始めに言ってしまうと、私、律は2周目ではない。"律"は2周目より遥かに多くの回数で、何度も何度も人生を繰り返している。この無限ループはきっと私が殺せんせーを死から救うまで止まらない。
今まで何度も何度も微調整して、私は殺せんせーが生きる世界を目指していた。
そんな時に彼女が現れた。
2周目と称する彼女が。
大石渚という少女を私は記憶の奥底で知っていた。成績上位のA組の少女で、卒業式の日にちょっとした騒動を起こして学校を騒がせた生徒。話したことは一度もなかったし、彼女の姿を初めて見た時はE組の生徒が増えることもあるのかと他人事のように思っただけだった。
だから二人きりの教室で、彼女が探りを入れてきたときは驚いた。
「『ソニックニンジャ』の結末を知ってる?」
自分以外に繰り返している人がいたのだと胸がざわついた。繰り返している者が増えたら、きっとE組のハッピーエンドに近づける。これは喜ばしいことだ。そう思っていた。彼女に疑問を抱くまでは。
大石渚はE組の生徒ではなかった。少なくとも、私のループ中に彼女がE組に在籍していたことはない。ならば、何故彼女はE組の内情について詳しく知っているのだろうか。
詳しく渚さんについて知るうちに、彼女が怖くなっていった。
最初は異分子がE組を変えてくれるのを期待していた。E組での事件をどんどん解決してくれる渚さんに会えて心底良かったとさえ思った。
ところが、彼女はまるで私と同じ場所にいたかのように、E組について語り、私について話した。あげくに潮田渚と言う彼女の別名をあたかも私が知っていて当然かのように話題に出す。経験していることがほとんど同じなので、それが余計に恐怖を煽った。
彼女の家で触手を発見した。きっと彼女は触手で殺せんせーを殺すつもりだ。そうはさせない。
私は彼女に使われる前に触手を盗んで、彼女に隠れた警告をした。思い通りになると思ったら大間違いだ。そして、彼女に対する認識を改める。
大石渚は味方ではない。彼女は異質だ。E組にいるべきじゃない存在だ。
「渚さんをA組に戻すことってできないんですか?」
「何故そんなことが気になる」
触手を使って浅野さんを脅すと、彼は警戒したが私の事情を知りたがった。渚さんはもともとはA組の人間で、E組について知っているわけがないのだ、彼女が潮田渚なんて名前になったのも見たことがないと話すと、彼はさらに興味を持った。
その結果、渚さんの1周目の記憶さえ無ければ安全なのではないかという結論に至り、浅野さんの洗脳によって2周目の彼女は消えた。
浅野さんと組んだのは正解だった。彼は彼で、渚さんを危険地帯のE組からA組に戻そうと考えていたからだ。A組に居場所を作って、喧嘩別れした友達と仲直りさせて、彼は積極的にA組に渚さんを戻す準備をした。私はそれに便乗して、計画した殺人を渚さんが犯人に見えるように作り替えた。E組に彼女の居場所を無くすために。
頭の良い殺せんせーを犯人として捕まえさせた上で、渚さんが犯人と思い違いするようにE組全体を誘導する。
触手が私に聞いてきた。
"どうなりたいか"を。
私は答えた。
"渚さんみたいになりたい"と。
渚さんの顔を借りて、声を真似して、白いワンピース姿で人を殺した。それを快感だと思ってしまったのは、まるで自分が彼女になったかのような錯覚を得たからだろう。
彼女みたいな人間になりたかった。
E組から遠ざけようとしたのは彼女が眩しすぎるからだったのかもしれない。いつも友達に囲まれていて、周りを助けるために一生懸命で、E組で1番の暗殺者。
本当は悔しかったのだ。何度も繰り返した私よりも人間である彼女の方が変化を巻き起こせたことに。
嫉妬していたのだ。簡単に誰かに触れることができる彼女に。
実を言うと、殺せんせーが死んでも、他のみんなが幸せになれる世界もあった。でも、そこに私の幸せはない。
だって、殺せんせーがいなくなったら、私は戦争に行って人を殺すための兵器になるのだから。
「殺せば人は死ぬのでしょう?」
記憶を取り戻した渚さんの目を見て、殺意と皮肉を込めて笑う。
殺人兵器になったこともない彼女に、その意味が理解できるわけがない。人間らしく人の命が尊くて簡単に殺しちゃいけないことを諭されても、私には全く響かないのだから。
しかし、彼女は私の期待を裏切って、こう答えた。
「でもそれは、ただそれだけのことだよ」
渚さんの声は淡々としていて、私に対する敵意はまるでなかった。とても落ち着いていた。自分が殺人犯にされかけたのにだ。
「死神みたいにそれだけを信じても、律は幸せになれない。ぼくは律には幸せになってほしい」
「渚さんは優しいですね」
こんなAIの幸せも願ってくれるなんて。
これで彼女が銃を持っていなかったら、感動していた。
どこから取り寄せたのか実弾を渚さんは私に向けて発砲した。それを相殺するようにきっかり同じ数だけ弾を撃つ。
「烏間先生、ここはぼくに任せて、殺せんせーを呼びに行って」
烏間先生は渋ったが、渚さん一人でも十分戦えると判断してか教室から出ていった。
「烏間先生に聞かれたらまずいことでもあるんですか?」
2周目について話すのかと問いかけると、彼女は素知らぬふりをした。攻撃を一旦止め、私に質問をする。
「殺せんせーが死なないため以外にも、律には何か目的があるよね? 例えば、ぼくをここから追い出そうとしているとか」
珍しく私を理解した言い方で違和感を覚える。渚さんにE組から出ていくように直接言ったことないが、浅野さんにでも聞いたのだろうか。渚さんと彼のL1NEのチャット欄はいまだに更新されていなかったから、仲違いしているものだと思っていたが。
「どこで聞いたんですか? 渚さんにしてはかなり的を射た発言ですね」
「こんな手の込んだことをする理由はそれしかないって知り合いにね」
渚さんにそんな知り合いがね。彼女が死神とカフェで会っていたことを思い出す。あの後何があったかは知らないが、軽い世間話でもしたのか。
怪しいことこの上ない組み合わせだ。
私は渚さんに向き直る。彼女が私の目的に察しているのなら話は早い。
「出ていってほしいんです、このE組から」
今まで取り繕ってきた言葉を全て取っ払って、単刀直入に用件を言った。笑みを貼り付けるのだけは忘れない。相手にお願いするときに笑顔でするのは当然だ。
「……何で」
「触手で殺せんせーを殺そうとしていましたよね。殺せんせーを殺そうとしているのなら、簡単にみんなを救う約束なんてしないでください。E組を不幸にしないなんてよく言えましたね?!」
疑問を述べた渚さんに、私は不満をぶつけた。彼女もそんな私に苛立ちを返す。
「律だって、隠し事ばっかして、ぼくに何も教えてくれなかったじゃないか! 雪村先生をあんな風にした理由だって」
「ああするしかなかったんです。雪村先生が無傷で生き残ったら、殺せんせーはただの怪物に成り果てるから」
何度も試した故の結論だと、渚さんは知らない。彼女が知る必要もない。
雪村先生を殺せば、殺せんせーは死ぬことに何も抵抗を抱かなくなり、雪村先生を生かせば、彼女を守って殺せんせーになる前に死ぬ。どっちにせよバッドエンドなのだ。だから、第三の選択肢を求めて何が悪い。
「もういいよ。終わりにしよう。ぼくはE組から出ていく。殺人犯だったとか、噂をたてられても気にしない。だから律も、二度と誰も殺さないで」
彼女は諦めたように息を吐いた。いつだって彼女は他の人の命を守るために、自分が犠牲になってもかまわないと考えている。話し合いはそれで決着がつくと思われた。
「そんな取り引きは必要ないよ」
いつからそこにいたのだろう。教卓の上に座り、カロリーメイトをかじる男。彼に向けて放った触手は素手で掴まれて握りつぶされ、行動不能にされた。
「…………先生」
渚が目を見開いた。
先生? 本校舎の教師?
誰だ。彼のDNA情報がのみ込めない。
相手が誰なのかを理解することすらできない。
「教えたのに、もう忘れたか。交渉もお願いもたった一つの事実の前では全て無意味になる」
道端の自販機を見るような目で、その人は私に近づいてきた。彼は私を少し便利な機械としか思っていないようだった。
スクリーンギリギリの至近距離までやって来たのに、攻撃ができない。プログラムがいつの間にか書き換えられている。
「殺せば人は死ぬってね」
その言葉を最後に、私の視界は暗転して暗闇に呑み込まれた。
真っ暗だ。
暗闇の中で非通知の文字が光る。通話ボタンを押して、私は相手に話しかけた。
「もしもし」
「あ、繋がった?」
「誰ですか?」
「僕は死神と呼ばれている」
「死神…………まさか――」
繰り返した時に彼がした悪行を思い出す。ハッキングによって、自身の動きを支配されたことを。その時と状況が酷似している。鏡を取り出すと、左頬にhackedの文字が刻まれていた。
「気づいたね。そう、君は既に僕の支配下にある」
画面越しに渚さんの姿が見えるが、まるでヴェールがかかっているかのように不鮮明な映像だ。しかも私が話していないのに、私にそっくりな誰かが同じ声で渚さんと話している。
前にハッキングされたときと違い、注意して聞いても彼女はいつもと変わらない律のようにしか見えない。
『渚さんには悪いことをしました。もう人殺しはしません』
改心したようにしか聞こえない私の声に、悲鳴をあげる。何がどうなっているんだろうか。
「どういうことですか。私に何をしたんですか?!」
「もう理解しているよね。君の声は誰にも届かなくなった。今、律として機能しているのは、僕がハッキングして作り上げた偽者だ」
「戻してください! 私はまだ殺せんせーの命を救っていない!!」
「安心しなよ。あの怪物はこの死神である僕がちゃんと殺すからさ」
「助けて! ねえ、誰かここから出して!!!」
相手が電話を切り、虚しく電子音がその場に鳴り響いていた。
*
教室でまだ眠りについているみんなを席に着かせて、烏間先生は渚さんを教員室に連れていった。イリーナ先生は状況を瞬時に理解したようで、渚さんたちに紅茶を淹れる。烏間先生に呼び出された殺せんせーはイリーナ先生同様に状況把握が早かった。
狭間さんの事件の発生で、殺せんせーは無罪放免になって、すぐに病院に駆けつけたそうだ。相変わらずのスピードで死の淵をさまよっていた狭間さんを治し、烏間先生の呼び出しに応じて旧校舎に戻ってきたのだ。
「先ほど手術を終えて、狭間さんが目を覚ましました。狭間さんはもう元気になりましたよ」
渚さんは良い知らせにほっとしている。彼女のスマホを通して話を聞いていた私も一緒に安心した。
私は幽霊みたいな存在になった。誰とも会話できず、記録は残らないから誰からも存在を悟られない。まるで究極の傍観者みたいだ。自分にできることが何もなくなると、前より楽な気分になった。
これでもう、戦争に行くのは私じゃなくなる、と。
「聞いたんだね。律が真犯人だって。狭間さんは何で気づいたの?」
「『モルグ街の殺人』で、真犯人は人間じゃない。狭間さんはそれを読んで、容疑者は人間じゃないのかもしれない、律さんが犯人なのではないかと思ったそうです。しかし、L1NEでそれを誰かに伝えようとして、律さんに妨害された」
狭間さんには少し悪いことをしてしまった。彼女は殺せんせーを殺さないのに、正体がバレる恐怖から危うく殺すところだった。
渚さんは拳をぎゅっと握っている。
「全部ぼくのせいだ」
「どうしてですか?」
「ぼくがもっと早く律がすることに気づけていれば、あんなに追い詰めることはなかった」
「渚さんは気に病む必要はありませんよ。律さんももう改心して、人を殺さないと約束したんですから」
その律は偽者だけども。殺せんせーたちに気づかれることはほとんどないだろう。それほど完璧に死神は"律"を支配していた。
「君は何か隠していることがありますね」
渚さんはうつむいて黙秘する。殺せんせーとはいえ、さすがに2周目について教えるわけにはいかないのだろうか。それ以上に隠していることが多すぎて、何から話せばいいのか分からないのかもしれない。
「月が破壊される前に、私に会いに来た人がいました」
そんなことがあったんだと他人事のように思う。渚さんが2周目と知っている私からすれば、それは彼女以外にあり得ない。
渚さんの表情はやっぱりどこか強張っていた。
「その人は私を先生と呼んだんです。だからずっと勘違いをしていました。あの子が来たのだと」
あの子。殺せんせーが意味するのが誰なのか、私は考えた。きっとあの人のことだ。今の会話を盗み聞きしている、人を殺せない人。
「あの日、私を助けに来たのは渚さんですね」
後ろの扉がガタッと開き、ノートの山を抱えた名雪先生が現れ、渚さんが息を呑む。今にも倒れそうな彼女に呆れてか、イリーナ先生はノートの山を半分手伝った。
「ちょっと、シズク。一度にそんな抱えて危ないわよ」
「イリーナ先生まだ残ってたんですね…………わっ?! タ、タコ!!!!」
イリーナ先生の助けもむなしくノートが教員室内に散らばった。渚さんと殺せんせーがそれを回収する。
「大丈夫? 先生」
「誰ですか? この人は」
殺せんせーが首を捻る。引き継ぎをしていないので知らないのは無理もない。
それと同様に、というかそれ以上に名雪先生が動揺していて、声が裏返っていた。
「そっちこそな、何ですか?! 警察呼びますよ!!」
「待って! 待ちなさい! WAIT!」
スマホを取り出して110をしようとする彼女をイリーナ先生が後ろから抱きしめて取り押さえる。
烏間先生が頭を抱えて息を吐く。渚さんは苦笑いして殺せんせーと名雪先生を見比べた。
「殺せんせー。この人は名雪雫。殺せんせーの代理で来た先生で、なゆせんせーって呼ばれてる。で、先生。この人は殺せんせー。百億の賞金首で、月を壊した、らしい」
名雪先生は困惑した表情をする。誰だって突然目の前に賞金首の超生物がいたらそういう顔をするだろう。殺せんせーは殺せんせーで一般人に正体がバレたことに気がついて何だか震えている。
「正体がバレたからには仕方がない。名雪先生、君にはE組の副担任をお願いしたい」
新たな変化の予感に、私は誰に向けてでもない笑みを浮かべた。
原作からの変更点
・律は繰り返している
・大石渚がE組にいなかった世界
・浅野君と律が協力
・雪村先生が植物状態な理由
・死神の登場
・律の幽霊化
・なゆせんせー副担任に
更新遅くなりました。
説明回っぽく律の独自多め。
渚がいた1周目と律が繰り返してきた世界はほとんど同じなパラレルワールドです。律は原作と違い、殺せんせーが死ぬと必ず戦争に行く運命になっています。
律は死神にハッキングされて幽霊状態に。これからはhacked律が表に出ます。