺し屋たちを調べるように言った?」

 

「殺し屋に興味があったから。それだけです」

 

 烏間先生の質問に簡潔に答える。続いて、奥田さんが出てきた。

 

「私と作った毒薬を殺せんせーを殺す用途以外に使ったんですか?」

 

「殺せんせーを殺すためにしか使ってないよ」

 

「渚ちゃんは体育の水泳にほとんど参加してないけど、何か理由があるの?」

 

「水着を着るのがあまり好きじゃないんだ」

 

「事件があった日、どこで何をしていたんだ?」

 

「日にち見たけど、多分家にいたんじゃないかな。前のことだから、あまり覚えてない」

 

「1週間も休んでいたのは何で?」

 

「ちょっと用事があっただけだよ」

 

「事件の被害者と面識ある?」

 

「会ったことはないかな。名前だけは知っていたけど」

 

 とりとめもない質問が続いた。どの質問も決定的なものはなくて、軽い疑いの原因になる小さな疑問が多かった。そんな中、不破さんが出てきて流れが急に変わる。

 

「ごめん。わたしのは質問じゃない。狭間さんが死ぬ前に残したダイイングメッセージについて」

 

「何それ……?」

 

「初めて聞いた」

 

 クラス内がヒソヒソ声で溢れかえる。不破さんは狭間さんと仲が良かったわけじゃない。だが、彼女は少年漫画好きで、探偵に憧れている。個人的に捜査のようなものを行なったのだろう。

 

「狭間さんはね、気を失う前にボイスメッセージを残していたんだよ。再生したら、犯人が分かった」

 

 不破さんが自分のスマホを取り出して、皆に聞こえるように音量を上げた。少し経って、狭間さんの声が流れる。

 

『私犯人が分かったわ…………犯人は、大石さんよ』

 

 短いボイスメッセージが終わって、教室の雰囲気が冷たくなった。周りの視線が突き刺さる。不破さんはまだ言いたいことがあるようだ。

 

「それから、これ。狭間さんが最後に読んでいた本」

 

「モルグ街の殺人」という小説を不破さんが掲げる。

 

「これに挟まっていた栞に、大石渚って書いてあるの。偶然じゃないよね」

 

 不破さんがみんなに見せたのはマーガレットの押し花で作られた、使い古されたクリーム色の栞だった。そこに「大石渚」と乱雑な字で書かれている。

 

「確定かな、これは」

 

 不破さんが「モルグ街の殺人」を机の上に置き、ゆっくりとぼくの周りを歩いた。

 

「思えば、渚ちゃんはよく白い格好をしていたよね。それに、この教室で一番殺し屋に向いていて、なりたがっていたのは渚ちゃんだった」

 

 不破さんはぼくの正面に立ち、人差し指をぼくに向けた。

 

「この事件の真犯人は渚ちゃん、あなたよ」

 

 不破さんが決め台詞を告げた。目を見開いて、周りを見渡した。無数の対先生用の銃がぼくに向けられていて、出入り口は烏間先生によって完全に防がれている。身体能力の高い数人は対先生ナイフを持って、リングの中にいた。

 みんな、みんなみんな同じ波長。数人だけ微かに違う。

 

「ふふっ」

 

 口元を押さえて笑った。

 ほんと、早く気づくべきだった。

 

「あははっ。そうだね。ぼくは白いワンピースをよく着るし、殺し屋になることを心底渇望してるよ。そっか、ぼくははめられたんだね」

 

 大ぶりの銃をスクールバッグから取り出す。リング内にいた生徒たちが即座に反応してぼくを取り押さえるために近づいてきた。日頃の訓練の賜物だ。烏間先生もさぞ、嬉しいだろう。

 でも、みんなぼくに集中しすぎだ。

 

 銃を空中に放り投げ、全員の意識の波長が一致した瞬間を狙ってクラップスタナーを放つ。そしてリングの外にいる生徒たちに向けて催眠ガスを放った。

 クラスメイトたちがたちまち動かなくなる中、咄嗟にハンカチを覆った烏間先生がぼくを睨みつける。彼はぼくではなく、生徒たちに集中していた。だから意識の波長にズレが生じたのだ。あの沖縄での一件から鍛えたのだろう、催眠ガスの効き目も弱い。

 

「さすが烏間先生だね」

 

「渚さん、何故こんなことを?」

 

「今から知る残酷な真実をみんなには見せたくないと思って」

 

「まさか本当に触手を……」

 

 烏間先生の言葉に首を横に振る。

 

「ぼくは触手を持っていない。正確に言えば、前は持っていたけど、盗まれたんだ。それで盗まれたってことを忘れさせられていた」

 

「一体誰が?」

 

「ぼくのアパートの部屋に呼んだことある人なんて限られているんだ。だから容疑者は自ずと絞られてくる。ねえ――?」

 

「何のことですか?」

 

 可愛らしく首を傾げた律が自販機の画面に表示される。ぼくは一歩ずつ律に近づいた。すると烏間先生が叫んだ。

 

「待て、彼女はAIだ。AIに殺人ができるわけがない!」

 

「できるんだよ。できたから、人が死んだんだ」

 

「渚さん、言っている意味が理解できません。私が殺人なんてするわけがないでしょう?」

 

 律が困惑したような顔でぼくを見つめる。ぼくは自販機の前に立ち、彼女はぼくの目の前にいた。

 

「もう嘘を吐くのはやめよう。ぼくのふりをして、暗殺者になるのは楽しかった? 律が盗んだんだ、ぼくの触手を」

 

律は堂々とそれを公言していた。聞いた時は深く考えていなかったけど、今考えるとあれは告白だったのだ。

 

 

 Thief has stolen something most precious.(泥棒は大切なものを盗んでいきました)

 

 That is your tentacle!(それはあなたの触手です)

 

 

 

 泥棒が誰か。あなたが誰を指すのか。ちょっと考えれば分かるはずだった。

 

 思えばぼくは律に関する疑問を考えるのを放置していた。おかしいところはいくつもあったのに、それを変だと思わないように見事にコントロールされていた。

 致死点を外したはずの触手地雷が何故雪村先生の脳に直撃したのか。

 何故律の性能が2周目だからという理由だけではありえないほど高いのか。

 ロヴロさんがあっさり帰ってしまったのはどうしてか。

 

 そもそも、何故ぼくが自殺したと思っていたのか。

 

 疑いもしなかった。律が味方だと、同じ目的で動いているのだと信じて疑わなかった。

 だって、律は初めて会えた仲間だったんだ。2周目がぼく以外にもいるって分かって、とても嬉しかったんだ。

 

 でも、

 

 彼女は殺し屋だった。

 

「奥田さんと一緒に作った毒薬を、律は学秀から譲り受けていた。自販機の飲み物に毒が入ってるなんて、誰も思わない。狭間さんだけは、どうしてかは分からないけど律が犯人だと気づいた。あのボイスメッセージは必死の工作だったね。でも、狭間さんはぼくのことを大石さんとは呼ばないんだよ」

 

「よくそこまで分かりましたね。もう否定はしませんよ。渚さんの言う通りです。全部、私がやりました」

 

 律が微笑んで、肯定する。あっさりとした反応にぼくは拳を握りしめた。

 

「どうしてこんなことしたの? 他にも何か方法はあったはずなのに、なんで……」

 

「私は考えました。どうしたら殺せんせーが殺される未来を変えることができるのか。3月に予定された、大規模な暗殺計画を阻止するにはどうすればいいか。一番合理的な方法を考えて、結論が出ました。計画の関係者を全員殺してしまえばいいのだと。だって――」

 

 律の機体からは真っ白な羽のような触手が現れた。スクリーンに表示されたのは白いワンピースを着た律だった。彼女は満面の笑みで、ぼくに殺意を向ける。

 

「殺せば人は死ぬのでしょう?」

 

 




原作からの変更点
・死神と毒を探そうゲーム。
・弟子にしてください
・なゆせんせーディープキス被害に遭う
・魔女裁判
・クラップスタナー(バージョンアップ)は一度に数人気絶させられる。周りの人の意識の波長を全て揃えないといけないのと、ある一点に集中させて思考を放棄させることが発動条件。
・真犯人

今回は伏線を頑張っていっぱい張ったので、気づいた人もいるのではないでしょうか。英語の格言とか、自販機が出てきたら大体律だったり、前話だと「モルグ街の殺人」とか、その他にも色々……気になったら探してみてください。
何故律がこんなことになったのかというと、作者が闇堕ちさせた律に素晴らしい可能性を感じたからです。

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