クラップスタナーは2度鳴る。   作:パラプリュイ

59 / 63
浅野視点。


イケメンのはなし。

 理事長室に通されるのはこれで何度目だろう。渚との話が中途半端に終わり、僕は苛立ちを感じながらも理事長室に入った。

 理事長室の一角。窓際の小さなテーブルには、黒と白の駒が並ぶチェス盤が置かれていた。

 

「そこに座りなさい」

 

 テーブルの席に案内されて、僕は席に座る。

 その向かいに座った理事長が、ふっと笑った。

 

「2学期の調子はどうだい?」

 

 そう問いながら、理事長は白のポーンを動かす。序盤の定石。だが、その指先には、相手の出方を測る余裕がある。

 以前は業務連絡をするときは距離を感じたが、最近は理事長とチェスをしながら話をすることが増えた。理事長の中で空前のチェスブームが来ているようだ。今のところ僕の全敗だが、いつか勝てないかと機会を伺っている。

 

「滞りありません。渚が帰ってきたことで、士気が高まっています。中間テストに向け、完璧に仕上げますよ」

 

 僕は黒のポーンを移動する。中央を押さえ、牽制する一手。

 

「頼もしいね」

 

 理事長は微笑む。クイーンの前のポーンを動かしながら言葉を重ねた。

 

「だがね、1学期で引き分けにしてしまったことで、E組を調子に乗らせてしまった。A組も大したことない、と。向こうの手の内を知っていたにも関わらず、勝てなかったと」

 

「渚がいないE組だったら、余裕で勝てていましたよ。でももう、渚はA組です」

 

 ナイトを跳ねさせ、白のポーンの進路を塞ぐ。

 

「たたき潰しますよ」

 

 その発言に嘘はなかった。僕と渚さえいなければ、E組はそこまで脅威ではない。いつでも潰せる。

 E組に渚がいたから今まで潰さなかっただけだ。

 

「ならよかった」

 

 理事長は淡々とルークを展開させる。

 

「強者には強者でいてもらわなくては困るからね。では、君のための“指導”をしてあげよう」

 

 キングサイド・キャスリング。キングを安全地帯へ。

 

「まず、いつどこで勝ちたいのかを考える」

 

「次に手段だ。いかにルールの隙を突き、どのように持ち駒を使いこなすか」

 

 彼の手はクイーンを前に出してくる。鋭く、こちらのナイトを睨みつける位置。攻めの構え。

 

「必要なのはリーダーの適性だ。それがなければ、君は私の上には立てないよ、浅野君」

 

 静かに、でも確実に勝負が始まっていた。

 

「……いいでしょう」

 

 僕はナイトを引いてクイーンを回避しつつ、視線を合わせる。

 

「あなたに僕の適性をお見せしましょう」

 

「ところで、大石さんは元気かな?」

 

 盤面には関係のないように見える問い。だが、それは──

 

「ええ、元気そうですが……それが何か?」

 

「おやおや、“元気そう”か。浅野君、彼女にA組の自覚はあるのかな」

 

 理事長はポーンを進めた。僕のキングに向かって一直線。

 

「何が言いたいんですか」

 

 僕はかすかに動揺してしまった。

 僕がE組監視役を辞めて渚に任せてから、渚と会う機会は減っている。A組にいても、今日話したのは随分久しぶりだった。

 元気そうというのは、あまり会ってないからこそ出てくる言葉だ。理事長はそれをすぐに理解した。

 

「A組とE組が戦うことになったとき、彼女はどちらにつくか。私はそれに興味があってね」

 

「……渚は絶対にA組側につかせます」

 

 その瞬間、僕は自分のクイーンを真っ直ぐ前に出した。理事長のビショップと相打ちになる位置。盤上で宣言するように。

 

「それは楽しみだ」

 

 理事長は軽く笑った。

 

「では、君のターンだよ」

 

 その後、僕は完膚なきまでに理事長に負かされ、リベンジを誓った。

 

 

 

 

 

 

 *

 

 

 

 

 

 

 僕はE組がなぜ成長しているかを知っている。E組の個々の特徴も、ほとんど把握している。

 だから──僕が負けることはない。

 問題は、どうやってE組と戦い、リーダーの適性を見せるかだ。

 1週間ほど、僕はずっと考えていた。E組にどう勝てばいいのか。学業で勝つのでは面白くない。やるならチームで動き、僕がリーダーとして動きやすい戦いでないと意味がない。

 

 考え事をしながら校舎までの道を歩いていたとき、足が止まった。

 視界の先に、見覚えのある後ろ姿がふたつ。

 渚と──磯貝悠馬。なぜ2人が一緒に。

 彼らは僕に気づかずに、E組の校舎の方向へと歩いていた。距離は近すぎず遠すぎず、それでも自然に見える。仲が良さそうで、話が弾んでいるようだった。

 

「今度お母さんにお礼言っといてよ」

 

 渚の声が断片的に聞こえてきた。

 お母さん? 磯貝の母親と知り合いなのか? 

 

「気にしなくていいから」

 

 磯貝がそう返す。そのやり取りに、僕の眉がかすかに動いた。

 どういうことだ? あの2人はそんなに親しい間柄だったのか? 

 登校時間がたまたま重なっただけかもしれない。そう、偶然だ。

 それでも、この前理事長が言った言葉が頭を離れなかった。

 

『彼女にA組の自覚はあるのかな』

 

 今まで当然のようにあると思っていた。だが、僕がそう信じたいだけで、彼女の心はまだE組にあるのかもしれない。

 僕は足早に本校舎に向かった。

 こんなことで揺らぐのは、らしくない。

 だが、心のどこかに小さな棘が刺さったような違和感が残っていた。

 昼休みに渚がA組に来たとき、僕は堪えきれず磯貝のことを聞いた。

 

「朝に磯貝と登校してるのを見かけたんだが、仲が良いのか?」

 

「磯貝君、家が近くなんだ。磯貝君のところの弟と妹、かわいいんだよ。お母さんも病気がちだけど優しい人でさ」

 

 渚はさらりと磯貝の家族と交流があることを僕に話す。

 

「……そうか」

 

 そんな話を今まで渚から一回も聞いたことがなく、僕は驚いた。僕がE組にいない間に、渚は思ったよりもE組の生徒とさらに仲良くなっているようだ。

 それにしても、家族ぐるみの付き合いとは。渚は僕の父や母と面識はあってもそこまで仲良くはならないだろう。

 

「最近のE組はどうだ? 何か新しい訓練を始めたりしているか?」

 

 僕は小声で探りを入れた。E組と戦うのなら、情報が必要だ。間違ってもE組に有利な戦いにしてはならない。

 

「ちょっと前に、フリーランニングっていうのを始めたよ。まだみんな練習中」

 

 フリーランニングか。烏間先生も中学生相手に頑張るな。

 僕には武道の心得はあっても、フリーランニングはできない。E組にそういう類の勝負で挑んだら負けるだろう。

 

「渚の潜入スキルはそういうところから来ているのか」

 

 渚は何かを思い出したのか苦々しい顔をする。

 

「学秀のせいで大変だったんだよ。僕が記憶がないときに始めたせいで、『初めてフリーランニングを学んだ人とは思えない』って烏間先生に言われた」

 

「悪かった」

 

「もうああいう洗脳まがいのことは絶対にしないでね」

 

 僕に強く言うと、渚はA組の女子の輪に入っていった。A組の女子とは随分と打ち解けていて、いつも午後から現れる渚をみんな快く受け入れている。その様子を見て、僕は少しほっとした。

 

「浅野〜、校則違反している生徒が誰か分かったぞ」

 

 渚がいなくなったのを見計らってか、僕のもとに五英傑の一人、荒井が足早にやってきた。

 

「誰だ?」

 

「磯貝悠馬」

 

 僕は朝見かけた光景を思い出し、顔を顰めた。

 

「浅野、どうした?」

 

「いや……2度目の校則違反か」

 

 あいつは以前に校則違反が理由でE組行きになった。今度は最悪退学もあり得るかもしれない。

 

「学校から電車で1時間のカフェでアルバイトをしているらしい。五英傑のみんなでちょっと行ってみないか?」

 

「行こう」

 

 思ったよりも即答していた自分に気づき、僕はふと胸の奥がざらつくのを感じた。

 放課後に、五英傑のみんなで情報のあったカフェへ行った。

 学校から電車で1時間かかる場所。ばれないようにあえて狙って選んだとしか思えないバイト先だ。

 ドアを開けた瞬間、カランと鳴るベルの音と、ほんのりコーヒーの香りが鼻をくすぐった。

 問題のカフェは思ったよりもこぢんまりしていて、居心地の良さそうな空間だった。席に座る客もまばらで、制服姿の学生はあまり見当たらない。

 

「店内は静かですね」

 

 五英傑の一人がそう呟いたのを聞きながら、僕は奥のテーブルに視線を送った。

 そして、見つけた。

 カフェの奥、ガラス窓際のテーブルに──渚がいた。

 その隣には、E組の生徒がいた。杉野、岡島、前原、片岡さん、そして茅野さん。

 奥には中途半端な変装をした殺せんせーもいる。

 

 ……どうして渚が、E組とここに? 

 

 困惑する僕の目の前で、彼女たちは笑っていた。

 

「やっぱり磯貝くんって、かっこいいよね」

 

 その声は、確かに渚のものだった。

 何でもないトーン。けれど、耳に焼き付いた。

 

「ね! 顔もいいし、頼りになるし……本校舎だったらもっとモテてたと思う!」

 

「でも全然調子乗らないとこがまたかっこいいよね~」

 

 茅野さんがそう言って、片岡さんが笑う。渚も頷いている。僕の視界が、スッと狭まった。

 ──磯貝が、かっこいい? 

 渚の口から、それを聞かされるとは思っていなかった。

 普段なら聞き流せる会話だ。けれど今は違う。

 自分の中の何かが──確かに揺らいだ。

 僕は静かに、唇を噛んだ。

 

「浅野君、どうする?」

 

 五英傑の一人がこっそり尋ねてくる。

 でも僕は、目を逸らさず、まっすぐ磯貝を見据えた。

 

「行く」

 

 僕は一歩、カフェの中に踏み込んだ。

 足音がフローリングに響く。

 話していたE組の5人が、僕の存在に気づき、一瞬静まり返った。渚も、ゆっくりと顔を上げる。

 磯貝と目が合う。

 あいつは驚いたような顔をしたが、すぐに落ち着きを取り戻す。やはり、動じない男だ。

 

 だからこそ──ここで潰しておくべきだ。

 

「おやおやおや、情報通りバイトをしている生徒がいるぞ」

 

 荒井がニヤニヤしながらE組の生徒に絡みに行く。彼らはぎょっとしたようにこちらを見ていた。

 

「いっけないんだ〜、い・そ・が・い・く・ん」

 

 小山もノリノリだ。小山はイケメンに厳しく、磯貝のことをあまり良く思ってないと聞いたことがある。

 

「これで2度目の校則違反だ。見損なったよ、磯貝」

 

 僕の声に、カフェの空気が張り詰めた。

 

「なによ、あんたたち! ゆーまくんになんの用?」

 

 店内の女性客が僕に突っかかろうとしてきたのを、榊原がいつもの笑顔でなだめる。

 

「その美貌を憤怒の色で染めるのは趣味じゃない。学校の話なので、店の外で話します」

 

 榊原の言う通りに、僕たちは場所を移動した。五英傑とE組の生徒たち。それと渚。

 渚の立ち位置はどちらかといえばE組に近いということに気づいてしまった自分が憎かった。

 

「磯貝、何か言いたいことはあるか?」

 

 磯貝は、僕の言葉を正面から受け止め、微かに息を吐いた。

 

「……ごめん、今月で必要分は稼げるんだ。見逃してくれないか?」

 

 磯貝は頭を下げて謝った。

 

「“必要”は免罪符にはならない。ルールを破った事実は消えない」

 

「分かってる。でも、黙っててくれないかな」

 

 あくまで落ち着いた態度で言う磯貝に、僕の感情は逆に揺さぶられた。

 

「アルバイトだけならまだしも──」

 

 言いかけて、視線が渚と交錯した。

 彼女は何も言わず、ただ僕を見つめていた。

 その目は、否定も肯定もしない。けれど、その沈黙がなぜか、痛かった。

 

「お前は二学期でA組に行くこともできたのにE組に残る道を選び、ルールを破ってまでここにいる。その結果が今の君だ」

 

 僕は1学期の期末テストの後、磯貝にA組に来ないか打診した。人当たりの良い磯貝ならば、A組にすぐ馴染めると思ったからだ。しかし、彼はそれを断った。

 断っておいて、校則違反のアルバイトをまたしていた。その事実が許せなかった。

 

「それでも、俺は後悔してない」

 

「感情に流されてルールを破る。それが正しいと信じるなら、ずいぶん都合のいい“正義”だな」

 

 口にしてから気づく。

 その言葉には、嫉妬と苛立ちがにじんでいた。

 

「学秀」

 

 静かに説き伏せるように名前を呼んだのは、渚だった。

 

「磯貝君は、病気がちなお母さんのためにバイトを入れるしかなかったんだよ」

 

「……渚は、そんなやつが“かっこいい”と?」

 

「磯貝君はかっこいいよ。誰かが困っていたら絶対に見て見ぬふりをしないし」

 

「渚はどっちの味方なんだ?」

 

「そんなつもりじゃ──」

 

「君はA組だろう!」

 

 思わず強く言ってしまい、周囲が静まり返った。渚は目を見開いている。

 僕は自分が声を荒げた事実に少し驚き、急に冷静になった。

 

 待てよ、この状況は使える。

 理事長にリーダーの適性を示すこと。

 大石渚にA組の生徒としての自覚を与えること。

 この2つは同時にできるんじゃないか。それこそ、すぐ行われる体育祭で。

 

「磯貝、条件を出そう」

 

 僕は落ち着きを取り戻して、磯貝に言った。

 

「闘志を示せたら、今回のことは見なかったことにしよう」

 

「……闘志?」

 

 磯貝が訝しげに返した。

 

「君たちも椚が丘の校風はよく知っているだろう。社会に出て、闘える志を何よりも尊ぶ。そうそう、体育祭の棒倒しなんかも良い例だ」

 

「でも、E組に出場権はない。だろ?」

 

 磯貝の後ろで前原が言う。

 

「君たちE組がA組に挑戦状を叩きつけたことにすればいい。勇気ある行動として評価される」

 

 それとも、無謀だと笑われるか。

 磯貝たちの顔色がどんどん悪くなっている。彼らは無謀だと捉えたのだろう。

 フリーランニングの練習はE組に有利に働く。それでも、A組とE組の人数差は圧倒的だ。僕も人数差だけで勝つつもりはない。

 やるなら、徹底的に潰す。

 

「まさに、違反行為を帳消しにできるほどの闘志だ。棒倒しで僕たちA組に勝てたら、校則違反は不問にしよう」

 

 一拍置いて、僕は視線を鋭く渚に向ける。

 

「ただし、渚はこっち側だ。それを忘れるな」

 

 渚は何も言わなかった。ただ少しだけ、目を伏せた。

 それが同意の沈黙か、それとも拒絶の沈黙か。

 判断できない自分に苛立ちすら感じた。

 

 渚は今、どちら側としてこのやり取りを見ていた? 

 E組を守ろうとする側か。それとも、A組として戦おうとしている側か。

 

 もし前者だとしたら、僕は渚と戦えるのか? 

 

「行くぞ」

 

 五英傑とその場を後にする。渚は僕たちにはついてこなかった。

 静かな帰り道だった。誰も口を開こうとしない。僕の発言が、空気を凍らせたのかもしれない。

 けれど、それが悪いとは思わなかった。

 あれが僕の役目だ。あの場を仕切り、判断を下す。リーダーなら当然の行動だ。

 それなのに、歩く度に足元に小さな空洞が広がっていくような気がした。

 

「……大石さん、来なかったな」

 

 ぽつりと呟いたのは瀬尾だった。

 僕は何も言わなかった。

 榊原は黙ったまま、ただ前を見ていた。いつもの気さくな調子はどこにもない。

 彼らの沈黙が責めているわけではないと、頭では分かっている。彼らは僕の味方だ。

 けれど、責められているように感じるのはなぜだろう。

 僕は正しいことをした。校則違反を見逃さない。渚にA組の自覚を促す。どれも筋の通った選択だ。

 

 でも──

 

 視界の隅に、さっきの渚の目がよぎった。

 あの沈黙。言葉にしない拒絶。

 僕に追いつけなかったのか、もうついてこないと決めたのか。

 どちらにしても、もやもやした気持ちが残る。

 

 ふと、前を歩いていた荒井が振り返り、僕にだけ聞こえるような声で言った。

 

「浅野、お前の言う通りだと思うよ。俺たちは間違ってない。俺たちが正義だ」

 

 それは慰めではなく、確認のような響きだった。

 僕は一瞬、返す言葉を迷ったあと、短く答えた。

 

「……分かってる」

 

 その言葉を噛みしめながら、僕は足を止めることなく歩き続けた。

 理事長が言った「リーダーの適性」。

 その重さを、今ほど感じたことはなかった。

 





原作からの変更点

・浅野親子にチェスブーム到来
・なぜか仲良い渚と磯貝
・E組の情報が浅野君に筒抜け
・渚をA組側につかせたい浅野君

浅野君が渚に色々思うところがありすぎて爆発してます。この2人いつもこじれてる気がするのは気のせいか?
浅野君が殺せんせーや暗殺のことを知った上で、どう棒倒しに挑むのか。渚はA組につくのか、それともE組につくのか。お楽しみに!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。